50 / 54
変わっちゃうのか
ランチの懇親会が終わっても、まだお茶の時間だ。横の繋がりで仲良くなった用務員さんたちが小さな塊になって、それぞれ寄り道をして行くと言う。由美さんも虎太郎君のサッカーの練習が終わるまでは時間があると言うので、トクソウ部もどこかでお茶を飲んでいこうという話になった。そしてファミレスに腰を落ち着けると、菊池さんが言うわけだ。
「ビールもらおうかな」
「あ、ずるい。私も」
由美さんと片岡さんと植田さんが即座に賛同し、メニューを開きかけた和香の動きが止まる。これって、合わせた方が良いんだろうか。でも私、そんなにビールって欲しくないんだけども。
「俺、ドリンクバーでいいや。唐揚げだけ頼んどいて」
竹田さんがそう言ってスマホ片手に席を立ったので、和香も安心してデザートメニューを開く。別にビールじゃないからって責められたりしないと知ってはいても、自分だけ違うのが怖かったのだ。
なんかバカバカしくなってきちゃったな、そういうの。お茶のみに行ったときに、誰が何を頼んだかなんて気にする人はいない。自分だって、他人の食事の内容なんて気にしてないじゃない。そういえば、自分がついていけないって悩んでた会話の内容だって、本当に全員が理解していたの? 生返事だったりしたんじゃないの?
「私もドリンクバー。あと、チョコレートケーキとシーザーサラダ」
そう言って、店員を呼ぶためのブザーを押した。
「ケーキとサラダって、どういう組み合わせ?」
「ランチのときに見てたけど、竹田さんはお肉しか食べてなかったの。今も唐揚げって言ってたでしょう? 野菜、食べさせようと思って」
自分だけ観察されるのは悔しいので、ささやかな仕返しだ。
スマホを持ったまま竹田さんが席に帰って来たので、とりあえず水を掲げて、お疲れさんと言いあった。普段は全員が一堂に会することが少ないので、なかなか新鮮だ。だいたいにおいて、本日は作業服じゃない。これだけでもずいぶん違う。外から見れば年齢がバラバラの不思議な集団だろうが、本人たちはごくごく自然な会話をしている。
和香がここにいて、一緒に笑い声を上げるのは当然のことだ。ときどきボーッとしてからかわれたって、逆に話題がすべったって、隅においやられたりしないし、自分から抜けるつもりもない。ここは和香にとってとても居心地の良い場所で、他人に与えられただけでなく、自分もその心地良さの一端だと信じたい。
「あのさ、秋くらいには俺、元の商売に戻ろうと思って」
話が途切れたタイミングで、竹田さんが切り出した。
「施設が決まったの?」
「あと三人とかって聞いた。ショートステイでお世話になってるところだし、家と違って車椅子で建物の中動くのが楽だから、本人の希望が大きいんだわ。実際は強がりだと思うけど、近いから知り合いが訪ねてくのも簡単だしって、自分を納得させたっつーか。まあ一時帰宅もアリだし」
淡々とだが、寂しいのではないだろうか。
「でさ、決定でもないのに気が早いけど、俺もこれ以上センスが古くなるのは困る。みんなには悪いけど、近々ってことにしてください」
「そうか……」
片岡さんの呟きで座が静かになり、全員がしばらく言葉を探した。
今のトクソウ部が好きだ。役割がバランス良く決まり、殊更に主張しなくても円滑なコミュニケーションがとれる。竹田さんがいなくなるのは聞いていたけど、実際の期限を切られるのはキツイ。いなくなる準備をはじめておけってことだ。
だけど竹田さんのしたい仕事は、佐久間サービス社にはないのだ。生活の都合だけで選んだ仕事だったんだから、そしてそれを知っていて会社側は受け入れていたのだから、本来あるべき場所に落ち着くだけ。
「戻れるんなら、早く戻るべきです!」
拳を握りしめた和香だって、本当は辞めて欲しくない。けれど自分のデザインだと主張する竹田さんを、和香は知っているのだ。やりたいこととできることが一致していて、尚且つその環境に身を置くことができるのなら、祝わなくてはならない。
「一日でも早く、戻れるといいですね」
複雑な顔で他の人たちが頷く中、竹田さんだけが笑った。
「そんなに急いで追い出したいか」
由美さんのタイムリミットを潮に、解散する。まだ外は明るいので、一駅分くらい歩いてしまおうかと、和香は足を踏み出した。足を動かしているうちに、気分だって浮上する。
竹田さんがいくらは早めに言ってくれていたって、副社長からの指示は何もない。仕事の内容的には、ちょっとした力仕事や頭の上の作業のために若い男をいれて欲しいところだが、そんな話も聞こえてこない。そのことについて誰も気にしているようなことも言わないので、和香だけが頭のなかでジタバタしている。とは言っても口に出してはいないので、他から見れば本人も一緒である。
淡々と毎日の業務を振り分けてこなしていく竹田さんは、ときどき副社長と一緒に会議室に入っていく。なんの打ち合わせをしているかなんて報告もないので、仕事の話なのかプライベートの話なのかもわからない。
植田さんとペアになって樹木の夏剪定をして歩き、和香もずいぶん鋏を使うことに慣れてきた。梅雨が明けたので側溝の泥も攫わなくてはならず、外仕事だらけで日焼け止めが追いつかない。
「和香ちゃん、熱中症に気をつけないとね」
「植田さんまで言うの? もう大丈夫、ちゃんと休憩も給水もしてるから」
全員が和香よりも経験が長く、頼りになる。けれどこの人っていう人材がいないのも確かで、今は竹田さんを先頭に依頼の振り分けも巡回も回っているけど、そこがガタガタになりそうな気がする。
「竹田さんがいなくなったら、どうなるんでしょうね」
「なんとかなるでしょ。みんな大人なんだから」
散った枝葉を集めて、植田さんが穏やかに笑った。
「ビールもらおうかな」
「あ、ずるい。私も」
由美さんと片岡さんと植田さんが即座に賛同し、メニューを開きかけた和香の動きが止まる。これって、合わせた方が良いんだろうか。でも私、そんなにビールって欲しくないんだけども。
「俺、ドリンクバーでいいや。唐揚げだけ頼んどいて」
竹田さんがそう言ってスマホ片手に席を立ったので、和香も安心してデザートメニューを開く。別にビールじゃないからって責められたりしないと知ってはいても、自分だけ違うのが怖かったのだ。
なんかバカバカしくなってきちゃったな、そういうの。お茶のみに行ったときに、誰が何を頼んだかなんて気にする人はいない。自分だって、他人の食事の内容なんて気にしてないじゃない。そういえば、自分がついていけないって悩んでた会話の内容だって、本当に全員が理解していたの? 生返事だったりしたんじゃないの?
「私もドリンクバー。あと、チョコレートケーキとシーザーサラダ」
そう言って、店員を呼ぶためのブザーを押した。
「ケーキとサラダって、どういう組み合わせ?」
「ランチのときに見てたけど、竹田さんはお肉しか食べてなかったの。今も唐揚げって言ってたでしょう? 野菜、食べさせようと思って」
自分だけ観察されるのは悔しいので、ささやかな仕返しだ。
スマホを持ったまま竹田さんが席に帰って来たので、とりあえず水を掲げて、お疲れさんと言いあった。普段は全員が一堂に会することが少ないので、なかなか新鮮だ。だいたいにおいて、本日は作業服じゃない。これだけでもずいぶん違う。外から見れば年齢がバラバラの不思議な集団だろうが、本人たちはごくごく自然な会話をしている。
和香がここにいて、一緒に笑い声を上げるのは当然のことだ。ときどきボーッとしてからかわれたって、逆に話題がすべったって、隅においやられたりしないし、自分から抜けるつもりもない。ここは和香にとってとても居心地の良い場所で、他人に与えられただけでなく、自分もその心地良さの一端だと信じたい。
「あのさ、秋くらいには俺、元の商売に戻ろうと思って」
話が途切れたタイミングで、竹田さんが切り出した。
「施設が決まったの?」
「あと三人とかって聞いた。ショートステイでお世話になってるところだし、家と違って車椅子で建物の中動くのが楽だから、本人の希望が大きいんだわ。実際は強がりだと思うけど、近いから知り合いが訪ねてくのも簡単だしって、自分を納得させたっつーか。まあ一時帰宅もアリだし」
淡々とだが、寂しいのではないだろうか。
「でさ、決定でもないのに気が早いけど、俺もこれ以上センスが古くなるのは困る。みんなには悪いけど、近々ってことにしてください」
「そうか……」
片岡さんの呟きで座が静かになり、全員がしばらく言葉を探した。
今のトクソウ部が好きだ。役割がバランス良く決まり、殊更に主張しなくても円滑なコミュニケーションがとれる。竹田さんがいなくなるのは聞いていたけど、実際の期限を切られるのはキツイ。いなくなる準備をはじめておけってことだ。
だけど竹田さんのしたい仕事は、佐久間サービス社にはないのだ。生活の都合だけで選んだ仕事だったんだから、そしてそれを知っていて会社側は受け入れていたのだから、本来あるべき場所に落ち着くだけ。
「戻れるんなら、早く戻るべきです!」
拳を握りしめた和香だって、本当は辞めて欲しくない。けれど自分のデザインだと主張する竹田さんを、和香は知っているのだ。やりたいこととできることが一致していて、尚且つその環境に身を置くことができるのなら、祝わなくてはならない。
「一日でも早く、戻れるといいですね」
複雑な顔で他の人たちが頷く中、竹田さんだけが笑った。
「そんなに急いで追い出したいか」
由美さんのタイムリミットを潮に、解散する。まだ外は明るいので、一駅分くらい歩いてしまおうかと、和香は足を踏み出した。足を動かしているうちに、気分だって浮上する。
竹田さんがいくらは早めに言ってくれていたって、副社長からの指示は何もない。仕事の内容的には、ちょっとした力仕事や頭の上の作業のために若い男をいれて欲しいところだが、そんな話も聞こえてこない。そのことについて誰も気にしているようなことも言わないので、和香だけが頭のなかでジタバタしている。とは言っても口に出してはいないので、他から見れば本人も一緒である。
淡々と毎日の業務を振り分けてこなしていく竹田さんは、ときどき副社長と一緒に会議室に入っていく。なんの打ち合わせをしているかなんて報告もないので、仕事の話なのかプライベートの話なのかもわからない。
植田さんとペアになって樹木の夏剪定をして歩き、和香もずいぶん鋏を使うことに慣れてきた。梅雨が明けたので側溝の泥も攫わなくてはならず、外仕事だらけで日焼け止めが追いつかない。
「和香ちゃん、熱中症に気をつけないとね」
「植田さんまで言うの? もう大丈夫、ちゃんと休憩も給水もしてるから」
全員が和香よりも経験が長く、頼りになる。けれどこの人っていう人材がいないのも確かで、今は竹田さんを先頭に依頼の振り分けも巡回も回っているけど、そこがガタガタになりそうな気がする。
「竹田さんがいなくなったら、どうなるんでしょうね」
「なんとかなるでしょ。みんな大人なんだから」
散った枝葉を集めて、植田さんが穏やかに笑った。
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
なお、スピンオフもございます。
夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。
だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。
失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。
どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。
「悪女に、遠慮はいらない」
そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。
「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。