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親会社の柏倉さんと、仕事を離れて会うのは2回目だ。つまり彼が見てるのはまだ、あたしの猫の皮だってことだけど。彼もあたしに良い顔しかしてないだろうし、そうやって探り合うのは結構楽しい。
定時に会社を出て、お互いに都合のつく池袋で待ち合わせ。食事して、ちょっとお酒を飲んで、当たり障りのない会話と、ちらちら見える下心。
見た目は悪くない、仕事の内容も知ってる、話題はそれほど薄くない。時々「ウチの会社」の話が、お父さんの自慢をする小学生みたいに聞こえるけど、大会社に入るために努力したのだろうし、それなりのプライドもあるのだろうと納得する。
「ウチの会社内にいたら、篠田さんの競争率、高いだろうなあ」
都内じゃなくても男は居るんですけど。確かに大きい会社ではあるけど、あんたの会社が潰れりゃあたしの会社も一緒にダメになるんだから、危険性は一緒だし。
大学生活を都内で過ごしたあたしに、都内に対する幻想はない。この人にはまだ、こんな風には言わないけど、頭の中ではツッコミひとつ。どこのイナカモンだ、あんた。今時は情報も流通も、ストレスがある場所は少ないっつーの。
なーんて言わないでおいてやって、にっこりと笑ってみせる。
スーツの趣味も普通だし、会社は大きいし、何よりもあたしに興味を持ってる。エスコートは上手で、突拍子もないこともしない。これならもう何回か会って、なし崩しにオツキアイのパターンかなあ、なんてね。柏倉さんも多分、同じようなことを考えてると思う。
それなりの年齢だし、仕事の繋がりもあるから、お互いに慎重に様子を見てる感じかな。少なくとも、開口一番で「結婚しない?」なんて言う、どこかのバカとは違う。
「また、連絡していい?」
「はい、楽しみにしてます」
お約束の会話で手を振って、行儀良く別れる。これがフツーだよ、先輩。間違っても、いきなり「結婚することにした」なんて言わないよ。でも、あのインパクトのせいで、先輩にははじめから、猫の皮はナシだった。
翌日は先輩と、よさこいの練習をした。
「最近、トレーニングがお留守だあ。会費、もったいないなあ」
「悪いな、つきあわせて。でも、真昼間に踊りの練習ってのもなあ」
うん。休みの日の昼間に公園で鳴子鳴らすのはイヤだし、夜になるのは仕方ない。トレーニングがお留守なのは、ちょっと残業が続いたり飲みに出てたりするせいもあるしね。
「いいけどさ。昨日はデートだったし」
口から出した後に、まずいこと言ったかなと思う。でも、あたしと先輩は別に恋人同士ってわけでもないし、先輩の言う「結婚」だって、はっきり真実味はない。
「デートって、男と?」
「女の子ではなかったなあ。親会社の人」
いいや、正直に言っちゃえ。別に隠しておくほどの何かがあるわけじゃないし、あたしと先輩はそんな関係じゃない。
「誰かとつきあってるの?」
「まだ、そこまで行ってない。候補ってとこかな」
先輩の冗談みたいなプロポーズより、あたし的にはまともな話だもん。先輩は驚いた顔も傷ついた顔もしてはいないのだけれど、明るい顔でないのは確かだ。それから、ちょっと考え込む形になった。
あたし、もしかしたら酷いこと言ったのかしらん。でも先輩からは、つきあおうとか好きだとか言われたこと、ないんだよ。いきなり「結婚しない?」なんて驚かせて、その言葉一本やりで、あたしの返事なんか無視してて。
もしかしたら、あれって真面目な話だったの?プロセスをすっ飛ばした原口先輩の言葉は、どう考えても真剣味なんて欠片も考えられない。
思いっきり見上げないないと視線すら合わない先輩は、どこをどう見ているのかまったくわからない。不本意ながら抱っこされたとき、あまりの視界の違いに驚いた。見える景色さえ、違うのだ。
―とりあえず、お互いを知りましょ。
―馬には乗ってみよってとこで、ひとつ。
―いいよ、納得するまで観察してくれて。
……言われてるじゃない、あたし。知り合ってその上でって、ちゃんと言われてるじゃない。
「先輩? もしかしたら、気にした?」
「気にしなくて、どうする。俺と結婚することに決まってる女が」
「決まってないから!」
先輩の言葉をぶっちぎって否定して、口を閉じてしまった先輩の顔を見た。そうか。反射的に言い返してるから、肝心の部分を聞き逃してるんだ。あたしの頭を鷲掴みにした先輩の手は、思いの外優しかった。
帰りの車を運転しながら、自分でも考える。原口先輩は、けして嫌いじゃない。「結婚しない?」じゃなくて、普通に食事に誘われるとか連絡先を確認されるか理解しやすい誘いなら、あたしもそれなりの心構えで対応してた筈だ。
あたしが軽く捉えて反発したのは、突拍子もないタイミングの言葉だったから。あたしの反論を、先輩はいつもニヤニヤ笑いで受けるから、冗談みたいに見える。
ねえ、何を考えてるの? あたしが他の男とデートするのを気にする程度には、本気だったんだね。罪悪感は湧かないけど、迂闊だったなって気はある。
またスポーツクラブで会うだろうし、翌週踊りを教える約束もしてる。他の男とも会ってるあたしに、先輩が失望してキャンセルしない限りは、約束はそのままだろう。あたし的には別に気まずいわけでもないもの。
でもね、今度は先輩がどんな人だか、もう少し注意を向けてみることにする。恋愛に結びつくものかどうかはわからないけど、無駄に気を持たせたり傷つけたりする気はないもの。
自分の部屋の本棚の前に立ち、一番上の棚を見上げた。読み終わって、多分読み返すことのない本が入っている場所。熊の顔って、ほぼこの位置なんだよなあ。
踏み台に乗って出し入れする棚を見ながら、そこに原口先輩の顔を挿げてみる。顎しか存在の主張はないじゃない。先輩が見るのも、あたしの頭の天辺だし。
向き合おうと思わなくちゃ、向き合うこともできない場所。今度は、ちゃんと顔を見て話そう。表情さえ見えていれば、こんな風に考え込まなくても理解できることがある筈。
思いっきり見上げる首は、疲れるけど。
定時に会社を出て、お互いに都合のつく池袋で待ち合わせ。食事して、ちょっとお酒を飲んで、当たり障りのない会話と、ちらちら見える下心。
見た目は悪くない、仕事の内容も知ってる、話題はそれほど薄くない。時々「ウチの会社」の話が、お父さんの自慢をする小学生みたいに聞こえるけど、大会社に入るために努力したのだろうし、それなりのプライドもあるのだろうと納得する。
「ウチの会社内にいたら、篠田さんの競争率、高いだろうなあ」
都内じゃなくても男は居るんですけど。確かに大きい会社ではあるけど、あんたの会社が潰れりゃあたしの会社も一緒にダメになるんだから、危険性は一緒だし。
大学生活を都内で過ごしたあたしに、都内に対する幻想はない。この人にはまだ、こんな風には言わないけど、頭の中ではツッコミひとつ。どこのイナカモンだ、あんた。今時は情報も流通も、ストレスがある場所は少ないっつーの。
なーんて言わないでおいてやって、にっこりと笑ってみせる。
スーツの趣味も普通だし、会社は大きいし、何よりもあたしに興味を持ってる。エスコートは上手で、突拍子もないこともしない。これならもう何回か会って、なし崩しにオツキアイのパターンかなあ、なんてね。柏倉さんも多分、同じようなことを考えてると思う。
それなりの年齢だし、仕事の繋がりもあるから、お互いに慎重に様子を見てる感じかな。少なくとも、開口一番で「結婚しない?」なんて言う、どこかのバカとは違う。
「また、連絡していい?」
「はい、楽しみにしてます」
お約束の会話で手を振って、行儀良く別れる。これがフツーだよ、先輩。間違っても、いきなり「結婚することにした」なんて言わないよ。でも、あのインパクトのせいで、先輩にははじめから、猫の皮はナシだった。
翌日は先輩と、よさこいの練習をした。
「最近、トレーニングがお留守だあ。会費、もったいないなあ」
「悪いな、つきあわせて。でも、真昼間に踊りの練習ってのもなあ」
うん。休みの日の昼間に公園で鳴子鳴らすのはイヤだし、夜になるのは仕方ない。トレーニングがお留守なのは、ちょっと残業が続いたり飲みに出てたりするせいもあるしね。
「いいけどさ。昨日はデートだったし」
口から出した後に、まずいこと言ったかなと思う。でも、あたしと先輩は別に恋人同士ってわけでもないし、先輩の言う「結婚」だって、はっきり真実味はない。
「デートって、男と?」
「女の子ではなかったなあ。親会社の人」
いいや、正直に言っちゃえ。別に隠しておくほどの何かがあるわけじゃないし、あたしと先輩はそんな関係じゃない。
「誰かとつきあってるの?」
「まだ、そこまで行ってない。候補ってとこかな」
先輩の冗談みたいなプロポーズより、あたし的にはまともな話だもん。先輩は驚いた顔も傷ついた顔もしてはいないのだけれど、明るい顔でないのは確かだ。それから、ちょっと考え込む形になった。
あたし、もしかしたら酷いこと言ったのかしらん。でも先輩からは、つきあおうとか好きだとか言われたこと、ないんだよ。いきなり「結婚しない?」なんて驚かせて、その言葉一本やりで、あたしの返事なんか無視してて。
もしかしたら、あれって真面目な話だったの?プロセスをすっ飛ばした原口先輩の言葉は、どう考えても真剣味なんて欠片も考えられない。
思いっきり見上げないないと視線すら合わない先輩は、どこをどう見ているのかまったくわからない。不本意ながら抱っこされたとき、あまりの視界の違いに驚いた。見える景色さえ、違うのだ。
―とりあえず、お互いを知りましょ。
―馬には乗ってみよってとこで、ひとつ。
―いいよ、納得するまで観察してくれて。
……言われてるじゃない、あたし。知り合ってその上でって、ちゃんと言われてるじゃない。
「先輩? もしかしたら、気にした?」
「気にしなくて、どうする。俺と結婚することに決まってる女が」
「決まってないから!」
先輩の言葉をぶっちぎって否定して、口を閉じてしまった先輩の顔を見た。そうか。反射的に言い返してるから、肝心の部分を聞き逃してるんだ。あたしの頭を鷲掴みにした先輩の手は、思いの外優しかった。
帰りの車を運転しながら、自分でも考える。原口先輩は、けして嫌いじゃない。「結婚しない?」じゃなくて、普通に食事に誘われるとか連絡先を確認されるか理解しやすい誘いなら、あたしもそれなりの心構えで対応してた筈だ。
あたしが軽く捉えて反発したのは、突拍子もないタイミングの言葉だったから。あたしの反論を、先輩はいつもニヤニヤ笑いで受けるから、冗談みたいに見える。
ねえ、何を考えてるの? あたしが他の男とデートするのを気にする程度には、本気だったんだね。罪悪感は湧かないけど、迂闊だったなって気はある。
またスポーツクラブで会うだろうし、翌週踊りを教える約束もしてる。他の男とも会ってるあたしに、先輩が失望してキャンセルしない限りは、約束はそのままだろう。あたし的には別に気まずいわけでもないもの。
でもね、今度は先輩がどんな人だか、もう少し注意を向けてみることにする。恋愛に結びつくものかどうかはわからないけど、無駄に気を持たせたり傷つけたりする気はないもの。
自分の部屋の本棚の前に立ち、一番上の棚を見上げた。読み終わって、多分読み返すことのない本が入っている場所。熊の顔って、ほぼこの位置なんだよなあ。
踏み台に乗って出し入れする棚を見ながら、そこに原口先輩の顔を挿げてみる。顎しか存在の主張はないじゃない。先輩が見るのも、あたしの頭の天辺だし。
向き合おうと思わなくちゃ、向き合うこともできない場所。今度は、ちゃんと顔を見て話そう。表情さえ見えていれば、こんな風に考え込まなくても理解できることがある筈。
思いっきり見上げる首は、疲れるけど。
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