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第2章 夢と悪魔と
第5回
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結局その日、わたしは学校を早退することにした。
あんな状態で残りの授業を受けられるほど、わたしの精神力は高くはなかったのだ。
一時間ほど保健室で横になっていたのだけれど、うとうとし始めた先から楸先輩のあの顔が脳裏に浮かんで、休むことすらままならなかった。
保健室の先生に心配されながらフラフラと職員室に向かうと、よその教室から戻ってきた担任の荻先生とばったり出くわした。
荻先生はわたしの様子を見てすぐに察してくれたのか、
「大丈夫か? 一人で帰れるか? 親御さんに連絡して、迎えに来てもらえないか頼んでみるか?」
と言ってくれたけれど、わたしはそれを首を横に振って断わって、
「いえ、大丈夫です。なんとかして一人で帰りますから」
そう言い残して、一度荷物を取りに教室へ戻った。
教室ではユキやミツキ、カナタがわたしが戻ってくるのを待っていたらしく、もし早退することになってもいいように、すでに鞄の準備をしてくれていた。
「ありがとう、ごめんね」
わたしが礼を言うと、彼女たちは口々に「いいよ」「気にしないで」「すぐに帰って、ゆっくり休んでね」と声を掛けてくれたのだった。
それからわたしは教室を出て、階下の下駄箱へと向かった。
靴を履き替え、脱靴場から外に出たところで、
「――鐘撞」
突然どこからか声を掛けられ、わたしは辺りを見回した。
見れば、図書館棟の隅、小さな生け垣の方からわたしに向かって手招きする、ひとりの男性の姿があった。
誰だろう、と最初は訝しみながら見ていたけれど、すぐにそれがあのイノクチ先生であることに気が付いた。
「早く、こっち、こっち!」
わずかに声を潜める先生に、わたしは首を傾げながら駆け寄って、
「……なんですか?」
訊ねると、イノクチ先生は辺りを見回しながら、
「ほら、これを貸してやるから」
そう口にして、わたしに一本のホウキを差し出した。
それは明らかに学校で使われる一般的なホウキで、いわば備品そのものだった。
先生はわたしにそのホウキを押し付けながら、
「今日だけ特別な。そっちの方が早く帰れるだろう?」
確かに、ホウキに乗った方が歩いて帰るより圧倒的に早く帰れる。
だけど、
「いいんですか?」
「仕方がないだろう、アイツの所為なんだから」
「……アイツ?」
「楸だよ、楸真帆」
その名を聞いて、わたしは大きく目を見張る。
「な、なんで、先生がそれを知ってるんですか?」
すると先生は困ったような笑みを浮かべながら、
「あいつはある意味で学校一の問題児だからな。常に俺が監視しているんだ」
「か、監視?」
「そう」
とイノクチ先生はこくりと頷き、
「アイツには、俺の方からキツく言っておくから、鐘撞は何も心配するな」
そんな、いきなり心配するなって言われたって――
その時、聞きなれた予鈴が響き渡って、先生は「あっ」と小さく口にする。
「そろそろ俺も次の教室に行かないと」
それから数歩分、校舎に向かって駆けてから、不意にこちらを振り向いて、
「あぁ、それから、あとでハンドウさんにもう一度君の家に行ってもらおうと思ってるんだけど、良いかな?」
「ハンドウさんを……?」
楾アリス。あの、まるで西洋人形みたいな可愛らしい女性。
どこか人を安心させるあの温かい微笑みを思い出すだけで、なんだかわたしの心はほっこりしてくる。
楸先輩とは、あまりにも対照的な印象だった。
「そう、鐘撞さえ良ければなんだけど、ちょっとキョーカイについて話をしておきたくてな」
「良いですけど、キョーカイって?」
教会、境界、協会――いったいどのキョーカイの話だろうか?
そんな話をわたしにして、先生はどうするつもりなんだろうか?
「まぁ、詳しいことは楾さんから聞いてくれ!」
じゃあな、と言って先生は再び駆け出すと、あっという間に校舎の中へとその姿を消してしまったのだった。
結局その日、わたしは学校を早退することにした。
あんな状態で残りの授業を受けられるほど、わたしの精神力は高くはなかったのだ。
一時間ほど保健室で横になっていたのだけれど、うとうとし始めた先から楸先輩のあの顔が脳裏に浮かんで、休むことすらままならなかった。
保健室の先生に心配されながらフラフラと職員室に向かうと、よその教室から戻ってきた担任の荻先生とばったり出くわした。
荻先生はわたしの様子を見てすぐに察してくれたのか、
「大丈夫か? 一人で帰れるか? 親御さんに連絡して、迎えに来てもらえないか頼んでみるか?」
と言ってくれたけれど、わたしはそれを首を横に振って断わって、
「いえ、大丈夫です。なんとかして一人で帰りますから」
そう言い残して、一度荷物を取りに教室へ戻った。
教室ではユキやミツキ、カナタがわたしが戻ってくるのを待っていたらしく、もし早退することになってもいいように、すでに鞄の準備をしてくれていた。
「ありがとう、ごめんね」
わたしが礼を言うと、彼女たちは口々に「いいよ」「気にしないで」「すぐに帰って、ゆっくり休んでね」と声を掛けてくれたのだった。
それからわたしは教室を出て、階下の下駄箱へと向かった。
靴を履き替え、脱靴場から外に出たところで、
「――鐘撞」
突然どこからか声を掛けられ、わたしは辺りを見回した。
見れば、図書館棟の隅、小さな生け垣の方からわたしに向かって手招きする、ひとりの男性の姿があった。
誰だろう、と最初は訝しみながら見ていたけれど、すぐにそれがあのイノクチ先生であることに気が付いた。
「早く、こっち、こっち!」
わずかに声を潜める先生に、わたしは首を傾げながら駆け寄って、
「……なんですか?」
訊ねると、イノクチ先生は辺りを見回しながら、
「ほら、これを貸してやるから」
そう口にして、わたしに一本のホウキを差し出した。
それは明らかに学校で使われる一般的なホウキで、いわば備品そのものだった。
先生はわたしにそのホウキを押し付けながら、
「今日だけ特別な。そっちの方が早く帰れるだろう?」
確かに、ホウキに乗った方が歩いて帰るより圧倒的に早く帰れる。
だけど、
「いいんですか?」
「仕方がないだろう、アイツの所為なんだから」
「……アイツ?」
「楸だよ、楸真帆」
その名を聞いて、わたしは大きく目を見張る。
「な、なんで、先生がそれを知ってるんですか?」
すると先生は困ったような笑みを浮かべながら、
「あいつはある意味で学校一の問題児だからな。常に俺が監視しているんだ」
「か、監視?」
「そう」
とイノクチ先生はこくりと頷き、
「アイツには、俺の方からキツく言っておくから、鐘撞は何も心配するな」
そんな、いきなり心配するなって言われたって――
その時、聞きなれた予鈴が響き渡って、先生は「あっ」と小さく口にする。
「そろそろ俺も次の教室に行かないと」
それから数歩分、校舎に向かって駆けてから、不意にこちらを振り向いて、
「あぁ、それから、あとでハンドウさんにもう一度君の家に行ってもらおうと思ってるんだけど、良いかな?」
「ハンドウさんを……?」
楾アリス。あの、まるで西洋人形みたいな可愛らしい女性。
どこか人を安心させるあの温かい微笑みを思い出すだけで、なんだかわたしの心はほっこりしてくる。
楸先輩とは、あまりにも対照的な印象だった。
「そう、鐘撞さえ良ければなんだけど、ちょっとキョーカイについて話をしておきたくてな」
「良いですけど、キョーカイって?」
教会、境界、協会――いったいどのキョーカイの話だろうか?
そんな話をわたしにして、先生はどうするつもりなんだろうか?
「まぁ、詳しいことは楾さんから聞いてくれ!」
じゃあな、と言って先生は再び駆け出すと、あっという間に校舎の中へとその姿を消してしまったのだった。
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