俺様吸血鬼の愛し方

藤野

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16.手料理

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 店を出ると、二人はショッピングモールに入った。
 あるいは、道端で路上ライブをやっているのを見かけたから冷やかし半分で見物に混じってみたりもした。
 またひょんなことで言い争いになるかと思っていたのに、意外にも波風の立たないまま日暮れが過ぎた。

「そろそろ夕飯だな……千夏、何食べたい?」

 問われて千夏は少し悩んだ。
 言われてみればもう七時を回っていて空腹感もある。それでも食べたいものを答えるのは憚られた。
 何かを言えば、晃輝はそれのある店へ連れて行ってくれるだろう。そこもまた、奢りで。
 それが千夏の躊躇いの種だった。

 あのレストランでも、千夏はやはり自分の分くらいは出そうとしたのだが、晃輝がそれを許さない。千夏が財布を取り出すよりも早くカードを出して、金額さえ見せることなく会計を済ませてしまった。
 何度払うと申し出ても取り付く島を与えてくれない。安い支払いではないことはわかっているから、それがとても心苦しい。

 しかし、そうは言っても千夏は晃輝を満足させられるような店は記憶にない。もし知っていたとしても奢れるほど安価な価格設定ではないだろうというのが正直なところである。

(あ、そうだ)

 はた、とひとつ閃いた。満足させられるとは思えないけれど、少なくともこれ以上の出費は抑えられるから心苦しさもまぎれるだろう。
 そうと決まれば。
 頷いて、千夏は晃輝の袖を引いた。

「あのさ、……家、来ない?」
「は? 家って……お前の?」
「うん。奢ってもらってばっかりなんて申し訳ないし、かといって奢れるほど余裕もないし」
「ばっかり、ってほど回数重ねてねぇだろ」
「もう二回だよ。外食がいいならそれでもいいけど、私でも奢れるお店にしてね」
「たかが二回だろ。それに、女に金出させるほど落ちぶれてもいねぇよ」

 晃輝がふんと鼻を鳴らして言い放つ。今度は奢らせるつもりはないから、千夏の家で食べるということでいいだろう。勝手にそう解釈して千夏は晃輝を促した。

「おい、本当にいいのか?」
「何が?」
「…………いや、わからないならいい」
「?」

 やれやれと溜息を吐き首を振る晃輝を千夏が見上げる。晃輝はそんな千夏の頭をかき混ぜるように撫でて、駐車場へと足を向ける。やや遅れて、千夏もそれを追いかけた。





「ただいまー」

 一人暮らしでも癖なのかついつい口に出してしまうお決まり事だ。悪いようには思われないからいいだろう。千夏は気にすることなくパンプスからスリッパに履き替えて、来客用のスリッパを一組出した。言われるまでもなく、晃輝もそれに倣って家に上がった。

 玄関から短い廊下を行けばすぐにリビングに出た。右を見れば壁の向こうには扉で間引かれた千夏の部屋があり、左を見ればカウンターと、その奥にキッチンがある。

「作ってくるから、そこに座ってて」
「手伝う」
「料理、できるの?」

 聞かれて晃輝は戸惑った。やっぱり、と千夏は小さく笑う。

「あんたが女の人にお金出させたくないように、私もお客さんにそんなことさせたくないの」

 わかったら大人しくしててよ、と千夏はさっさとキッチンの内に入ってしまった。
 晃輝はそれでも少しの間ウロウロと所在なさそうにしていたけれど、結局は借りてきた猫のように大人しく椅子に座った。それから、特にやることもないからと暇つぶしも兼ねて千夏を見ていた。

 手早くエプロンを掛けた千夏は冷蔵庫の中身を見て、しまったと顔をしかめた。
 千夏の失敗は、冷蔵庫の中身がほとんど空っぽだと忘れていたことだ。
 卵が三つと玉葱が半分、人参一本とじゃがいも一個。それから、冷凍庫に保存していた米飯が三食分。
 他にも何かないかと常温保存の棚を開けて見れば、缶詰が二つと玉麩が少しあった。

(…………まあ、なんとかなるか)

 でも明日は買い物必須だとメモを残して、千夏は缶詰を手に取った。


 包丁とまな板がぶつかる音と、何かを炒める音がする。五分もしないうちに漂ってきた食欲をそそるいい匂いに、晃輝は我知らず喉を鳴らした。
 三十分はかかるだろうと踏んでいたのに大幅に覆されて、それにも驚かされる。

(手際がいいのか?)

 手元はカウンターに隠れて見えないがそれでも千夏が忙しなく動いている姿は見える。困らない程度にしか料理をしない晃輝にも千夏がそれに慣れているということはすぐにでもわかった。てきぱきと動くのを見るのは飽きが来ることもない。思わぬ収穫を得た、と晃輝は満足そうに頷いた。
 チン、とレンジの音がした。千夏が中から何かを取り出して、その数分後に丼と汁椀をトレーに乗せて出てきた。

「おまたせー」

 全然待たされていないと遠慮でなく言うより先に目の前に料理が出された。
 ほかほかと温かな湯気を立ち上らせているのは、親子丼と澄まし汁。どちらも匂いの通り美味しそうだ。
 まじまじと出された料理を凝視して、慎重に、まずは一口食べてみる。

「…………親子丼だ」
「どこからどう見ても親子丼でしょ。カツ丼にでも見えた?」
「いや、だって……親子丼って十分やそこらでできるモンなのか?」

 興味津々に集中する晃輝を子供のようだと思いながら、ならばと種明かしをする。

「缶詰を使ったからね」

 千夏が作った親子丼はいわゆる時短レシピに沿って作られたものだ。缶詰にされた焼き鳥は加熱処理された後で、味付けもされているから細々と調整したりという手間も省ける。玉葱も、スライサーを使って薄く切れば火の通りはその分早くなる。汁物に入れた人参もまた然り。

 種明かしというほどでもない説明も、晃輝には未知のものだったらしく、屈託のない笑顔と邪気のない言葉で手放しに千夏を褒めていた。
 あまりにもてらいのない賞賛が、嬉しくはあるが気恥ずかしい。
 そんな思いをしながら食べた夕飯は、そのせいか、それとも一人ではないからか、いつもよりちゃんと味を感じられた。
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