闇に蠢く・完全版

ノムラユーリ

文字の大きさ
13 / 112
幕間 冬

ゆきの空

しおりを挟む
 寒かった。
 冷たかった。
 痛かった。

 雪が、降っていた。

 真っ暗な空には雪に混じって星がぱらぱらと光っていたけど、誰もそんなものは見ていなかった。
 みんな小さくなりながら、足元に目を向けて、足早にお家に帰ろうとしていた。
 けれど私は帰れなかった。
 薄汚れたトレーナーにボロボロのスカートをはいて、裸足のままで。
 手は真っ赤に染まり血が出ていたけど、誰もそんなことは気にしていなかった。
 辺りはとても静かだった。
 暗い下り坂の細い道を、私はひたすら歩き続けていた。
 おかあさんに言われたとおり、間違えることのないように。
 坂を下り終えると公園があって、その公園を抜けると少し大きな道路に出る。
 その道路に沿うようにしばらく歩いていくと、車が一台ようやく通れるほどの広さの道が右側に見えてきて、私はその道に入っていった。
 しばらくその道を進むと、左手側に小さな教会が見えてくる。
 おかあさんが言っていた教会だ。
 神父のおじさんがひとりで住んでいるって言っていたっけ。
 おじさんは小さな子供が大好きで、特に女の子には優しいんだって。
 だから、きっとお前に食べ物をくれるだろうよ、とおかあさんは言っていた。
 私はお腹が空いていた。
 ずっと、何も食べていなかった。
 私は悪い子だから、おとうさんもおかあさんも、私にはご飯をくれない。
 自分のご飯は、自分で何とかするしかなかった。

 私は教会の前に立って、トントン、と扉を叩いた。
 ガチャリ、と音がして、神父のおじさんらしい男の人が顔を出した。
 おじさんは私の顔を見て、それから私の後ろに誰も居ないのを確認すると、不思議そうに首を傾げた。
「お嬢ちゃん、おとうさんとおかあさんは?」
 私は首を横に振った。
「ひとり?」
 私は首を縦に振った。
 おじさんは納得したようにうなずくと、「そうか」とにっこりと微笑んだ。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
 私は少しの間考えてから答えた。
「……ユキ」
 たぶん、それが私の名前。
 おとうさんもおかあさんも私を名前で呼ばないけれど、誰かが私をそう呼んだから。
 だから、私の名前は、たぶん、ユキ。
「ユキちゃんか。可愛らしい、とても良い名前だね」
 それからおじさんはもう一度私の後ろに目をやると、
「さぁ、早くおはいり。外は寒かっただろう?」
 そう言って、私を教会の中に入れてくれた。

 教会の中は全部の壁が真っ白で、電気はピカピカ光ってまぶしかった。
 小さな椅子が沢山並んでいて、その前には両手を広げた状態で目をつむる、長い髪のお人形が吊るされていた。
 そのお人形を見上げていると、おじさんがそっと私の肩に手をのせて言った。
「ここで祈りを捧げていれば、きっと、君のこともお救いになられるからね」
 救い。
 私にはよくわからない言葉だった。
 それからおじさんは私を台所に連れて行くと、あったかいご飯を食べさせてくれた。
 ひさしぶりに食べるあったかいご飯は、とてもおいしかった。
 ご飯を食べ終わると、おじさんは私をお風呂に入れてくれた。
 とってもあったかいお風呂だった。
 おじさんは私の体を洗ってくれて、ふかふかのタオルで拭いてくれた。
 おじさんはにっこりと微笑んで、私の体を抱きしめた。
 おじさんの体はあったかかった。
 食べ物があって、お風呂があって、誰かに抱きしめられて。
 これが救いなのかなって思いながら、私はなんだかウトウトしていた。

 それからのことを、私はあんまり覚えていない。
 気が付くと、おじさんはニヤニヤ笑いながら、私の顔を上から覗き込んでいた。
 何があったかなんて、覚えてなかった。
 私は裸だった。
 おじさんも裸だった。
 私の中で、何かが激しく動いていた。
 体の奥底が、何だかとっても痛かった。
 あぁ、いつもと一緒だ、と私は思った。
 私はお人形だった。
 おとうさんやおかあさんに言われた通り、ただ黙って、言う事を聞くだけ。
 そうしなければ、怒られるから。
 そうしなければ、殴られるから。
 そうしなければ、蹴られるから。
 おとうさんやおかあさんに言われた通り、ただ黙って、されるがままに。
 しばらくして、おじさんは大きく体を震わせると、その動きをようやく止めた。
 私は横たわったまま、ただ黙っていた。
 私の中から、何かが流れていくのを感じながら。

 その時、教会のドアを何度も叩く音が聞こえてきた。
 おじさんは慌てたように服を着ると、私にも服を着るように言って、教会の方に向かった。
 勢いよくドアが開け放たれる音と共に、毎日聞いている怒鳴り声が聞こえてくる。
 おとうさんとおかあさんの声だ。
 私がドアのところまで行くと、おかあさんは私の腕を掴んで外に引きずり出した。
「あんたは外を見張ってな! 誰か来たらすぐ教えるんだよ!」
 そう言って、おとうさんとおかあさんはバタンとドアを閉めた。
 また、お外でひとりぼっちだった。
 ドアの向こうから、おじさんの泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
 いつもみたいに、おとうさんとおかあさんが怒っている。
 おじさんはいったい、どんな悪いことをして怒られているんだろうか。

 私はふと、真っ暗な空に顔を向けた。

 寒かった。
 冷たかった。
 痛かった。

 雪が、降っていた。

 救いなんて、どこにもなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/2/7:『かいぎ』の章を追加。2026/2/14の朝頃より公開開始予定。 2026/2/6:『きんようび』の章を追加。2026/2/13の朝頃より公開開始予定。 2026/2/5:『かれー』の章を追加。2026/2/12の朝頃より公開開始予定。 2026/2/4:『あくむ』の章を追加。2026/2/11の朝頃より公開開始予定。 2026/2/3:『つりいと』の章を追加。2026/2/10の朝頃より公開開始予定。 2026/2/2:『おばあちゃん』の章を追加。2026/2/9の朝頃より公開開始予定。 2026/2/1:『かんしかめら』の章を追加。2026/2/8の朝頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

処理中です...