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プロローグ。

彼《か》は誰時《たれとき》が過ぎて、朝陽は顔を覗かせる。

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「……我思う、故に我、あり、ですか?」

 突然の言葉に困惑しながらリリパットちゃんは繰り返します。

「はい、そうです。我思う、故に我あり。今のリリパットちゃんのようにどうして私はとか、どうして私だけとか、そうやって考えるところに自分はいるんだよって意味の言葉です。例え今、何を失くしたとしてもそう考えてる自分だけは確かにそこにいるみたいな」

「うさぎ、あんたいきなり何言ってんの? とうとう本当に頭壊れたって感じ?」

「違います違います。だから、リリパットちゃんはリリパットちゃんで他の誰でもないリリパットちゃんでしかないということなんですよ」

「私は……私?」
「ちょっと、うさぎ……余計わかんなくなったんだけど……」

「はい。そうですね。それじゃあこれから説明するのでよく聞いてください。良いですか──」

 そうして語り出すしろうさぎさんの言葉をリリパットちゃんは真剣な眼差しで聞き入ったのでした。

「──で、要は背が低いっていうのはこの娘の個性で……」
「……だから私はみんなと違ってあたりまえで……」
「はい。その背の丈ほどもある弓、みんなと同じやり方だったからきっと上手くいかなかったんです。そういう意味でその弓はリリパットちゃんには全く合っていなかったんですよ……ですので、一緒に作ってはみませんか?」

「一緒に……作る?」
「はい。リリパットちゃんの、リリパットちゃんの為の、リリパットちゃんの為だけにある弓をです」

 その提案に目を輝かせ希望に満ちた表情を浮かべたリリパットちゃん。それから三匹は『ああでもない、こうでもない』と言いながら夜通しでリリパットちゃんの為の弓を作ります。そして夜も次の朝を迎える頃、誰時たれときに三匹は弓の練習場に来ていたのでした。

「──じゃあ、リリパット、準備は良い?」

「は、はい、大丈夫です」

「大丈夫です。リリパットちゃん、自分を信じて」

「はい」

 それはとても背の小さなリリパットの女の子。
 みんなと違う自分に自信を失くした女の子。
 だけど、それが自分の個性であるならと気づいた彼女の手には。
 今はみんなと違う自身の体に見合った自前の弓。
 ゆっくりと引いたつるは、静かに、引き絞った先でキリキリと音を立てます。

 そして──。

 ──ビュオンッ!!

 激しくつるを鳴らして射られたその矢は。
 どこまでも真っ直ぐに的へと向かい中央の印を見事に射抜いてみせたのでした。

 ズド、バリンッ!!
 
「あ、中《あた》っ……た」

 その衝撃は軽くあたった的を粉々に粉砕して、それを見たしろうさぎさんとピクシーさんは開いた口が塞がりません。

「あ、あの、しろうさぎさん、ピクシーさん、わ、私、私、弓を、弓を射れました!! って、……へ?」

 誰時たれときが過ぎて朝陽が顔を覗かせる頃、その場所には優しい光に照らされながら引きった二匹の顔と満面の笑みを浮かべる一匹の小さな女の子の顔があったのでした。
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