可哀想は可愛い

ぽぽ

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 翌日、目を覚ますと既にオーバンの姿は無かった。カーテンの隙間から差し込む光が眩しく、時計を見るともう昼近くになっていた。今日は休日だしこのまま眠っていたいが空腹には逆らえない。

 昨日の事もあり、なるべく誰にも会わないようそろりと部屋を出た。しかし廊下には既に人が何人かいた。見覚えのある黒猫のようなくせっ毛の男が辺りを見渡している。ビ、ビルギット?何故ここに。
 彼は俺に気付いたようでニヤリと笑う。背筋に悪寒が走り、踵を返して逃げようとした瞬間腕を掴まれた。

「おっせぇぞ。俺様がわざわざ迎えに来てやったんだ。感謝しろ」
「な、なんで、ここ……」
「ハッ、決まってんだろ!お前は一生俺の下僕だからな」
 
 最悪だ。酔いが覚めても同じような戯言を大声で叫ぶなんて、本当に勘弁して欲しい。
 ビルギットは俺の腕を掴んだまま歩き出し、抵抗する間もなく引き摺られていった。食堂まで行くと、他の生徒達から好奇の視線を向けられた。最悪だ、恥ずかしい。

「おい、お前ら席空けろ」

 ビルギットは周りの人に命令すると、周りにいた人達は急いで場所を空けた。俺を強引にその椅子に座らせ、向かい側に腰掛けた。
 
「なぁ、言いたいことあるか?」
「え、な、何かありました、でしょうか」
「はぁ?覚えてねぇとか言わせねえぞ」
 
 ビルギットは眉をつり上げる。しかし俺は何が原因で彼を怒らせたのか全く頭に浮かばなかった。
 
「昨日勝手に帰っただろ」
 
 そういえば部屋で待てと言われていたが、まさかそれで怒ってるのか。俺がビルギットの部屋で寝泊まりする必要性なんか無いだろう。朝の支度の手伝いでもさせるつもりだったのだろうか。
 
「ご、ごめん」
「何で帰った?」
「俺が居ても邪魔じゃない?寝る場所無いし」
「はァ?あっただろ。ソファー」
 
 至極当然のように話すが、何故そこまでしてお前の部屋で寝ないといけないのか。自分の部屋に戻った方が良いだろう。
 
「勝手な行動すんじゃねえよ。次、俺の指図を無視したら殺すぞ」
 
 恐ろしい脅迫に俺は頷く以外の選択肢は無かった。俯いて縮こまる俺と一方、ビルギットはいつもの取り巻きに朝食を頼んでいる。否、時間的に昼食か。
 遺書でも書いた方が良いかな。それがいい。そうしよう。せめて遺書でビルギットの悪業を書き連ねて復讐できたら良いが、平民の遺書なんて貴族からしたら単なる紙切れだ。それも相手は伯爵家の坊ちゃん。勝ち目は無い。
 はぁ、とため息を吐くと同時に食堂の空気が急に騒然とした。ビルギットは隣に座る友人に問い掛けた。
 
「なんだ?急に」
「公爵様のお越しだってよ」
「は?アイツらは食堂なんかで食わねえだろ」
「分かんね。偶にはピクニックでもしようかしらーみたいな感覚じゃね?」
 
 沢山の貴族で溢れかえってる学園だが、その中でも公爵家は数少ない。学園で最も地位の高い生徒は勿論第三王子だが、その次に偉いのが公爵令息だ。平民では普通お目にかかれない激レアな人を俺も一目見たくてきょろきょろと探すが人集りで全く見つからない。
 
「セシリオ、俺様に背中見せるとかお前随分ナメてんなぁ?」
「へっ!?そそそういうつもりじゃ」
 
 机の下で俺の足が踏まれる。背中見せただけで怒らなくてもいいだろ!
 仕方なく俺は諦めて正面を向いて俯いた。少し時間が経つとビルギットが頼んだご飯が机の上に並び彼はそれを淡々と食べる。俺も腹減ったし何か頼んでこよう。一応ビルギットに許可を貰う為に聞いてみると、彼の反応は良い物ではなかった。
 
「あの、お腹すいたから俺も取りに行ってきて良い?」
「そう言って公爵家の奴見たいだけだろ。ミーハーだな」
「ち、ちが」
「まぁセシリオなんかそこら辺のボロ雑巾みたいなもんだし間違って踏まれちまうかもな。ヒャハハッ」
 
 周囲の友人達もビルギットと同じように笑い始める。くそっ、本当に嫌いだ!いつもの教室とは違い皆の意識は公爵令息に集まってるから注目されなくて済むが屈辱感で悔しくて仕方ない。
 歯を食いしばりながら歩き、メニューが書かれている看板の前に立つ。いっそヤケ食いしたいけどそんな姿をビルギットに見られたら「これだから貧乏人はーー」と笑われるに違いない。テーブルマナーもダメダメで笑われた事もあるし、何か良い料理は無いだろうか。じっと見つめて悩んでいると後ろから肩を叩かれた。

「こんにちは。何を見てるの?」
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