雨の踊り子 〜魔法百貨堂〜

野村勇輔(ノムラユーリ)

文字の大きさ
1 / 27
雨の踊り子

雨の踊り子

しおりを挟む
 雨が、降っていた。

 まばらな雲は白く、合間に見える空は青い。

 どうかすると、陽の光さえ差しており、辺りを明るく照らしている。

 狐の嫁入り、とでもいうのだろうか。

 それほど雨脚は強くなかったけれど、服が次第に湿り気を帯びてくる。

 あいにく折り畳み傘は持っていないし、かといって、わざわざ買うほどでもないだろう。

 たぶん、すぐに止むはずだ。

 そう思いながら、私は人通りの少ない住宅街を歩いていた。

 なんてことのない昼下がり。

 暇を持て余した私は、ただ何となく、散歩に出掛けただけだった。

 まるで世界に自分しかいなくなってしまったんじゃないか、という錯覚に陥ってしまいそうなほど、しんと静まり返った住宅街。

 しとしと降り注ぐ雨の、地を叩く小さな音が、辺りに寂しく響いている。

 ぴちょん、ぴちょん――
 大きなしずくが落ちる音。

 チョロチョロチョロ――
 排水溝へと流れる水の音。

 聴き慣れたそんな音が、

 ぴっちょん、ぴちょん、ぴっちょん、ぴちょん、
 チョロチョロ、ぴっちょん、チョロ、ぴっちょん

 妙にリズミカルな音を立て始めて、私は「おや?」と足を止める。

 瞼を閉じ、耳をすませば、

 ゲコゲコ、ぴっちょん、チョロ、ぴっちょん
 チョロチョロ、ぴっちょん、ぴっちょろちょん

 その如何にも古そうな、けれど、どこか懐かしい音色に、再び瞼を開いて――ふと前方に目を向ければ、十数メートル先を行く、一つの人影がそこにはあった。

 そんな馬鹿な、と私は思わず目を見張る。
 さっきまで、そこには誰も居なかったはずなのに……?

 その人影の髪は長くて黒く、ピンクのブラウスに、白いスカートをはいていた。

 花柄の傘を差し、まるでスキップをするように、テンポよく道を歩いている。

 トントン、ぴっちょん、ゲコ、ぴっちょん
 チョロチョロ、ゲコゲコ、トン、ぴっちょん

 楽しそうに、足元を雨に濡らしながら、音に合わせて、ステップを踏んでいる。

 ――いや、違う。

 彼女のステップに合わせて、周りが音を奏でているのだ。

 トントコトン
 と彼女がステップを踏めば、

 ゲコ、ぴっちょん
 カエルがひと鳴き、しずくが一つ。

 トントコ、チョロチョロ、ゲコ、ぴっちょん
 トコトコ、ゲコゲコ、ぴっちょんちょん
 チョロチョロ、トントン、ぴっチョロ、トン
 ゲコゲコ、トントン、チョロ、トントン

「ふ~ん、ふふ~ん」
 鼻歌交じりに、彼女は傘を振り回し、華麗なステップを踏みながら、くるりと綺麗に一回転。

 はらりと揺れる、緑の黒髪。
 ふわりと広がるスカートは、風になびいて花のよう。
 軽やかな足取りは、鳥のように地を蹴り、空を舞う。

 カエルの鳴き声、
 しずくの音、
 そして、彼女のステップと、心地よい鼻歌。

 そんな彼女に、私は思わず、見惚れていた。

 いったい、彼女は何者なのだろうか。

 その楽しげに歌い、舞う姿から、私は目を離すことができなった。

 やがて彼女は大きく軽やかにジャンプすると、トン、と地に足をつけた。

 その瞬間、世界からすべての音が消え去った。

 カエルは鳴くのをやめ、水の流れる音も、もうしない。

 すでに雨も止んでいる。

 彼女は小さくため息を吐くと、おもむろにこちらに振り向いた。

 そして私の姿に気づき、わずかに目を見張ったけれど、
「――お天気雨って、妙に心がウキウキしませんか?」
 そう言って、彼女はにっこりと、微笑んだ。
[732901154/1622877830.jpg]
 私は思わず辺りを見回し、そして再び、彼女に顔を向けると――
「……えっ」
 そこにはもう、誰の姿も見当たらなかった。

 まるで狐に抓まれたような気持ちでいると、どこか遠くから、

「ふん、ふふ~ん、ふ~ん」

 誰かの鼻歌が、聞こえてきたような気がした。




 ……雨の踊り子・おしまい
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...