銀の魔術師

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銀の魔術師

18 作戦

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「パフ?本当にパフなの?生きているの?」

 意識を取り戻したダイアナはこわごわとエデンを上から下まで見回した後、いきなり抱きついてきてわんわん泣きだした。
 ダイアナは自分がエデン、いやパフに会ったその晩の火事でエデンの両親もパフも死んでしまったものと思っていたのだ。
 実際に『パフ』の存在を無くすために焼け跡に死体は三体あった。

「なんで生きてるなら教えてくれなかったの?ねえ、私に知らせてよ」
 ドンドン胸を叩いてくる。エデンは黙ってダイアナの頭を撫でた。
「君は昔から変わらないな、ダイアナ」
「パフはすっかり変わっちゃったよ、まったく。もう」

 エデンはふと目をリディアの方へ移す。リディアは目をジトッとさせて頬を膨らませていた。

「どういうことなんだ?グレック」
 パフはダイアナを引きずったままグレックに尋ねた。
「あ、いや、僕は君がダイアナと知り合いだったとは知らなかったんだよ。色々あって…ね?」
 色々あったらしい。エデンは気になったがなんとなく聞けなかった。
「そんなに色々ないよ?ただ道で拾っただけだから」

ー拾ったってグレックは何をしていたんだ…。 
「そういえば今は何をしてるんだ?両親はどこへ?」
 ダイアナには料理人の両親がいたはずだ。こんな小さな家にも住んでなかった。
「うん。両親は遠い西の街にお店出すからって二人で行っちゃった。私はもう少しここで勉強しようかなと思って。今まで住んでた家も売っちゃったからここを借りてるの」
 ダイアナもダイアナで苦労してきたのだった。

「ね、エデン。いつになったら離れるの?」
 見かねたリディアがつんつんとエデンを引っ張った。
「あら。ごめんなさい。つい、嬉しくて…あと…エデン?」
 ダイアナが名残惜しそうに離れて首をかしげる。
「俺の名前だ。今はエデン。パフも使ってるけど」
 エデンは椅子に腰を下ろしてコートを脱いだ。やっと涼しくなる。はめていたグローブをとるとエデンの銀の腕があらわになった。

 ダイアナは小さく悲鳴をあげた。
「パフ?!それどうしたの?!」
「…」
 エデンはグレックに目配せをした。グレックは首を横に振った。教えてはいけない、ということらしい。
「すまない、教えられない」
「そっか、気にしなくていいよ」
 ダイアナは優しく笑った。

「で、グレック。どういうことなんだ?」
 エデンはダイアナの質問を誤魔化すように今まで空気を読んで黙っていてくれたグレックに話を振った。
「すまない。リディア、ダイアナ。席を外してもらえないか?」
 リディアとダイアナが揃って部屋から出て行った。
 扉が閉められる。
 ふとグレックが眉を潜めた。エデンが「どうしたんだ?」と聞こうとするとグレックは人差し指を口に当てた。
 グレックは忍び足で扉によるとバンッと扉を叩いた。扉の向こう側から二つの悲鳴が聞こえる。  

「盗み聞きはダメだぞ」
 グレックが笑って言うと扉の向こう側からすごすごと立ち去る足音が二人分聞こえた。

「さて、何から話そうか」
 グレックとエデンは向き合った。
「じゃ、まずは僕がこの一ヶ月間なにをしていたか説明する。僕は組織から離れた後、僕はグディから南の町、マニラへ向かった。マニラの街には僕の友人がいてね。その人に協力を求めに行ったんだ。まずは味方を集めなければならない。友人は料理人だが魔術師ではない。でも南でも名高い料理人でね、とても広い情報源とたくさんの魔術師を顧客に抱えているんだ。その時にその友人の娘がここにいるからグディに行ったら友人の名を出せと言われたんだ。ここに来たときに彼女を探すのに手間取ってね。慌てていた僕に声をかけてくれた親切な人がその友人の娘のダイアナだったという話さ」

 エデンは取り敢えずグレックがここに滞在している理由を理解する。

 グレックは一息ついてから続けた。
「ここに来てからしたことは当然グレックを探すことだ。エデン、君に一つ謝らなければならないことがある」
 突然グレックがかしこまる。
「なんだ」
「僕はフィーゴが生きていると君に断言した。でもそれは嘘だ。あの段階で僕はフィーゴが生きていることは知らなかった。僕は君がそれを糧に魔術を短期間で強められる事を期待してフィーゴを餌に君に無理矢理に力をつけさせた。すまなかった」
「分かってたさ」
 エデンは即答した。
「あんただって情報源もなにもない所で分かるわけがない。だから、あんたがそんなことで謝る必要ない」
ー嘘だ。
 グレックはその目を見て感じ取った。エデンはグレックを信じている。故にグレックに負担をかけさせないようにあえて嘘をついたのだ。
 エデンも嘘がバレてしまうことは百も承知だった。それでも自分の気持ちがグレックに伝われば問題はない。
 エデンは笑った。
「そうか。ありがとう、エデン。フィーゴは生きている。これは本当だ。僕は姿を変えてこの街を歩き回った。一人の王宮の魔術師から聞き出したんだ。赤髪の魔術師が王宮に囚われていると。だから助けなければならない。王宮は君が囚われていた地下牢に比べて段違いの警備だ。王が自ら仕掛けた魔術もある。どうか、手を貸してほしい。フィーゴを助けるために王宮に潜入するんだ」
「ああ。もちろんだ。でもなぜリディアを連れてきたんだ?」
 グレックは何か迷う素振りをした。そして決心したようにエデンの目を見る。
「エデン。これから君に伝えることは誰にも言ってはならない。このことを知っているのは僕とフィーゴのみだ」
 エデンは黙って頷いた。

「リディアは魔術師ではない。彼女は精霊術師だ」

 エデンは理解できなかった。
 どういうことだ。精霊術師なんて聞いたことがない。
「彼女は魔術を使うことは出来ない。でも彼女は精霊のゲートを強制的に開いたり閉じたりする事ができるんだ。彼女は精霊と対話ができる。今、この国の王は精霊と対話していると噂が流れている。君も知っての通り精霊と対話することは好ましいことではない。もし本当であれば今すぐにでも止めさせなければならない。一度閉じたゲートは同じ人物に開けることは出来ない。それにこの精霊術師は僕の知っている中で、いや、人類で一人しかいないだろう。彼女は山奥の村で悪魔の子だと恐れられていた。僕がその村を訪れた時、彼女を引き取ったんだ。彼女は知らない間にゲートを開けてしまう。精霊の力によって彼女はいつも守られていたんだ。もちろん、いいようにではない。僕は彼女が力をコントロール出来るように彼女を育てたあげた」
 エデンは彼女が他人とは違った雰囲気を持っていることを思い出す。
「彼女がいれば万が一の時にゲートを閉じられる。だから君に連れてきて貰ったんだ」

 エデンはリディアのことをようやく理解する。彼女はいつも寂しげで、でも明るく振舞っている。エデンにだけ向ける笑顔も寂しさの裏返しなのだ。
 でも、まだ疑問はある。

「どうして俺なんだ?」
 エデンは最大の疑問をぶつけた。
「アルザスにはもっとあんたが信頼している人物も俺より強い人物もいるはずだ」
「もちろんそうだ。でも君より強くなれる人はいない。一つ。精霊の力は僕とフィーゴが協力しても止められるものではない。フィーゴはそう判断した。君は自分の力を疑っているのかもしれない。でも君は強くなれる。君は僕なんかよりも圧倒的に強くなれる素質があるんだ。君は、魔道書に選ばれているのだから…」
 グレックはエデンの青い目を見た。
「明後日の晩、王宮で国中の領主が集まって会議が行われる。そこのタイミングを見計らって君と潜入する。リディアはここに置いていく。まずはフィーゴを救出してからゲートを閉じることを考えよう。僕と君とでこの家に出来る限りの防御魔術をかけるんだ。リディアは何としても守り通さなければならない。もちろん協力してくれているダイアナもだ」
「分かった。グレック、あんたの考えにのるよ。でも一つだけ約束してくれ」

 グレックは突然雰囲気を変えたエデンに眉をひそめる。
「リディアとダイアナを極力戦闘に巻き込まないで貰いたい」
 グレックはエデンを安心させるように笑った。
「もちろんさ。何かあった彼女はマニラへ逃がしてもいい。取り敢えず作戦まで後二日ある。君はここにいてくれ。過去の知り合いの誰かに顔がバレればそれだけで大変なことだ。なるべく今日みたいに顔を隠していてほしい。久しぶりにダイアナとゆっくり対話するんだ」
「ああ。ありがとう」
 
 作戦はあと二日で決行される。

 エデンは自分の師であり友であり、恩人であるフィーゴを助けださなければならない。

 そう、あの暗闇の中で自分に手を差し伸べてくれた時のように…。

 
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