トクソウ最前線

蒲公英

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仲は悪くない

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 竹田さんが副社長に呼ばれ、見積りを作るためにコンベックスと脚立持参で舘岡中に行ったのは、三日後だった。最初の話のときに同行だったので、和香も一緒に行きたかったのだが、振り分けられたのは小学校の用務員さんの有給休暇のサポートだ。自転車で移動できる場所なので、作業着のまま移動して、途中のコンビニエンスストアで昼食を買う。冷蔵庫の前でリンゴジュースに手を伸ばそうとして、竹田さんの顔が浮かんだ。やけに楽しそうに脚立を運んでいた竹田さんは、本当は元の仕事に戻りたいんだろうか。
 自転車の籠にコンビニの袋を入れ、スタンドを外して走り出そうとすると、目の前を老人が通り抜けた。じろりと和香の顔を見て、足早に歩いていく。
 また目ぇ開けて寝てる。頭のなかに声が蘇って、寝てないもんと返事する。今まで自分がぼんやりしていると思ったことがなかったのは、誰も指摘してくれなかったんだなと改めて自覚する。母親にうるさく言われるのはデフォルトだから、それ以外の情報がない。それとも、言われても気がつかなかったのかしら。

 小学校の廊下にモップをかけていると、和香のスマートフォンが鳴った。相手は経谷中学担当の管理さんだ。
「榎本さんって、理科の新しい先生と知り合いなの?」
「知り合いっていうか、水木先生なら前任校が舘岡中なので」
 管理さんは合点がいったように相槌を打った。
「植物の栽培って依頼があったんだけどね、その先生が榎本さんが上手だからって言うの。経谷中の主事室に、ちょっと顔出してコツ教えてくれない?」
 コツって言われたって、全部植物の種の袋に書いてある通りなんですけど。まあ、今日は別に大層な用事もないようだし、いいか。
「午後休憩の後、会社に戻る前に寄ります。もう土とか種とかは用意されてるんですか」
「預かってないから、先生に訊いてみて。教材だから、こっちで用意するものじゃないし」
 何もないなら、行ってどうしようというのだ。水木先生ってこんなに我儘だっけと思いつつ、行くのは就業時間ギリギリで問題ないことを確認した。材料がないものをセットすることは、できない。

 昼休みに用務員さんたちと一緒に食事しようと思っていたのだが、今まで行っていた場所と様子が違う。ふたりいる用務員さんは別々の場所で食事して、雑談することもなく片方は昼寝態勢になり、片方は図書室に行くと言って出ていった。そういえば午前の休憩も業務連絡しかしていなかった。別に喧嘩しているわけじゃないらしいが、仲が良いわけでもない。両方とも人当たりの悪い人じゃないのに、コミュニケーションが薄い。
 予鈴で目を覚ました人に、世間話のように話しかける。
「ごはん、いっしょに食べないんですね」
 和香から見れば父よりもはるかに年上の男の人は、冷めたお茶をすすって笑った。
「別に話もないからねえ。下手に気をつかうより、黙ってた方が楽なこともあるから。お互いの担当の仕事をきっちり仕上げて、協力が必要なときに声をかけられればいいんじゃない?」
 そんな話をしていると、もうひとりの用務員さんが戻ってきて、更衣室に入るからと掃除機を持って出ていった。
「ほらね、あんな感じ。仕事に関しては信用してるから、別にプライベートはいらないんですよ。僕は僕で結構好きな仕事だし、彼女も楽しいって言ってるんだから、問題ないでしょ」
 仲間と雑談ができなくても、仕事が楽しいとか。和香が小首を傾げたので、相手は解説するように言った。
「分担がきちんとできて現場がうまく回ってれば、この仕事は楽しいものですよ。成果が目に見えるから、達成感がある」
 僕は除草をしてくるからと相手も主事室から出ていき、廊下にかけてある額類を拭うために、和香もマイクロファイバークロスを握った。

 毎日違う場所に行って違う相手と仕事をしているけれど、確かに楽しいような気がする。雑談する人しない人、仕事の早い人遅い人、決まったことしかしない人、気をまわして仕事を先取りする人、言われるまで見えないふりを続ける人、一日中休憩もとらずに清掃している人、逆に休憩時間が長くて主事室に根が生えたような人。あの人たちは全員、私と気が合う人だろうか? そんなわけはない。
 それでは今まで馴染めなかった場所にいた人たちは、全員和香が苦手だったのか? あんなにたくさんの人がいたのに、全員に嫌われていた? 話したことがない人だっていたのに。
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