魔法百貨堂 〜歌と魔法の物語〜

ノムラユーリ(野村勇輔)

文字の大きさ
45 / 56
ごにんめ

第5回

しおりを挟む
   5

 翌日、那由多さんは昼前に再び病院にやってきた。

 今日は白のワイシャツに細身のジーンズ、足元は黒のパンプスで、肩からは大きなボストンバッグを提げている。

 いったい、中に何が入っているのだろうか。

「――こんにちは」
 那由多さんは言って、バッグを担ぎなおした。

 その途端、中からがさりと音がする。

 私は片手をあげて挨拶して、彼女のそのバッグに目をやりながら、
「随分と大きな荷物だね」

「えぇ、まぁ」

 曖昧に笑う那由多さんに、私は首を傾げる。
「……本当にうまくいくんだろうね?」

「任せてください」
 胸を張るように、那由多さんは頷いた。

 私たちは昨日と同じようにエレベーターホールへ向かい、妻の病室がある最上階を目指した。

 チンっという音と共に、エレベーターのドアが開く。

 ナースステーションの前を通過して妻の待つ病室前に差し掛かったところで、不意に那由多さんは足を止めた。

「どうした?」

 訊ねると、那由多さんはバッグの中から小さな懐中時計を取り出し、何やらダイヤルを回すとかちりとボタンになっているらしいつまみを押した。

 その途端、慌てた様子で看護師が病室に駆けこんでいった。

 何が何だかよくわからないが、あっという間に妻を残して他の患者が病室から連れ出されていく。

「これは、いったい?」

「人払いの魔法です。三十分くらいの間、ここには誰も近づけません」

「……人払い?」

「そんなことより、さぁ、早く入りましょう」

 私は狐に抓まれたような思いの中、那由多さんに急かされるように病室へ入った。

 キミコはベッドに寝たまま上半身を起こし、入ってきた私たちに気づくと、
「あらあら、待っていたわ」
 と小さく微笑み、
「それで、本当に、私をうちに帰してくれるの?」

 そんなキミコに、那由多さんは、
「――はい」
 若干言いにくそうに、小さく頷いた。

 決して『疑似的に』という言葉は口にしなかった。

 それから私に顔を向け、
「誠二さんも、ベッドに腰掛けてくれますか?」

「ん? あぁ、わかった」

 言われるがまま、キミコのすぐそばに腰かける。

 那由多さんはそれを見届けると、おもむろにバッグのチャックを大きく開けて。

「――ぷはぁッ! 息苦しかった!」

 中から、あの大きなインコが飛び出してきたのである。

 これには私もキミコも思わず目を真ん丸くしてしまい、
「と、鳥が喋ってる……!」
 言って、キミコはゆっくりと私の隣に足を下ろすように座りなおし、その手を白いインコに伸ばしながら、
「あなた、喋れるの?」

「えぇ、もちろん。私はキコ。よろしくね」

「キコ……」
 呟くように、口にするキミコ。

 インコは跳ねるようにベッドの端に降り立ち、それを見届けてから那由多さんは口を開いた。

「それでは、お二人にはしばらく目を固くつぶっていて頂けますか?」

「目を? どうして?」

 キミコの問いに、那由多さんは、
「この魔法を使うのに、眼を開けていると酔ってしまうんです。私が良いというまで、絶対に瞼を開かないでください。良いですか?」

「――わかったわ」
 キミコがぎゅっと目を閉じるのを確認してから、私も同じく目を閉じる。

 ぼんやりと広がる闇の中で、キミコの好きだった唄を歌いだす那由多さんとキコ。

 その歌は不思議に私たちを包み込み、何とも言えないふわふわとした宙を浮くような感覚に、私は思わず隣に座るキミコの手を握っていた。

 キミコも同じように、私の手を握り返してくる。

 しばらくの間、私は方向感覚を失っていた。

 まるで酒に酔ってしまったような、若干の吐き気を催し始めた頃。

『――目を開けてください』
 頭の中で、那由多さんの声が響いてきた。

 おかしい。那由多さんはずっと唄を歌い続けているはずなのに、それに被るように声が聞こえてくるだなんて。

 思いながら、私は恐る恐る瞼を開けて――
「……えっ」
 そこは我が家の庭先だった。

 周りは古いコンクリートの壁に囲われており、隅の花壇にはキミコの植えた色とりどりの花が咲いている。

 空を見上げれば、どこまでも澄み渡る青い空。

 私は驚きのあまり妻に顔を向ける。

 妻も驚いたような表情で、私を見ていた。

 私たちは二人並んで自宅の縁側に腰掛けていたのである。

「これは、いったい」
「そんな、今まで病院にいたはずじゃぁ」

 と、そこへ。

「お母さん、お父さん!」
 たたたっとかけてきた幼い姿の子供たち。

 子供たちは部屋の中から庭に飛び出すと、鬼ごっこを始めた。

 これは、いったい、どういうことだ?

 やがて子供たちの姿が薄まっていったかと思うと、代わりに庭を駆け回り始めたのは孫たちだ。

 ふと後ろを振り向けば、成長した子供たちが私たちの背中越しに孫たちへ笑顔を向けている。

 それは正月やお盆によく見た光景。

 とても幸せな、私たちの家族の姿。

 ――そうか、これは思い出だ。

 妻と顔を見合わせ、頷きあう。

 那由多さんはキミコを連れ出す代わりに、懐かしい歌に合わせて我々に思い出の幻を見せてくれているのだ。

『疑似的』とは言っていたが、今目の前に広がる光景や感触はもはや現実そのもので、とても幻だなんて思えなかった。

 次々に現れては消えていく、子供たちや孫たちの楽し気なその姿。

 そこには確かに、あの幸せな日々があって。

「――色々ありましたね」

 不意にキミコがつぶやいて、私の肩にとんと頭を預けてきた。

「――あぁ、そうだな」

 私は頷き、ぎゅっとキミコの手を握り締める。

「私、凄く幸せでした。あなたと結婚できて」

「うん。私もだ」

「……本当に、今までありがとうございました」

 そのキミコの言葉に、私は思わずどきりとした。

「今までって――何を言ってるんだ」

 けれど、キミコは小さく首を横に振って、
「……ちょっと、疲れてしまいました」
 そう口にして、そっと瞼を閉じる。

 口元に、微笑みを浮かべたままで。

「き、キミコ?」

 一瞬、キミコが死んでしまったように見えて気が気ではなかったが、慌てて顔を近づけると、キミコはただ小さな寝息を立てて、本当に眠っているだけだった。

 ――良かった、驚かせてくれる。

 私は安堵して、再び目の前の懐かしい光景に視線を戻した。

 そして妻と過ごした数十年の思い出を噛みしめながら、小さくため息を漏らす。

 私の事を好きだと言ってくれて、文句ひとつ言わずに私についてきてくれて。

 あの時、キミコが私のもとへ来てくれなかったら、果たして今の私は幸せだっただろうか?

 こんなふうに、温かい気持ちでいられただろうか? 

 ――いや、そんなことは考えるだけ無駄だ。

 私とキミコは、今こうしてここにいる。

 まるで空気のように、常に寄り添い、私たちは生きてきた。

 それが真実。

 それだけで、十分じゃないか。

 私はちらりとキミコに視線を向ける。

 そして、まだ言えてなかったその言葉を、彼女の耳元でささやいた。

「ありがとう、キミコ。私も幸せだったよ」

 それから、小さく付け足す。


「――今も、そしてこれからも」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...