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変わっちゃうのか
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ランチの懇親会が終わっても、まだお茶の時間だ。横の繋がりで仲良くなった用務員さんたちが小さな塊になって、それぞれ寄り道をして行くと言う。由美さんも虎太郎君のサッカーの練習が終わるまでは時間があると言うので、トクソウ部もどこかでお茶を飲んでいこうという話になった。そしてファミレスに腰を落ち着けると、菊池さんが言うわけだ。
「ビールもらおうかな」
「あ、ずるい。私も」
由美さんと片岡さんと植田さんが即座に賛同し、メニューを開きかけた和香の動きが止まる。これって、合わせた方が良いんだろうか。でも私、そんなにビールって欲しくないんだけども。
「俺、ドリンクバーでいいや。唐揚げだけ頼んどいて」
竹田さんがそう言ってスマホ片手に席を立ったので、和香も安心してデザートメニューを開く。別にビールじゃないからって責められたりしないと知ってはいても、自分だけ違うのが怖かったのだ。
なんかバカバカしくなってきちゃったな、そういうの。お茶のみに行ったときに、誰が何を頼んだかなんて気にする人はいない。自分だって、他人の食事の内容なんて気にしてないじゃない。そういえば、自分がついていけないって悩んでた会話の内容だって、本当に全員が理解していたの? 生返事だったりしたんじゃないの?
「私もドリンクバー。あと、チョコレートケーキとシーザーサラダ」
そう言って、店員を呼ぶためのブザーを押した。
「ケーキとサラダって、どういう組み合わせ?」
「ランチのときに見てたけど、竹田さんはお肉しか食べてなかったの。今も唐揚げって言ってたでしょう? 野菜、食べさせようと思って」
自分だけ観察されるのは悔しいので、ささやかな仕返しだ。
スマホを持ったまま竹田さんが席に帰って来たので、とりあえず水を掲げて、お疲れさんと言いあった。普段は全員が一堂に会することが少ないので、なかなか新鮮だ。だいたいにおいて、本日は作業服じゃない。これだけでもずいぶん違う。外から見れば年齢がバラバラの不思議な集団だろうが、本人たちはごくごく自然な会話をしている。
和香がここにいて、一緒に笑い声を上げるのは当然のことだ。ときどきボーッとしてからかわれたって、逆に話題がすべったって、隅においやられたりしないし、自分から抜けるつもりもない。ここは和香にとってとても居心地の良い場所で、他人に与えられただけでなく、自分もその心地良さの一端だと信じたい。
「あのさ、秋くらいには俺、元の商売に戻ろうと思って」
話が途切れたタイミングで、竹田さんが切り出した。
「施設が決まったの?」
「あと三人とかって聞いた。ショートステイでお世話になってるところだし、家と違って車椅子で建物の中動くのが楽だから、本人の希望が大きいんだわ。実際は強がりだと思うけど、近いから知り合いが訪ねてくのも簡単だしって、自分を納得させたっつーか。まあ一時帰宅もアリだし」
淡々とだが、寂しいのではないだろうか。
「でさ、決定でもないのに気が早いけど、俺もこれ以上センスが古くなるのは困る。みんなには悪いけど、近々ってことにしてください」
「そうか……」
片岡さんの呟きで座が静かになり、全員がしばらく言葉を探した。
今のトクソウ部が好きだ。役割がバランス良く決まり、殊更に主張しなくても円滑なコミュニケーションがとれる。竹田さんがいなくなるのは聞いていたけど、実際の期限を切られるのはキツイ。いなくなる準備をはじめておけってことだ。
だけど竹田さんのしたい仕事は、佐久間サービス社にはないのだ。生活の都合だけで選んだ仕事だったんだから、そしてそれを知っていて会社側は受け入れていたのだから、本来あるべき場所に落ち着くだけ。
「戻れるんなら、早く戻るべきです!」
拳を握りしめた和香だって、本当は辞めて欲しくない。けれど自分のデザインだと主張する竹田さんを、和香は知っているのだ。やりたいこととできることが一致していて、尚且つその環境に身を置くことができるのなら、祝わなくてはならない。
「一日でも早く、戻れるといいですね」
複雑な顔で他の人たちが頷く中、竹田さんだけが笑った。
「そんなに急いで追い出したいか」
由美さんのタイムリミットを潮に、解散する。まだ外は明るいので、一駅分くらい歩いてしまおうかと、和香は足を踏み出した。足を動かしているうちに、気分だって浮上する。
竹田さんがいくらは早めに言ってくれていたって、副社長からの指示は何もない。仕事の内容的には、ちょっとした力仕事や頭の上の作業のために若い男をいれて欲しいところだが、そんな話も聞こえてこない。そのことについて誰も気にしているようなことも言わないので、和香だけが頭のなかでジタバタしている。とは言っても口に出してはいないので、他から見れば本人も一緒である。
淡々と毎日の業務を振り分けてこなしていく竹田さんは、ときどき副社長と一緒に会議室に入っていく。なんの打ち合わせをしているかなんて報告もないので、仕事の話なのかプライベートの話なのかもわからない。
植田さんとペアになって樹木の夏剪定をして歩き、和香もずいぶん鋏を使うことに慣れてきた。梅雨が明けたので側溝の泥も攫わなくてはならず、外仕事だらけで日焼け止めが追いつかない。
「和香ちゃん、熱中症に気をつけないとね」
「植田さんまで言うの? もう大丈夫、ちゃんと休憩も給水もしてるから」
全員が和香よりも経験が長く、頼りになる。けれどこの人っていう人材がいないのも確かで、今は竹田さんを先頭に依頼の振り分けも巡回も回っているけど、そこがガタガタになりそうな気がする。
「竹田さんがいなくなったら、どうなるんでしょうね」
「なんとかなるでしょ。みんな大人なんだから」
散った枝葉を集めて、植田さんが穏やかに笑った。
「ビールもらおうかな」
「あ、ずるい。私も」
由美さんと片岡さんと植田さんが即座に賛同し、メニューを開きかけた和香の動きが止まる。これって、合わせた方が良いんだろうか。でも私、そんなにビールって欲しくないんだけども。
「俺、ドリンクバーでいいや。唐揚げだけ頼んどいて」
竹田さんがそう言ってスマホ片手に席を立ったので、和香も安心してデザートメニューを開く。別にビールじゃないからって責められたりしないと知ってはいても、自分だけ違うのが怖かったのだ。
なんかバカバカしくなってきちゃったな、そういうの。お茶のみに行ったときに、誰が何を頼んだかなんて気にする人はいない。自分だって、他人の食事の内容なんて気にしてないじゃない。そういえば、自分がついていけないって悩んでた会話の内容だって、本当に全員が理解していたの? 生返事だったりしたんじゃないの?
「私もドリンクバー。あと、チョコレートケーキとシーザーサラダ」
そう言って、店員を呼ぶためのブザーを押した。
「ケーキとサラダって、どういう組み合わせ?」
「ランチのときに見てたけど、竹田さんはお肉しか食べてなかったの。今も唐揚げって言ってたでしょう? 野菜、食べさせようと思って」
自分だけ観察されるのは悔しいので、ささやかな仕返しだ。
スマホを持ったまま竹田さんが席に帰って来たので、とりあえず水を掲げて、お疲れさんと言いあった。普段は全員が一堂に会することが少ないので、なかなか新鮮だ。だいたいにおいて、本日は作業服じゃない。これだけでもずいぶん違う。外から見れば年齢がバラバラの不思議な集団だろうが、本人たちはごくごく自然な会話をしている。
和香がここにいて、一緒に笑い声を上げるのは当然のことだ。ときどきボーッとしてからかわれたって、逆に話題がすべったって、隅においやられたりしないし、自分から抜けるつもりもない。ここは和香にとってとても居心地の良い場所で、他人に与えられただけでなく、自分もその心地良さの一端だと信じたい。
「あのさ、秋くらいには俺、元の商売に戻ろうと思って」
話が途切れたタイミングで、竹田さんが切り出した。
「施設が決まったの?」
「あと三人とかって聞いた。ショートステイでお世話になってるところだし、家と違って車椅子で建物の中動くのが楽だから、本人の希望が大きいんだわ。実際は強がりだと思うけど、近いから知り合いが訪ねてくのも簡単だしって、自分を納得させたっつーか。まあ一時帰宅もアリだし」
淡々とだが、寂しいのではないだろうか。
「でさ、決定でもないのに気が早いけど、俺もこれ以上センスが古くなるのは困る。みんなには悪いけど、近々ってことにしてください」
「そうか……」
片岡さんの呟きで座が静かになり、全員がしばらく言葉を探した。
今のトクソウ部が好きだ。役割がバランス良く決まり、殊更に主張しなくても円滑なコミュニケーションがとれる。竹田さんがいなくなるのは聞いていたけど、実際の期限を切られるのはキツイ。いなくなる準備をはじめておけってことだ。
だけど竹田さんのしたい仕事は、佐久間サービス社にはないのだ。生活の都合だけで選んだ仕事だったんだから、そしてそれを知っていて会社側は受け入れていたのだから、本来あるべき場所に落ち着くだけ。
「戻れるんなら、早く戻るべきです!」
拳を握りしめた和香だって、本当は辞めて欲しくない。けれど自分のデザインだと主張する竹田さんを、和香は知っているのだ。やりたいこととできることが一致していて、尚且つその環境に身を置くことができるのなら、祝わなくてはならない。
「一日でも早く、戻れるといいですね」
複雑な顔で他の人たちが頷く中、竹田さんだけが笑った。
「そんなに急いで追い出したいか」
由美さんのタイムリミットを潮に、解散する。まだ外は明るいので、一駅分くらい歩いてしまおうかと、和香は足を踏み出した。足を動かしているうちに、気分だって浮上する。
竹田さんがいくらは早めに言ってくれていたって、副社長からの指示は何もない。仕事の内容的には、ちょっとした力仕事や頭の上の作業のために若い男をいれて欲しいところだが、そんな話も聞こえてこない。そのことについて誰も気にしているようなことも言わないので、和香だけが頭のなかでジタバタしている。とは言っても口に出してはいないので、他から見れば本人も一緒である。
淡々と毎日の業務を振り分けてこなしていく竹田さんは、ときどき副社長と一緒に会議室に入っていく。なんの打ち合わせをしているかなんて報告もないので、仕事の話なのかプライベートの話なのかもわからない。
植田さんとペアになって樹木の夏剪定をして歩き、和香もずいぶん鋏を使うことに慣れてきた。梅雨が明けたので側溝の泥も攫わなくてはならず、外仕事だらけで日焼け止めが追いつかない。
「和香ちゃん、熱中症に気をつけないとね」
「植田さんまで言うの? もう大丈夫、ちゃんと休憩も給水もしてるから」
全員が和香よりも経験が長く、頼りになる。けれどこの人っていう人材がいないのも確かで、今は竹田さんを先頭に依頼の振り分けも巡回も回っているけど、そこがガタガタになりそうな気がする。
「竹田さんがいなくなったら、どうなるんでしょうね」
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散った枝葉を集めて、植田さんが穏やかに笑った。
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