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第35話 反魂香③ 火具槌 時夜《ひぐつち ときや》

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 鍊は洞窟の中を進んでいた。 


「かなり進んだが、霊力を発するこの壁のせいで、俺の糸も探知がうまくできん......」


 進んで降りた先に、倒れた多くの術士と一人の巫女姿の黒髪の女性がうずくまっていた。 


「大丈夫か! 火具槌家の者か!」   


「離れて......来てはいけない......」


「何を言っている......」  


 そういって鍊が近づこうとしたその時、女性の髪が黒から銀へと変わり始めた。 


「くっくっくっ、礼代《れいよ》の奴、無駄なことを......この俺を止められるとでも思ったのか」


 そう言うと女性は立ち上がり、ギザギザの紙が一枚ついた棒を鍊の方に突きつけた。


「それは神道の御幣《ごへい》か、何の真似だ、それにお前は一体......」


「俺は充座《じゅうざ》、ただの人殺しだよおお!!」


 そう言いながら充座は術式を唱える。 御幣の一本の紙、紙垂《しで》が伸びる。 鍊は鋼牙刀で斬ろうとするが、柔らかにしなる紙垂を斬ることが出来ず。 充座は紙垂を自在に操り斬りつける。


「ひゃはははは、死ね、死ね、死ねええええ」

 
 鍊は術式を唱える。


「金土行、黒鉄具足《くろがねぐそく》」


 体に黒い鉄の甲冑を纏った鍊は、充座めがけ攻撃を仕掛ける。 充座が御幣をふると、充座はその姿を赤い肌の角のある鬼のような姿に変えた。


「なんだ!? こいつは鬼!!」


 ドゴッ!!


 鬼となった充座は鍊を地面に叩きつけた。


「ぐはっ!」


(この力は、間違いなく幻覚や偽物じゃない! 本物の鬼!)


 鍊は充座に両腕で捕まえられ甲冑はバキバキと音を立て始めた。


「ふひひ、この咒宝具、依代御幣《よりしろごへい》は、自らを神霊の依り代に出来るんだよ」


 充座は、そう言うと笑いだした。


(くっ......まずい、このままでは......甲冑ごと体を潰される)


「やめなさい!」


 そう声がすると、鬼は止まり、鍊は地面に落ちた。 その声の主は充座で、鬼は頭を抱えて座り込んでいる。 その髪は黒く変わっていった。


「なぜ......止めた......」


 鍊がそう聞くと、


「......私は礼代、充座と体を同じくしています......」


「多重人格者か......」


「......いいえ、生まれつき霊力の高かった私は、その性格ゆえ戦いに向いていなかった為、別の者の魂を体に宿らされたのです......」
 

「魂の転移......」 


「......長くは充座の意識を抑えておけない......あなたの力で私を、充座を止めて......」


 そう言うと礼代は苦しみだすと、黒髪が銀に変わっていく。


「ふざけやがって、臆病者の礼代が! せっかくこいつを楽しく殺せたと言うのに! まあいい」


 充座がそう言うとが連に向かい動き出した。 鍊が術式を唱える。


「金水土行、鋁水銀沼《りょすいぎんぬま》」


 地面に銀色の沼が拡がっていく。 充座が沼に入って全身が沈む。


「これは、水銀......毒か、こんなもので、鬼の俺が止められるか!」


 どんどん進んでくる。 だが充座から植物のような白い毛が大量に沸いて出て動けなくなった。


「なんだこれは!?」


「それは、酸化アルミニウム、水銀とアルミニウムの合金に酸素が反応して産み出される。 それは水銀が蒸発するか、アルミニウムが無くなるまで行われる、そしてその間蒸発した水銀をお前は吸い込むことになる」


「なっ!?」


「充座......このままだと鬼の体でもいずれ死ぬぞ、鬼の姿を解き礼代に変われ、もしお前が出てきたら即、礼代ごと殺す」


「くっ! ......」


 しばし沈黙があったあと、鬼の姿が解け黒髪に戻った。


「私は......」


「礼代、あとで充座を封印するが、今は一緒に来てくれ」


 そう言って鍊は先に進んだ。




 灰はある思いを抱いて洞窟内を走っていた。


(やはり、兄貴を甦らせようと時夜姉ちゃん......)


 洞窟を下ると、奥に光が見えたパチパチという松明たいまつの音がしている。 近づくと、一人の女性が正座していた。


「やはり、あんただったのか、時夜姉ちゃん......」


「来たか......灰」


「どうしてこんなことをした! 兄貴は甦らない! あんただってわかっているだろう!」


「燿は甦る、必ず......だから、反魂香のある場所を言え」


 静かで、だが強い信念を感じる声だった。


「反魂香を手に入れても、魂のない兄貴はもう甦れないんだ!」

 
「魂を見つけられる。 だから反魂香を手にいれる」


「用意......一体誰がそんなことを! 兄貴が死んでから何があった!?」


 灰が語気を強めた。 ゆっくりと時夜が立ち上がり話し始めた。


「......私は、燿を殺した奴を探していた......胸に六芒星の紋様がある奴だ
そして、一年前見つけ出した......殺そうとしたが捕まってしまった。 だが、奴は燿の生き返る方法を教えてくれた。 魂転法《こんてんほう》、他の体へ魂を移す秘術、それに死んだ魂を探す方法」   


「そんなもの信じているのか!」


「ああ、私は見たんだ。 昔死んだ充座という者を礼代という者に魂を移したのを......だから奴のいうとおり、咒縛監獄の結界を破り中にいた囚人を連れだした。 そして、ここにお前達を呼んだ。」


「やはり咒縛監獄を破ったのはあんただったのか......一体それを命じたのは誰だ! 無名か!」


 灰が問い詰めると時夜は、


「......まがみ じんむ......」


「まがみ......確か、どこかで......」

 
「灰、お前も力を貸してくれ、兄を甦らせたいだろう......」


「......確かにな......だが、もう兄貴は死んだ......魂を移すのが成功したとして、他の誰か犠牲になるってことを兄貴が望むはずがねえ!!」


 灰はそう言うと術式を唱える。 


「火行、炎戦輪乱舞!!」


「火行、炎戦輪乱舞!!」


 二人の術は当たると相殺された。


「お前に術を教えたのは私と燿だぞ」


「そうだったな、だがこれなら!」


 二人は同時に術式を唱える。


「火金木行、阿須羅王!!」


「火金土行、迦哩《カーリー》!!」


 時夜は肌が青くなり、四つの鉄の腕が生え持つ姿となった。 二人は四本の腕で凄まじい速さの打撃を打ち合う。


 ドガガガガガ!!


「俺の方が上回る!」


「ぐっ! 私は負けられないんだ!!」


 おおおお!!  と時夜は声を上げると後ろに飛び退き、腰につけた日本刀を抜いた。 だがその刀には刃がなく柄だけだった。


「咒宝具、黒焔刀《こくえんとう》!」


 時夜が霊力を込めると真っ黒な炎が刃となって現れ、四本の腕で持った黒焔刀で灰を斬る。 


「ぐううううう!!」


 灰は防ごうとした二本の鉄の腕を焼き斬られた。 


(くっ! 何とかかわせたが、あの剣の熱量並みの金属じゃ斬られる......鍊なら合金を作れるかも知れねえが、俺は金行は得意じゃない......どうすれば......いや神無なら......)


「はあ、......はあ......無駄だ、お前にこの剣の熱量を越える力はない! 反魂香の場所を教えろ! 教えねば殺す、仲間もな!」


「教えるかよ! 俺は神無も仲間も助ける!」


 灰は術式を唱える。 


「火行、火炎珠《かえんじゅ》!」


 灰は球体の炎を飛ばした。 


「こんなちゃちな炎で私が倒せるか!!」

 
 そう言いながら、時夜は炎を斬りそのまま灰を斬りつけた。 灰は炎を纏った金属の腕でそのまま殴り付けにいった。


「ならば! 腕をもらうぞ!」


 ドガッ!!


 吹き飛んだのは時夜の方だった。 ふらふらと立ち上がるが、うまく立てない。


「うっ......なっ......なぜだ......私の黒焔刀が......」


 時夜が剣を見ると炎の刃が無くなり球体の炎が付いている。


「これは......お前の」


「ああ、霊力とはいえ、酸素がなくては燃えないだろう。 その球体の火炎は外の酸素を遮断して黒焔刀の炎の刃を消したんだ。 これは、俺の仲間が使う術を真似させてもらった」


「......くっ......まだ......」


「もう無駄なことはわかってるだろ。 あの黒焔刀はとてつもなく霊力を消費する......もうあんたに、霊力は残ってない......」


 立ち上がれず地面を殴る時夜に、灰は


「あの兄貴は......燿は......あんたにそんなことを望むと思ったのか......そんなことをしてまで、生き返らせてほしいと、そう望んだと思うのか......」


「わかっている! そんなことは......だが、どうしても会いたかった......一度でもいいから、魂でもいいから、あの人に......」


 そう言うと時夜は嗚咽し、その声は洞窟に響いた。
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