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第2章9話「平和の代償」
EP.69
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森の奥から現れたエルガード王国の使者は、一見すると典型的な外交官の風貌をしていた。
中年の男性で、深い緑色の外套を纏い、金の刺繍が施された正装に身を包んでいる。しかし、その眼差しには外交官らしからぬ鋭さが宿っていた。
「エルガード王国外交使節、セオドア・グリムスワース特使でございます」
男性が腰を深く折る。動作は完璧だったが、計算され尽くした機械的な印象を与える。風に舞い散る木の葉が、その外套の金糸を照らし出していた。
「古代技術の研究について、両国の協力体制を模索するため参りました」
空気に微かな緊張が漂う中、レオナルド中尉の手が無意識に剣の柄に向かった。
「エルガード王国が我が国の研究に関心を示すとは、予想外でした」
中尉の声には警戒が滲んでいる。背筋を伸ばし、軍人としての威厳を保ちながらも、瞳の奥に不信の色が浮かんでいた。
「魔導の知識に国境はございません」
セオドアの口元に外交官らしい微笑みが浮かぶ。しかし、その瞬間、俺は彼の目の奥で冷たい光が一瞬だけ明滅するのを見逃さなかった。森の中に響く鳥の声が、急に遠く感じられる。
「人類共通の財産である古代技術を、一国が独占するべきではないでしょう」
「独占」という単語を発する時、セオドアの声に僅かな棘が混じった。言葉の響きが空気を震わせ、周囲の木々が風もないのにざわめいているような錯覚を覚える。
俺は《調和の結界》の効果を維持しながら、セオドアを注意深く観察した。表面上は協調的だが、何かが違う。皮膚に感じる微細な魔力の気配が、普通の外交官のものではない。
ミレイア博士が興味深そうに身を乗り出す。
「エルガード王国でも古代技術の研究が進んでいるのですね」
博士の瞳には学者特有の知的好奇心が輝いている。研究への純粋な関心が、その表情を明るく照らしていた。
「ええ、我が国でも優秀な魔導師たちが、古代文明の謎に挑んでおります」
セオドアの返答は模範的だった。しかし俺には違和感があった。彼から感じる魔力の密度が、単なる外交官の域を超えている。空気が重く感じられ、呼吸が浅くなっていく。
「では、情報交換から始めませんか?」
アルバートが青い石の杖を軽く地面に突きながら提案する。杖の先端が微かに光を放ち、彼の穏やかな性格を物語っていた。
「お互いの研究状況を共有し、協力の可能性を探りましょう」
「素晴らしい提案です」
セオドアが頷く動作に、僅かな急ぎが見える。手の指が微かに震えているのを、俺は見逃さなかった。
「ただし、機密に関わる内容もございますので、段階的な開示になることをご了承ください」
ジョアンナが竜族の鋭敏な感覚で周辺を探っていたが、急に眉をひそめた。琥珀色の瞳に警戒の色が浮かぶ。
「陽翔さん、気をつけて」
彼女の声が俺の耳元で小さく響く。
「この人物の魔力反応が、先ほどから変化しています」
やはりそうか。セオドアは単純な外交官ではない。俺の胸の奥で不安が渦巻き始める。
「それでは、我々の研究成果について簡単にご説明いたします」
俺が慎重に口を開く。空気の重さを感じながら、言葉を選ぶように話し始めた。
「古代薬草術の実用化に成功し、村の医療問題を解決することができました」
「興味深い」
セオドアの瞳が一瞬鋭く光る。鷹が獲物を見つけた時のような、獰猛な輝きだった。
「その技術の詳細を教えていただけませんか?」
「もちろんです。ただし……」
俺の言葉が途切れた瞬間、森の奥から新たな魔力の気配が近づいてきた。重い足音が枯れ葉を踏み砕く音と共に、空気がさらに張り詰める。
「セオドア様、予定の時間です」
茂みの向こうから、黒いフードを被った人影が複数現れた。明らかに武装している。金属の擦れる音が空気を切り裂く。
レオナルド中尉が即座に剣に手をかけ、警戒態勢を取る。
「これはどういうことですか?」
中尉の声が怒りで震えている。軍人としての誇りが踏みにじられた憤りが、その表情に刻まれていた。
「申し訳ございません」
セオドアの表情が一変する。外交官らしい温和さが剥がれ落ち、冷酷な計算高さが露わになった。
「平和的な情報交換が困難と判断いたします」
黒フードの一人が魔導具を取り出す。魔力の渦が空気中に広がり、拘束魔法の準備をしているのが分かる。皮膚がピリピリと痛み始めた。
「やはり技術強奪が目的か」
ミレイア博士の声が憤りで震える。学者としての尊厳を踏みにじられた怒りが、その拳を硬く握らせていた。
「魔導学協力を装った卑劣な行為です」
「卑劣とは心外ですね」
セオドアが肩をすくめる。その仕草には、もはや外交官としての仮面は欠片もなかった。
「我が国は正当な手段で技術を入手しようとしています。ただし、協力が得られない場合は、別の方法を取らざるを得ません」
中年の男性で、深い緑色の外套を纏い、金の刺繍が施された正装に身を包んでいる。しかし、その眼差しには外交官らしからぬ鋭さが宿っていた。
「エルガード王国外交使節、セオドア・グリムスワース特使でございます」
男性が腰を深く折る。動作は完璧だったが、計算され尽くした機械的な印象を与える。風に舞い散る木の葉が、その外套の金糸を照らし出していた。
「古代技術の研究について、両国の協力体制を模索するため参りました」
空気に微かな緊張が漂う中、レオナルド中尉の手が無意識に剣の柄に向かった。
「エルガード王国が我が国の研究に関心を示すとは、予想外でした」
中尉の声には警戒が滲んでいる。背筋を伸ばし、軍人としての威厳を保ちながらも、瞳の奥に不信の色が浮かんでいた。
「魔導の知識に国境はございません」
セオドアの口元に外交官らしい微笑みが浮かぶ。しかし、その瞬間、俺は彼の目の奥で冷たい光が一瞬だけ明滅するのを見逃さなかった。森の中に響く鳥の声が、急に遠く感じられる。
「人類共通の財産である古代技術を、一国が独占するべきではないでしょう」
「独占」という単語を発する時、セオドアの声に僅かな棘が混じった。言葉の響きが空気を震わせ、周囲の木々が風もないのにざわめいているような錯覚を覚える。
俺は《調和の結界》の効果を維持しながら、セオドアを注意深く観察した。表面上は協調的だが、何かが違う。皮膚に感じる微細な魔力の気配が、普通の外交官のものではない。
ミレイア博士が興味深そうに身を乗り出す。
「エルガード王国でも古代技術の研究が進んでいるのですね」
博士の瞳には学者特有の知的好奇心が輝いている。研究への純粋な関心が、その表情を明るく照らしていた。
「ええ、我が国でも優秀な魔導師たちが、古代文明の謎に挑んでおります」
セオドアの返答は模範的だった。しかし俺には違和感があった。彼から感じる魔力の密度が、単なる外交官の域を超えている。空気が重く感じられ、呼吸が浅くなっていく。
「では、情報交換から始めませんか?」
アルバートが青い石の杖を軽く地面に突きながら提案する。杖の先端が微かに光を放ち、彼の穏やかな性格を物語っていた。
「お互いの研究状況を共有し、協力の可能性を探りましょう」
「素晴らしい提案です」
セオドアが頷く動作に、僅かな急ぎが見える。手の指が微かに震えているのを、俺は見逃さなかった。
「ただし、機密に関わる内容もございますので、段階的な開示になることをご了承ください」
ジョアンナが竜族の鋭敏な感覚で周辺を探っていたが、急に眉をひそめた。琥珀色の瞳に警戒の色が浮かぶ。
「陽翔さん、気をつけて」
彼女の声が俺の耳元で小さく響く。
「この人物の魔力反応が、先ほどから変化しています」
やはりそうか。セオドアは単純な外交官ではない。俺の胸の奥で不安が渦巻き始める。
「それでは、我々の研究成果について簡単にご説明いたします」
俺が慎重に口を開く。空気の重さを感じながら、言葉を選ぶように話し始めた。
「古代薬草術の実用化に成功し、村の医療問題を解決することができました」
「興味深い」
セオドアの瞳が一瞬鋭く光る。鷹が獲物を見つけた時のような、獰猛な輝きだった。
「その技術の詳細を教えていただけませんか?」
「もちろんです。ただし……」
俺の言葉が途切れた瞬間、森の奥から新たな魔力の気配が近づいてきた。重い足音が枯れ葉を踏み砕く音と共に、空気がさらに張り詰める。
「セオドア様、予定の時間です」
茂みの向こうから、黒いフードを被った人影が複数現れた。明らかに武装している。金属の擦れる音が空気を切り裂く。
レオナルド中尉が即座に剣に手をかけ、警戒態勢を取る。
「これはどういうことですか?」
中尉の声が怒りで震えている。軍人としての誇りが踏みにじられた憤りが、その表情に刻まれていた。
「申し訳ございません」
セオドアの表情が一変する。外交官らしい温和さが剥がれ落ち、冷酷な計算高さが露わになった。
「平和的な情報交換が困難と判断いたします」
黒フードの一人が魔導具を取り出す。魔力の渦が空気中に広がり、拘束魔法の準備をしているのが分かる。皮膚がピリピリと痛み始めた。
「やはり技術強奪が目的か」
ミレイア博士の声が憤りで震える。学者としての尊厳を踏みにじられた怒りが、その拳を硬く握らせていた。
「魔導学協力を装った卑劣な行為です」
「卑劣とは心外ですね」
セオドアが肩をすくめる。その仕草には、もはや外交官としての仮面は欠片もなかった。
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