105 / 112
最終章
第103話 悪鬼羅刹
しおりを挟む
神歴1012年、6月10日――ミレーニア大陸中部、ラドン村。
午前9時9分――ラドン村北西部、森林地帯。
「……ハ、イン? な、んで……?」
ノエルの、かすれたような声が弱々しく響く。
ルナは何もできずにただ、その『光景』を茫然と見つめることしかできなかった。
「なんで? 理由は今、説明したと思うが。言い回しが分かりづらかったか? ならシンプルに言い直そう。用済みになったから。それだけさ」
言葉の終わりに、ノエルの左胸からスッと『剣』が抜かれる。
彼女はそのまま、力なく土の地面にくずおれた。
もう二度と、そうして立ち上がることはなかった。
「まったく。オレが授けた能力も使わずに、何をちんたら遊んでたんだか。この段になって一人も削れてないなんて、そりゃオレがいかに温厚だろうと、こういう結果になってしかるべきだろうよ。まっ、ナミ様と合流されてたらもっと面倒くさいことになってたから、結果オーライではあったがな」
男が、言う。
動かなくなったノエルの身体を冷めたまなこで見下ろしながら、男が言う。
何もない空間から突如として現れた、フード付き黒マントを頭からかぶった男が言う。
ルナは、ぞっと背筋を凍らせた。
「……あんた、何者!? もしかして、ブレナが言ってた……」
隣のセーナが、警戒度を最大限に上げたような語調で発する。
受けた男は、下卑た笑みをニヤリとやって、
「ああ、そうだ――って、即答したいとこだが、これで違ってたら恥ずいよなぁ。まあでも、たぶんそうだと思うぜ? ルドン森林で会ったイケボの男ってんなら、間違いなくオレのことだ。なんて言ってた?」
「不気味な糞マント野郎って言ってたね」
吐き捨てるように、リア。
フードの男は、クックと笑った。
「おいおい、ひでぇなぁー。そいつはさすがに傷つくぜ。オレはこう見えてナイーブなんだ。繊細って言い換えてもいい。んで、そんなナイーブなオレから、おたくらにひとつ提案があるんだが……」
「…………」
提案。
男はそう言って、たんたんと――本当にたんたんとした口調で、その先を続けた。
「『降参』しちゃくれねぇか? 月並みな言い方で申し訳ないんだが、降参するなら命だけは助けてやれる。ああそういう言い方すると、また勘違いされちまうな。命は助けるけど、ダルマにするよ?とかそんな外道なことはもちろん言わない。二、三日眠ってもらう程度のダメージで済ますよ。だから安心して、降参してくれ」
「そんなこと言われて、『じゃあ、降参します』なんて言うと思う? あ、これも月並みな返しか」
と、セーナ。
彼女はそのまま、流れるようにダブルを構えた。
ルナも慌てて、それに倣う。リアはとっくに、戦闘態勢を取っていた。
「おいおい、マジかい? こんだけ言っても、戦うつもりなのか。そいつはまともな判断じゃないぜ」
「うっさい。さっさと構えろ。構えなくても、こっちは容赦しないけどね」
「……やれやれ。ちっさい身体で、威勢のいい嬢ちゃんだなぁ。ひょっとしてだが、コイツを見たあとでもその威勢ってのは維持されんのか? だとしたら、オレは心底おたくを尊敬するぜ」
そう言うと。
若干秒の間を置いて。
男は。
男はマントの中から『何か』を取り出し、それをこちら側へとポトリと投げた。
ディルス・ロンドの、生首だった。
◇ ◆ ◇
同日、午前9時15分――ラドン村北西部、森林地帯。
「…………え」
緩やかに吹いていた風が、その瞬間にパタリと止む。
周囲の空気がまたたくうちに凍りついていくのを、ルナはまざまざと感じた。
「……ディ、ル……? え……嘘、でしょ……?」
セーナが、茫然自失の体でつぶやく。
リアはルナ同様、言葉を発することさえできないようだった。
「……ちょっと、なにつまんない冗談かましてんのよ? そんなの笑えないって。ねえ、ディル……」
ヨロヨロとした足取りで、セーナが『首だけ』となったディルスのもとへと歩み寄る。
彼女の顔は蒼白だった。
幽霊でも――否、絶対にそこに存在するはずのないもの、それを目の当たりにしたかのような表情。
しばらくのあいだ、彼女はそんな表情で呆けていたが――やがて、だが散っていた感情の全てが唐突に戻ってきたかのように、両目をカッと見開き、
「あんたが、こんな奴に負けるわけないじゃない! セブンズリード最強のあんたがこんなキショイマント野郎になんて、負けるはずないじゃない!! あんたは誰にも負けない!! 負けて、こんな姿になんてぜったいならない!!」
「ああ、確かに強かったよ。オレが今まで戦った中で、間違いなく最強。倒すまでに二分近くもかかったうえ、二度も身体を傷つけられちまった。三度だったかな?」
フードの男が、そう言ってわざとらしく小首を傾げる。
刹那、ルナの背筋はゾッと震えた。
「……ざけんな」
抑えた、抑えに抑えた、限界まで抑えた不気味なほどに静かな声音。
背筋を凍らすセーナの気配は、その直後に爆発した。
「ざっけんなッ、テメェェェーーーーーーーッ!!」
「――――っ!」
爆発。
文字通りの爆発。
限界まで抑えていた『怒』の感情を一気に爆発させると、セーナは真一文字に男へと迫った。
限界を超えたスピード。
身体の負担などいっさい無視した、それは狂気のスピードだった。
が。
グシャ。
「……か、はッ」
めり込むような拳の一撃が、セーナの腹部に突き刺さる。
完璧なタイミングで放たれた、カウンターの左ストレート。
喰らったセーナの身体は、一瞬間で、ピンポン玉のようにはるか後方へと弾け飛んだ。
その間、わずかゼロコンマ数秒。
ルナは茫然自失となるほかなかった。
「……いや、遅すぎだろ? ディルスはその倍速かったぜ。同じセブンズリードでもここまで差があるもんなんだな。ガッカリだ」
「セーナ姉っ!」
男の言葉と、リアの叫びが重なる。
リアはそのまま、脱兎の勢いで飛ばされたセーナのもとへと駆け寄った。
ハッと我に返ったルナも、慌てて彼女のあとを追う。
と、一足先にセーナのかたわらへとたどり着いたリアは、そっと彼女の身体を抱き起こし――だが。
「セーナ……姉……?」
「リア、さん……?」
リアの反応に、知らず鼓動が高鳴る。
ルナは恐る恐る、リアの後ろからセーナの様子を覗き見た。
と。
「――――っ!?」
瞬間、ルナの身体に電流が走った。
瀕死。
一見で分かる。
薄目を開けたまま、セーナの身体はピクリとも動いていない。
半開きになった口と左の鼻孔から流れ出る血液が、危険な状態であることを如実に物語っていた。
「ん、なんだその反応? まさか死んじゃいないよな? 軽く小突いただけだぞ?」
離れた位置から、男が言う。
彼はジトリと細めた両目で、こちらの様子を見やると、
「……おいおい、いくらなんでも紙装甲すぎるだろ? まいったね、こりゃ。もしかして本当に殺っちまったのか? まあでも、まだ二人残ってるし、最悪どっちか一人でも生かしておけば――」
「……ルナ」
男の言葉を遮るように、リアがボソリと言う。
ルナはごくりと唾を飲み込んだ。
鬼気迫る表情。
その表情のまま。
リアは覚悟のまなこで立ち上がると、そのまま有無を言わさぬ口調で言った。
「……あんたが逃げる時間は、あたしが命に代えても稼ぐ。だから……だからあんただけは絶対に生き延びて」
「…………」
ルナは、でも何もできなかった。
リアと一緒に戦うことも、リアを見捨てて逃げることもできなかった。
その場に立ち尽くしたまま、ただの一歩も動けなかった。
本能で、彼女は理解していたのだ。
どちらの選択もまったく無意味であると。
どす黒い闇が、ルナの心を絶望的なまでに覆い尽くす。
ただひたすらに。
ただひたすらに、怖かった。
◇ ◆ ◇
同日、午前9時20分――ラドン村、宿屋前の広場。
ブレナは、感嘆の息を吐いた。
ナギとナミ。
二人の高次元の戦いに、ただただ感心する。
思っていた以上に、二人とも強い。
もしも二人同時にかかってこられたら、ねじ伏せられる確信は持てなかった。
(……ま、そんな状況に陥るってのは万にひとつもなさそうだが)
二人はどこまで行っても敵同士なのだと、今さらながら理解する。
千年前の二人にはもう、戻れないのだと――。
(とまれ、戦闘力はほぼ互角。それでもナギのほうが優勢に進めているのは、経験の差だろうな。ナギのほうが圧倒的に経験値で勝る)
おそらくは相当な修羅場を潜ってきたのだろう。
どういった経緯からそのような境遇となったのか?
戦いが趣味となるような、そんな野蛮な子ではなかったはずなのだが。
いずれ。
(……このままいけば、間違いなくナギが勝つ。長い戦いになるかもしれないが、二人が二人だけで戦い続けるかぎり、その結果は揺るがない)
二人が、二人だけで戦い続けるかぎり――。
(……でも、なんだ? なぜかそうはならないような気がする。この感覚は、この正体不明の『胸騒ぎ』と何か関係があるのか?)
分からない。
分からないが、刻一刻とその感覚は強くなってきている。
ブレナはその不安を振り払うように、大きく一度、首を左右に振った。
と、そのときだった。
「――――っ!?」
ナギの猛攻に、ナミがほんの一瞬バランスを崩す。
その一瞬のよろめきを見逃すほど、ナギは未熟ではなかった。
「氷の豪雨」
言葉と共に。
即座に魔法モードに切り替えられたナギのダブル――『ビアンコ』の柄の先から、氷の豪雨が降り注ぐ。
ナミはバランスを崩しながらもなんとかその攻撃をかわしたが、ナギの追撃は無論のこと雷電だった。
疾風怒濤の連撃。
体幹を乱したままのナミに、復旧のいとまを与えない。
あっという間に防戦一方となったナミは、堪えきれずに、やがて地面に無様に尻餅をついた。
ナギの瞳に、勝機が宿る。
彼はいっさいの躊躇なく、一心不乱にナミの身体を目指すと、刀身モードのダブルを振り上げ――そうして。
ザクッ。
飛び散った鮮血と共に、土の地面にガクリと両膝をついた。
「おっと、コイツは思わぬ幸運だ。隙だらけの背中に一刺し入れられるなんて、偉大なナギ様相手にこんな幸運は二度とは訪れないだろうぜ」
胸騒ぎの正体が、憚ることなく視線の先に現出する。
午前9時9分――ラドン村北西部、森林地帯。
「……ハ、イン? な、んで……?」
ノエルの、かすれたような声が弱々しく響く。
ルナは何もできずにただ、その『光景』を茫然と見つめることしかできなかった。
「なんで? 理由は今、説明したと思うが。言い回しが分かりづらかったか? ならシンプルに言い直そう。用済みになったから。それだけさ」
言葉の終わりに、ノエルの左胸からスッと『剣』が抜かれる。
彼女はそのまま、力なく土の地面にくずおれた。
もう二度と、そうして立ち上がることはなかった。
「まったく。オレが授けた能力も使わずに、何をちんたら遊んでたんだか。この段になって一人も削れてないなんて、そりゃオレがいかに温厚だろうと、こういう結果になってしかるべきだろうよ。まっ、ナミ様と合流されてたらもっと面倒くさいことになってたから、結果オーライではあったがな」
男が、言う。
動かなくなったノエルの身体を冷めたまなこで見下ろしながら、男が言う。
何もない空間から突如として現れた、フード付き黒マントを頭からかぶった男が言う。
ルナは、ぞっと背筋を凍らせた。
「……あんた、何者!? もしかして、ブレナが言ってた……」
隣のセーナが、警戒度を最大限に上げたような語調で発する。
受けた男は、下卑た笑みをニヤリとやって、
「ああ、そうだ――って、即答したいとこだが、これで違ってたら恥ずいよなぁ。まあでも、たぶんそうだと思うぜ? ルドン森林で会ったイケボの男ってんなら、間違いなくオレのことだ。なんて言ってた?」
「不気味な糞マント野郎って言ってたね」
吐き捨てるように、リア。
フードの男は、クックと笑った。
「おいおい、ひでぇなぁー。そいつはさすがに傷つくぜ。オレはこう見えてナイーブなんだ。繊細って言い換えてもいい。んで、そんなナイーブなオレから、おたくらにひとつ提案があるんだが……」
「…………」
提案。
男はそう言って、たんたんと――本当にたんたんとした口調で、その先を続けた。
「『降参』しちゃくれねぇか? 月並みな言い方で申し訳ないんだが、降参するなら命だけは助けてやれる。ああそういう言い方すると、また勘違いされちまうな。命は助けるけど、ダルマにするよ?とかそんな外道なことはもちろん言わない。二、三日眠ってもらう程度のダメージで済ますよ。だから安心して、降参してくれ」
「そんなこと言われて、『じゃあ、降参します』なんて言うと思う? あ、これも月並みな返しか」
と、セーナ。
彼女はそのまま、流れるようにダブルを構えた。
ルナも慌てて、それに倣う。リアはとっくに、戦闘態勢を取っていた。
「おいおい、マジかい? こんだけ言っても、戦うつもりなのか。そいつはまともな判断じゃないぜ」
「うっさい。さっさと構えろ。構えなくても、こっちは容赦しないけどね」
「……やれやれ。ちっさい身体で、威勢のいい嬢ちゃんだなぁ。ひょっとしてだが、コイツを見たあとでもその威勢ってのは維持されんのか? だとしたら、オレは心底おたくを尊敬するぜ」
そう言うと。
若干秒の間を置いて。
男は。
男はマントの中から『何か』を取り出し、それをこちら側へとポトリと投げた。
ディルス・ロンドの、生首だった。
◇ ◆ ◇
同日、午前9時15分――ラドン村北西部、森林地帯。
「…………え」
緩やかに吹いていた風が、その瞬間にパタリと止む。
周囲の空気がまたたくうちに凍りついていくのを、ルナはまざまざと感じた。
「……ディ、ル……? え……嘘、でしょ……?」
セーナが、茫然自失の体でつぶやく。
リアはルナ同様、言葉を発することさえできないようだった。
「……ちょっと、なにつまんない冗談かましてんのよ? そんなの笑えないって。ねえ、ディル……」
ヨロヨロとした足取りで、セーナが『首だけ』となったディルスのもとへと歩み寄る。
彼女の顔は蒼白だった。
幽霊でも――否、絶対にそこに存在するはずのないもの、それを目の当たりにしたかのような表情。
しばらくのあいだ、彼女はそんな表情で呆けていたが――やがて、だが散っていた感情の全てが唐突に戻ってきたかのように、両目をカッと見開き、
「あんたが、こんな奴に負けるわけないじゃない! セブンズリード最強のあんたがこんなキショイマント野郎になんて、負けるはずないじゃない!! あんたは誰にも負けない!! 負けて、こんな姿になんてぜったいならない!!」
「ああ、確かに強かったよ。オレが今まで戦った中で、間違いなく最強。倒すまでに二分近くもかかったうえ、二度も身体を傷つけられちまった。三度だったかな?」
フードの男が、そう言ってわざとらしく小首を傾げる。
刹那、ルナの背筋はゾッと震えた。
「……ざけんな」
抑えた、抑えに抑えた、限界まで抑えた不気味なほどに静かな声音。
背筋を凍らすセーナの気配は、その直後に爆発した。
「ざっけんなッ、テメェェェーーーーーーーッ!!」
「――――っ!」
爆発。
文字通りの爆発。
限界まで抑えていた『怒』の感情を一気に爆発させると、セーナは真一文字に男へと迫った。
限界を超えたスピード。
身体の負担などいっさい無視した、それは狂気のスピードだった。
が。
グシャ。
「……か、はッ」
めり込むような拳の一撃が、セーナの腹部に突き刺さる。
完璧なタイミングで放たれた、カウンターの左ストレート。
喰らったセーナの身体は、一瞬間で、ピンポン玉のようにはるか後方へと弾け飛んだ。
その間、わずかゼロコンマ数秒。
ルナは茫然自失となるほかなかった。
「……いや、遅すぎだろ? ディルスはその倍速かったぜ。同じセブンズリードでもここまで差があるもんなんだな。ガッカリだ」
「セーナ姉っ!」
男の言葉と、リアの叫びが重なる。
リアはそのまま、脱兎の勢いで飛ばされたセーナのもとへと駆け寄った。
ハッと我に返ったルナも、慌てて彼女のあとを追う。
と、一足先にセーナのかたわらへとたどり着いたリアは、そっと彼女の身体を抱き起こし――だが。
「セーナ……姉……?」
「リア、さん……?」
リアの反応に、知らず鼓動が高鳴る。
ルナは恐る恐る、リアの後ろからセーナの様子を覗き見た。
と。
「――――っ!?」
瞬間、ルナの身体に電流が走った。
瀕死。
一見で分かる。
薄目を開けたまま、セーナの身体はピクリとも動いていない。
半開きになった口と左の鼻孔から流れ出る血液が、危険な状態であることを如実に物語っていた。
「ん、なんだその反応? まさか死んじゃいないよな? 軽く小突いただけだぞ?」
離れた位置から、男が言う。
彼はジトリと細めた両目で、こちらの様子を見やると、
「……おいおい、いくらなんでも紙装甲すぎるだろ? まいったね、こりゃ。もしかして本当に殺っちまったのか? まあでも、まだ二人残ってるし、最悪どっちか一人でも生かしておけば――」
「……ルナ」
男の言葉を遮るように、リアがボソリと言う。
ルナはごくりと唾を飲み込んだ。
鬼気迫る表情。
その表情のまま。
リアは覚悟のまなこで立ち上がると、そのまま有無を言わさぬ口調で言った。
「……あんたが逃げる時間は、あたしが命に代えても稼ぐ。だから……だからあんただけは絶対に生き延びて」
「…………」
ルナは、でも何もできなかった。
リアと一緒に戦うことも、リアを見捨てて逃げることもできなかった。
その場に立ち尽くしたまま、ただの一歩も動けなかった。
本能で、彼女は理解していたのだ。
どちらの選択もまったく無意味であると。
どす黒い闇が、ルナの心を絶望的なまでに覆い尽くす。
ただひたすらに。
ただひたすらに、怖かった。
◇ ◆ ◇
同日、午前9時20分――ラドン村、宿屋前の広場。
ブレナは、感嘆の息を吐いた。
ナギとナミ。
二人の高次元の戦いに、ただただ感心する。
思っていた以上に、二人とも強い。
もしも二人同時にかかってこられたら、ねじ伏せられる確信は持てなかった。
(……ま、そんな状況に陥るってのは万にひとつもなさそうだが)
二人はどこまで行っても敵同士なのだと、今さらながら理解する。
千年前の二人にはもう、戻れないのだと――。
(とまれ、戦闘力はほぼ互角。それでもナギのほうが優勢に進めているのは、経験の差だろうな。ナギのほうが圧倒的に経験値で勝る)
おそらくは相当な修羅場を潜ってきたのだろう。
どういった経緯からそのような境遇となったのか?
戦いが趣味となるような、そんな野蛮な子ではなかったはずなのだが。
いずれ。
(……このままいけば、間違いなくナギが勝つ。長い戦いになるかもしれないが、二人が二人だけで戦い続けるかぎり、その結果は揺るがない)
二人が、二人だけで戦い続けるかぎり――。
(……でも、なんだ? なぜかそうはならないような気がする。この感覚は、この正体不明の『胸騒ぎ』と何か関係があるのか?)
分からない。
分からないが、刻一刻とその感覚は強くなってきている。
ブレナはその不安を振り払うように、大きく一度、首を左右に振った。
と、そのときだった。
「――――っ!?」
ナギの猛攻に、ナミがほんの一瞬バランスを崩す。
その一瞬のよろめきを見逃すほど、ナギは未熟ではなかった。
「氷の豪雨」
言葉と共に。
即座に魔法モードに切り替えられたナギのダブル――『ビアンコ』の柄の先から、氷の豪雨が降り注ぐ。
ナミはバランスを崩しながらもなんとかその攻撃をかわしたが、ナギの追撃は無論のこと雷電だった。
疾風怒濤の連撃。
体幹を乱したままのナミに、復旧のいとまを与えない。
あっという間に防戦一方となったナミは、堪えきれずに、やがて地面に無様に尻餅をついた。
ナギの瞳に、勝機が宿る。
彼はいっさいの躊躇なく、一心不乱にナミの身体を目指すと、刀身モードのダブルを振り上げ――そうして。
ザクッ。
飛び散った鮮血と共に、土の地面にガクリと両膝をついた。
「おっと、コイツは思わぬ幸運だ。隙だらけの背中に一刺し入れられるなんて、偉大なナギ様相手にこんな幸運は二度とは訪れないだろうぜ」
胸騒ぎの正体が、憚ることなく視線の先に現出する。
0
あなたにおすすめの小説
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる
暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。
授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました
白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。
そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。
王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。
しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。
突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。
スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。
王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。
そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。
Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。
スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが――
なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。
スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。
スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。
この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります
【死に役転生】悪役貴族の冤罪処刑エンドは嫌なので、ストーリーが始まる前に鍛えまくったら、やりすぎたようです。
いな@
ファンタジー
【第一章完結】映画の撮影中に死んだのか、開始五分で処刑されるキャラに転生してしまったけど死にたくなんてないし、原作主人公のメインヒロインになる幼馴染みも可愛いから渡したくないと冤罪を着せられる前に死亡フラグをへし折ることにします。
そこで転生特典スキルの『超越者』のお陰で色んなトラブルと悪名の原因となっていた問題を解決していくことになります。
【第二章】
原作の開始である学園への入学式当日、原作主人公との出会いから始まります。
原作とは違う流れに戸惑いながらも、大切な仲間たち(増えます)と共に沢山の困難に立ち向かい、解決していきます。
S級冒険者の子どもが進む道
干支猫
ファンタジー
【12/26完結】
とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。
父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。
そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。
その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。
魔王とはいったい?
※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。
【第2章完結】王位を捨てた元王子、冒険者として新たな人生を歩む
凪木桜
ファンタジー
かつて王国の次期国王候補と期待されながらも、自ら王位を捨てた元王子レオン。彼は自由を求め、名もなき冒険者として歩み始める。しかし、貴族社会で培った知識と騎士団で鍛えた剣技は、新たな世界で否応なく彼を際立たせる。ギルドでの成長、仲間との出会い、そして迫り来る王国の影——。過去と向き合いながらも、自らの道を切り開くレオンの冒険譚が今、幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる