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第1部 第1章・喪服の少女
第5回
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今まで自分から誰かに話し掛けるということを、奈央は余りしたことがなかった。つい口から言葉が出て、一番戸惑ったのは恐らく奈央自身だろう。宮野首や矢野に変な気まで使わせてしまって、本当に恥ずかしくて仕方がなかった。
奈央はその日の放課後まで、なるべく二人と目を合わせないように努めた。いや、目を合わせることが出来なかった、と言うべきだろうか。もしかしたら変に思われているかも知れない。もう少し考えてから話し掛けていれば、と奈央は酷く後悔していた。
だがそれと同時に、あの二人ならもっと詳しくあの喪服の少女について知っているんじゃないか、或いは響紀の行方について何か手掛かりになるかも知れないと考えた。もうすでに恥ずかしい思いはしている。迷惑に思われたって構わない。兎に角、響紀の様子がおかしくなった原因であろう喪服の少女の事を、少しでも知っておきたかった。
だから、奈央は勇気を振り絞った。あの二人ならきっと教えてくれるに違いないと思って。
「あ、あの……」
放課後、教室を出て行こうとする宮野首と矢野の背に向かって奈央は声を掛けた。声が小さかっただろうかと不安になったが、二人は立ち止まり、奈央に振り返った。
「……どうしたの?」
口を開いたのは宮野首だった。小首を傾げながら、可愛らしい所作で奈央を見つめる。奈央より頭一つ分程も背の低い宮野首に見上げられ、奈央は口をもごもごさせながら言葉を探した。
「あの、朝、話してた、喪服の少女の事なんだけど……」
奈央がそこまで言ったところで、二人は顔を見合わせ、視線で何か会話を交わした。
宮野首はやおら奈央に顔を戻し、
「……その話が、どうかしたの?」
と、どこか不安げに訊ねてくる。
やはり迷惑だっただろうか。こんな話、するべきではなかっただろうか。今からでも「何でもない」と言って立ち去るべきだろうか。そんな思いが頭の中を駆け巡ったが、しかし話し掛けてしまった以上、先を続けなければならないとも思った。何より、奈央の言葉を待ってくれている二人に対して、それはとても失礼な事に思えたのだ。
奈央はゆっくりとだが、言葉を選びながら、二人に言った。
「たぶん、朝話してた業者の人。私の知ってる人かも知れなくて…… その人、ずっと喪服の女の子の話してて…… 昨日から家に戻ってなくて…… できれば、もっと詳しく、話を聞きたいの……」
奈央のその言葉に二人は目を見開くと再び顔を見合わせ、
「……いいよ、わかった」と次に奈央に顔を向けて口を開いたのは、矢野だった。「ただ、私もそこまで詳しく知らなくてさ、力になれないかも知れない。それでもいい?」
それに対して、奈央はこくりと頷いた。
落ち着いて話が出来るよう、奈央は普段から慣れている図書室へと宮野首と矢野を連れて行くことにした。二人はそれを断ることなく、黙ってついてきてくれる。
図書室では数人の生徒が読書や来週の期末テストへ向けて自習に励んでいたが、それも数えられる程しか居なかった。それでも三人は話し声が迷惑にならないよう、できるだけ彼らから距離を置いて席に着いた。奈央を前にして矢野が正面に、その隣に宮野首が腰を下ろす。
こうして二人の姿をまじまじと見るのは初めてのことではないだろう。一番後ろの席なので、基本的には二人の背中しか見えない。矢野は度々宮野首の席まで話をしに来るのでその横顔はいつも目にしているが、宮野首に至っては前の席に座っているにも関わらずまともに話をした事はなく、ただその背中を見つめるばかりだった。
矢野は毛先が外側にはねた癖毛気味のミドルヘアで顔は丸みを帯びており、大きな瞳が特徴的だった。肩から下は全体的に細かったが、しかし何か運動をしているのだろうか、その体躯は意外にしっかりとしている。背も平均的な方だろうか、低くもなく高くもない印象だった。
一方、向かってその右隣に座る宮野首は全体的に丸いイメージだった。丸い、と言っても太っているという意味ではない。確かに矢野に比べれば多少ふっくらとしてはいるが、柔らかい感じとでも言えば良いのだろうか、何よりその重そうな胸が印象的だった。タレ目と微笑みを湛える口許は優しげな雰囲気を醸し出しており、けれどどこか困ったような表情にも見えるのは気のせいだろうか。
「さて、と」と矢野は机の上に鞄を置き、「どこから話をしようか?」
奈央はしばらく思案し、まずは響紀が家を飛び出していくまでの経緯を、ゆっくりとだが順を追って話していった。宮野首も矢野もその間、一言も口を挟む事なく静かに耳を傾けてくれた。響紀が自分を誰かと、恐らく喪服の少女と見間違えたであろう事、それによって抱き寄せられそうになり、そして我に返った響紀が動揺して家を出て行ったところで話を終えた。
矢野と宮野首は眼配らせをし、
「……その響紀さんが飛び出して行ったの、まだ昨日なんでしょ?」
その質問に、奈央は頷く。
そう、まだ、昨日だ。心配する程でもないかも知れない。もしかしたら、今頃は家に帰って来ているかも知れない。
けれど、奈央にはどうしてもそうは思えなかった。あの明らかに様子のおかしい響紀を思うと、胸騒ぎがするのだ。
もう、戻ってくることは無いんじゃないかと。
矢野はそれっきり黙り込み、しばらく口許に手を当てながら俯いていた。
たぶん、矢野も伯母と同じように、響紀はそのうち戻ってくると考えているはずだ。その考え方が普通だろう。造園屋さんの居なくなった従業員も、本当にただどこかに逃げただけなのかも知れないのだ。
きっと「その心配は馬鹿げている」と一笑されるに違いない、と思っていると、矢野が徐に口を開いた。
「じゃあ、次は、あたしが知ってる事を話す番だね」
奈央はその意外な言葉に少々面食らいつつ、居住まいを正した。
今まで自分から誰かに話し掛けるということを、奈央は余りしたことがなかった。つい口から言葉が出て、一番戸惑ったのは恐らく奈央自身だろう。宮野首や矢野に変な気まで使わせてしまって、本当に恥ずかしくて仕方がなかった。
奈央はその日の放課後まで、なるべく二人と目を合わせないように努めた。いや、目を合わせることが出来なかった、と言うべきだろうか。もしかしたら変に思われているかも知れない。もう少し考えてから話し掛けていれば、と奈央は酷く後悔していた。
だがそれと同時に、あの二人ならもっと詳しくあの喪服の少女について知っているんじゃないか、或いは響紀の行方について何か手掛かりになるかも知れないと考えた。もうすでに恥ずかしい思いはしている。迷惑に思われたって構わない。兎に角、響紀の様子がおかしくなった原因であろう喪服の少女の事を、少しでも知っておきたかった。
だから、奈央は勇気を振り絞った。あの二人ならきっと教えてくれるに違いないと思って。
「あ、あの……」
放課後、教室を出て行こうとする宮野首と矢野の背に向かって奈央は声を掛けた。声が小さかっただろうかと不安になったが、二人は立ち止まり、奈央に振り返った。
「……どうしたの?」
口を開いたのは宮野首だった。小首を傾げながら、可愛らしい所作で奈央を見つめる。奈央より頭一つ分程も背の低い宮野首に見上げられ、奈央は口をもごもごさせながら言葉を探した。
「あの、朝、話してた、喪服の少女の事なんだけど……」
奈央がそこまで言ったところで、二人は顔を見合わせ、視線で何か会話を交わした。
宮野首はやおら奈央に顔を戻し、
「……その話が、どうかしたの?」
と、どこか不安げに訊ねてくる。
やはり迷惑だっただろうか。こんな話、するべきではなかっただろうか。今からでも「何でもない」と言って立ち去るべきだろうか。そんな思いが頭の中を駆け巡ったが、しかし話し掛けてしまった以上、先を続けなければならないとも思った。何より、奈央の言葉を待ってくれている二人に対して、それはとても失礼な事に思えたのだ。
奈央はゆっくりとだが、言葉を選びながら、二人に言った。
「たぶん、朝話してた業者の人。私の知ってる人かも知れなくて…… その人、ずっと喪服の女の子の話してて…… 昨日から家に戻ってなくて…… できれば、もっと詳しく、話を聞きたいの……」
奈央のその言葉に二人は目を見開くと再び顔を見合わせ、
「……いいよ、わかった」と次に奈央に顔を向けて口を開いたのは、矢野だった。「ただ、私もそこまで詳しく知らなくてさ、力になれないかも知れない。それでもいい?」
それに対して、奈央はこくりと頷いた。
落ち着いて話が出来るよう、奈央は普段から慣れている図書室へと宮野首と矢野を連れて行くことにした。二人はそれを断ることなく、黙ってついてきてくれる。
図書室では数人の生徒が読書や来週の期末テストへ向けて自習に励んでいたが、それも数えられる程しか居なかった。それでも三人は話し声が迷惑にならないよう、できるだけ彼らから距離を置いて席に着いた。奈央を前にして矢野が正面に、その隣に宮野首が腰を下ろす。
こうして二人の姿をまじまじと見るのは初めてのことではないだろう。一番後ろの席なので、基本的には二人の背中しか見えない。矢野は度々宮野首の席まで話をしに来るのでその横顔はいつも目にしているが、宮野首に至っては前の席に座っているにも関わらずまともに話をした事はなく、ただその背中を見つめるばかりだった。
矢野は毛先が外側にはねた癖毛気味のミドルヘアで顔は丸みを帯びており、大きな瞳が特徴的だった。肩から下は全体的に細かったが、しかし何か運動をしているのだろうか、その体躯は意外にしっかりとしている。背も平均的な方だろうか、低くもなく高くもない印象だった。
一方、向かってその右隣に座る宮野首は全体的に丸いイメージだった。丸い、と言っても太っているという意味ではない。確かに矢野に比べれば多少ふっくらとしてはいるが、柔らかい感じとでも言えば良いのだろうか、何よりその重そうな胸が印象的だった。タレ目と微笑みを湛える口許は優しげな雰囲気を醸し出しており、けれどどこか困ったような表情にも見えるのは気のせいだろうか。
「さて、と」と矢野は机の上に鞄を置き、「どこから話をしようか?」
奈央はしばらく思案し、まずは響紀が家を飛び出していくまでの経緯を、ゆっくりとだが順を追って話していった。宮野首も矢野もその間、一言も口を挟む事なく静かに耳を傾けてくれた。響紀が自分を誰かと、恐らく喪服の少女と見間違えたであろう事、それによって抱き寄せられそうになり、そして我に返った響紀が動揺して家を出て行ったところで話を終えた。
矢野と宮野首は眼配らせをし、
「……その響紀さんが飛び出して行ったの、まだ昨日なんでしょ?」
その質問に、奈央は頷く。
そう、まだ、昨日だ。心配する程でもないかも知れない。もしかしたら、今頃は家に帰って来ているかも知れない。
けれど、奈央にはどうしてもそうは思えなかった。あの明らかに様子のおかしい響紀を思うと、胸騒ぎがするのだ。
もう、戻ってくることは無いんじゃないかと。
矢野はそれっきり黙り込み、しばらく口許に手を当てながら俯いていた。
たぶん、矢野も伯母と同じように、響紀はそのうち戻ってくると考えているはずだ。その考え方が普通だろう。造園屋さんの居なくなった従業員も、本当にただどこかに逃げただけなのかも知れないのだ。
きっと「その心配は馬鹿げている」と一笑されるに違いない、と思っていると、矢野が徐に口を開いた。
「じゃあ、次は、あたしが知ってる事を話す番だね」
奈央はその意外な言葉に少々面食らいつつ、居住まいを正した。
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