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お仕事依頼
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卒業生を送り出し、和香の任期も残り数日になってきた。学年が終わるので職員室がバタバタしている中、和香は教職員や少しだけ仲良くなった生徒たちに任期の終わりを告げた。残念がってくれる声も結構あって(お世辞かも知れないが)、まだここに居たかったと悲しくなる。けれど後任は決まってしまったらしいし、時間給の契約社員から、正社員になる契約書も交わしてしまった。
教職員のほうも異動の辞令を受けた人たちは、各教科の準備室やロッカーを片付けはじめ、大きなゴミが増える。残った予算をやりくりできる範囲で、新しい備品を買う人もいて、梱包材が山になる。倉庫はリサイクル資材と廃棄物でいっぱいになり、のんびりしてもいられない。早春に花の咲く木からは花びらが盛大に降り、見るだけならば綺麗だと喜べるが、そこも掃かなくてはならない。
「中山さん、そこはブロワーで吹いちゃってください」
「重いからなあ」
和香は本体重量が六キロあるエンジンブロワー(それにガソリンが五リットル入ってる)を持ち上げ、溜息を吐く。
「四月からこれを動かせるのは、中山さんしかいなくなるんですよ。おばさんたちじゃ持ち上がりませんから」
「いいよ、トクソウに来てもらうから」
「毎日なんて来るわけないでしょう」
お約束のようになってしまったやりとりも、残り少なくなると腹が立たない不思議。
そんなこんなの中で、水木先生の管理する第一理科室が、片付きはじめた。異動しちゃったら、もう来ても会えないんだなと、和香は少しがっかりする。けれど、仕事は別である。
人当たりの良さと整理の良さは別物で、用務員の間でも『魔窟』と呼ばれていた準備室は、仕様書に記載されておらず私物も多いので、本来ならば清掃には入らない。ドアから覗く室内のキャビネットの中は、何が入っているのかぎっしりだし、デスクの引き出しは閉まらずに、中から物がはみ出している。カーテンの色は変わってしまっているし、大容量のゴミ袋が膨らんで並んでいる。あの中のどれくらいが廃棄物で、どれくらいが私物で、どれくらいが学校備品なのだろうか。一向に進んでいないけれど、春休みに一気に終わらせるのだろうか。
そして春休みの二日目、午前の休憩中に、副校長先生が主事室を訪れた。長期休みはルーティンな生徒用の手洗い清掃などは休みなので、普段できない箇所を集中的に整える時期だということは、副校長先生も知っている。
「管理のかたには、次の打ち合わせのときにお願いするつもりなんですが、先に現場のかたたちにお願いしておかないとと思って」
前置きからして不穏だ。名目はリーダーの中山さんが、促すような返事をする。
「今年度で水木先生が異動になりましてね、第一理科室と準備室の清掃をお願いしたいんですよ。お忙しいのはわかっているし、大変だろうとは思うのですが」
ここで、特別教室は仕様にないなんて、断れる請負業者はいない。たった一日のサービスで契約の続行を検討されちゃうくらいなら、多少手間がかかったって受け入れる。
「了解です。早速午後からはじめさせていただきます」
返事をしたのはベテランらしく金子さんだが、彼女は午前中勤務だ。
昼休憩が終わると、中山さんは各手洗いの換気扇を洗ってくると、逃げていった。残された鈴木さんと和香は、とりあえず第一理科室に行ってみることに決めて、ついでに管理さんにも連絡する。今日は他に用事があるという返答なので、ざっくりと魔窟についての説明をした。あ、あそこか、と管理さんも理解したらしい。
「じゃ、とりあえずゴミだけ除去しといて。トクソウ出してもらうから」
トクソウが来てくれる? 自分が数日後から行く場所だというのに、和香はまだ仕事ぶりを見ていない。応援に来てくれたことのある片岡さんは、確かに仕事が早かった。でも早いだけじゃ、清掃は不十分だ。どれくらいのレベルが求められるのか、確認しておかなくてはならない。この居心地の良い場所から移る覚悟は、まだできていないのだ。
「トクソウが来てくれるそうです。ゴミだけ処理してって」
電話を切った和香が鈴木さんに言い、ふたりで準備室に入ると、水木先生はまだ私物を箱詰めしていた。
「汚くしてしまって、申し訳ありません。ゴミはそこに纏めたんで、あと掃除していただければ」
にこやかに言われても、これでは清掃に入れない状態だ。ゴミは雑多に袋に入れられて仕分けしなくてはならないし、キャビネットの中には何かが詰まっている。鈴木さんと顔を見合わせ、倉庫にゴミ袋を運ぶ。可燃ゴミと不燃ゴミと資源ゴミが雑多に入れられた袋の中身を、確認しながら分けていくのは、なんだかすっごく不毛な作業に感じる。もう一度運び出すために準備室に戻ると、顕微鏡や上皿天秤に『廃棄』と張り紙があった。和香は思わず溜息を吐き、もう終わったような顔の水木先生に質問する。
「これ、学校の管理番号が貼ってありますけれども。事務さんに登録抹消してもらわないと、監査のときに困るんじゃないですか」
公立学校の備品は、基本的に公共用財産だ。予算から購入されたときに管理番号で財産登録され、廃棄する場合は登録を抹消する。用務員歴一年少々の和香が気がつくのに、この先生は気がつかないのか。
「じゃあ、それは後ほど処分していただくことにして、ですね。あとはキャビネットの中ですが、後任の先生に必要かどうか確認してもらってください」
自分が赴任する前からあって自分が使わないものでも、捨てるかどうかの判断が億劫だからって理由で不要在庫が増えるのは、学校に限ったことじゃない。でもこれは酷すぎる、と本人に向かっては言えない。ダンボールが三箱ほど積まれ、水木先生が持って出るのはそれだけらしい。
「職員室の机とロッカーも片付けなくちゃならないんで、これはここに置いておいてくださいね」
職員室の水木先生の、上も下も山盛りの机を思い出すと、頭痛がしそうだ。男性ロッカー室に入ったことはないけれど、そこも似たようなものだろう。他にも異動する先生は何人かいるが、年度末だから多少増えたかな、程度の廃棄物しか出ていなかった。
うん、トクソウを待とう。これは常駐の用務員だけじゃ手に負えない。
教職員のほうも異動の辞令を受けた人たちは、各教科の準備室やロッカーを片付けはじめ、大きなゴミが増える。残った予算をやりくりできる範囲で、新しい備品を買う人もいて、梱包材が山になる。倉庫はリサイクル資材と廃棄物でいっぱいになり、のんびりしてもいられない。早春に花の咲く木からは花びらが盛大に降り、見るだけならば綺麗だと喜べるが、そこも掃かなくてはならない。
「中山さん、そこはブロワーで吹いちゃってください」
「重いからなあ」
和香は本体重量が六キロあるエンジンブロワー(それにガソリンが五リットル入ってる)を持ち上げ、溜息を吐く。
「四月からこれを動かせるのは、中山さんしかいなくなるんですよ。おばさんたちじゃ持ち上がりませんから」
「いいよ、トクソウに来てもらうから」
「毎日なんて来るわけないでしょう」
お約束のようになってしまったやりとりも、残り少なくなると腹が立たない不思議。
そんなこんなの中で、水木先生の管理する第一理科室が、片付きはじめた。異動しちゃったら、もう来ても会えないんだなと、和香は少しがっかりする。けれど、仕事は別である。
人当たりの良さと整理の良さは別物で、用務員の間でも『魔窟』と呼ばれていた準備室は、仕様書に記載されておらず私物も多いので、本来ならば清掃には入らない。ドアから覗く室内のキャビネットの中は、何が入っているのかぎっしりだし、デスクの引き出しは閉まらずに、中から物がはみ出している。カーテンの色は変わってしまっているし、大容量のゴミ袋が膨らんで並んでいる。あの中のどれくらいが廃棄物で、どれくらいが私物で、どれくらいが学校備品なのだろうか。一向に進んでいないけれど、春休みに一気に終わらせるのだろうか。
そして春休みの二日目、午前の休憩中に、副校長先生が主事室を訪れた。長期休みはルーティンな生徒用の手洗い清掃などは休みなので、普段できない箇所を集中的に整える時期だということは、副校長先生も知っている。
「管理のかたには、次の打ち合わせのときにお願いするつもりなんですが、先に現場のかたたちにお願いしておかないとと思って」
前置きからして不穏だ。名目はリーダーの中山さんが、促すような返事をする。
「今年度で水木先生が異動になりましてね、第一理科室と準備室の清掃をお願いしたいんですよ。お忙しいのはわかっているし、大変だろうとは思うのですが」
ここで、特別教室は仕様にないなんて、断れる請負業者はいない。たった一日のサービスで契約の続行を検討されちゃうくらいなら、多少手間がかかったって受け入れる。
「了解です。早速午後からはじめさせていただきます」
返事をしたのはベテランらしく金子さんだが、彼女は午前中勤務だ。
昼休憩が終わると、中山さんは各手洗いの換気扇を洗ってくると、逃げていった。残された鈴木さんと和香は、とりあえず第一理科室に行ってみることに決めて、ついでに管理さんにも連絡する。今日は他に用事があるという返答なので、ざっくりと魔窟についての説明をした。あ、あそこか、と管理さんも理解したらしい。
「じゃ、とりあえずゴミだけ除去しといて。トクソウ出してもらうから」
トクソウが来てくれる? 自分が数日後から行く場所だというのに、和香はまだ仕事ぶりを見ていない。応援に来てくれたことのある片岡さんは、確かに仕事が早かった。でも早いだけじゃ、清掃は不十分だ。どれくらいのレベルが求められるのか、確認しておかなくてはならない。この居心地の良い場所から移る覚悟は、まだできていないのだ。
「トクソウが来てくれるそうです。ゴミだけ処理してって」
電話を切った和香が鈴木さんに言い、ふたりで準備室に入ると、水木先生はまだ私物を箱詰めしていた。
「汚くしてしまって、申し訳ありません。ゴミはそこに纏めたんで、あと掃除していただければ」
にこやかに言われても、これでは清掃に入れない状態だ。ゴミは雑多に袋に入れられて仕分けしなくてはならないし、キャビネットの中には何かが詰まっている。鈴木さんと顔を見合わせ、倉庫にゴミ袋を運ぶ。可燃ゴミと不燃ゴミと資源ゴミが雑多に入れられた袋の中身を、確認しながら分けていくのは、なんだかすっごく不毛な作業に感じる。もう一度運び出すために準備室に戻ると、顕微鏡や上皿天秤に『廃棄』と張り紙があった。和香は思わず溜息を吐き、もう終わったような顔の水木先生に質問する。
「これ、学校の管理番号が貼ってありますけれども。事務さんに登録抹消してもらわないと、監査のときに困るんじゃないですか」
公立学校の備品は、基本的に公共用財産だ。予算から購入されたときに管理番号で財産登録され、廃棄する場合は登録を抹消する。用務員歴一年少々の和香が気がつくのに、この先生は気がつかないのか。
「じゃあ、それは後ほど処分していただくことにして、ですね。あとはキャビネットの中ですが、後任の先生に必要かどうか確認してもらってください」
自分が赴任する前からあって自分が使わないものでも、捨てるかどうかの判断が億劫だからって理由で不要在庫が増えるのは、学校に限ったことじゃない。でもこれは酷すぎる、と本人に向かっては言えない。ダンボールが三箱ほど積まれ、水木先生が持って出るのはそれだけらしい。
「職員室の机とロッカーも片付けなくちゃならないんで、これはここに置いておいてくださいね」
職員室の水木先生の、上も下も山盛りの机を思い出すと、頭痛がしそうだ。男性ロッカー室に入ったことはないけれど、そこも似たようなものだろう。他にも異動する先生は何人かいるが、年度末だから多少増えたかな、程度の廃棄物しか出ていなかった。
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