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ひとりめ
第6回
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6
中庭の広さは思った以上だった。
というより、目で見ているよりも妙に広大だった。
たぶん、三十分近くは水を撒き続けているんじゃないだろうか。
水を撒きながら、わたしは「おかしい、絶対におかしい」とバラの咲き乱れる庭を見渡した。
表通りに面した古本屋へ続く裏口の扉。
そこから魔法百貨堂(あっちが母屋になるらしい)に続く、舗装された石畳の道。
今わたしがいる四阿(これであずまやと読むそうだ。正直、読めない)の傍ら。
すぐ足元の、蛇口に繋がったホースで魔法堂側から古本屋側へ、端から順番に水を撒き続けているはずなのに、どういうわけか、いつまでたっても先へと進めない。
もちろん、同じ場所に水を撒き続けているというわけでもない。
確かにわたしは、ずっと違う花壇に水をやり続けているのである。
なんだ、なんなんだ、この庭はっ?
いつになったら水撒きは終わるわけ?
どうなってんの、ここっ?
真帆さんは空間が歪んでいるって言っていたけど、なんて恐ろしい庭なんだろう!
そろそろ本気で不安になってきた頃だった。
魔法堂の引き戸が開いて、真帆さんに会いに来ていた若い――たぶん、社会人になりたてくらい? の男性が出てきて、ふとわたしに顔を向けた。
それから眉間に皴を寄せて、中に向かって――たぶん、真帆さんだろう――になにか言葉を発している。
けれど、ここからは何を言っているのか全然全く聞こえなかった。
そもそも、あの人は真帆さんとどういう関係なのだろうか。
あの人が来た時、真帆さんはどこか嬉しそうに笑っていたけど……もしかして、真帆さんの恋人か何かだろうか?
うん、まぁ、あり得ない話じゃない。というか、彼氏のひとりやふたりくらいいても、わたしは全然驚かない。
その男性は肩を竦めた様子で再びこちらに顔を向けると、すたすたとわたしの方まで歩み寄ってきて、
「……キミ、そんなやり方じゃぁ、いつまで経っても水撒きは終わらないよ」
そう声をかけてきて、右手のひらをわたしに向けた。
「えっと……?」
「それ、貸してみて」
「あぁ、はい」
男性はわたしからホースを受け取ると、ホースの先を指で潰して広範囲に水が広がるようにして、そのままその先を上空に向けて、さっと左から右へ、手首のスナップを利かせるよう水を撒いて――
「はい、おしまい」
「へっ?」
男性はきゅっと蛇口をひねると、慣れた手つきでホースを片付ける。
「え、なに? 今ので終わり?」
「そう、おしまい。この庭は真面目に水撒きしたって無駄なんだよ」
「ど、どゆこと?」
男性はホースを片付け終わると、やれやれといった様子で立ち上がり、腰に両手をあてながら、
「ここは空間がねじ曲がっているんだ。端から順番に水やりをしているような気になっているだけで、キミはずっと同じ場所を水やりし続けていたんだよ」
「え、マジ?」
「ほら、見てみなよ、ここ。水をやり過ぎて土がぐずぐずだろ?」
見れば、確かに大きな水たまりがバラの木の下にできあがっている。
というより、小さな池のようになってしまっていた。
こ、これはこれで大丈夫なんだろうか…… 木が腐りそう……
「あ~ぁ、茜ちゃん、よくもやってくれましたね!」
「ひぃっ!」
いつの間にか、わたしの隣には真帆さんが立っていた。
真帆さんは頬を膨らませながら、じっとわたしの眼を睨みつけてくる。
あぁ、真帆さんって結構小柄だったんだなぁ。
わたしとそんなに身長かわんないや――
なんて現実逃避するように考えていると、
「真帆、それ以上イジメるな」
男性が、大きくため息を吐いて真帆さんに言った。
……え? イジメ?
すると真帆さんは「ぷぷっ」と噴き出すように笑ってから、
「はいはい、ごめんなさい、茜ちゃん。安心してください。そこのバラは特殊で、これくらい水を撒かないと育たない魔法を使った改良種なので、全然大丈夫ですよ。」
真帆さんがそう言っている間に、バラの木の下にできていた水たまりは見る見るうちに干上がっていき、あっと思った時にはもう、カラカラの土に戻っていた。
な、なんだこれ、どうなってんの?
「真帆? 手伝ってもらうんなら、ちゃんと説明してあげてからじゃないと不安になるぞ」
「シモフツくんの時みたいに?」
「そう、俺の時みたいに、半日以上、ずっとな」
「は、半日以上!?」
するとその男性――シモフツさんはこくこくと頷いてから両腕を組んで、
「そう。高校の頃、ここに遊びに来た時に真帆から水撒きを頼まれてさ。半日以上ずっと水撒きをさせられていたんだ。終わらない、終わらないって焦りながら。そうしたら、真帆のおばあちゃん……当時の魔法堂の店主さんが帰ってきて、俺を助けてくれて」
「ま、真帆さん、そんな酷い人だったんだ……」
わたしはあえて怯えたような表情を作って、真帆さんに向けてやる。
真帆さんは唇を尖らせて、
「酷くないですよー? 私、ただシモフツくんを試しただけです」
「試す? 何を?」
「私への、愛?」
「……あぁ、やっぱり、シモフツさんって真帆さんの恋人なんですね」
納得納得、と頷きながらそう言うと、
「え? 違いますよ?」
真帆さんが間髪入れずに否定した。
「は? 違うの?」
「元カレではありますけど、今は恋人ではありません」
「――え、そうなんです?」
思わずシモフツさんに顔を向けると、シモフツさんは大きなため息を吐きながら、
「そうなんだよねぇ……」
と、どこか寂しそうに、口にした。
中庭の広さは思った以上だった。
というより、目で見ているよりも妙に広大だった。
たぶん、三十分近くは水を撒き続けているんじゃないだろうか。
水を撒きながら、わたしは「おかしい、絶対におかしい」とバラの咲き乱れる庭を見渡した。
表通りに面した古本屋へ続く裏口の扉。
そこから魔法百貨堂(あっちが母屋になるらしい)に続く、舗装された石畳の道。
今わたしがいる四阿(これであずまやと読むそうだ。正直、読めない)の傍ら。
すぐ足元の、蛇口に繋がったホースで魔法堂側から古本屋側へ、端から順番に水を撒き続けているはずなのに、どういうわけか、いつまでたっても先へと進めない。
もちろん、同じ場所に水を撒き続けているというわけでもない。
確かにわたしは、ずっと違う花壇に水をやり続けているのである。
なんだ、なんなんだ、この庭はっ?
いつになったら水撒きは終わるわけ?
どうなってんの、ここっ?
真帆さんは空間が歪んでいるって言っていたけど、なんて恐ろしい庭なんだろう!
そろそろ本気で不安になってきた頃だった。
魔法堂の引き戸が開いて、真帆さんに会いに来ていた若い――たぶん、社会人になりたてくらい? の男性が出てきて、ふとわたしに顔を向けた。
それから眉間に皴を寄せて、中に向かって――たぶん、真帆さんだろう――になにか言葉を発している。
けれど、ここからは何を言っているのか全然全く聞こえなかった。
そもそも、あの人は真帆さんとどういう関係なのだろうか。
あの人が来た時、真帆さんはどこか嬉しそうに笑っていたけど……もしかして、真帆さんの恋人か何かだろうか?
うん、まぁ、あり得ない話じゃない。というか、彼氏のひとりやふたりくらいいても、わたしは全然驚かない。
その男性は肩を竦めた様子で再びこちらに顔を向けると、すたすたとわたしの方まで歩み寄ってきて、
「……キミ、そんなやり方じゃぁ、いつまで経っても水撒きは終わらないよ」
そう声をかけてきて、右手のひらをわたしに向けた。
「えっと……?」
「それ、貸してみて」
「あぁ、はい」
男性はわたしからホースを受け取ると、ホースの先を指で潰して広範囲に水が広がるようにして、そのままその先を上空に向けて、さっと左から右へ、手首のスナップを利かせるよう水を撒いて――
「はい、おしまい」
「へっ?」
男性はきゅっと蛇口をひねると、慣れた手つきでホースを片付ける。
「え、なに? 今ので終わり?」
「そう、おしまい。この庭は真面目に水撒きしたって無駄なんだよ」
「ど、どゆこと?」
男性はホースを片付け終わると、やれやれといった様子で立ち上がり、腰に両手をあてながら、
「ここは空間がねじ曲がっているんだ。端から順番に水やりをしているような気になっているだけで、キミはずっと同じ場所を水やりし続けていたんだよ」
「え、マジ?」
「ほら、見てみなよ、ここ。水をやり過ぎて土がぐずぐずだろ?」
見れば、確かに大きな水たまりがバラの木の下にできあがっている。
というより、小さな池のようになってしまっていた。
こ、これはこれで大丈夫なんだろうか…… 木が腐りそう……
「あ~ぁ、茜ちゃん、よくもやってくれましたね!」
「ひぃっ!」
いつの間にか、わたしの隣には真帆さんが立っていた。
真帆さんは頬を膨らませながら、じっとわたしの眼を睨みつけてくる。
あぁ、真帆さんって結構小柄だったんだなぁ。
わたしとそんなに身長かわんないや――
なんて現実逃避するように考えていると、
「真帆、それ以上イジメるな」
男性が、大きくため息を吐いて真帆さんに言った。
……え? イジメ?
すると真帆さんは「ぷぷっ」と噴き出すように笑ってから、
「はいはい、ごめんなさい、茜ちゃん。安心してください。そこのバラは特殊で、これくらい水を撒かないと育たない魔法を使った改良種なので、全然大丈夫ですよ。」
真帆さんがそう言っている間に、バラの木の下にできていた水たまりは見る見るうちに干上がっていき、あっと思った時にはもう、カラカラの土に戻っていた。
な、なんだこれ、どうなってんの?
「真帆? 手伝ってもらうんなら、ちゃんと説明してあげてからじゃないと不安になるぞ」
「シモフツくんの時みたいに?」
「そう、俺の時みたいに、半日以上、ずっとな」
「は、半日以上!?」
するとその男性――シモフツさんはこくこくと頷いてから両腕を組んで、
「そう。高校の頃、ここに遊びに来た時に真帆から水撒きを頼まれてさ。半日以上ずっと水撒きをさせられていたんだ。終わらない、終わらないって焦りながら。そうしたら、真帆のおばあちゃん……当時の魔法堂の店主さんが帰ってきて、俺を助けてくれて」
「ま、真帆さん、そんな酷い人だったんだ……」
わたしはあえて怯えたような表情を作って、真帆さんに向けてやる。
真帆さんは唇を尖らせて、
「酷くないですよー? 私、ただシモフツくんを試しただけです」
「試す? 何を?」
「私への、愛?」
「……あぁ、やっぱり、シモフツさんって真帆さんの恋人なんですね」
納得納得、と頷きながらそう言うと、
「え? 違いますよ?」
真帆さんが間髪入れずに否定した。
「は? 違うの?」
「元カレではありますけど、今は恋人ではありません」
「――え、そうなんです?」
思わずシモフツさんに顔を向けると、シモフツさんは大きなため息を吐きながら、
「そうなんだよねぇ……」
と、どこか寂しそうに、口にした。
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