暮井慈の事件簿

藤野

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file.2 資産家の死

6.灯台下暗し

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 広々とした執務室の窓からは、先ほどティータイムを楽しんだばかりの庭園が一望できる。
 ガラスの向こうを見れば、確かに水瓶を抱えた女性像の指先がこの部屋ーーさらに、その奥を指差していた。
 部屋の中央には、大きな見取り模型が堂々と鎮座している。

「これ、動かせねぇのか?」
「やってみたら?」

 挑発とも揶揄やゆともとれる慈の反応に、むきになった雄が腕まくりした。

 まずは横に。
 そして、縦に。
 何なら斜めも、と試してみた。
 少しはずれるだろうと思ったのだが、模型はぴくりとも動かない。
 ならば上かと持ち上げようとしても、浮き上がる気配はなかった。

 それ見たことかと、笑う声が高くなる。
 雄は憮然としながらも、ならばと本棚に目を向けた。
 しかし、やはり何の細工も見つからない。

「んだよ……おい、此処に何かあるんじゃねえのか?」

 苛立ちを隠しもしない荒い口調に、向けられたわけでもない紡が半歩後ずさる。
 慈はやれやれと溜息を吐いた。

「まったく、短気なんだから。兄さんの目の付け所は間違ってないわよ。鍵となるのは、この模型」

 ただし、動かし方が違うのだ。動かす場所が、とも言えるか。
 腰を屈めて、ほっそりとした手が緩く拳を握る。そして、模型下の市松模様をこん! と叩いた。

「空洞か!」
「そういうこと」

 雄の言葉は肯定された。
 しかし、それがわかったところで何になるというのか。
 ずらすことも持ち上げることもできなかったなら、確かめる方法など無いではないか。

 けれど慈は余裕の笑みを浮かべたまま、ノックする場所を変えていく。すると、こん、こん、と中身の無かった音が、中身のある音に変化した。台の、足元の部分だ。

「台の根元はきっと床と一体の造りなのよ。だから、台ごとずらすことはできなかった」
「じゃあどうやって動かすんだよ?」
「こういう時、フィクションなら紡が貰ったっていうネックレスが鍵になるんでしょうけど。はめ込んだりするような窪みもないから、ヒントは箱の方にあるんでしょうね」
「箱に?」
「ええ。紡、貴女の貰った箱、もしかして寄木細工なんじゃない?」
「寄木細工?」

 雄の頭に温泉が浮かぶ。
 確かそこの土産屋にもあったはずだ。木の板をずらして中身を取り出す組み木の箱が。

 問われた紡自身はその名称にぴんとこなかったようだが、掻い摘んで説明をしてやればすぐに慈の言葉を肯定した。

 ビンゴ、と慈の口元に笑みが浮かぶ。

 これでようやく発見かと雄が思っていると、紡が不服そうに唸り声を上げた。

「私の箱にも模様はあったけど、でも、模型台の模様とは似ても似つかないよ」

 難しい顔をして遠慮がちに言う紡に、それはそうだろうと慈があどけなく笑った。

「宝物を隠すんだから、あからさまにするわけないわ。貴女の箱はあくまで手がかりに過ぎないのだから」
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