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9.噂をすれば
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「でも、ちょっともったいなくない? 顔はピカイチじゃん」
「顔は良くても性格が嫌。ていうか……それだけだったらどれだけマシだったか……」
途端、頭痛がした気がしてこめかみに手を添える。
律は言われた言葉にぱちくりと目を瞬いた。
(性格だけだったら“マシ”……?)
律は頬が引き攣るのを自覚した。恐々としながらも、視線を千夏の首筋に動かす。
二つのかさぶたは、変わらずそこにあった。まるで犬だとかの、牙を持った何かに噛まれたかのような配置のそれ。
「……まさか、吸われた?」
こっくん。疲れたと千夏は頷いた。
律はいやいやと首を横に振る。にわかには信じがたい話だ。
正直なところを言えば、晃輝とのファーストコンタクトのあの日も、律は彼の話を千夏に一目ぼれした彼の口説き文句程度の認識しかしていなかった。
吸血鬼の食事情については知っていたが、"花嫁"の伝承は聞いたこともなかったからだ。
そうであったなら運命的で素敵かも、くらいは思ったが、思いつきだろうと信じていなかった。だから面白がって彼に乗ったりもしたのだ。
なのに、とんだしっぺ返しを食らってしまった。
「あの日の夜、押しかけてきて、さ。でもちょっとだけだったみたい。貧血にもならなかったし平気だよ」
「そういう問題じゃないでしょう!? え、合意の上なの? それとも魅了で……っ」
「大丈夫、大丈夫」
合意ではなかったけれど、とは言わない。そんなことを言ってしまっては、律が気に病んでしまうのは目に見えていた。
悪いのは、あの吸血鬼だ。今はあいつへの対策を考えなくては。
決意に燃える千夏に、律はまたも驚いた。血を吸われる、なんて怖かっただろうに、意外にも彼女は怯えていない。むしろやる気に満ち満ちている。
これはいったいどういうことだろう。律はゆっくりと思考を巡らせた。
「千夏、さ……怖くないの?」
「怖い? 何が?」
「何が、って……あの人のことに決まってんじゃん! だって吸血鬼だよ? しかも先祖返り!」
「まぁ、そうだね」
「それだけ!?」
淡白すぎる千夏に今度こそ律は目を剥いた。彼を焚きつける結果になってしまったことに責任を感じていたのに、当の本人が意に介していないとは。
「千夏って逞しいよね……」
男前とも言える、と律は思った。何言ってるの? と訝しげに見られたが、無自覚なだけで事実だろう。それがどういう結果をもたらすのかわからないが、千夏ならどう転んでも大丈夫という気までしてきた。
「……千夏、がんばって。私に協力できることはするから」
「ありがとう、律。わたし、頑張るよ。打倒夜之森晃輝!」
千夏が固めた拳を勢いよく振り上げると、頭上でぱしんと乾いた音が響いた。
「元気なのはいいが……危ねぇだろ」
へ? と千夏が背を仰け反らせて後ろを見上げる。
律があっと思わず声を漏らした。
「夜之森晃輝!」
千夏と律の声が重なる。
噂をすれば影。千夏の拳を受け止めたのは、晃輝だった。
「顔は良くても性格が嫌。ていうか……それだけだったらどれだけマシだったか……」
途端、頭痛がした気がしてこめかみに手を添える。
律は言われた言葉にぱちくりと目を瞬いた。
(性格だけだったら“マシ”……?)
律は頬が引き攣るのを自覚した。恐々としながらも、視線を千夏の首筋に動かす。
二つのかさぶたは、変わらずそこにあった。まるで犬だとかの、牙を持った何かに噛まれたかのような配置のそれ。
「……まさか、吸われた?」
こっくん。疲れたと千夏は頷いた。
律はいやいやと首を横に振る。にわかには信じがたい話だ。
正直なところを言えば、晃輝とのファーストコンタクトのあの日も、律は彼の話を千夏に一目ぼれした彼の口説き文句程度の認識しかしていなかった。
吸血鬼の食事情については知っていたが、"花嫁"の伝承は聞いたこともなかったからだ。
そうであったなら運命的で素敵かも、くらいは思ったが、思いつきだろうと信じていなかった。だから面白がって彼に乗ったりもしたのだ。
なのに、とんだしっぺ返しを食らってしまった。
「あの日の夜、押しかけてきて、さ。でもちょっとだけだったみたい。貧血にもならなかったし平気だよ」
「そういう問題じゃないでしょう!? え、合意の上なの? それとも魅了で……っ」
「大丈夫、大丈夫」
合意ではなかったけれど、とは言わない。そんなことを言ってしまっては、律が気に病んでしまうのは目に見えていた。
悪いのは、あの吸血鬼だ。今はあいつへの対策を考えなくては。
決意に燃える千夏に、律はまたも驚いた。血を吸われる、なんて怖かっただろうに、意外にも彼女は怯えていない。むしろやる気に満ち満ちている。
これはいったいどういうことだろう。律はゆっくりと思考を巡らせた。
「千夏、さ……怖くないの?」
「怖い? 何が?」
「何が、って……あの人のことに決まってんじゃん! だって吸血鬼だよ? しかも先祖返り!」
「まぁ、そうだね」
「それだけ!?」
淡白すぎる千夏に今度こそ律は目を剥いた。彼を焚きつける結果になってしまったことに責任を感じていたのに、当の本人が意に介していないとは。
「千夏って逞しいよね……」
男前とも言える、と律は思った。何言ってるの? と訝しげに見られたが、無自覚なだけで事実だろう。それがどういう結果をもたらすのかわからないが、千夏ならどう転んでも大丈夫という気までしてきた。
「……千夏、がんばって。私に協力できることはするから」
「ありがとう、律。わたし、頑張るよ。打倒夜之森晃輝!」
千夏が固めた拳を勢いよく振り上げると、頭上でぱしんと乾いた音が響いた。
「元気なのはいいが……危ねぇだろ」
へ? と千夏が背を仰け反らせて後ろを見上げる。
律があっと思わず声を漏らした。
「夜之森晃輝!」
千夏と律の声が重なる。
噂をすれば影。千夏の拳を受け止めたのは、晃輝だった。
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