血みどろ兎と黒兎

脱兎だう

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①第六章 誰が誰を悪いと決めるのか

9現実と希望

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 仁夏が度々、僕に他の子を薦めてくる。
 理由は至って簡単「ブラビットを諦めて欲しいから」。

 けどそうやって力ずく以外のことでも諦めさせようとするってことは穏便に解決したいと心の中では思ってくれているのだろうか。
 そうであったらいい、と思わずにはいられない。
 痛いのが嫌だというのも勿論あるが……僕自身、まだ彼と友人でいれたら良かったと未練がましく思っているのだ。

 だとしても彼女以外を好きになるなんてあり得ない。

 なれる気がしない。

 周りは意図に気付いて鈴崎ちゃんとくっつけようとしてきたりもした。
 僕となんて鈴崎ちゃん自身嫌だろうに、と思っていたら彼女は無言を貫き通したのでびっくりしてしまった。

(ああ……ひょっとして僕に嫌がらせする為に、わざと?)

 ──両想いで結ばれてハッピーエンドなんて迎えられないように、敢えて。

 この学校の生徒達はどこまで腐っていくのだろう。自分達の意思も捨ててただ従うだけ。

『一つは王様。もう一つは駒だ』

 校内の王様が二人いて、周りはその王の駒。
 よくもまあ言い得て妙なことを言ったものだ。

 嫌よ嫌よも好きの内という言葉があるけれど、あれは一種の刷り込み。
『暗示』と『洗脳』に含まれると僕は考えている。
 だって、嫌いなものの数と好きなものの数を思い浮かべてみて欲しい。
 記憶や細かなものを含むと、一般的な心持ちを出来る人達の比率としては好きが数を上回るはずだ。

 要は好きが上回ってなくとも数の問題、印象操作による問題。

 嫌いなものの比率が少なければ当然、インパクトは好きよりもあって。
 多ければ周りが嫌いだらけだから、必然的に連想してしまうのだ。
 思い出せば出すほど、より一層記憶に植え付けられる。けど一度記憶したことを忘れることはもっと難しい。
 だから他人からの言葉は槍になり得る。

「そんなこと言って、本当は気になってるんじゃないの?」

 とか

「好きなんじゃないの?」

 とか。

 ──なんて無責任な言葉なんだろう。

 それでその人に枷が出来ることを知ってて言ってるとしたら、洗脳や誘導を好んでやっているとしか思えない。

 酷いことだ。

 逆に言われたときは嫌がる癖に、そういう奴に限って他人には簡単に言ってくる。
 だから敢えて、そう言われたことがある人達に言いたい。

「その煽りを言った人は誰ですか?」

「煽りを言った人のことを覚えてやりましょ」

 って。

 傷付いたと感じたならば、煽った者に対しても記憶出来るはずなのだ。
 嫌だと感じ、傷付いたのだから。
 代わりに無責任な発言者を覚えてやれ。

 そしたら、上手くいけば枷が取れて代わりに発言者だけを記憶に残して、他は消えているかもしれない。

 興味や悲しみを利用して消し去る。
 一人の人生にわざわざ心の自由を害する者が居るなら、良しとしてはいけない。
 感情も暗示も全部利用して消すのだ。新たな出会いを求めるなら過去のことなど振り返らずともよい、人生に終わりはあっても出会いに終わりはないんだから。

 もし、嫌いな人を普通程度まで思えたならモブ程度に考えればいい。

「お互いの人生に必要無かっただけだね」

 って軽く考えれば、後は自由だ。
 第一、思想の自由という生まれもった人権があるのに、わざわざ周りに流されてやる必要なんかこれっぽっちもない。

 ……だろ?

 流されてやる訳もなく、僕はただ

「わざわざ僕に嫌がらせする為だけに注力する、そんな子を好きになることなんか未来永劫無いよ」

 と笑って言った。

 翌日には女子からのいじめも盛んになったが、これに関しては後悔していない。
 だって本当に、今の鈴崎ちゃんの性格はハッキリ言って屑に近かったのだ。
 転ぶ者がいれば見下し、服装が自分基準で自分の好みに入らなければ「ダサい」と言ってのけ、病人がいれば「邪魔」と押しのける。
 常に他者に迷惑をかけることに集中し罵倒する、そんな自分本位な奴を誰が好きになるのだろう。

 まさか見かけだけを可愛くしてれば誰からもちやほやされるとでも?
 へえ、随分ご立派な頭をお持ちなんですねご愁傷様。外面だけじゃなくて内面も磨けよ。

 ああ、嫌だ嫌だ。毒を吐きそうになっても吐いても口が吊り上がりそうになる。

 要は表情筋が死にかけているのだ。

 前程大きく顔を歪ませることはもう出来ないし、基本無表情か笑顔。
 その二つになりつつあった。
 このことに関して両親への言い訳は

「好きなゲームの最推しが酷い当て馬だった」

 というものだが、元より推しが死ぬと表情が死んでいた為両親は疑うこともなく納得したのだった。
 死神協会へ行って帰ってくる度に疲れていたブラビットの話題は、段々と「ドレイト」っていう受付にいるらしい死神の比率が上がってきて、僕の心の内は黒く染まる。
 その響きからして男っぽい気がするんだよね、ドレイトさん。

 でもやっぱり後半は必ずといっていい程雑魚すぎる例の悪魔とか魔界の話。

(僕はいつになったらその悪魔の話を聞かなくて済むんだろう)

 嫉妬に狂いそうになる自分を抑えるも、ドレイトとかいう新たな要注意人外が現れては休まる暇も無い。
 既に僕含め、人間が二人惚れているのだ。
 これ以上増やされては胃がキリキリしてきてしまいそうだった。

「あ、そうそう! 後これオススメの本です。面白かったですよ」
「……えっと『あるくにばなし』? こんな本借りたっけ……?」

 図書館へ行っている時に彼女に頼まれて借りたりした本は時々、彼女が薦めてくれるのだが今回彼女が手渡してくれた本は見覚えの無い本だった。

「魔界にあった本です、表紙に釣られて表紙買いしてしまったのですわ」

 確かに釣られそうだな。
 カラーリングも蛍光色は避けている落ち着いた暖色系で装丁も金箔が付いている豪華仕様だし。
 上品な彼女にはぴったりだ。

「ありがとう、読み終わったら返すね」
「いえ貰ってくださいな、私は一度読んだものは一言一句間違えずに覚えてしまうので」

 ──そうだった。ブラビットは本の内容は完全に記憶してしまうのだった。

 納得して受け取る。内心

「やったぁぁ! ブラビットからのプレゼントッ!」

 なんてはしゃいでいるのだが、顔には一切出さない。
 表に出して引かれてしまったら、と考えると嵐でも吹き荒れたかのように心が荒んでしまうからだ。

 読み終わった頃の感想としては「内容が重すぎる」だった。

 まず主人公の生い立ちなのだが、勇者の血を引いているからと何でもかんでも周りから押し付けられ期待を押し付けられ、出来るのが当たり前と思われている。
 両親にも甘えられず周囲にも甘えられず味方が居ない主人公。
 せめてこれでチート級に強いのだったらコメディーにもなっただろうが彼は能力的に凡才、そしてドジっ子なのだ。
 あまりにも残念な失敗ばかりをする彼に周囲は厳しかった。
 勇者の血を引いているのにこれか、と勝手に失望し虐待して彼等は村から主人公を追い出す。

 そして後に燃えるが主人公にはその頃ヒロインがいて、「~村が燃えたそうだ」という一文で済まされるくらいどうでもよくなっていた。
 ヒロインと出会ってからは「勇者の血」なんて気にせず生きていこうとするので、そこからは微笑ましい内容だった。ハッピーエンドで良かったです。

 ブラビットに感想を伝えるととても喜んでくれていたようなないような。
 口元に手を添えているから喜んでいるの……かな。
 恐らくこのあるくにばなしという本は彼女にとっての愛読書になりつつあるのだろう。

 魔界の本が愛読書かぁ……人間界の本じゃないのがちょっと悔しいですね。
 例の悪魔が過るからね。

「また何か面白いものがありましたら持ってきますね」
「うん。僕も君にオススメの本があったら渡すね」

 ふふ、といつもの笑顔で言う彼女と、ようやっと一つ……共通の趣味が出来たような気がした。
 名前を呼ぶことに幸福感を得られるものだから、ついつい呼びすぎてしまうようになって「何回言うんですか」って咎められちゃった。
 残念。やめるつもりは毛頭なかったので、続けて呼んでいったら折れてくれるのもまた愛おしい。

 ヴィオラの演奏を教えてくれていたモールド先生は、僕が唯一いじめを相談出来た人だった。
 でも先生は丁度その頃には自国へ帰らなければならなくて、心配そうに僕に一言だけ告げてくれたんだ。

「辛いときは安心出来るものを探しなさい、安心出来るものが無ければ落ち着くことをしなさい。自分にとっての人生を豊かにする為に、逃げるのも一つの手だ。選択肢を自ら一つには絞ってはならぬよ、可能性は無限大にあるのだからね」

 嫌なことから目を背ける。

 好きなことへは目を向け耳を傾ける。

 有意義な時間とはそうやって作るものだってことを、やっと理解したのだ。
 それから月日が経ち、丘志七年七月十二日、火曜日。

 は中学生になった。

 日が進めば進む程、彼らのいじめは最初の頃が可愛く思える程エスカレートしていって。
 気付けば、泣いてばかりの日々を過ごすようになっていた。
 それでも大好きな両親に迷惑はかけられなかったし、平然な顔をして学校へ通い続けたんだ。

 ──彼女と一緒に。

       *

(環境によって僕らは一様に変化する。なのに、僕たち人間はその事実を見ようとも、認めようともしない。改善を試みる者がいるならば、その試みた者を始末する、それがこの世界のくそったれた〝〟だ。一体、が誰をにしてるのか……理解しているんだろうね?)
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