興国口碑《こうこくこうひ》

曇天

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第六話

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「私がねらわれる...... 主座は家臣や民の反乱で担ぎ上げられるのを阻止したいのではないのか?」

 私が聞くと、夕凪は眉をひそめる。

「確かにあなたを担ぎ上げさせぬのが目的のひとつでしょうな。 しかし、あなたを疎ましく思うのは主座、天房さまだけではございません」 
 
 そう夕凪に言われて脳裏に思い起こした顔があった。 陰気な眼差しで、私を軽蔑するような目をした老人のことだ。

「宵夜《よいや》か......」

「そんな宵夜さまは、至文将《しぶんしょう》、確かに宮中の実権はもたれていますが、一体何のために天陽さまを?」

 風貴は解せないという顔をしている。

(確かに宵夜は文将の最上位、主座の側近でまつりごとの長官.....) 

 文将は将の中、主には内政、外交、宮中を司る官。 軍事を司る官の武将とついになる。 至文将はその最上位だった。

(宵夜はかつて、じいの上役だったはず......)

「宵夜か...... まさかとは思ったが、主座を弑《しい》しようとしているのか」

 私は前から考えいたことを話した。

「なっ!? 至文将が主座を殺害しようと!!」

 風貴は驚いているが、夕凪は目をとじた。

「それならば私をねらう理由はある。 今の主座が死ねば血筋として私が選ばれる。 自ら主座となるには私は邪魔だ」

 そう私がいうと、夕凪は白い髭をさわる。

「......あの方は、貧民の出身。 天頼、天房さまの祖父、そしてあなた様の曾祖父であらせる【天道】《あまみち》さまの采配で、家柄ではなく才で登用された御仁」

「しかし宵夜さまは天道さまに心酔していたと聞きます。 その方が国に反するでしょうか」

 風貴の問いに夕凪は眉をひそめる。

「宵夜さまの天道さまへと執心は妄執とも思われました。 あの方のもとめるものは天道さまなのです。 ゆえに天頼、天房さま、その父天常さま、ひ孫の天陽さまは主座とは認めてないのでしょう」

「それならば、自分が...... ということか」

「左様、己を天道さまに投影しておるのやも知れません」

「ならば、ここにはいられないな。 じい、すまないが、どこか隠れられるところはないか」

「ここにおいでください。 どこに逃げてもおってきます。 ここまで執着するなら、あなたの存在が疎ましく感じているのかもしれません。 なんとしてもお守りいたしましょう」

 夕凪のその目は、今までみたことがないように真剣だった。

(これは覚悟を決めよということか)

「......わかった。 世話になる」

 私は揺らぐ心を抑えた。


 それから、夕凪の店で暮らすこととなった。 そして一週間。

「しかし私は天陽さまの側にいなければ......」

「この届け物は【美染の国】《びぞめのくに》の姫君より頼まれた品、絶対に奪われてはならない。 しかし、この店の品は野盗に狙われやすい、顔を知られておらぬお前しかおらぬのだ」

「では天道さまはどうなされる!」

 風貴は珍しく夕凪に反論する。

「私の店には数人、坐君を使えるものがいる。 そのものたちならば命をとして若様を守る」

「しかし...... 命を狙われていると知っているのに」

「風貴、行ってきなさい。 私は大丈夫だ」

「......わかりました。 先生、いや夕凪どのしかとお約束しましたぞ」

「わかった」

 苦渋の顔をして風貴は支度をしてでていった。

「ふぅ、まさか風貴が私に逆らうなど、かつてはあり得ませんでしたな」
 
 夕凪が嬉しそうに微笑む。

「ふふっ、風貴は成長している。 ただ私以外にも大切ななにかを見つけてほしいが」

「......確かに、ですがこれで三日は帰ってきませぬ。 ではよろしいですかな」

「ああ、頼む」

 私は夕凪について店の地下へとむかった。

 その地下は土蔵になっていて、土壁が長く続く。 いくつかの部屋があり、温度や湿度が管理され、扱っている物品が保管されているという。

「ここです」

 大きな鉄の扉が目の前にあり、それをゆっくり夕凪があける。

 そのなかは真っ暗だった。 夕凪が壁にある提灯に火をともす。

 ほのかな灯りに照らされて部屋の全貌がみえる。 がらんとしたなにものない部屋だが、地面に紋様が描かれている。

「ここが御魂社《みたまやしろ》か」

「はい、魂を鎮めた清浄な場所でないと、亡者のさまよう魂などが混ざり、最悪、飢君を呼ぶことになりますゆえな」

 そういうと私を中に進むようにうながした。 私が中央に座ると、夕凪はなにかを言おうとして、一度やめ、また口を開く。

「若様、本当によろしいのですか...... 【坐契の儀】《ざけつのぎ》、この契約には命をかけねばなりません」

「かまわない。 いつまでも逃れることはできない。 もっと早く覚悟を決めていたら...... いまは、それができなかった自分が浅はかに思うのだ」

「あなたは十四になったばかり、むしろ当然のこと...... あなたが背負うべき重責はあまりにおもい。 いまならその存在を死したこととしてかくまうのは可能かもしれませぬが......」

 そう夕凪はやりきれないといった顔をした。

「よい。 やらねばならぬ。 この身に責務をもって生まれたのに、私は何一つ選択せず、なんとかやり過ごそうとした結果がこれだ...... もう選択を間違わぬ」

 私は後悔していた。 確実に逃れようもない運命に、もしかしたらなにもせずやり過ごせるのでは、そう甘えた結果、誰ぞの野心を増長させたのではあるまいか...... そう思っていた。

「しかし、坐君と契約して無事帰ったとして、お覚悟があるのでしょうか」

「ああ...... やるしかないのだ。 いい訳ばかりして逃れても、この身に生まれた以上、全てを飲み込まねばなるまい」

 なにか言おうとしていた夕凪は口をとじた。

「......なれば、じいはなにも言いますまい。 ご随意に」

 そう夕凪は平伏すると、背を向け扉をしめた。
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