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英雄にだって悩みはある。
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桃太郎は悩んでいた。
数ヶ月前、彼は祖父母に見送られて鬼ヶ島へ乗り込み、見事鬼を打ち倒し、鬼が方々から奪い取り蓄えていた数多の宝物を持ち帰って帰還を果たした。祖父母はもちろん無事の帰りを涙ながらに喜んでくれた。村人たちも彼が持ち帰った宝物に陰鬱としていたものを払拭させた。
桃太郎の英雄譚は地主へ伝わり、領主へ伝わり、その功績を認められて姫君を賜ることと相成った。姫君は末の娘といっても桃太郎より二つ三つ下ではあったが、大層見目の整った姫君だった。
桃太郎の悩みの種は、この姫君だった。
「姫、姫。桃太郎が参りました」
姫君付きの女房に先触れさせて、渡りを報せる。しかし姫君は、決してうんともすんとも答えない。
「俺は、姫に嫌われるようなことをしただろうか」
武の誉れもどこへやら、桃太郎は力なく肩を落とした。鬼さえ退治した英雄がまさか女に苦労するだなどとは、世の人は露とも思わないだろう。
しかし、これも仕方のないことだと桃太郎は思っている。
桃太郎は、武功を認められたとはいえ農民の家の子で、容姿も優れているとは言い難い。しかし姫君はれっきとした名家の生まれであり、年若く美しい。
これから縁談も殺到しただろうに、姫君自身の意思とは関係なく褒賞として下賜されたのだから、そんな相手の顔など見たくもないと思うのは不思議とは思わない。桃太郎にも、姫君を哀れだと思う心はあるのだ。
しかし、恋愛はなくとももはや夫婦であることには変わりなく、せめて気安い関係を築きたいというのに偽りもない。それも、姫君が顔さえ合わせてくれないために叶わぬ夢ではあるのだが。
結局、桃太郎は今日もまた姫君と顔を合わせることもなく、すごすごと立ち返るのだった。
「なぁ、どうすれば姫君は俺と話をしてくれるだろうか」
桃太郎は猿に問いかけた。
鬼退治が終わった後も、三匹の従者は桃太郎に付き従っている。彼らは人間として立場を確立してしまった桃太郎にとって、信頼できる部下であり、心の内を明かせる友でもあった。
「どうといっても……姫が何を思っているのか、ワシにはわからんからなぁ」
猿はポリポリと頭を掻きつつ、うーんと首を捻った。犬も雉も、そのとおりだと言うように相槌を打っている。
「桃太郎は、どうしてあの娘にこだわるのです?今のあなたでしたら、女子などよりどりみどりでしょう」
犬が不思議そうに尋ねた。
犬の言うことは強ち間違ってはいない。時の人となった桃太郎は、持ち帰った財宝の他にも褒美を与えられている。貧しい農民の出自とは到底思えないほどの物持ちとなったのだ。賜った姫君を蔑ろにはできないにしろ、愛人を何人作ろうとも誰がそれを咎められるはずもない。唯一それを許される身分である姫君は、桃太郎に無関心なのだから。
「あの娘にこだわらずとも、他でも良いではありませんか。それとも、何か理由でもおありなのですか?」
「理由と言われても、なぁ……」
そんなことを言われてもすぐには思い浮かばない。なにせ、顔を合わせたのは姫君を賜った日のたった一度きり。その時も言葉一つ交わせず、共寝などするはずもなく、対面のみで終わった。
しかし桃太郎には、どうしてもあの時の姫君の顔が忘れられないのだ。
「せめてもう一度、顔さえ見れたなら、何かわかるかもしれないのだが……」
そう思って姫君の元へ通っても、肝心の姫君がつれないのでは意味がない。
桃太郎は深い溜息を吐いた。
End…?
数ヶ月前、彼は祖父母に見送られて鬼ヶ島へ乗り込み、見事鬼を打ち倒し、鬼が方々から奪い取り蓄えていた数多の宝物を持ち帰って帰還を果たした。祖父母はもちろん無事の帰りを涙ながらに喜んでくれた。村人たちも彼が持ち帰った宝物に陰鬱としていたものを払拭させた。
桃太郎の英雄譚は地主へ伝わり、領主へ伝わり、その功績を認められて姫君を賜ることと相成った。姫君は末の娘といっても桃太郎より二つ三つ下ではあったが、大層見目の整った姫君だった。
桃太郎の悩みの種は、この姫君だった。
「姫、姫。桃太郎が参りました」
姫君付きの女房に先触れさせて、渡りを報せる。しかし姫君は、決してうんともすんとも答えない。
「俺は、姫に嫌われるようなことをしただろうか」
武の誉れもどこへやら、桃太郎は力なく肩を落とした。鬼さえ退治した英雄がまさか女に苦労するだなどとは、世の人は露とも思わないだろう。
しかし、これも仕方のないことだと桃太郎は思っている。
桃太郎は、武功を認められたとはいえ農民の家の子で、容姿も優れているとは言い難い。しかし姫君はれっきとした名家の生まれであり、年若く美しい。
これから縁談も殺到しただろうに、姫君自身の意思とは関係なく褒賞として下賜されたのだから、そんな相手の顔など見たくもないと思うのは不思議とは思わない。桃太郎にも、姫君を哀れだと思う心はあるのだ。
しかし、恋愛はなくとももはや夫婦であることには変わりなく、せめて気安い関係を築きたいというのに偽りもない。それも、姫君が顔さえ合わせてくれないために叶わぬ夢ではあるのだが。
結局、桃太郎は今日もまた姫君と顔を合わせることもなく、すごすごと立ち返るのだった。
「なぁ、どうすれば姫君は俺と話をしてくれるだろうか」
桃太郎は猿に問いかけた。
鬼退治が終わった後も、三匹の従者は桃太郎に付き従っている。彼らは人間として立場を確立してしまった桃太郎にとって、信頼できる部下であり、心の内を明かせる友でもあった。
「どうといっても……姫が何を思っているのか、ワシにはわからんからなぁ」
猿はポリポリと頭を掻きつつ、うーんと首を捻った。犬も雉も、そのとおりだと言うように相槌を打っている。
「桃太郎は、どうしてあの娘にこだわるのです?今のあなたでしたら、女子などよりどりみどりでしょう」
犬が不思議そうに尋ねた。
犬の言うことは強ち間違ってはいない。時の人となった桃太郎は、持ち帰った財宝の他にも褒美を与えられている。貧しい農民の出自とは到底思えないほどの物持ちとなったのだ。賜った姫君を蔑ろにはできないにしろ、愛人を何人作ろうとも誰がそれを咎められるはずもない。唯一それを許される身分である姫君は、桃太郎に無関心なのだから。
「あの娘にこだわらずとも、他でも良いではありませんか。それとも、何か理由でもおありなのですか?」
「理由と言われても、なぁ……」
そんなことを言われてもすぐには思い浮かばない。なにせ、顔を合わせたのは姫君を賜った日のたった一度きり。その時も言葉一つ交わせず、共寝などするはずもなく、対面のみで終わった。
しかし桃太郎には、どうしてもあの時の姫君の顔が忘れられないのだ。
「せめてもう一度、顔さえ見れたなら、何かわかるかもしれないのだが……」
そう思って姫君の元へ通っても、肝心の姫君がつれないのでは意味がない。
桃太郎は深い溜息を吐いた。
End…?
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