白い魔女と小さな魔女

ノムラユーリ

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最終話 夢猫

真帆と翔のその後語り・夢猫

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 ふと瞼を開くと、真っ暗闇の中にいた。

「――えっ」

 驚きの声をあげて、僕は上半身を起こす。

 辺りを見回し、次いで自分の身体に視線をやった。

 パジャマを着た自分の身体がそこにはあって、そんな僕の足下に、むぅがちょこんと座っていた。

「……むぅ?」

 瞬間、僕はハッとそれに気づく。

 ここは――そう、夢の回廊だ。

 かつて魔法使いたちが夢のなかで交流していた頃の、秘密の路。

 でも、どうして急にこんなところに……

「むぅ、君が僕を?」

 するとむぅは、無言のまますっと腰を上げると、僕に背を向けトコトコと歩き出した。
 数歩進んだところで、こちらを小さく振り返る。

「ついて来いってこと?」

「……」
 それでもむぅは答えなかった。

 ただ僕を急かすように、もう数歩進んでから、また僕を見やる。

「……わかった。ついていくよ」

 トコトコトコ……いかにも猫の如く先を進むむぅについていくこと数分。

 いったいどこまで連れていかれるのだろうかと考えているところに、ぼんやりと人の姿が浮かんできた。

 それはとても見覚えのある人の姿で、
「真帆ねぇ?」

 僕の声に、真帆ねぇは驚いたようにこちらを振り向く。

「――え、カケルくん?」

「もしかして、真帆ねぇが僕を呼んだの?」

「私がですか? いえ、そんなことは――」

 そこでふと、僕と真帆ねぇは二人同時にむぅに視線をやっていた。

 むぅはそんな僕らを、ちょこんと座って見上げてくる。

 むぅはいったい、どういうつもりで僕らを引き合わせたというのか。

「でも、どうしてカケルくんがここのことを?」

「ここって――夢の回廊のこと?」

「そうです。ここは私が生まれて間もなく使われなくなって……」
 そこで真帆ねぇは激しくかぶりを振ってから、
「ち、違います。そんなことは問題じゃないです。なんで、どうして翔くんが」
 夢の回廊のことを知っているのか、と次第に口ごもっていく真帆ねえ。

「それは……」

 僕はどうにかしてはぐらかそうと思ったのだけれど、すでに真帆ねえの夢のなかにまで入り込んでしまっている事実がある。これは自分が魔法使いであることのなによりの証明になってしまうだろう。それを今さら否定できるとは到底思えなかった。

 これはもう、腹をくくるしかない。

「……実は、僕も魔法が使えるみたいで」

 すると真帆ねえは、一瞬目を見張りながらも、
「やっぱり、そうだったんですね……」
 思うところがあったのだろう、そう口にした。

 僕はなるべく平静を装いながら、
「まぁ、それもそうだよね。真帆ねえとは親戚関係だし、僕にも魔法が使えてもおかしくはないもの」

「え、ええ、そ、そうですね……」
 不自然な笑みを浮かべる真帆ねえ。

 僕はさらに誤魔化すように、
「そ、そういえば今日はびっくりしたよ。突然むぅがいなくなっちゃうんだもの。真帆ねえもちゃんと真奈やシモハライさんには言っておかないと、定期面談のこと」

「す、すみません! もうみんなには話しているものだと思い込んじゃっていまして……!」

「それにしても、むぅはもう大丈夫そうだね」

「それはそうですよ、だって、ずっと私の中に居たんですから、あの子は」

「うん、そうだね。前はあんなに恐ろしい化け物みたいな姿だったのに、今はこんな可愛い姿で――」

 その瞬間、僕はハッと我に返った。

 ……しまった。今、僕はなんということをいってしまったのか。

 真帆ねえからすれば、僕が知るむぅの姿は、この猫の姿だけのはずだ。

 夢魔の本来の姿を知っているはずがない僕が、その姿を知っているということは。

 僕は恐る恐る真帆ねえに顔を向ける。

 真帆ねえは、その大きな眼をさらに大きく見開いていて、
「……カケルくん、どうしてそれを」

「あ、いや、それは」

 僕もこれ以上、どう言い訳すればいいのか、咄嗟に思い浮かばない。

 困り果てて辺りを見回せば、むぅが相変わらずこちらをじっと見つめている。

 その瞳が、あからさまに僕に何かを伝えようとしているのがわかった。

 けれど、いったいどうしてほしいのか。

 むぅは僕に、いったい何を期待しているのか。

 そんななか、
「――カケルくん」
 真帆ねえが、ゆっくりと僕のほうに身体を向けて、重たそうに口を開いた。

「実は、話しておきたいことがあるんです。とても大事な話です」

 僕はそんな真帆ねえの真面目な顔を、真正面から受け止めるしかない。

「もしかしたら、もうカケルくんは気付いているのかも知れません。私とカケルくんは、実は――」

「もういいよ、真帆ねえ」

 瞬間、真帆ねえはもう一度眼を見張った。

「……え?」

「大丈夫だよ」

「大丈夫って、なにが……」

「真帆ねえが今まで抱えていたこと、知ってるから。それでも僕は、真帆ねえは真帆ねえだと思ってる。それでいいじゃない。だから、真帆ねえも、もう思い悩むのはやめてよ。ね?」

 僕はいって、真帆ねえに微笑みかけた。

 真帆ねえはしばらく僕の顔を見つめていたが、やがてその目に溢れんばかりの涙を浮かべた。

 口元を両手で覆い、嗚咽を漏らしながら、
「――ごめんなさい、カケルくん。……ありがとう」
 僕の身体を、ぎゅっと抱きしめてきた。

 夢のなかだというのに、真帆ねえの身体はとても温かくて。

 それはまるで、母親に抱きしめられているかのように優しくて。

 瞬間、
「ふあああああ~」
 むぅが情けない鳴き声を発して、辺りは眩い光に包まれて――




 目を覚ますと、目の前にはよく見知った天井がそこにはあった。

 カーテンの隙間からは眩い光が漏れており、僕の部屋を薄っすら照らしている。

 僕は上半身を起こし、大きく伸びを一つした。

 ゆっくりとした動作で布団を畳んで押し入れに収める。

 今日からまた一週間、仕事が始まる。

 普段と変わらない朝が来たのだ。

 僕は服を着替えて階段を下り、古書店のカウンター横の扉を抜ける。

 明るい陽射しのなか、バラの咲き乱れる中庭を抜けて母屋へ向かった。

 がらりとガラスの引き戸を開けて中に入れば、
「あ、お兄ちゃん、おはよ~」
 真奈が珍しく魔法堂店内の掃き掃除をしていた。

「みゃ~」
 むぅはカウンターの上でちょこんとすわり、じっと僕を見つめている。

「朝から掃除? えらいね、真奈」

「へへ~! まぁ、お小遣いの為なんだけどね」

「そんなことないよ。お手伝いしてえらいえらい」

 僕は真奈の頭を撫でてから、カウンターのむぅまで歩み寄る。

「……昨夜はすまなかった」
 静かに、低い声で、むぅはいった。

「いいよ、べつに。ちょっとびっくりしたけどね」

「真帆は、あれでもずっと気にしていたんだ」

「わかってる。でも、なんで突然あんなことを?」

「……さて、何故だろうな」
 むぅは首を傾げてから、
「昨日、お前に真奈のことを頼むと言われたとき、ふと真帆のことが思い浮かんだんだ。本当によくわからないのだが、昔、まだワタシの意識が今ほどはっきりとしていなかったときに感じていたことが、不意にな。それがなにかは解らない。なんといえばよいのか、こう、もやもやした、ぼんやりとしたなにか――心配事?とでもいえばよいのだろうか。それが真帆の中に確かにあったことを思いだしたのだ。その心配事を解消してやりたい、そう思ったのだ」
 実に不思議だ、と反対側にもう一度首を傾げるむぅ。

 たぶん、むぅの中に生じた何らかの感情によるものなのだろうけれど、それは僕にもはっきりとはわからない。或いはむぅなりに気を使った、ということになるのだろうか。

「そっか。それで、真帆ねえの心配事は、あれで全部拭い去れたのかな?」

「それは――実際に会って確かめてみれば良い。ワタシにはわかりかねる」

 それはたしかに、そうかも知れない。むぅはまだまだ感情というものを理解できていない。自分の気持ちすらうまく言葉にできないのだから、それはしかたのないことだろう。

「……わかった。ありがと、むぅ」

 僕はむぅの頭を軽く撫でて、カウンター横ののれんをくぐって奥へ向かった。

 リビングを覗いてみれば、そこには普段通りの真帆ねえの姿があって、
「――あら、カケルくん! おはようございます!」
 晴れ晴れとした表情でにっこり笑った。

 僕はそんな真帆ねえに、何だか心の奥が熱くなる。

 そこへ、
「おう、おはよう、カケル」
 シモハライさんも、キッチンから両手に皿を持ってひょっこり出てきた。

 皿の上には美味しそうな目玉焼きとカリカリのベーコンが乗っかっていた。

 シモハライさんはテーブルにそれらを置いていたのだけれど、
「ど、どうしたんだよ、真帆!」
 驚いたように眼を見張った。
「なんで泣いてるんだ?」

「――えっ、あれ?」

 見れば、真帆ねえの目には大粒の涙が浮かんでいる。

 僕はぎょっとしつつ、
「だ、大丈夫? 真帆ねえ」
 声をかけた。

「あ、大丈夫ですよ、大丈夫!」
 真帆ねえは恥ずかしそうに頬を染めながら、指先で目元を軽く拭った。

 その涙の意味が、なんとなく僕にも伝わってくる。

 真帆ねえのなかにあったその感情が、間違いなく、解き放たれたに違いなかった。

 僕も思わず涙ぐみそうになりながらも、けれど必死にそれを抑える。

 そんなこととはつゆ知らず、シモハライさんは慌てたように、
「ホントに大丈夫なのか? なにかあるんなら、俺にもちゃんと教えてくれよ!」

 すると真帆ねえは、
「え? そうですねぇ――」
 と僕に優しい視線を向けてから、「ぷぷっ」と噴き出すように笑ってから、

「――秘密ですっ!」

 片目をつぶりながら、口元で人差し指を立てたのだった。
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