4 / 7
・
しおりを挟む
アルコールが回ったからか、あんなに僕らの中心を占めていた太陽の不在も、意識の端へと追いやられていた。
「あいつ、もう結婚したらしいぜ」
「それでさ、あの時、水輝がコンクールで入賞したときのお祝いさ」
「そういえば、隣のクラスのあの子、モデルになったらしいよ」
近況報告、思い出話、噂話。僕達は、他人の人生の進み具合を確認しては、安心したり驚いたりもした。
「レオ、くっつきすぎ!自分の体格考えろ!!暑いんだよ」
遥斗が、自分にのしかかってくる185cm超えの巨体を押し返そうと声を荒げる。
「それは、はるちゃんが飲み過ぎだから!俺は寒い、冬は人肌恋しいの!」
「はるちゃんって呼ぶな、離せ!」
「まぁまぁ、落ち着けよふたりとも」
魚崎が笑いながら、グラスを遠ざける。
僕と水輝は、そんな喧騒を肴に、少しだけ声を落として言葉を交わす。
「隼人の新作の小説、あの犯人のモデルってさ。もしかして、あの人でしょ、数学の。」
「バレた?」
「図星なんだ。やっぱりね。嫌いな人を犯人にするなんて、趣味悪いよ」
「水輝だって、あの人のこと嫌いだったくせに」
「僕だったら、自分の作品の中にすらいれたくない。落書きに描くのも御免だよ」
僕らの創作は、いつだって個人的な感情のゴミ捨て場であり、同時に唯一の救いでもあった。そんな暗い共通点を確認し合っていると目の前で遥斗が悲鳴を上げた。
「お前ら、ニヤニヤしないで助けろ」
「ちゅー!」
「うわ、やめろレオ!!」
賑やかで、馬鹿らしくて、温かい。
僕らの二十歳は、間違いなくここにある。
ひとしきり笑い転げたあと、僕は、ここに彼がいないことを一瞬だけ忘れかけていた。
居酒屋を出ると、東京では珍しく雪がふり始めていた。アスファルトの上には、すでに薄く、けれど確かな白さが積もっていた。
「かえりたくなーい、まだまだ飲むぞ」
遥斗が冷たい空気に上機嫌な声を上げ、足をもつれさせながら雪を踏みしめる。
「この近くにカラオケあるよ、そこで朝まですごすか」
魚崎が白い息を吐きながらスマホで地図を確認する。
大通りを少し外れたときだった。
周りのガヤガヤした音を切り裂くような、鈍い衝撃音と罵声が響いた。
「調子乗ってんじゃねぇぞ」
「殺すぞ」
一人の男が壁にぐったりとした様子で寄りかかり、四人ほどの男たちに囲まれ容赦なく蹴り飛ばされていた。真っ白な雪の上にドロリとした赤が広がった。
「え、喧嘩?」
「警察呼んだほうがいいでしょ」
「動画でも撮っとこうぜ」
通りがかった若者たちがスマホを向けては通り過ぎていく
「なぁ、あれ」
遥斗が足を止め、凝視した。その声は、恐怖より戸惑いに近く感じた。
「なに?遥斗、関わらないほうがいいって、目あったら殺されるかもよ」
水輝が不快そうに視線をそらし遥斗の袖を引く。
「はるたん、変なことに突っ込まないの、早く行こ」
レオもいつもの調子で動くことを促す。
「いいから、見ろって」
「寒いから早く」
魚崎がなだめるように言ったが、遥斗は頑なに動こうとしない。
「あの人見ろって」
「え?あれって」
僕も目を細めて見る。だが、僕は目が極端に悪い。暗がりに沈むその男の姿は、不鮮明だ。
「や、山田?あの、二年のときに退学になった」
「違うわバカ、たしかに山田もよく自分から喧嘩ふっかけてはボコボコにされていたけど」
遥斗が、確信に満ちた、けれど絶望に似た声を上げる。
「あの、騒動の中心で殴られてるの、太陽じゃないか?」
その名前を耳にした瞬間、心臓が跳ねた。
雪の上に座り、無慈悲に暴力を浴びている男。
男は、こちらに気づいていないようだった。ただ、荒い呼吸を繰り返しながら、降り積もる雪を真っ赤に染めていく。額からも鼻からも、どくどくと血を流しながら、虚ろな目で壁によりかかっている。
あの頃、僕らの中心にいて、誰よりも眩しく笑っていたはずの、大河原太陽が。
「あいつ、もう結婚したらしいぜ」
「それでさ、あの時、水輝がコンクールで入賞したときのお祝いさ」
「そういえば、隣のクラスのあの子、モデルになったらしいよ」
近況報告、思い出話、噂話。僕達は、他人の人生の進み具合を確認しては、安心したり驚いたりもした。
「レオ、くっつきすぎ!自分の体格考えろ!!暑いんだよ」
遥斗が、自分にのしかかってくる185cm超えの巨体を押し返そうと声を荒げる。
「それは、はるちゃんが飲み過ぎだから!俺は寒い、冬は人肌恋しいの!」
「はるちゃんって呼ぶな、離せ!」
「まぁまぁ、落ち着けよふたりとも」
魚崎が笑いながら、グラスを遠ざける。
僕と水輝は、そんな喧騒を肴に、少しだけ声を落として言葉を交わす。
「隼人の新作の小説、あの犯人のモデルってさ。もしかして、あの人でしょ、数学の。」
「バレた?」
「図星なんだ。やっぱりね。嫌いな人を犯人にするなんて、趣味悪いよ」
「水輝だって、あの人のこと嫌いだったくせに」
「僕だったら、自分の作品の中にすらいれたくない。落書きに描くのも御免だよ」
僕らの創作は、いつだって個人的な感情のゴミ捨て場であり、同時に唯一の救いでもあった。そんな暗い共通点を確認し合っていると目の前で遥斗が悲鳴を上げた。
「お前ら、ニヤニヤしないで助けろ」
「ちゅー!」
「うわ、やめろレオ!!」
賑やかで、馬鹿らしくて、温かい。
僕らの二十歳は、間違いなくここにある。
ひとしきり笑い転げたあと、僕は、ここに彼がいないことを一瞬だけ忘れかけていた。
居酒屋を出ると、東京では珍しく雪がふり始めていた。アスファルトの上には、すでに薄く、けれど確かな白さが積もっていた。
「かえりたくなーい、まだまだ飲むぞ」
遥斗が冷たい空気に上機嫌な声を上げ、足をもつれさせながら雪を踏みしめる。
「この近くにカラオケあるよ、そこで朝まですごすか」
魚崎が白い息を吐きながらスマホで地図を確認する。
大通りを少し外れたときだった。
周りのガヤガヤした音を切り裂くような、鈍い衝撃音と罵声が響いた。
「調子乗ってんじゃねぇぞ」
「殺すぞ」
一人の男が壁にぐったりとした様子で寄りかかり、四人ほどの男たちに囲まれ容赦なく蹴り飛ばされていた。真っ白な雪の上にドロリとした赤が広がった。
「え、喧嘩?」
「警察呼んだほうがいいでしょ」
「動画でも撮っとこうぜ」
通りがかった若者たちがスマホを向けては通り過ぎていく
「なぁ、あれ」
遥斗が足を止め、凝視した。その声は、恐怖より戸惑いに近く感じた。
「なに?遥斗、関わらないほうがいいって、目あったら殺されるかもよ」
水輝が不快そうに視線をそらし遥斗の袖を引く。
「はるたん、変なことに突っ込まないの、早く行こ」
レオもいつもの調子で動くことを促す。
「いいから、見ろって」
「寒いから早く」
魚崎がなだめるように言ったが、遥斗は頑なに動こうとしない。
「あの人見ろって」
「え?あれって」
僕も目を細めて見る。だが、僕は目が極端に悪い。暗がりに沈むその男の姿は、不鮮明だ。
「や、山田?あの、二年のときに退学になった」
「違うわバカ、たしかに山田もよく自分から喧嘩ふっかけてはボコボコにされていたけど」
遥斗が、確信に満ちた、けれど絶望に似た声を上げる。
「あの、騒動の中心で殴られてるの、太陽じゃないか?」
その名前を耳にした瞬間、心臓が跳ねた。
雪の上に座り、無慈悲に暴力を浴びている男。
男は、こちらに気づいていないようだった。ただ、荒い呼吸を繰り返しながら、降り積もる雪を真っ赤に染めていく。額からも鼻からも、どくどくと血を流しながら、虚ろな目で壁によりかかっている。
あの頃、僕らの中心にいて、誰よりも眩しく笑っていたはずの、大河原太陽が。
0
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
痩せたがりの姫言(ひめごと)
エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。
姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。
だから「姫言」と書いてひめごと。
別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。
語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる