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第48話「夜の灯り」怖さ:☆☆
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白石陽菜は深夜のアルバイトから帰宅した。
コンビニでの夜勤を終え、午前六時にようやく家に着いた。一人暮らしのアパートは静寂に包まれている。陽菜は疲れた体を引きずりながら、玄関の鍵を開けた。
電気をつけると、いつもの見慣れた部屋が明るく照らされた。ワンルームの小さな空間だが、陽菜にとっては大切な住処だった。
陽菜はすぐにベッドに倒れ込みたい気持ちを抑えて、まず部屋を片付けた。明日の授業もあるので、少しでも整理整頓しておきたい。
洗濯物をたたみ、散らかった教科書をまとめ、台所の食器を洗った。一通りの作業を終えると、時計は午前七時を回っていた。
陽菜は着替えを済ませ、ベッドに入る準備をした。
最後に部屋の電気を消して、カーテンを閉めた。朝日が差し込むと眠れないからだ。
陽菜は暗闇の中でベッドに横になった。疲労が一気に襲ってきて、すぐに眠りに落ちた。
午後二時頃、陽菜は目を覚ました。
体はまだ重いが、大学の授業に出席しなければならない。陽菜は起き上がって、部屋の電気をつけようとスイッチを押した。
しかし、電気はつかなかった。
「あれ?」
陽菜は首をかしげて、再びスイッチを押した。やはり反応しない。
停電かと思ったが、冷蔵庫の音は聞こえている。他の電化製品は正常に動いているようだった。
陽菜は電球を確認した。切れているようには見えない。
「おかしいな……」
陽菜は困ったが、時間がないので電気のことは後回しにして、大学に向かった。
夕方、授業を終えて帰宅した陽菜は、再び電気のスイッチを試した。
今度は正常につく。
「なんだったんだろう?」
陽菜は首をひねった。朝は確実につかなかったのに、今は問題なく動作している。
電気系統の不具合かもしれないと思い、大家さんに連絡することを考えた。しかし、今は正常に動いているので、様子を見ることにした。
その夜、陽菜は夜勤のアルバイトに出かけた。
いつものようにコンビニで働き、午前六時に帰宅した。
部屋に入って電気をつけ、いつものように片付けをして、着替えをした。
そして最後に電気を消してベッドに入った。
午後に目を覚ますと、陽菜は違和感を覚えた。
部屋がぼんやりと明るいのだ。
カーテンは閉めてあるし、朝日が差し込んでいるわけでもない。それなのに、部屋全体が薄明るく光っている。
陽菜は起き上がって、光源を探した。
天井の電球を見上げると、消したはずなのに微かに光っている。
「消したはずなのに……」
陽菜は記憶を辿った。確かにスイッチを押して電気を消した。間違いない。
陽菜はスイッチを確認した。オフの位置にある。しかし、電球は光っている。
陽菜はスイッチを何度か押してみた。オンにすると明るくなり、オフにすると暗くなる。しかし、完全には消えない。微かに光り続けている。
「故障してるのかな?」
陽菜は電球をよく見てみた。
普通の電球のようだが、中に小さな何かが見える。
陽菜は椅子に乗って、電球に近づいた。
電球の中に、小さな人影のようなものが見えた。
「え……?」
陽菜は目を凝らした。確かに人の形をしたものが、電球の中で動いている。
まるで豆粒ほどの小さな人が、電球の中にいるかのようだった。
陽菜は驚いて椅子から降りた。見間違いだろうか。
再び電球を見上げると、やはり小さな影が動いている。
陽菜は恐怖を感じた。これは明らかに異常だった。
陽菜は急いで大家さんに電話をかけた。
「すみません、部屋の電気が故障してるみたいで……」
「電気が?どんな具合ですか?」
大家の神谷さんは親切な中年男性だった。
「消しても微かに光り続けるんです。それに、電球の中に何かいるような……」
「電球の中に?」
神谷さんは困惑しているようだった。
「すぐに見に行きますね」
三十分後、神谷さんがアパートにやってきた。
陽菜は電気の不具合を説明した。
「確かに微かに光ってますね」
神谷さんも異常に気づいた。
「電球を交換してみましょう」
神谷さんは脚立を持参していた。電球を取り外して、新しいものに交換した。
「これで大丈夫でしょう」
神谷さんはスイッチを操作した。電気は正常についたり消えたりする。
「ありがとうございます」
陽菜は安堵した。
神谷さんが帰った後、陽菜は取り外された古い電球を見た。
ゴミ袋に入れる前に、もう一度中を確認してみた。
電球の中に、確かに小さな何かがいた。
それは人の形をした、ほんの数ミリの存在だった。
陽菜は電球を振ってみた。中の小さな存在が動いた。
「まさか……」
陽菜は電球に耳を当てた。微かに、とても小さな声が聞こえた。
「たすけて……」
陽菜は驚いて電球を落としそうになった。確かに人の声だった。
「誰……?」
陽菜は電球に向かって話しかけた。
「ここに……閉じ込められて……」
小さな声が返ってきた。
「どうやって?」
「わからない……気がついたら……ここに……」
陽菜は混乱した。電球の中に人がいるなんて、そんなことがあるだろうか。
「あなたは誰?」
「水無瀬……ひかり……」
小さな声が答えた。
「水無瀬ひかりさん?」
「はい……」
陽菜はその名前に聞き覚えがあった。確か、このアパートの前の住人の名前だった。
「あなたは、このアパートに住んでいた?」
「はい……一年前まで……」
陽菜は大家さんから聞いたことを思い出した。前の住人は突然いなくなったという話だった。家賃を滞納したまま、ある日忽然と姿を消したのだ。
「どうして電球の中に?」
「わからない……ある日突然……小さくなって……電球に吸い込まれた……」
ひかりの声は途切れ途切れだった。
「どうすれば出られるの?」
「わからない……でも……あなたの光で……少し元気になった……」
陽菜は理解した。電球が光ることで、ひかりに力を与えているのだ。
「私にできることはある?」
「お願い……この部屋に……電気をつけて……」
ひかりの声は弱々しかった。
「でも、その電球はもう外されちゃった……」
「大丈夫……私は……あなたの部屋の光と……繋がってる……」
陽菜は新しい電球を見上げた。確かに、わずかに光っているような気がする。
「わかった。電気をつけておく」
陽菜はスイッチを入れた。部屋が明るくなった。
「ありがとう……」
ひかりの声が少し大きくなった。
「でも、電気代が……」
陽菜は心配になった。学生の身分では、電気をつけっぱなしにするのは経済的に厳しい。
「大丈夫……必要なときだけで……いい……」
ひかりは気を遣ってくれた。
「寂しいときに……少しだけ……光をもらえたら……」
陽菜は胸が痛くなった。ひかりは一人で電球の中に閉じ込められて、どんなに孤独だったろうか。
「わかった。できるだけ電気をつけておく」
陽菜は約束した。
それから、陽菜の生活は変わった。
外出する時も、必要最小限の時間以外は電気をつけておいた。
夜中にアルバイトから帰った時も、すぐに電気をつけて、ひかりに話しかけた。
「お疲れさま、ひかり」
「おかえりなさい、陽菜ちゃん」
ひかりの声は日に日にはっきりしてきた。
陽菜はひかりと色々な話をした。以前の住人としての思い出、消える前の出来事、そして今の状況について。
ひかりは優しい人だった。陽菜の愚痴を聞いてくれたり、励ましてくれたりした。
陽菜も、ひかりの寂しさを紛らわせるよう努力した。
しかし、電気代は確実に増えていた。陽菜の家計は厳しくなる一方だった。
ある日、陽菜は意を決してひかりに相談した。
「ひかり、お金のことで困ってるの」
「ごめんなさい……私のせいで……」
ひかりの声に申し訳なさが滲んでいた。
「でも、あなたを見捨てることはできない」
「陽菜ちゃん……」
「何か、あなたを元に戻す方法はないの?」
陽菜は尋ねた。
「実は……あるかもしれない……」
ひかりは躊躇いがちに答えた。
「どんな方法?」
「この部屋で……私の思い出の品を……燃やしてもらえば……」
「思い出の品?」
「クローゼットの奥に……隠してある……手紙……」
陽菜はクローゼットを探した。奥の方に、小さな箱が隠されていた。
中には、古い手紙の束があった。
「これ?」
「はい……恋人からの手紙……」
ひかりの声が震えていた。
「私が消えた理由は……その人との別れでした……」
「つらい別れだったの?」
「はい……その人は……既婚者でした……」
ひかりは告白した。
「私は……愚かでした……不倫なんて……」
「ひかり……」
「でも……その人を忘れられなくて……手紙を読み返す毎日でした……」
陽菜は理解した。ひかりは過去に囚われて、現実逃避していたのだ。
「それで、電球の中に?」
「きっと……私の逃避願望が……現実化したんです……」
「手紙を燃やせば、元に戻れるの?」
「たぶん……過去と決別できれば……」
陽菜は手紙を見つめた。これがひかりの唯一の希望なのだ。
「燃やしてもいい?」
「はい……お願いします……」
陽菜は洗面器に手紙を入れて、火をつけた。
手紙がゆっくりと燃えていく。煙が立ち上り、部屋に微かな匂いが漂った。
その時、電球が激しく点滅した。
陽菜は電球を見上げた。中でひかりの影が大きくなっているのが見えた。
やがて、電球が割れる音がした。
陽菜は驚いて身を伏せた。
電球の破片が床に散らばり、その中から小さな光の玉が立ち上った。
光の玉は次第に大きくなり、人の形を取り始めた。
そして、ひかりが実体となって現れた。
二十代半ばの美しい女性だった。しかし、その姿は半透明で、明らかに幽霊のような存在だった。
「陽菜ちゃん……ありがとう……」
ひかりは微笑んだ。
「ひかり……」
「私、やっと前に進める気がする……」
ひかりの姿はだんだん薄くなっていった。
「どこに行くの?」
「わからない……でも、もう過去に縛られない……」
ひかりは安らかな表情を見せた。
「陽菜ちゃんも……頑張って……」
「ひかり、さようなら……」
「ありがとう……本当に……」
ひかりの姿は光となって消えていった。
陽菜は一人残された。部屋は静寂に包まれ、電球の明かりも消えていた。
陽菜は破片を片付けながら、ひかりとの日々を思い出した。
短い間だったが、濃密な時間だった。ひかりを助けることで、陽菜も多くのことを学んだ。
過去に囚われることの危険性、そして前に進むことの大切さ。
陽菜は新しい電球を取り付けた。今度は普通の電球だった。
スイッチを入れると、正常に光った。中には何もいない。
陽菜は微笑んだ。ひかりは自由になったのだ。
その夜、陽菜は久しぶりに電気を消して眠った。
電気代を心配する必要もなくなったし、何より、ひかりが解放されたことが嬉しかった。
翌朝、陽菜は大家さんに電球が割れたことを報告した。
「交換してくれてありがとうございます。おかげで正常に動いてます」
「よかったです。前の住人も電気のトラブルで悩んでたみたいで……」
神谷さんは思い出すように話した。
「前の住人?」
「水無瀬さんという方でした。電気がつきっぱなしになるって相談されたことがあります」
陽菜は納得した。ひかりも同じような現象に悩んでいたのだ。
「その方、今はどこに?」
「わからないんです。ある日突然いなくなって……」
神谷さんは首をかしげた。
「でも、最近、近所で彼女らしき人を見たという話もあります。元気そうだったとか」
陽菜は微笑んだ。きっとひかりは、新しい人生を歩み始めているのだろう。
陽菜の部屋では、その後異常な現象は起きなかった。
電気は正常に動作し、中に誰かが閉じ込められることもない。
陽菜は時々、ひかりのことを思い出した。
電球を見上げるたびに、あの小さな声を思い出す。
そして、過去に囚われずに前に進むことの大切さを噛みしめるのだった。
ひかりが残してくれた、大切な教訓として。
コンビニでの夜勤を終え、午前六時にようやく家に着いた。一人暮らしのアパートは静寂に包まれている。陽菜は疲れた体を引きずりながら、玄関の鍵を開けた。
電気をつけると、いつもの見慣れた部屋が明るく照らされた。ワンルームの小さな空間だが、陽菜にとっては大切な住処だった。
陽菜はすぐにベッドに倒れ込みたい気持ちを抑えて、まず部屋を片付けた。明日の授業もあるので、少しでも整理整頓しておきたい。
洗濯物をたたみ、散らかった教科書をまとめ、台所の食器を洗った。一通りの作業を終えると、時計は午前七時を回っていた。
陽菜は着替えを済ませ、ベッドに入る準備をした。
最後に部屋の電気を消して、カーテンを閉めた。朝日が差し込むと眠れないからだ。
陽菜は暗闇の中でベッドに横になった。疲労が一気に襲ってきて、すぐに眠りに落ちた。
午後二時頃、陽菜は目を覚ました。
体はまだ重いが、大学の授業に出席しなければならない。陽菜は起き上がって、部屋の電気をつけようとスイッチを押した。
しかし、電気はつかなかった。
「あれ?」
陽菜は首をかしげて、再びスイッチを押した。やはり反応しない。
停電かと思ったが、冷蔵庫の音は聞こえている。他の電化製品は正常に動いているようだった。
陽菜は電球を確認した。切れているようには見えない。
「おかしいな……」
陽菜は困ったが、時間がないので電気のことは後回しにして、大学に向かった。
夕方、授業を終えて帰宅した陽菜は、再び電気のスイッチを試した。
今度は正常につく。
「なんだったんだろう?」
陽菜は首をひねった。朝は確実につかなかったのに、今は問題なく動作している。
電気系統の不具合かもしれないと思い、大家さんに連絡することを考えた。しかし、今は正常に動いているので、様子を見ることにした。
その夜、陽菜は夜勤のアルバイトに出かけた。
いつものようにコンビニで働き、午前六時に帰宅した。
部屋に入って電気をつけ、いつものように片付けをして、着替えをした。
そして最後に電気を消してベッドに入った。
午後に目を覚ますと、陽菜は違和感を覚えた。
部屋がぼんやりと明るいのだ。
カーテンは閉めてあるし、朝日が差し込んでいるわけでもない。それなのに、部屋全体が薄明るく光っている。
陽菜は起き上がって、光源を探した。
天井の電球を見上げると、消したはずなのに微かに光っている。
「消したはずなのに……」
陽菜は記憶を辿った。確かにスイッチを押して電気を消した。間違いない。
陽菜はスイッチを確認した。オフの位置にある。しかし、電球は光っている。
陽菜はスイッチを何度か押してみた。オンにすると明るくなり、オフにすると暗くなる。しかし、完全には消えない。微かに光り続けている。
「故障してるのかな?」
陽菜は電球をよく見てみた。
普通の電球のようだが、中に小さな何かが見える。
陽菜は椅子に乗って、電球に近づいた。
電球の中に、小さな人影のようなものが見えた。
「え……?」
陽菜は目を凝らした。確かに人の形をしたものが、電球の中で動いている。
まるで豆粒ほどの小さな人が、電球の中にいるかのようだった。
陽菜は驚いて椅子から降りた。見間違いだろうか。
再び電球を見上げると、やはり小さな影が動いている。
陽菜は恐怖を感じた。これは明らかに異常だった。
陽菜は急いで大家さんに電話をかけた。
「すみません、部屋の電気が故障してるみたいで……」
「電気が?どんな具合ですか?」
大家の神谷さんは親切な中年男性だった。
「消しても微かに光り続けるんです。それに、電球の中に何かいるような……」
「電球の中に?」
神谷さんは困惑しているようだった。
「すぐに見に行きますね」
三十分後、神谷さんがアパートにやってきた。
陽菜は電気の不具合を説明した。
「確かに微かに光ってますね」
神谷さんも異常に気づいた。
「電球を交換してみましょう」
神谷さんは脚立を持参していた。電球を取り外して、新しいものに交換した。
「これで大丈夫でしょう」
神谷さんはスイッチを操作した。電気は正常についたり消えたりする。
「ありがとうございます」
陽菜は安堵した。
神谷さんが帰った後、陽菜は取り外された古い電球を見た。
ゴミ袋に入れる前に、もう一度中を確認してみた。
電球の中に、確かに小さな何かがいた。
それは人の形をした、ほんの数ミリの存在だった。
陽菜は電球を振ってみた。中の小さな存在が動いた。
「まさか……」
陽菜は電球に耳を当てた。微かに、とても小さな声が聞こえた。
「たすけて……」
陽菜は驚いて電球を落としそうになった。確かに人の声だった。
「誰……?」
陽菜は電球に向かって話しかけた。
「ここに……閉じ込められて……」
小さな声が返ってきた。
「どうやって?」
「わからない……気がついたら……ここに……」
陽菜は混乱した。電球の中に人がいるなんて、そんなことがあるだろうか。
「あなたは誰?」
「水無瀬……ひかり……」
小さな声が答えた。
「水無瀬ひかりさん?」
「はい……」
陽菜はその名前に聞き覚えがあった。確か、このアパートの前の住人の名前だった。
「あなたは、このアパートに住んでいた?」
「はい……一年前まで……」
陽菜は大家さんから聞いたことを思い出した。前の住人は突然いなくなったという話だった。家賃を滞納したまま、ある日忽然と姿を消したのだ。
「どうして電球の中に?」
「わからない……ある日突然……小さくなって……電球に吸い込まれた……」
ひかりの声は途切れ途切れだった。
「どうすれば出られるの?」
「わからない……でも……あなたの光で……少し元気になった……」
陽菜は理解した。電球が光ることで、ひかりに力を与えているのだ。
「私にできることはある?」
「お願い……この部屋に……電気をつけて……」
ひかりの声は弱々しかった。
「でも、その電球はもう外されちゃった……」
「大丈夫……私は……あなたの部屋の光と……繋がってる……」
陽菜は新しい電球を見上げた。確かに、わずかに光っているような気がする。
「わかった。電気をつけておく」
陽菜はスイッチを入れた。部屋が明るくなった。
「ありがとう……」
ひかりの声が少し大きくなった。
「でも、電気代が……」
陽菜は心配になった。学生の身分では、電気をつけっぱなしにするのは経済的に厳しい。
「大丈夫……必要なときだけで……いい……」
ひかりは気を遣ってくれた。
「寂しいときに……少しだけ……光をもらえたら……」
陽菜は胸が痛くなった。ひかりは一人で電球の中に閉じ込められて、どんなに孤独だったろうか。
「わかった。できるだけ電気をつけておく」
陽菜は約束した。
それから、陽菜の生活は変わった。
外出する時も、必要最小限の時間以外は電気をつけておいた。
夜中にアルバイトから帰った時も、すぐに電気をつけて、ひかりに話しかけた。
「お疲れさま、ひかり」
「おかえりなさい、陽菜ちゃん」
ひかりの声は日に日にはっきりしてきた。
陽菜はひかりと色々な話をした。以前の住人としての思い出、消える前の出来事、そして今の状況について。
ひかりは優しい人だった。陽菜の愚痴を聞いてくれたり、励ましてくれたりした。
陽菜も、ひかりの寂しさを紛らわせるよう努力した。
しかし、電気代は確実に増えていた。陽菜の家計は厳しくなる一方だった。
ある日、陽菜は意を決してひかりに相談した。
「ひかり、お金のことで困ってるの」
「ごめんなさい……私のせいで……」
ひかりの声に申し訳なさが滲んでいた。
「でも、あなたを見捨てることはできない」
「陽菜ちゃん……」
「何か、あなたを元に戻す方法はないの?」
陽菜は尋ねた。
「実は……あるかもしれない……」
ひかりは躊躇いがちに答えた。
「どんな方法?」
「この部屋で……私の思い出の品を……燃やしてもらえば……」
「思い出の品?」
「クローゼットの奥に……隠してある……手紙……」
陽菜はクローゼットを探した。奥の方に、小さな箱が隠されていた。
中には、古い手紙の束があった。
「これ?」
「はい……恋人からの手紙……」
ひかりの声が震えていた。
「私が消えた理由は……その人との別れでした……」
「つらい別れだったの?」
「はい……その人は……既婚者でした……」
ひかりは告白した。
「私は……愚かでした……不倫なんて……」
「ひかり……」
「でも……その人を忘れられなくて……手紙を読み返す毎日でした……」
陽菜は理解した。ひかりは過去に囚われて、現実逃避していたのだ。
「それで、電球の中に?」
「きっと……私の逃避願望が……現実化したんです……」
「手紙を燃やせば、元に戻れるの?」
「たぶん……過去と決別できれば……」
陽菜は手紙を見つめた。これがひかりの唯一の希望なのだ。
「燃やしてもいい?」
「はい……お願いします……」
陽菜は洗面器に手紙を入れて、火をつけた。
手紙がゆっくりと燃えていく。煙が立ち上り、部屋に微かな匂いが漂った。
その時、電球が激しく点滅した。
陽菜は電球を見上げた。中でひかりの影が大きくなっているのが見えた。
やがて、電球が割れる音がした。
陽菜は驚いて身を伏せた。
電球の破片が床に散らばり、その中から小さな光の玉が立ち上った。
光の玉は次第に大きくなり、人の形を取り始めた。
そして、ひかりが実体となって現れた。
二十代半ばの美しい女性だった。しかし、その姿は半透明で、明らかに幽霊のような存在だった。
「陽菜ちゃん……ありがとう……」
ひかりは微笑んだ。
「ひかり……」
「私、やっと前に進める気がする……」
ひかりの姿はだんだん薄くなっていった。
「どこに行くの?」
「わからない……でも、もう過去に縛られない……」
ひかりは安らかな表情を見せた。
「陽菜ちゃんも……頑張って……」
「ひかり、さようなら……」
「ありがとう……本当に……」
ひかりの姿は光となって消えていった。
陽菜は一人残された。部屋は静寂に包まれ、電球の明かりも消えていた。
陽菜は破片を片付けながら、ひかりとの日々を思い出した。
短い間だったが、濃密な時間だった。ひかりを助けることで、陽菜も多くのことを学んだ。
過去に囚われることの危険性、そして前に進むことの大切さ。
陽菜は新しい電球を取り付けた。今度は普通の電球だった。
スイッチを入れると、正常に光った。中には何もいない。
陽菜は微笑んだ。ひかりは自由になったのだ。
その夜、陽菜は久しぶりに電気を消して眠った。
電気代を心配する必要もなくなったし、何より、ひかりが解放されたことが嬉しかった。
翌朝、陽菜は大家さんに電球が割れたことを報告した。
「交換してくれてありがとうございます。おかげで正常に動いてます」
「よかったです。前の住人も電気のトラブルで悩んでたみたいで……」
神谷さんは思い出すように話した。
「前の住人?」
「水無瀬さんという方でした。電気がつきっぱなしになるって相談されたことがあります」
陽菜は納得した。ひかりも同じような現象に悩んでいたのだ。
「その方、今はどこに?」
「わからないんです。ある日突然いなくなって……」
神谷さんは首をかしげた。
「でも、最近、近所で彼女らしき人を見たという話もあります。元気そうだったとか」
陽菜は微笑んだ。きっとひかりは、新しい人生を歩み始めているのだろう。
陽菜の部屋では、その後異常な現象は起きなかった。
電気は正常に動作し、中に誰かが閉じ込められることもない。
陽菜は時々、ひかりのことを思い出した。
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