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再びビミョーです
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しまった、せめて駅で待ち合わせしてもらえば良かった。まだ梅雨前とはいえ強い日差しの中、街道沿いのホームセンターは遠い。自転車で行ってその場で解散っていうのも考えたのだが、経谷中まで運んだ後にお茶でもって流れに、少し期待してしまったのだ。今日は作業するわけじゃないから、汚れて良い服装じゃなくていい。だから気楽ではあるけれど女の子感のある、更紗のスカートを穿いてみた。ついでにマスカラなんかも塗ってみたが、瞬きしたら目の下が真っ黒になってしまったので、慌てて全部落とした。女の子同士の交流が浅いので、簡単なテクニックですら情報に疎い。
前日にSNSで連絡してきた友達が、久しぶりに会おうかと言ってくれたので、大喜びで火曜日に会うことにした。ここのところ、プライベートが動きはじめた気がする。
夜や休みの日に予定がないのが当たり前で、退屈ではあっても人間関係に怯えたり気に病んだりしなくて良いってメリットは確かにあって、ひとりでいるのは苦痛じゃないから、このままでも不自由はしない。けれど予定が入れば嬉しいのも確かで、孤独が好きなわけでもないのだと知る。
約束の時間より先にホームセンターに到着し、日除けのあるベンチに腰掛けて清涼飲料水を飲んだ。汗ばんでいるのが気になって、ボディシートで腕や首を拭いてみる。水木先生が来ると思われる駐車場の入り口を見て、そわそわする。
デートじゃないよ、教材の買い出しのお手伝いをするだけ。落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせて待っていると、店舗の中から水木先生があらわれた。手に何やら入った袋を持っている。
「榎本さん、もう見えてたんですね。僕、これを車に置いてきちゃうんで、先に花売り場に行っててもらっていいですか」
早口にそう言って駐車場に入っていく水木先生に、和香はまたなんだか違和感を感じる。それの正体がわからないまま、先に花売り場に入って花の種を見ていた。ほどなくして和香の隣に立った先生は、迷わずに大輪ヒマワリとトウモロコシと濃い紫のアサガオの種を籠に入れた。あ、こんな風に選ぶってことは、残った種を花壇にでも使ってくださいとは言わないな、と思いながら培養土の売り場までついて行く。
「これがわからないんですよね、こんなにたくさん種類があるから」
たくさんあるって言ったって、大別すれば花用か野菜用かくらいで、今持っている種ならば特別に調合した土は必要ない。最近の種は管理が良くて発芽性が高いから、繊細に発芽管理しなくてはいけないもの以外なら、直蒔きで十分だ。それを伝えると水木先生は種の袋の裏を見て、少々疑わし気な顔をした。袋に書いてある通りにしたいのならば、和香はここに必要ない。
プランターを選んで車に積み込み、さあどうぞと助手席を勧められた。お邪魔しますと乗って、水木先生が何も言わずに発進したので、どこに行くのだろうと黙っていたら、この道順は経谷中だ。
「このまま学校に運んじゃうんですね」
「せっかく榎本さんがいるから、ついでに蒔いちゃおうと思って」
「へ?」
いや、私は今日、勤務日じゃありません。長めのスカートで、しゃがんだり土の袋持ったりしたくないです。まして経谷中のどこにスコップとかホースがあるのか知りません!
黙ってしまった和香を肯定していると取ったか、車は経谷中の門に入って行く。当然のように一緒に荷降ろしをさせられて、和香の表情はどんよりである。
「先生。主事室に入れておいていただければ、明日用務員が動きますから。私、倉庫の鍵の場所も知りませんし」
「施設管理員(夜間や学校が休みの日の受付と警備、だいたいは区の委託業務)さんが、鍵持ってるんじゃないですか」
おっそろしく前向きな返事で、水木先生はさっさと主事室に向かって歩いていく。中にいる人を呼び、倉庫の鍵を開けてもらって台車を出している。
仕事としての植物の手入れは好きだ。だけど日曜日の和香は、作業員じゃない。ここには自分の手袋すらない。頭のなかでは言いたいことがひしめいているのだが、結局中途半端な笑顔でプランターに土を入れ、穴をあけて種を蒔く。最後にホースから霧状にした水を撒いていると、何をしているんだと悲しくなってきた。
作業を終えて水飲み場で手を洗うと、カットソーもスカートも埃っぽくて、布のスニーカーの爪先に土汚れがあって、溜息が出た。わざとらしくなく女の子っぽく見える服装が、全部パア。
にもかかわらず、水木先生はさっぱりした顔をしている。
「榎本さんのおかげで助かりました。お礼と言っては些少ですが、お茶でも飲みに行きませんか」
そんな言葉が嬉しいのは、その後の進展への期待だとわかっている。
一緒に行ったファミリーレストランにいたのは、せいぜい三十分程度だ。和香の家からそんなに遠くなかったので、そのまま別れた。喋るのが商売な人だけあって、水木先生は話題が豊富だ。本もたくさん読んでいるようだし、特に好きな鳥の話は雄弁になる。理解し難い話は噛み砕いて説明してくれるから、自分が賢くなった気がする。
それに、ちゃんと大人だし。自分みたいにオドオドしてないし、威嚇的でもないし。
また連絡しても良いですかと聞かれて、喜んでと返事した。そして歩きながらまた浮かんでくる違和感には、気がつかないふりをした。
前日にSNSで連絡してきた友達が、久しぶりに会おうかと言ってくれたので、大喜びで火曜日に会うことにした。ここのところ、プライベートが動きはじめた気がする。
夜や休みの日に予定がないのが当たり前で、退屈ではあっても人間関係に怯えたり気に病んだりしなくて良いってメリットは確かにあって、ひとりでいるのは苦痛じゃないから、このままでも不自由はしない。けれど予定が入れば嬉しいのも確かで、孤独が好きなわけでもないのだと知る。
約束の時間より先にホームセンターに到着し、日除けのあるベンチに腰掛けて清涼飲料水を飲んだ。汗ばんでいるのが気になって、ボディシートで腕や首を拭いてみる。水木先生が来ると思われる駐車場の入り口を見て、そわそわする。
デートじゃないよ、教材の買い出しのお手伝いをするだけ。落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせて待っていると、店舗の中から水木先生があらわれた。手に何やら入った袋を持っている。
「榎本さん、もう見えてたんですね。僕、これを車に置いてきちゃうんで、先に花売り場に行っててもらっていいですか」
早口にそう言って駐車場に入っていく水木先生に、和香はまたなんだか違和感を感じる。それの正体がわからないまま、先に花売り場に入って花の種を見ていた。ほどなくして和香の隣に立った先生は、迷わずに大輪ヒマワリとトウモロコシと濃い紫のアサガオの種を籠に入れた。あ、こんな風に選ぶってことは、残った種を花壇にでも使ってくださいとは言わないな、と思いながら培養土の売り場までついて行く。
「これがわからないんですよね、こんなにたくさん種類があるから」
たくさんあるって言ったって、大別すれば花用か野菜用かくらいで、今持っている種ならば特別に調合した土は必要ない。最近の種は管理が良くて発芽性が高いから、繊細に発芽管理しなくてはいけないもの以外なら、直蒔きで十分だ。それを伝えると水木先生は種の袋の裏を見て、少々疑わし気な顔をした。袋に書いてある通りにしたいのならば、和香はここに必要ない。
プランターを選んで車に積み込み、さあどうぞと助手席を勧められた。お邪魔しますと乗って、水木先生が何も言わずに発進したので、どこに行くのだろうと黙っていたら、この道順は経谷中だ。
「このまま学校に運んじゃうんですね」
「せっかく榎本さんがいるから、ついでに蒔いちゃおうと思って」
「へ?」
いや、私は今日、勤務日じゃありません。長めのスカートで、しゃがんだり土の袋持ったりしたくないです。まして経谷中のどこにスコップとかホースがあるのか知りません!
黙ってしまった和香を肯定していると取ったか、車は経谷中の門に入って行く。当然のように一緒に荷降ろしをさせられて、和香の表情はどんよりである。
「先生。主事室に入れておいていただければ、明日用務員が動きますから。私、倉庫の鍵の場所も知りませんし」
「施設管理員(夜間や学校が休みの日の受付と警備、だいたいは区の委託業務)さんが、鍵持ってるんじゃないですか」
おっそろしく前向きな返事で、水木先生はさっさと主事室に向かって歩いていく。中にいる人を呼び、倉庫の鍵を開けてもらって台車を出している。
仕事としての植物の手入れは好きだ。だけど日曜日の和香は、作業員じゃない。ここには自分の手袋すらない。頭のなかでは言いたいことがひしめいているのだが、結局中途半端な笑顔でプランターに土を入れ、穴をあけて種を蒔く。最後にホースから霧状にした水を撒いていると、何をしているんだと悲しくなってきた。
作業を終えて水飲み場で手を洗うと、カットソーもスカートも埃っぽくて、布のスニーカーの爪先に土汚れがあって、溜息が出た。わざとらしくなく女の子っぽく見える服装が、全部パア。
にもかかわらず、水木先生はさっぱりした顔をしている。
「榎本さんのおかげで助かりました。お礼と言っては些少ですが、お茶でも飲みに行きませんか」
そんな言葉が嬉しいのは、その後の進展への期待だとわかっている。
一緒に行ったファミリーレストランにいたのは、せいぜい三十分程度だ。和香の家からそんなに遠くなかったので、そのまま別れた。喋るのが商売な人だけあって、水木先生は話題が豊富だ。本もたくさん読んでいるようだし、特に好きな鳥の話は雄弁になる。理解し難い話は噛み砕いて説明してくれるから、自分が賢くなった気がする。
それに、ちゃんと大人だし。自分みたいにオドオドしてないし、威嚇的でもないし。
また連絡しても良いですかと聞かれて、喜んでと返事した。そして歩きながらまた浮かんでくる違和感には、気がつかないふりをした。
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