俺様吸血鬼の愛し方

藤野

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13.相伴

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 千夏が連れてこられたのはカジュアルレストランだった。時間が時間なだけに客もまばらで、喧騒に煩わされずに食事を楽しむことができそうだ。
 扉を引いて、晃輝がその脇に立ち止まる。

「ん」
「ん?」

 え、なに? どうしたの?

 立ち止まったまま中に入ろうとしない晃輝を見上げれば、彼もどうしたのかと少なからず困惑していた。

「早く入れよ」
「え、私が先に入るの?」
「当たり前だろうが」
(当たり前なの、それ……?)

 男性と密に接したことがない千夏にはよくわからない。戸惑っていると早く入れと催促されて、千夏は言われるがまま、恐る恐ると晃輝を通り過ぎて店内に踏みいった。

 店内は白を基調としていた。ただ一言に“白”と言っても、真っ新な画用紙のような白ではなくオフホワイト――光沢を抑えた、目に痛まない優しく清潔な印象を受ける白だ。
 逆に、調度品は焦げた茶色のものが多いように見受けられる。壁の白さを際立たせる配色だと思った。その中でちらほらと飾られた花の鮮やかな色が空間に彩りを与えている。
 華美でなく、押し付けがましくない。こういう店を趣味がいいと言うのだろう。

 感じのいい店は、不思議と提供にも安心感のようなものを抱く。
 食後なのが残念だとしょげる千夏の手を晃輝が引いた。驚きよろめいた体を事も無いと容易に支えられる。 

「何やってんだ」

 若干呆れた風な晃輝に、驚かせたそっちが悪いと無言で睨む。晃輝はそれを物ともしないで、控えていたウェイターに席まで案内させた。

 通路を進んでいくうちにこの店が個室ブース完備だと気付いた。完全に遮断されているわけではないが人目を気にせずに済むという気楽さに少しの安堵を覚える。
 案内されたブースは、広くはないけれどゆったりと感じる演出がされていた。千夏と晃輝がそれぞれ座るのを確認して、ウェイターが本日のメニューが渡す。そして丁寧にお辞儀をして、彼は去っていった。

「ほら、何にする?」

 晃輝がメニューを千夏に向けて開く。千夏は少し戸惑った。

「私、もうお昼は済ませたんだけど………」
「済ませたって、まさかたったあれっぽっちを昼飯とか言わねぇよな?」

 そうは言われても、千夏や律にとっては晃輝の言う“あれっぽっち”が適量なのだ。
 本当に困った顔をする千夏に、晃輝は本気で驚いていた。男女で量に差があるのは承知しているが、それにしても少なすぎると心配すらした。

「……千夏は、甘いものは平気か?」
「甘いもの? 平気どころか大好きだけど……それがどうかしたの?」
「じゃあお前はケーキでも食ってろ。好きなら多少は融通も利くだろ」

 そう言って晃輝はスイーツのページを開いて見せた。戸惑いながらも好物に釣られて覗き込めば、ミルフィーユだとかの有名どころはもちろん、初めて目にする名称がいくつも羅列されている。
 どれにしようか、ではなく、どれにすればいいのか、で千夏はまた困っていた。 

 千夏は何かわからないからといってそれを避ける性質ではない。むしろまだ知らない美味しいものとの出会いのために敢えて接近する。
 しかしそれはもちろん、財布の中身と相談した上での選択である。

 なのに。

(ね、値段がわからない……!)

 どの料理の下にも横にも、その対価が書かれていない。何が高いのか見当もつかず、千夏には選びようがなかった。
 何かを頼んだとして、もしそれが自分の手持ちで払える額ではなかったら……そう考えるだけで嫌な汗が伝った。
 悶々と考え込む千夏に何を思ったのか、晃輝が小さく吹き出した。

「そんなに真剣に絞り込まなくても、気になったモン全部頼んじまえよ」
「そんなお金ないよ。だいたい、何がいくらなのか想像もつかないのに、そんな怖いことできるはずないでしょ」
「はぁ? ……まさかお前、自分の分は自分で出すとか言うつもりじゃねぇよな?」
「そのつもりだけど。あっ、まさか奢れって言うのっ? 無理だからね、こんなお店で奢ってあげられるほど、私はお金持ってないから!」
「何でそうなる!?」

 晃輝は本気で驚いた。先ほどとは比べものにならない。
 まさかと思って悪い予想を口にしてみたが、千夏はそれよりもさらに上を行っていた。
 どうしてそういう考えに到るのか。頭を抱える晃輝を千夏は不思議そうに見ていた。

「金とかは気にするな。付き合えって言い出したのは俺なんだから、俺が奢る」

 そうでなくとも女に金を出させるなんて甲斐性なしなことをするつもりはないと言い切る晃輝に、千夏は変なこだわりだと内心で思った。

 そうとは言っても、申し出はありがたいけれどそこまで甘えるのは申し訳ない。
 早々に固辞しようと口を開きかけるが、声を発するよりも早く遮られてしまった。

「遠慮しようとか考えるんじゃねぇぞ。したら…………」
「したら……? え、やめてよ、そんなとこで区切らないで怖いから!」

 にやり、といかにも何か企んでいますという笑みを向けられて、千夏の背筋を悪寒が走った。

 これは本当に遠慮なんてしてはいけない。しようものなら自分は大切な何かを失ってしまう。

 そんな予感が千夏にはあった。
 何もしてこないうちに注文を決めようと目を通すがやはり半分近くが知らない名称で決められない。仕方なく冒険心を抑えて、自分の知る無難な物を選んだ。

「決まったか?」
「う、うん」

 頷きも添えて応えれば晃輝がベルを鳴らした。
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