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『同僚が紹介して欲しいと言っていますが、いかがでしょうか』
可愛らしい花(健太は知らない花である)のアイコンからメッセージを受信したのは、ちょうど職場でパソコンの電源を落としたときだった。実はこういう話は珍しくなくって、自分の容姿は人気があるんだなーくらいの自覚はある。それがモテていると勘違いしていた時期は長かった。が、さすがに何度も女の子にふられれば、容姿云々の問題じゃないぞっていうのも理解しつつはあるのだ。
『どんな人?』
『元気で明るい子です。サッカー好き』
ふむ、と考える間もなく、健太は返信した。最近は仕事と家の近所ばかりだから、目新しいものにはすぐ飛びつく。
『紹介される! いつにする?』
『都合の悪い日はありますか。それを元に、本人と相談します』
営業の都合ってのは客先に左右されるので、当日にならないとわからないことも多いが、まだ紹介って段階で休日を潰すのもつまらない。
『決めてくれれば、その予定にする』
そう返事すると、了解と敬礼しているスタンプが送られてきた。
久しぶりに、ちょっと楽しいことがあるかも知れない。机の上を二度叩いてから手のひらを合わせるというのを二度繰り返したら、向かいの席が顔を上げた。
「そこで歌うなよ?」
「なんでわかったんすか?」
「そのリズムはアレだろ」
「はい! We Will We Will Ro……」
「だから歌うな! こっちはまだ見積計算してんだ!」
首を竦めて、お先にと挨拶した。小さな会社では次に新入社員が入るまで、健太はずっと一番下のまんまだ。学生気分が抜けてないと言われたって、指導される立場は誰かに引き継がれるわけじゃない。
まっすぐ家に変えるのもアレだけど、下手に地元の会社に就職したので、寄って行けるのは勤務先最寄りの駅ビルか、せいぜいその近辺の小さな映画館くらい。繁華街に出るには家と反対方向の電車に乗らねばならず、目的もなく平日にウロウロするのは億劫だ。これがたとえば帰り道であるなら途中下車で寄り道して、新しい店とか動きはじめているトレンドとか、そんなものを目にして自分の情報を更新するのだろう。学生のころよりいろいろなものに、ずいぶん疎くなった気はする。
就職活動は億劫だったし、ラッシュの電車に乗るのも嫌だ。会社には特に不足はない。おそらく昇給率は大手に比べれば悲観するようなものだけれど、先輩たちはちゃんと結婚して子供も持って、家のローンだって払っている。社内でいびられているわけでもなく、取引先も面倒なところはない。あくせくせず、ストレスを溜めず、望んでいた生活環境のはずだ。でもそれが退屈と紙一重なのは、予想外だった。
というわけで、女の子を紹介してもらえるってだけで、健太の足取りはずいぶんリズミカルになる。
分厚いカタログは、会社から借りてきた。家のカーテンを新調したいと言った母は、莉乃に丸投げだ。
「どうせだからアースカラーにして、ソファカバーをエスニック柄にしない?」
「よくわからない。ローラアシュレイみたいな花柄が好きなのよ」
「じゃ、その中途半端な階段箪笥、どこかに移動して」
「結構高かったのよ、これ。お父さんが気に入ってるし」
建ててからそこそこ経過している家は、バラバラな趣味の家具や余計な飾りで、莉乃から見ても混沌としている。
「で、どんなイメージにしたいわけ?」
「ターシャ・テューダーとか」
「無理!」
せっかくインテリアの勉強したのに役に立たないとかなんとか言われて、莉乃はカタログを音を立てて閉める。全部任せてくれるんならともかく、整える端から混沌としてくるのが目に見えているのだから、考えるだけ損である。
「じゃ、花柄ね。色だけ決めてくれれば、適当に選んじゃうよ」
ソファテーブルにカタログを置き、風呂に向かった。勉強したからって、メンテナンスする人が維持する気がなければ、コーディネートだけじゃどうもならない。
三十までにマンションか中古の住宅を買おうと、莉乃は秘かに決めている。自分の持ち物ならば自分が好きなように整えられるし、邪魔なものを持ち込まなければ良いのだ。
たとえば結婚するのだとしたら、と考えなくもない。フィギュアのコレクションが趣味の人とか、写真を部屋中に飾りたがる人だったらどうするか、と。そのときはそのとき、人間同士だから意見のすり合わせくらいできる。
自分の希望に向かっての努力は、苦にならない。みみっちくならない程度にお小遣いを管理して貯金はしているし、不動産の情報はプロだ。おかしな男に引っかからなければ、道からは外れない。今度こそ用心しなくては。
阿部ちゃんから早速メッセージが来て、ワレナベを紹介する日を打ち合わせする。平日と指定があった。
『さすがに初対面で長時間は』
『気が合うかも知れないよ』
『いや、富田ちゃんの言う変人っぷりを確認してから』
初対面でボロを出すかなーと思いながら、OKのスタンプを送信した。それからフライドチキンに向けて、メッセージを送る。
『明後日の夜は空いていますか』
『いつでもオール大歓迎!』
『それでは、六時半でいかがでしょう』
場所を決め、待ち合わせる。早い時間ならば、首尾が悪くたって阿部ちゃんとふたりで食事に行ける。
可愛らしい花(健太は知らない花である)のアイコンからメッセージを受信したのは、ちょうど職場でパソコンの電源を落としたときだった。実はこういう話は珍しくなくって、自分の容姿は人気があるんだなーくらいの自覚はある。それがモテていると勘違いしていた時期は長かった。が、さすがに何度も女の子にふられれば、容姿云々の問題じゃないぞっていうのも理解しつつはあるのだ。
『どんな人?』
『元気で明るい子です。サッカー好き』
ふむ、と考える間もなく、健太は返信した。最近は仕事と家の近所ばかりだから、目新しいものにはすぐ飛びつく。
『紹介される! いつにする?』
『都合の悪い日はありますか。それを元に、本人と相談します』
営業の都合ってのは客先に左右されるので、当日にならないとわからないことも多いが、まだ紹介って段階で休日を潰すのもつまらない。
『決めてくれれば、その予定にする』
そう返事すると、了解と敬礼しているスタンプが送られてきた。
久しぶりに、ちょっと楽しいことがあるかも知れない。机の上を二度叩いてから手のひらを合わせるというのを二度繰り返したら、向かいの席が顔を上げた。
「そこで歌うなよ?」
「なんでわかったんすか?」
「そのリズムはアレだろ」
「はい! We Will We Will Ro……」
「だから歌うな! こっちはまだ見積計算してんだ!」
首を竦めて、お先にと挨拶した。小さな会社では次に新入社員が入るまで、健太はずっと一番下のまんまだ。学生気分が抜けてないと言われたって、指導される立場は誰かに引き継がれるわけじゃない。
まっすぐ家に変えるのもアレだけど、下手に地元の会社に就職したので、寄って行けるのは勤務先最寄りの駅ビルか、せいぜいその近辺の小さな映画館くらい。繁華街に出るには家と反対方向の電車に乗らねばならず、目的もなく平日にウロウロするのは億劫だ。これがたとえば帰り道であるなら途中下車で寄り道して、新しい店とか動きはじめているトレンドとか、そんなものを目にして自分の情報を更新するのだろう。学生のころよりいろいろなものに、ずいぶん疎くなった気はする。
就職活動は億劫だったし、ラッシュの電車に乗るのも嫌だ。会社には特に不足はない。おそらく昇給率は大手に比べれば悲観するようなものだけれど、先輩たちはちゃんと結婚して子供も持って、家のローンだって払っている。社内でいびられているわけでもなく、取引先も面倒なところはない。あくせくせず、ストレスを溜めず、望んでいた生活環境のはずだ。でもそれが退屈と紙一重なのは、予想外だった。
というわけで、女の子を紹介してもらえるってだけで、健太の足取りはずいぶんリズミカルになる。
分厚いカタログは、会社から借りてきた。家のカーテンを新調したいと言った母は、莉乃に丸投げだ。
「どうせだからアースカラーにして、ソファカバーをエスニック柄にしない?」
「よくわからない。ローラアシュレイみたいな花柄が好きなのよ」
「じゃ、その中途半端な階段箪笥、どこかに移動して」
「結構高かったのよ、これ。お父さんが気に入ってるし」
建ててからそこそこ経過している家は、バラバラな趣味の家具や余計な飾りで、莉乃から見ても混沌としている。
「で、どんなイメージにしたいわけ?」
「ターシャ・テューダーとか」
「無理!」
せっかくインテリアの勉強したのに役に立たないとかなんとか言われて、莉乃はカタログを音を立てて閉める。全部任せてくれるんならともかく、整える端から混沌としてくるのが目に見えているのだから、考えるだけ損である。
「じゃ、花柄ね。色だけ決めてくれれば、適当に選んじゃうよ」
ソファテーブルにカタログを置き、風呂に向かった。勉強したからって、メンテナンスする人が維持する気がなければ、コーディネートだけじゃどうもならない。
三十までにマンションか中古の住宅を買おうと、莉乃は秘かに決めている。自分の持ち物ならば自分が好きなように整えられるし、邪魔なものを持ち込まなければ良いのだ。
たとえば結婚するのだとしたら、と考えなくもない。フィギュアのコレクションが趣味の人とか、写真を部屋中に飾りたがる人だったらどうするか、と。そのときはそのとき、人間同士だから意見のすり合わせくらいできる。
自分の希望に向かっての努力は、苦にならない。みみっちくならない程度にお小遣いを管理して貯金はしているし、不動産の情報はプロだ。おかしな男に引っかからなければ、道からは外れない。今度こそ用心しなくては。
阿部ちゃんから早速メッセージが来て、ワレナベを紹介する日を打ち合わせする。平日と指定があった。
『さすがに初対面で長時間は』
『気が合うかも知れないよ』
『いや、富田ちゃんの言う変人っぷりを確認してから』
初対面でボロを出すかなーと思いながら、OKのスタンプを送信した。それからフライドチキンに向けて、メッセージを送る。
『明後日の夜は空いていますか』
『いつでもオール大歓迎!』
『それでは、六時半でいかがでしょう』
場所を決め、待ち合わせる。早い時間ならば、首尾が悪くたって阿部ちゃんとふたりで食事に行ける。
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退会済ユーザのコメントです
ありがとうございますー
私はフツーの人が好きです。少々考えが足りなかったり、計算はずれにジタバタしたり、そんな人たち。
華やかさに欠ける書き手でございますが、ゆるりと遊んでいただければ幸いです。