トクソウ最前線

蒲公英

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ビミョーだった

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 たった一日のために服を新調するのはどうかと思うが、これから先に繋がるのならば組み合わせの利く何かを買ってしまっても良いかと迷う。大体、自分のイメージが自分でわからない。平日に待ち合わせて服を見立ててくれるような友人はいないし、土曜日ならと言ってくれた人は、いつ会っても格安量販店のカットソーを着ている。迷っているうちに金曜日になってしまい、もうどうにでもなーれの心境に落ち着いて、少しだけ由美さんに話す気になった。
「待ち合わせてお茶? やだカワイイ」
「何着てったらいいんでしょう」
「その前に、鳥のカフェってフン大丈夫? 行ったことないから知らないけど」
 言われてみれば、確かにそれは気にするポイントかも知れない。誰と会うかばかり気にして、どこに行くかなんて考えてなかった。
「良いところのディナーとかじゃないんだから、頑張らなくていいんじゃない? 知り合いとお茶に行くだけって思えば」
 そう言われて、気が楽になる。女の子として誘ってもらったんじゃなくて、鳥の話がしたいだけなんだって思えばいいのか。
「和香ちゃん、いろんなところで緊張しすぎ。固まってると、必要な時に動けないよ。気楽に行こう」
 肩をポンと叩いて、由美さんが帰っていく。緊張、しすぎなのかなあ。

 そして考えに考えた結果の、綿のシャツにデニムジーンズのシンプルな装いは、鏡の前に立てば正解に見えた。初夏の気候に余計なアクセサリーは暑苦しいし、気合を入れた気恥ずかしさもない。
「あら、またファッションショーしてる。身だしなみが気になることができたの?」
「たまには友達と会うこともあるのっ」
 二十四にもなった娘が散歩以外の外出もせずにいることを、母が気にしているのは知っている。ただ、気にされても事態は改善しないのだから、なるたけ静かに触らないでいて欲しい。実家に住ませてもらっていることで、不自由のない生活を送れていることは自覚しているから。


 ランチ時間を避けた午後二時に予約だと、駅で待ち合わせたのは一時四十五分だ。早めに到着した和香が待っていると、三分遅れて水木先生があらわれた。
「駅から少しあるんで、急ぎましょう。予約時間になってしまう」
 遅れたことを詫びるでもない行動に戸惑いながら、水木先生の横に並んだ。
「猫カフェとかうさぎカフェとかって、行ったことありますか」
 早足で歩きながら、水木先生は質問した。
「ないです。水木先生はありますか」
「いや、男が行けるようなところなんですか、ああいうの」
 和香が眺めるSNSのタイムラインには、ときどきすっごく可愛い猫の写真が上がっていて、猫カフェに行って仲良しの猫さんと~みたいな言葉が添えられている。プロフィールは男の人みたいだけれど、和香自体は不思議だとも異様だとも思っていなかったから、そこに羞恥心を感じる人もいるんだなって感想しかない。

 到着した場所の店構えは、和香が怯むくらいファンシーだった。これは男の人がひとりで入れないのは無理ないなと思いながら、席へ案内された。店の真ん中がガラスのケージになっていて、鳥に触るのはそこに入らなくてはいけないらしい。カフェのメニューが少々高価なのは、鳥の飼育代が乗っているからだろう。
「うわ、ケーキってこんなに高いの」
 可愛いケーキの写真をワクワクしながら見ていた和香の耳に、水木先生の呟きが忍び込む。こんなことを聞いて、スイーツを頼めるわけがない。
「僕、アイスコーヒーで」
「じゃ、私はカフェオレで」
「榎本さんは甘いものは食べないんですか」
「いえ、ダイエット中なので」
 なんだこの茶番。お茶代は当然払うつもりだから自分の好きなものを頼めばいいのに、つい合わせてしまって若干不服が残る。それでもインコたちが可愛いし、鳥の名前を教えてもらうと賢くなった気がして嬉しいので、良しとする。ガラスケージの中に入れてもらえば、いたずらインコたちにボタンを引っ張られたり頭に乗られたりで、結構楽しめたと思う。

 けれど、規定の時間が過ぎたら何もないのである。可愛かったですね、楽しかったですねでオシマイだ。
「どこか行ってみたい場所はありますか」
「いえ、先生が行きたい場所があれば」
 ではまた次の機会にと解散したあと、和香は手近なカフェに飛び込んだ。メニューしか見られなかったケーキが、とてもとても食べたかった。運ばれてきたモンブランにフォークを突き刺し、何だったんだろうと思う。
 楽しかった気はする。けれど同じ日をもう一度過ごしたいかと訊かれたら、確実にノーと言う。水木先生は穏やかでちゃんとした職業を持っていて、でもなんだか違和感がある。それは和香が慣れないシチュエーションだからなのか。
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