脱落モブ男が人気アイドルに愛されるわけがない

綿毛ぽぽ

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「や、やっぱり日翔だ!なんでこんなとこに?もっと早く言ってくれたら良かったのに」
 
 常に穏やかな絃にしては珍しく興奮した様子で俺に抱きついてきた。腕でぎゅうぎゅうと締められて苦しい。
 
 彼、御堂絃みどういとは番組内で圧倒的な人気を誇り最終回でも一位でデビューメンバーに選ばれた。
  激しいダンスでも乱れない絹糸のような金髪、陶器のように毛穴一つない肌、華やかで端正な顔立ちで、まるで一国の王子様のようなビジュアル。それだけでなく歌もダンスも文句のつけようのない上手さ。性格も優しく番組内でも落ち込む練習生を支えていた。正にオールラウンダー、完璧という言葉を体現したような男だ。
 
「あ、あの仕事中だから落ち着いて」
「ああ。ごめん。つい嬉しくて。ずっと日翔に会いたかったんだ。連絡も繋がらないし、離れてずっと後悔してて……」

 切なげに目を伏せる絃を見ると心が苦しい。
 確かに絃とは連絡先を交換していた。しかし俺はオーディションを終えた後すぐに多くの練習生の連絡先を無言で消した。デビューしているキラキラアイドルを見る度に惨めな自分を突きつけられるようで嫌になったのだ。

 完全に芸能界とは縁を断ち切るつもりで俺は全連絡先を消したが、道端で役員の人に会ったり、カフェで絃と会ったり世間は意外と狭いものだ。
 
「俺の方こそごめん。連絡先消しちゃってさ」
「謝らなくていいんだ。こうしてまた会えたから。今はここで働いてるの?」
「うん。絃はアイドルとして活躍してるね。CMもよく見るよ」
「ふふ、ありがとう。日翔に見てもらえたなら嬉しい」
 
 柔らかく微笑む絃を見ると、過去のことを思い出す。懐かしい。絃とも意外と関わったよなぁ。
 
 番組中のミッションでグループバトルがあった。同じ課題曲を二つのグループが披露し戦うというものだが、俺と絃はよく別々のグループになり、同じリーダーポジションをしていた。
 俺も絃も練習生歴が長くて、必然的にリーダーをお願いされたが、絃は初めてのオーディションにリーダーとしての自信がなくて悩みを打ち明けてきたっけ。それで俺が慰めて、代わりに俺のパートの練習に付き合ってくれた。でも結局俺と同じパートの絃の方が圧倒的な票で勝ったんだけどな。
 
 はあ、思い出してきて辛くなってきた。俺っていつもそうだ。未経験の子に教えたり悩みを聞いてるだけで結局自分は全く成長してない。これじゃあただのカウンセラーだ。何しに出ているんだろう……。

「席はじゃあ一応奥に座る?人来たら落ち着かないでしょ?」 
「うん。ありがとう。コーヒーお願いしてもいい?」
「わかった」
 
 厨房へ行き、マスターにお願いしに行く。その間も絃からじっと視線を感じる。うわあ緊張する。知り合いが勤務先に来ることなんて無いからなんかドキドキする。それに相手は完璧人間の絃。下手な粗相はできない。

 そして俺は震える手で、出来上がったコーヒーを渡した。
 
「お待たせしました」
「ありがとう。良い匂いだね」
「うん。マスターは豆にこだわっていてこの豆はちょっと酸味が出やすいんだけど、檸檬みたいな酸っぱさではなくて後味が軽くなる感じでーー」

 マスターの入れるコーヒーは何度か飲ませてもらったがとても美味しい。俺にとっても自慢の味である。それを褒められて嬉しくてつい語りすぎてしまった。自覚して慌てて口を抑える。
 
「ご、ごめん!忙しいのに」
「ううん。可愛かったから全然」
 
 か、かわ……?俺に可愛いなんて言ってくる人なんてファンでもいない。どういう冗談だ。あんまり絃って冗談を言うキャラじゃないのに、俺を気遣って言ってくれたかな。
 
「いつ頃から働いてたの?」
「最近だよ」
「そうなんだ。今後もここで働く予定?」

 頷くと、絃は嬉しそうに頬を緩める。
 
「そっか。これからは毎日会えるってことだね」
「ま、毎日?あはは、そんな会わないよ。水曜日と日曜日は休みだし、大体仁も忙しいからあんまり会えないだろ?」
「大丈夫。むしろ忙しい時にこそ癒されるから来たいよ」
 
 絃はカップにあるコーヒーを全て飲み終わり席を立つ。
 確かに絃の気持ちも分かる。ここのコーヒーは美味しいしカフェの落ち着く雰囲気も良いしお客さんも少ないから癒されるだろう。
 
「そっか。コーヒーを飲むと癒されるもんね。コーヒーの香りにはリラックス効果もあるみたいだし」
「うーん、相変わらず鈍感」
「え?何が?」
「なんでもない。ゆっくり知ってくれたら良いから。これからたくさん伝えていくからね」
 
 絃はほくそ笑む。鼻歌でも歌い出しそうなほど楽しそうだ。言葉の意味はよく分からないが、嬉しそうならいっか。俺も笑みを返して、仕事へ戻る絃を見送った。
 
 
 
 それから絃は宣言通りうちのカフェをよく訪れるようになった。ほぼ毎日オープン前からいて、コーヒーを飲みながら俺と雑談するのが定番となっていた。絃は相変わらずどんな時も穏やかで優しくて俺の話も微笑みながら聞いてくれる。カフェの穏やかな雰囲気と相まって心がとても落ち着く憩いの場所である。
 
 絃はやはり職業柄休日はどこも行かず家で過ごすことが多いようで話すことはいつも仕事の話。アイドルの夢を諦める前に聞いたらきっと嫉妬と自己嫌悪で倒れていたかもしれないが、今は割り切って話を聞けるようになった。絃からたまに他のメンバーの話が出たり、番組のミッションで踊っていた曲の話を聞く度に、俺は徐々に今のみんなを見たくなった。

 そして俺はついにライブのチケットを応募した。実は趣味が仕事のようなものだからお金を無駄に使うこともなく結構貯金が溜まっていたのだ。
 
 結果はなんと、当選!落ちてきたばかりの俺が当選なんてすごい。それを直ぐに絃にも報告した。
 いつも通り笑みを浮かべて「おめでとう、楽しみにしてるね」と言ってくれることを意識せず考えていたが、現実は想像とは異なっていた。
 
「え、ら、ライブ来るの?」
 
 目を見開いてコーヒーを持ったまま体を固める。異変に感じながらも俺は頷いた。
 
「絃の話を聞く度に見たいなーって思っててさ。まあ席はすごい後ろだし絃からは絶対見えないだろうけど」
「そっか……。日翔が来てくれるなんていつもより頑張らないとだね」
「いやいや気を張らなくても!俺別にダンスマスターとかじゃないし」
「ううん。日翔には格好良い僕を見てほしいから。だから日翔」
 
 絃がカウンターから身を乗り出して、俺の頬に手を添えた。蜂蜜を溶かしたような琥珀色の瞳がまっすぐ俺を見据える。
 
「僕以外、余所見しないでね」
 
 そう言うと、絃は再び席についた。そして平然とライブの話に戻ったが、俺はまだ早鐘のような鼓動が鳴り止まない。

 げ、現役アイドルは流石だ。なんだかドラマのヒロインになったような気分になってしまった。まあきっとリップサービス的なものかな。ライブ、楽しみだなぁ。ペンライトも買っておかないとだし忙しい。久々のイベントに胸を高鳴らせた。
 
 
 
 
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