白い魔女と小さな魔女

ノムラユーリ

文字の大きさ
27 / 58
さんにんめ

第7回

しおりを挟む
   7

 神社の境内はしんと静まり返っていた。

 不思議なことに、石の鳥居を抜けた瞬間、それまで鳴き喚いていた蝉の声が、一斉に聞こえなくなったのだ。

 それだけじゃなかった。車の走る音、木々のざわめく音、道行く人々のわずかな声さえ、全く聞こえてこない。

 完全なる静寂の中、私はアリスさんの後ろをついて歩いた。

 アリスさんは、まるでそれが当たり前であるかのように、その変化を特に気にするふうでもなく、本殿と手水小屋の間の細い通路へと足を向けた。

 そこで日傘を畳み、軽くお辞儀をしてから裏手の祠へとたどり着いて、
「――こんにちは」
 微笑みを浮かべながら、祠の下に蹲っている、その動物に声をかけた。

 私は立ち止まり、じっとその動物を見つめながら、
「きつね……?」
 思わず口に出していた。

 その狐の毛はボサボサで、身体はやせ細り、どこか弱々しく見えたけれど、その瞳はとても力強く、私の顔を睨みつける。

 そんな狐に、アリスさんは訊ねた。

「久しぶりの外界は、いかがでしたか?」

 すると狐はどこか疲れたように深い深いため息を吐いて、
「あまりにも五月蠅うて、辛抱たまらなかったよ」
 それから気だるそうに頭をもたげ、
「折角人の世に出られたのだ、どれ、悪戯のひとつふたつでもしてやろうと思うたのだがな。子供には追い回されるわ、鉄の塊はあっちこっち走り回っとるわ、どこへ行っても人の声がして喧しいわ、散々だった。封じられていた間、ここからずっと村の成れを見ていたのだがなぁ。何とも、我々にとって住みにくい世になったものよ」

 そうですね、とアリスさんは小さく頷き、喋る狐の姿に呆気に取られている私に顔を向けると、
「こちらの狐さんは、今から数百年前にここに封じられた、いわゆる妖怪さんなんです」

「よ、妖怪……? 封じられた?」

 何を言ってるんだろう、この人は。そんなの、漫画やらアニメの世界だけの話でしょ? 現実にそんなの、いるはずが――

 狼狽え、一歩あと退る私に、狐は可笑しそうにひと笑いして、
「まぁ、そうであろうな。信じられるはずがない。だが、信じる必要もない。所詮、お前と我々は住む世界が異なっている。見ている世界が違う。重なってはいるが、よほどのことがない限り交わることもない。そういうものだ」

 ワケが解らなかった。解るはずもなかった。これはいったい何なんだろう。どういう仕掛けなんだろうか。狐が喋っている? そんなはずはない。きっと誰かがすぐ近くにいて、狐の口の動きに合わせて喋っているだけなんだ。そうに違いない。だって、あり得ないじゃない、こんなこと。

「……大丈夫ですか?」
 アリスさんが私の顔を、心配そうにのぞき込んでくる。

 それを見て、狐はもう一度大きく笑った。

「仕方ない。よく見ていろ」

 そう狐が口にした時には、すでに変化が始まっていた。それはとても滑らかで、違和感なんてなくて、きっとあっという間の出来事だったんだろうけれど、何だか妙にスローモーションな動きに見えて。

 狐の毛がわさわさと逆立ったかと思うとそれはいつの間にか髪の毛になり、山吹色の薄汚れた和服になり、前足と後ろ脚がぐんと伸びたかと思うと四足歩行から二足歩行へと変化して、その顔はにゅるにゅると狐のお面――私が昨日見た、あの偽物のお母さんや弟がつけていたお面と同じものだ――へと変化していった。

 そしていつの間にかそこに立っていたのは、年老いた狐ではなくて、ぼさぼさ髪で狐の面を被った、少し薄汚れた感じのお爺さん、だったのである。

「こちらの姿の方が、少しは落ち着いて話ができるかな?」
 そう言って、狐面のお爺さんはくつくつ嗤った。

 前足――今となってはもう腕だけれど――を組んで、祠に軽く体を預けるように、狐面のお爺さんは私を見る。

 私はそんなお爺さんを指さしながら、アリスさんに顔を向け、
「なんなんですか、あれ。狐? 噓ですよね?」

 そんな私に、アリスさんは困ったような微笑を浮かべて、
「――えっと、信じられないでしょうけれど、本当です。齢数百年を経て、あの方は化け狐と成ったんです」

 よわい、すうひゃくねん。

「もちろん、すべての狐が成れるわけではありません。もともと力のあるものだけ、あのように人の形に化けたりできるんです」

「妖怪になる、ってこと?」

 そうですねぇ、とアリスさんは口元に指をあてて、言葉を選ぶようにしながら、
「妖怪、と私は言いましたが、そもそも妖怪というのは私たち人間から見た、彼らに対する総称でしかありません。わかりやすく妖怪とご説明しましたけれど、あの方は今も間違いなく狐さんです。ただ、他の狐さんたちと違って、もともと生まれながらに力をお持ちだったんです」

「力って、いわゆる妖力、みたいな……?」

「名前などどうでもよいのだ」
 突然、狐面のお爺さんが話に割って入ってくる。
「名前など、それをどう呼ぶかという便宜的なものでしかない。そこの魔女のもつ魔力と同じだ。魔女や魔法使い、巫(かんなぎ)、そういった類の奴らの使う力を魔力と呼び、地に宿る力を地力、我々が使う力を妖力などと呼んでいるだけで、結局は同じものなのだ。儂はその力を、生まれながらに自在に操ることができた。鍛錬に鍛錬を重ね、それ、こうして人に化けることもできるようになったのだ」

 狐面はどっかと地面に胡坐をかくと、私たちを見上げながら、
「もともと、力持つ者は長命でな。特に力の強かった儂が、たまたま数百年生き、化け狐などと呼ばれるように至っただけに過ぎないのだ」

 わかるような、わからないような。果たして、ここでこの現実を認めてしまって大丈夫なんだろうか。

 わずかな不安を感じながら、私はふとした疑問を口にした。

「……さっき、封じられたって、言ってましたよね?」

「そうだな」

「いったい、それは、どうして……?」

 ふふん、と狐面は笑い声を漏らし、そしてこくりと頷くと、
「そうだな、お前には私の封を解いてもらった恩義がある。話してやろうじゃないか」
 言って、身の上話を語り始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界召喚は7回目…って、いい加減にしろよ‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
『おぉ、勇者達よ! 良くぞ来てくれた‼︎』 見知らぬ城の中、床には魔法陣、王族の服装は中世の時代を感じさせる衣装… 俺こと不知火 朔夜(しらぬい さくや)は、クラスメートの4人と一緒に異世界に召喚された。 突然の事で戸惑うクラスメート達… だが俺はうんざりした顔で深い溜息を吐いた。 「またか…」 王族達の話では、定番中の定番の魔王が世界を支配しているから倒してくれという話だ。 そして儀式により…イケメンの正義は【勇者】を、ギャルっぽい美紅は【聖戦士】を、クラス委員長の真美は【聖女】を、秀才の悠斗は【賢者】になった。 そして俺はというと…? 『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』 「それよりも不知火君は何を得たんだ?」 イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。 俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。 その場にいた者達は、俺の加護を見ると… 「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。 『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』 王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。 まぁ、その方が気楽で良い。 そして正義は、リーダーとして皆に言った。 「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」 正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。 「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」 「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」 「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」 「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」 「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」 「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」 「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」 俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。 「その…鎧と剣は?」 「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」 「今迄って…今回が2回目では無いのか?」 「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」 俺はうんざりしながら答えた。 そう…今回の異世界召喚で7回目なのだ。 いずれの世界も救って来た。 そして今度の世界は…? 6月22日 HOTランキングで6位になりました! 6月23日 HOTランキングで4位になりました! 昼過ぎには3位になっていました.°(ಗдಗ。)°. 6月24日 HOTランキングで2位になりました! 皆様、応援有り難う御座いますm(_ _)m

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

異世界宇宙SFの建艦記 ――最強の宇宙戦艦を建造せよ――

黒鯛の刺身♪
SF
主人公の飯富晴信(16)はしがない高校生。 ある朝目覚めると、そこは見たことのない工場の中だった。 この工場は宇宙船を作るための設備であり、材料さえあれば巨大な宇宙船を造ることもできた。 未知の世界を開拓しながら、主人公は現地の生物達とも交流。 そして時には、戦乱にも巻き込まれ……。

処理中です...