魔法百貨堂 〜歌と魔法の物語〜

ノムラユーリ(野村勇輔)

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ふたりめ

第6回

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   2(沙也加)

 それはある休日の事でした。

 柏木さんとの会話の中で出てきた作品の映画上映が始まって、それが頭に残っていた私はどうしても、その作品を観てみたくなったんです。

 お母さんを誘ってみたのですが、ミュージカル映画以外にはあまり興味を示さない人なので、「行くんなら友達とでも行ってきなさい」と言われてしまいました。

 そう言われても、私には休日に一緒に出掛けるような友達なんて一人もいません。学校で親しくおしゃべりしてくれるクラスメイトならいますが、私が普段からひとり本と向き合っているのが好きなのを知っているからか、それ以上仲良くなってくれるような人なんて、一人もいなかったんです。

 でも、だからと言って、私は別に寂しくも何ともありませんでした。むしろ一人の方が、自分の好きなことができますし、趣味に没頭することができます。

 どうせ一人で観に行くわけですから、服装に気を使う必要なんてないと私は思いました。私はコンタクトもつけずに普段使いの眼鏡を掛け、ラフな服装で近くのショッピングモール内にある映画館に向かったんです。

 映画館の中はたくさんの人でごった返していました。チケットの発券機前には長蛇の列ができていて、中には私のように、一人で映画を観に来ているらしい人の姿もちらほらありました。

 そんな中、しばらく列に並んで順番を待っていると、丁度折り返しの所でふと後ろに目を向けた時、見覚えのある男性の姿が目に入ったんです。

 その男性は黒いポロシャツに白いパンツを履いて、肩からショルダーを斜め掛けしていました。短い黒髪に細い黒ぶちの眼鏡を掛けており、下を向いてスマホをいじっているところでした。

「あれ? 柏木さんじゃないですか?」

 それが柏木さんだということに気づいた私は、先日のあの楽しかった会話を思い出し、思わず笑顔で手を振りながら、声を掛けていたのでした。

 柏木さんはふと顔を上げ辺りをきょろきょろしたかと思うと、私と目が合い、一瞬眉間に皺を寄せました。たぶん、合コンの時と格好が違うので、私が誰なのか解らなかったんでしょう。
 けれどすぐに、
「沙也加ちゃん?」
 と口にしました。

 私は後ろに並んでいた人たちに「すみません、すみません」と言いながら、柏木さんの方へ小走りで向かいました。

「もしかして、柏木さんも、あの映画を観に来たんですか?」

 何となくそう訊ねると、柏木さんは柔らかい笑顔で「あぁ、うん」と頷きました。
「あの時の会話でちょっと気になっていたから、観ておこうと思ってね」

 私は柏木さんも同じようなことを考えていたのがおかしくて「ふふっ」と小さく笑い、
「私と一緒ですね」

 そうだね、と柏木さんも笑顔で言って、ふと辺りを見回しながら、
「沙也加ちゃんは、誰と観に来たの?」
 と首を傾げました。

「私ですか? 一人ですよ」
 言ってから、ちょっと恥ずかしくなりました。やっぱり普通は友達や家族と観に来るものだというのが一般の考えだと思ったからです。けれど一度言ってしまった言葉は仕方がありません。

「え、一人?」

 目を丸くする柏木さんに、私は正直に答えました。

「はい。私、ぼっちなので」

 ぼっち――ひとりぼっち。
 自分で口にしていながら、何となく違和感を覚えました。
 私は別に、好きで一人でいるのです。
 ぼっちという言葉の響きには、どこか寂しさが秘められています。
 ここはまだ「おひとり様」と答えた方が良かったかもしれません。

 私も周囲を見回して、お返しのように柏木さんに訊ねました。
「柏木さんは、ご家族は?」

 柏木さんは苦笑気味に、
「あぁ、嫁も娘も興味がないから一人で行って来いって」
 それを聞いて、私も思わず苦笑してしまいました。

 私がお母さんに言われたのと、同じようなことを奥さんからも言われただなんて。

 でも、それなら――
「どうせなら、一緒に観ませんか?」
 私は柏木さんの顔を見上げながら、そう誘ってみました。

 おひとり様同士ですし、合コンの時のように、映画を観終わった後に感想を言い合うことができるかも知れない、そう思ったのです。

 けれど柏木さんは少し困ったように頭を掻きながら、
「え、いや、でも、こんなおじさんなんかと一緒に居て、変に怪しまれたりしないかな。例えば、誘拐とかなんとか……」

 それこそ変な心配をしだした柏木さんの表情があまりにおかしくて、私は思わず笑みをこぼしながら、
「大丈夫ですよ。たぶん、親子にしか見えないと思いますから」
 そう答えて、自分の眼鏡をくいっと上げました。





「実際、その日の私たちは、父娘にしか見えなかったと思います。私もラフな格好――長袖のシャツに安物のジーンズで、二人して眼鏡を掛けていましたから。二人並んでいるのを傍から見ても、何の違和感もなかったんじゃないでしょうか」
 私は言って、思い出し笑いを浮かべました。

 ――そう、私にとって、柏木さんはまるでお父さんのようだったのです。

 茜さんはそんな私をみてにっこりと微笑むと、
「楽しかったですか? 映画」

「はい」
 私は大きく頷きました。
「映画を観終わった後、柏木さんと私はフードコートでお昼ご飯を食べながら、観た映画と原作小説について、ずっと感想を話していました。ここが良かったとか、あそこが説明不足だったとか、どうしてあの大事なシーンをなくしてしまったんだ、とか。たぶん、ただ映画を観ただけの友達同士とかなんかじゃなくて、お互いに本が好きで、原作小説も読んでいたからこそ、あれだけ二人で盛り上がれたんだと思います。そして私は、そういう話し相手が欲しかったんだということに、その時になって、初めて気が付いたんです」

 茜さんは「ふうん、そっか」と頷き、
「それから、どうしたの?」
 と話の先を促しました。
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