魔法百貨堂 〜歌と魔法の物語〜

ノムラユーリ(野村勇輔)

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魔法使いの弟子

第7回

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   7

 久し振りの高校は、私が通っていたころとほとんど変わらない外観をしているにもかかわらず、まるで異世界のような雰囲気だった。

 もはやそこには私の居場所などどこにもなく、すべてが在校生の為に存在する、そんな当たり前の空気がそこかしこに漂っていた。

 この校内のどこかに、神楽くんがいる。

 私は校門を抜け、学校の敷地に一歩足を踏み出した。

 すでに通常授業は終わっており、あちらこちらに部活動に励む生徒たちの姿があった。

 私はそんな中を、辺りをきょろきょろしながら歩き出す。

 卒業生ではあれど、学校側からすれば部外者でもある私への視線がどこかしら痛い。

 生徒たちは「誰だろう、あの人」なんて眼で私を見ているし、すれ違う教師らも「こんにちは」と互いにあいさつしつつ、どこか胡乱な眼差しを向けてくる。

 誰か知っている人はいないか、私が居た頃の先生が残ってはいないか。

 何とも言えない不安の中、はたと足を止める。

 ――いた。

 長い廊下の向こう側。

 職員室と校長室の丁度間の辺りを、こちらに向かって歩いてくる男の姿。

 当時どことなく女の子っぽかった顔はそのままに、けれど顎には無精ひげを生やし、眼鏡を掛けたひ弱そうなその佇まいは間違いようがない。

 神楽くんだ。
 神楽夢矢だ。

 その隣には、私たちが高校生の頃にお世話になった数学の岡田先生の姿があって。

 神楽くんは岡田先生に笑顔で何かを口にして、ぺこりと頭を下げる。

 岡田先生も笑いながら、そんな神楽くんの肩をぽんぽん叩いて、ふとこちらに顔を向けた。

「おお、那由多じゃないか! お前も来てたのか!」

 そんな大きな声が廊下に響き渡って、神楽くんもこちらに顔を向ける。

 視線が交わったその途端、慌てたように背を向け、駆け出す神楽くん。

「えっ? あ? おい、神楽っ?」

 驚きを隠せない岡田先生の横を、私は神楽くんを追って全力疾走、走ってはいけない廊下を六年ぶりに駆け出した。

「お、おい! 那由多! 廊下を走るな!」

 懐かしい叫び声、だけどそんな制止の言葉なんて知ったこっちゃない!

 今目の前に、難いアンチクショーの背中があるのだ、立ち止まっていられるわけがない。

 神楽くんは廊下のどん詰まりを左へ曲がり、階段を駆け上る。

 正直、走る速さなら私の方が早い。

 舐めんなって感じだ。

 案の定、神楽くんは二階に上ったあたりからもう肩で息を始めていた。

 彼はこちらを振り向き、私が追ってきていることに気づくと再び足に力を入れて階段を駆け上っていく。

「に、逃げんなぁ!」

 私は思わず叫び、二段飛ばしに階段を駆け上った。

 神楽くんは三階へ上り、そのまま屋上へと駆けていく。

 私と神楽くんの間は徐々に徐々に狭まっていき、鍵が掛かっているであろうはずの屋上への扉を魔法を使って開錠した神楽くんは、そのまま扉の向こうへと駆け出していく。

 広々とした屋上には腰くらいまでの塀しかなく、神楽くんはその先の塀を乗り越えようと足を掛けてよじ登ろうとしていた。

「あ、危ない!」
 私は思わずその身体に手を伸ばして――彼の服を掴んだところで、
「えっ――」

 神楽くんのつぶやきが耳元で聞こえたかと思うと、私たちの身体はそのままバランスを崩し、塀を乗り越えて地面に向かって落下を始めていた。

 ふわりとした感覚と、きゅうっと下腹部が締め付けられるような妙な痛み。

 それは本当に一瞬の出来事で、けれどまるでスローモーションのように感じられて。

 ――あぁ、そう言えば。

 昔、神楽くんと知り合った時のこと。

 私はこのつまらない世の中に何となく嫌気がさして、別に死んだって構やしないと考えていた時期があったっけ。

 将来なりたいものがある訳でもなく、先の見えない未来に希望も見出せなくて。

 ただ持ち前の明るさ?だけでそんな感情を乗り切ろうとしていたあの頃。

 魔法使いだってことを知った神楽くんを試すように、私は私の人生を天秤にかけた。

 彼が魔法を使って私を救ってくれたら私の勝ち。

 もし彼が魔法使いでなければ負けて、私の人生はそこで終わる。

 そんな馬鹿馬鹿しい賭けに私は出たのだ。

 結果、彼は魔法を使って私を救ってくれた。

 神楽くんは本当に魔法使いで、それをきっかけに魔法使いになる道を私は選んで。

 ……懐かしいなぁ。あの時の私、今とは違って変に尖がってたよなぁ。

 そんな私の人生も、ここらでおしまい――

「になんて、するわけないじゃない!」

 私は一瞬にして我に返り、風の呪文を口にする。

 こんなところで死んじゃうなんて、冗談じゃない!

 私はまだ、魔法使いとしても独り立ちしていないのだ。

 魔法なんて面白いものを手に入れた私の人生、つまらないはずがないじゃない!

 だって魔法だよ?

 不思議な力がこの世界には溢れていたんだよ?

 こんな面白いこと、今さら手放したくないじゃない!

 私にはまだまだ、真帆さんから教わりたい魔法が、山ほどあるんだ!

 ふと隣に目を向ければ、神楽くんも私と同じように風の魔法を詠唱している。

 昔、私を助けてくれた時と同じ魔法だ。

 けれど、あの時と違っていたことが唯一あった。

 呪文の詠唱が、思っていたよりも遅かったのだ。

 だ、駄目! 間に合わない!

 見る見るうちに近づいてくる地面に恐れをなして、私は必死に詠唱を続けながらぎゅっと瞼を閉じて――

 次に来るであろう全身への激しい衝撃を覚悟していたけれど、いつになってもそんな衝撃なんて襲っては来なかった。

 なんだかふわふわした感覚に、はっとして目を見張る。

「――魔法、間に合った?」

 私と神楽くんの身体を覆うように、白い光の玉が漂っている。

「……違うよ」
 神楽くんは言って、空を指差した。

 私はその指の先、宙に浮かんだ人の姿に気が付いて。

「げっ」
 思わず、そんな言葉が口に出ていた。

「なんて顔してんの? せっかく助けてあげたのに」

 アイザはニヤリと口元に笑みを浮かべながら、私と神楽くんが無事に地に足をつけるまで見届けると、同じく空から降りてくる。

「悪いけど、こんなところで心中なんてやめてくれる?」

「心中なんてするわけないでしょ? 全部こいつが悪いのよ」
 私は言って、神楽くんの肩を軽く小突いた。

 神楽くんはばつが悪そうな表情でふらっと身体を揺らし、
「や、やめてくれよ、那由多さんが鬼みたいな顔で追っかけてくるから、怖くなって逃げただけじゃないか」

「ああ? 何だって?」
 神楽くんの望み通り、鬼の形相で睨んでやる。

「ご、ごめん、悪かったよ……」

 ちっと私は舌打ちし、ギロリとアイザに目を向ける。

「あんた、いつから居たの?」

「最初から」

「は?」

「最初から、茜たちのこと見てたわよ」

「なんで」

「面白かったから。年甲斐もなく追いかけっこだなんて、滑稽でしょ?」

 くすくす笑う悪い魔女の、その姿よ。

 私は今にもアイザに飛び掛かりたい衝動を押えつつ、神楽くんに視線を戻す。

「あんた、私に言うことがあるでしょ?」

「……うん」

 どこかもじもじしたように、神楽くんは頷いた。

 高校生の頃だったらまだ可愛げがあったけれど、二十を超えた無精ひげの男の姿だとどこか情けなかった。

「まぁ、もうアイザから聞いてるけどね」
 と私が口にすると、神楽くんは、
「えっ、そうなの?」

 うん、と私は頷き、
「おめでとう、アイザと結婚するんだって? 良かったね。とりあえず一発殴らせろ」

「ええっ!」

 目を真丸くする神楽くんのほっぺたを、私は力いっぱい平手打ちしてやった。

 スパアァンッ!

 乾いた良い音が辺りに響き渡る。

 グーパンじゃなかっただけありがたいと思え!

 なんて思っていると、神楽くんは叩かれた頬を擦りながら、
「ぼ、僕がアイザと結婚? 何の話?」
 と首を傾げた。

「――は?」

 その途端、アイザが「アッハハハハハ!」と大きく笑い声をあげた。

 眼に浮かんだ涙をぬぐいながら、腹を抱えるように、
「やだ、茜。あんな嘘信じてたの? ある訳ないでしょ? 私が夢矢と結婚なんて、するわけないじゃないの! アッハハハハハ!」

 こんな、気弱な奴と! とアイザはもはや大爆笑だ。一人で大爆笑だ。見ているだけで腹立たしいのは毎度の事だが、人を馬鹿にするのもいい加減にしやがれ!

 思わず拳を振り上げる私の身体を、
「お、抑えて! 抑えて那由多さん!」
 必死に抑えつける神楽くん。

「は、離せ! こいつマジで許さん!」

 ムッキ―――――!

 猿のように顔を真っ赤にする私を見て、さらに大笑いするアイザ。

 やがてひとしきり笑い終えると、アイザは息切れしながら、
「せ、せっかくお膳立てしてあげたのに、夢矢ったら逃げちゃうんだもの。おまけに二人一緒に転落するなんて、ほんと馬鹿ね」

「お膳立てって、どういうこと?」

 鬼の形相のまま訊ねると、アイザは大きく息を吐いて、

「そのまんまの意味よ。言ったでしょう? 日本に残してきた夢矢の大事なものを取りに来たんだ、って」

「……大事なもの? 何それ」

「そんなの、決まってるじゃない」
 とアイザはやれやれと手を振って、
「茜、あなたのことよ」
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