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第1章 魔法使いの少女
第6回
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結局私は、先生が何者か訊かないまま、ホウキを置いて帰宅した。
訊ねるのが何だか怖くて、そそくさとその場を逃げるようにして、階段を駆け下りたからだ。
楸先輩にしろ、あの先生にしろ、とにかく怪しげに見えて仕方がなかった。
もしかして、楸先輩があの先生に、わたしが魔女だってことを報告した?
わたしがホウキで登校していることを、あの先生は知っていた。
わたしがホウキで登校しているのを知っているのは楸先輩だけのはず。
でも、そうだとして、いったい何のために?
先生はわたしに、『ホウキでの登校は禁止だ』と言っていた。
わざわざそんなことを先生に言わせるために、楸先輩はわたしのことをチクったのだろうか。
いや、そんなはずはない。
先生のあの様子だと、屋上に続く扉の前でわたしと出会ったのは、たぶん偶然だ。
それはわたしに名前を訊いてきたことからも明らかで、最初からわたしに会うことが目的であの場に現れたのではなく、恐らく本当に、屋上に向かうわたしの姿を見かけてそれを怪しみ、声を掛けてきたに違いない。
とはいえ、あの先生の頭には『ホウキで空を飛べる』という認識がある以上、魔法使いかそれを知る何者かであることに間違いはない。
なら、やはり楸先輩となんらかの繋がりがあることは疑いようがないように思われてならなかった。
わたしは自室のベッドに寝ころび、天井を見つめる。
そこにはママの描いてくれた星座図があって、魔法の力によって絶えず回転を続けていた。
それを眺めながら、わたしはさらに考える。
楸先輩はたぶん、関わらない方がよい。それは間違いないと思う。
ユキから聞いたウワサだけじゃなくて、わたし自身が体感的に『この人は危険だ』と判断したのだ。
けれど、あの先生はどうだろうか?
果たしてあの先生は味方なのだろうか、敵なのだろうか。
いや、そもそも、味方とか敵とか、そんな概念で人を判断すること自体間違っているような気はするのだけれど、高校に入学してこっち、初めて出会う魔法使い関係者とあっては警戒せざるを得なかった。
ママもお婆ちゃんも、口をそろえていつもこう言う。
「魔法使いや魔女を、簡単に信じちゃいけないよ」
それはたぶん、自分たち自身が魔女だから解る何かによる判断なのだろうけれど、まだまだ修行中の身であるわたしには、その意味がはっきりとは解りかねていた。
そもそも、わたしはママやお婆ちゃんと知り合いである、数人の魔法使いや魔女にしか会ったことがない。
彼ら彼女らはみんないい人たちで、いつもわたしのことを孫のように可愛がってくれていた。
そしてやはり、口をそろえてこう言うのだ。
「魔法使いのことは信用するな」
おまけに例の怪しげなグループも複数存在していて、悪い話しか聞かされていない以上、先生のことすら警戒してしまうのはしかたのないことだろう。
とりあえず、明日からは徒歩で登校しなければならないし、屋上に置きっぱなしにしてきたホウキも取りに行かなければならない。
――いや、いっそ夜に紛れて、お母さんのホウキを借りてひとっ飛び、取りに行ってこようかしら。
そんなことを考えていた時だった。
コンコン。
突然部屋の窓を叩く音がして、わたしは思わず身を強張らせた。
時計に目を向ければ、午後九時過ぎ。そろそろ半を回って、短針は十時に向かおうとしている時刻だった。
ふたたび、コンコン、音が聞こえる。
わたしは上半身を起こし、カーテンのかかった窓の方に顔を向ける。
「……なに?」
思わず口にして、恐る恐るカーテンに手を伸ばす。
みたび、コンコン、と音がする。
怖い、というのと同時に思い浮かぶ、楸先輩の姿。
まさか、こんな所まで――?
わたしはゆっくりと数センチだけカーテンを開き、その隙間から窓の外に目を向ける。
僅かな街灯に照らされた住宅街。
空には綺麗な満月が浮かび、優しい輝きを放つ中で、
「――えっ」
わたしはその女性の姿を眼にして、思わず目を見開き、口をぽかんと開けてしまう。
「こんにちは。ちょっと良いかしら?」
そこには、白く長いふわふわの髪に、透き通るような白い肌の、真っ白いドレスのような服を着た、まるで西洋人形か何かのような可愛らしい白く輝く女性が、キラキラ光る装飾の施されたホウキに腰掛け、浮かんでいたのだった。
わたしは思わずぽかんと口を開け、その女の人の姿を窓ガラス越しに見惚れていた。
およそ日本人とは思えないその容姿と可愛らしさに、夢でも見ているんじゃないかしらと自分の眼を疑ってしまう。
そんなわたしに、その白い女の人は、
「えっと……」
と困ったように眉を寄せ、けれど微笑みを浮かべたままで、
「そ、そう、あなたのホウキを持ってきたの」
そう言って、どこからともなくわたしのホウキを出して見せた。
「え? あっ――」
わたしははっと我に返り、慌てて窓の鍵を外してガラリと窓を開いた。
その途端、わたしのホウキがふわりと風に乗り、部屋の中へと入ってくる。
ほうきを受け取ったわたしは、それが間違いなくわたしのホウキであることを確認すると、
「あ、ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げた。
「ううん、いいのよ」
と白い彼女は小さく首を横に振って、
「わたしはただ、イノクチさんに頼まれただけだから――」
「イノクチさん?」
首を傾げるわたしに、彼女は、
「そう、イノクチさん。先生のことよ」
あぁ、とわたしは口にして、ひとつ首を縦に振った。
ってことは、この人はあの先生の知り合いなのか。
わたしや楸先輩と同じようにホウキで空を飛んでいるけれど、まさか一日にふたりも空を飛べる魔女に出会うことになろうとは、思ってもみなかった。
あの男の先生――イノクチ先生も含めれば、わたしの知らない魔法使いに三人も出会ったことになる。
こんなことってある? 本当にただの偶然?
それにしても、今、目の前にいるこの女の人――どこまでも白くて、透明で、美しくて。
その微笑みは目の笑っていない楸先輩のそれとは違って本当に優し気で、邪な気持ちなど微塵も感じさせず、わたしに何とも言えない安心感を与えてくれた。
初対面だというのに、この人なら信じてもいい、そう思わせてくれる清純さを彼女はその姿から溢れさせていたのである。
いったいこの人は、どこの誰なんだろうか。
思い、わたしは、
「えっと、あなたは?」
彼女に訊ねる。
彼女は「あぁ」と小さく口にして、
「わたしはアリス。ハンドウ、アリスよ」
「ハンドウ……?」
すると彼女は空中に人差し指を突き出し、キラキラ光る魔法の文字で、『楾アリス』と教えてくれた。
「アリス、さん」
「えぇ、よろしくね」
その微笑みは、見ているだけでわたしの心を幸せにしてくれた。
「あ、わたしは――」
「鐘撞葵さん、でしょ?」
アリスさんがわたしの名前を知っていることに一瞬驚いたけれど、なにも驚くことはなかった。
そもそもイノクチ先生は学校の先生で、あの時、わたしに名前を訊いてきた。
アリスさんはそのイノクチ先生の知り合いで、わたしにホウキを持ってくるよう頼まれていたのだから、わたしのことを知っていて当然だ。
イノクチ先生にしろ、アリスさんにしろ、ふたりとも楸先輩よりは信用してしまっても構わないように思われた。
アリスさんは一つ頷くと、
「それじゃぁ、私は帰ります。おやすみなさい、葵ちゃん」
「あ、はい! おやすみなさい!」
暖かな微笑みを浮かべたまま、アリスさんは小さく手を振ると、すぅっと空の向こうへと飛んでいってしまった。
わたしはそんな白く輝くアリスさんの後ろ姿を、見えなくなるまで、ずっと見送り続けたのだった。
結局私は、先生が何者か訊かないまま、ホウキを置いて帰宅した。
訊ねるのが何だか怖くて、そそくさとその場を逃げるようにして、階段を駆け下りたからだ。
楸先輩にしろ、あの先生にしろ、とにかく怪しげに見えて仕方がなかった。
もしかして、楸先輩があの先生に、わたしが魔女だってことを報告した?
わたしがホウキで登校していることを、あの先生は知っていた。
わたしがホウキで登校しているのを知っているのは楸先輩だけのはず。
でも、そうだとして、いったい何のために?
先生はわたしに、『ホウキでの登校は禁止だ』と言っていた。
わざわざそんなことを先生に言わせるために、楸先輩はわたしのことをチクったのだろうか。
いや、そんなはずはない。
先生のあの様子だと、屋上に続く扉の前でわたしと出会ったのは、たぶん偶然だ。
それはわたしに名前を訊いてきたことからも明らかで、最初からわたしに会うことが目的であの場に現れたのではなく、恐らく本当に、屋上に向かうわたしの姿を見かけてそれを怪しみ、声を掛けてきたに違いない。
とはいえ、あの先生の頭には『ホウキで空を飛べる』という認識がある以上、魔法使いかそれを知る何者かであることに間違いはない。
なら、やはり楸先輩となんらかの繋がりがあることは疑いようがないように思われてならなかった。
わたしは自室のベッドに寝ころび、天井を見つめる。
そこにはママの描いてくれた星座図があって、魔法の力によって絶えず回転を続けていた。
それを眺めながら、わたしはさらに考える。
楸先輩はたぶん、関わらない方がよい。それは間違いないと思う。
ユキから聞いたウワサだけじゃなくて、わたし自身が体感的に『この人は危険だ』と判断したのだ。
けれど、あの先生はどうだろうか?
果たしてあの先生は味方なのだろうか、敵なのだろうか。
いや、そもそも、味方とか敵とか、そんな概念で人を判断すること自体間違っているような気はするのだけれど、高校に入学してこっち、初めて出会う魔法使い関係者とあっては警戒せざるを得なかった。
ママもお婆ちゃんも、口をそろえていつもこう言う。
「魔法使いや魔女を、簡単に信じちゃいけないよ」
それはたぶん、自分たち自身が魔女だから解る何かによる判断なのだろうけれど、まだまだ修行中の身であるわたしには、その意味がはっきりとは解りかねていた。
そもそも、わたしはママやお婆ちゃんと知り合いである、数人の魔法使いや魔女にしか会ったことがない。
彼ら彼女らはみんないい人たちで、いつもわたしのことを孫のように可愛がってくれていた。
そしてやはり、口をそろえてこう言うのだ。
「魔法使いのことは信用するな」
おまけに例の怪しげなグループも複数存在していて、悪い話しか聞かされていない以上、先生のことすら警戒してしまうのはしかたのないことだろう。
とりあえず、明日からは徒歩で登校しなければならないし、屋上に置きっぱなしにしてきたホウキも取りに行かなければならない。
――いや、いっそ夜に紛れて、お母さんのホウキを借りてひとっ飛び、取りに行ってこようかしら。
そんなことを考えていた時だった。
コンコン。
突然部屋の窓を叩く音がして、わたしは思わず身を強張らせた。
時計に目を向ければ、午後九時過ぎ。そろそろ半を回って、短針は十時に向かおうとしている時刻だった。
ふたたび、コンコン、音が聞こえる。
わたしは上半身を起こし、カーテンのかかった窓の方に顔を向ける。
「……なに?」
思わず口にして、恐る恐るカーテンに手を伸ばす。
みたび、コンコン、と音がする。
怖い、というのと同時に思い浮かぶ、楸先輩の姿。
まさか、こんな所まで――?
わたしはゆっくりと数センチだけカーテンを開き、その隙間から窓の外に目を向ける。
僅かな街灯に照らされた住宅街。
空には綺麗な満月が浮かび、優しい輝きを放つ中で、
「――えっ」
わたしはその女性の姿を眼にして、思わず目を見開き、口をぽかんと開けてしまう。
「こんにちは。ちょっと良いかしら?」
そこには、白く長いふわふわの髪に、透き通るような白い肌の、真っ白いドレスのような服を着た、まるで西洋人形か何かのような可愛らしい白く輝く女性が、キラキラ光る装飾の施されたホウキに腰掛け、浮かんでいたのだった。
わたしは思わずぽかんと口を開け、その女の人の姿を窓ガラス越しに見惚れていた。
およそ日本人とは思えないその容姿と可愛らしさに、夢でも見ているんじゃないかしらと自分の眼を疑ってしまう。
そんなわたしに、その白い女の人は、
「えっと……」
と困ったように眉を寄せ、けれど微笑みを浮かべたままで、
「そ、そう、あなたのホウキを持ってきたの」
そう言って、どこからともなくわたしのホウキを出して見せた。
「え? あっ――」
わたしははっと我に返り、慌てて窓の鍵を外してガラリと窓を開いた。
その途端、わたしのホウキがふわりと風に乗り、部屋の中へと入ってくる。
ほうきを受け取ったわたしは、それが間違いなくわたしのホウキであることを確認すると、
「あ、ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げた。
「ううん、いいのよ」
と白い彼女は小さく首を横に振って、
「わたしはただ、イノクチさんに頼まれただけだから――」
「イノクチさん?」
首を傾げるわたしに、彼女は、
「そう、イノクチさん。先生のことよ」
あぁ、とわたしは口にして、ひとつ首を縦に振った。
ってことは、この人はあの先生の知り合いなのか。
わたしや楸先輩と同じようにホウキで空を飛んでいるけれど、まさか一日にふたりも空を飛べる魔女に出会うことになろうとは、思ってもみなかった。
あの男の先生――イノクチ先生も含めれば、わたしの知らない魔法使いに三人も出会ったことになる。
こんなことってある? 本当にただの偶然?
それにしても、今、目の前にいるこの女の人――どこまでも白くて、透明で、美しくて。
その微笑みは目の笑っていない楸先輩のそれとは違って本当に優し気で、邪な気持ちなど微塵も感じさせず、わたしに何とも言えない安心感を与えてくれた。
初対面だというのに、この人なら信じてもいい、そう思わせてくれる清純さを彼女はその姿から溢れさせていたのである。
いったいこの人は、どこの誰なんだろうか。
思い、わたしは、
「えっと、あなたは?」
彼女に訊ねる。
彼女は「あぁ」と小さく口にして、
「わたしはアリス。ハンドウ、アリスよ」
「ハンドウ……?」
すると彼女は空中に人差し指を突き出し、キラキラ光る魔法の文字で、『楾アリス』と教えてくれた。
「アリス、さん」
「えぇ、よろしくね」
その微笑みは、見ているだけでわたしの心を幸せにしてくれた。
「あ、わたしは――」
「鐘撞葵さん、でしょ?」
アリスさんがわたしの名前を知っていることに一瞬驚いたけれど、なにも驚くことはなかった。
そもそもイノクチ先生は学校の先生で、あの時、わたしに名前を訊いてきた。
アリスさんはそのイノクチ先生の知り合いで、わたしにホウキを持ってくるよう頼まれていたのだから、わたしのことを知っていて当然だ。
イノクチ先生にしろ、アリスさんにしろ、ふたりとも楸先輩よりは信用してしまっても構わないように思われた。
アリスさんは一つ頷くと、
「それじゃぁ、私は帰ります。おやすみなさい、葵ちゃん」
「あ、はい! おやすみなさい!」
暖かな微笑みを浮かべたまま、アリスさんは小さく手を振ると、すぅっと空の向こうへと飛んでいってしまった。
わたしはそんな白く輝くアリスさんの後ろ姿を、見えなくなるまで、ずっと見送り続けたのだった。
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