6 / 69
第六話
しおりを挟む
「私がねらわれる...... 主座は家臣や民の反乱で担ぎ上げられるのを阻止したいのではないのか?」
私が聞くと、夕凪は眉をひそめる。
「確かにあなたを担ぎ上げさせぬのが目的のひとつでしょうな。 しかし、あなたを疎ましく思うのは主座、天房さまだけではございません」
そう夕凪に言われて脳裏に思い起こした顔があった。 陰気な眼差しで、私を軽蔑するような目をした老人のことだ。
「宵夜《よいや》か......」
「そんな宵夜さまは、至文将《しぶんしょう》、確かに宮中の実権はもたれていますが、一体何のために天陽さまを?」
風貴は解せないという顔をしている。
(確かに宵夜は文将の最上位、主座の側近でまつりごとの長官.....)
文将は将の中、主には内政、外交、宮中を司る官。 軍事を司る官の武将とついになる。 至文将はその最上位だった。
(宵夜はかつて、じいの上役だったはず......)
「宵夜か...... まさかとは思ったが、主座を弑《しい》しようとしているのか」
私は前から考えいたことを話した。
「なっ!? 至文将が主座を殺害しようと!!」
風貴は驚いているが、夕凪は目をとじた。
「それならば私をねらう理由はある。 今の主座が死ねば血筋として私が選ばれる。 自ら主座となるには私は邪魔だ」
そう私がいうと、夕凪は白い髭をさわる。
「......あの方は、貧民の出身。 天頼、天房さまの祖父、そしてあなた様の曾祖父であらせる【天道】《あまみち》さまの采配で、家柄ではなく才で登用された御仁」
「しかし宵夜さまは天道さまに心酔していたと聞きます。 その方が国に反するでしょうか」
風貴の問いに夕凪は眉をひそめる。
「宵夜さまの天道さまへと執心は妄執とも思われました。 あの方のもとめるものは天道さまなのです。 ゆえに天頼、天房さま、その父天常さま、ひ孫の天陽さまは主座とは認めてないのでしょう」
「それならば、自分が...... ということか」
「左様、己を天道さまに投影しておるのやも知れません」
「ならば、ここにはいられないな。 じい、すまないが、どこか隠れられるところはないか」
「ここにおいでください。 どこに逃げてもおってきます。 ここまで執着するなら、あなたの存在が疎ましく感じているのかもしれません。 なんとしてもお守りいたしましょう」
夕凪のその目は、今までみたことがないように真剣だった。
(これは覚悟を決めよということか)
「......わかった。 世話になる」
私は揺らぐ心を抑えた。
それから、夕凪の店で暮らすこととなった。 そして一週間。
「しかし私は天陽さまの側にいなければ......」
「この届け物は【美染の国】《びぞめのくに》の姫君より頼まれた品、絶対に奪われてはならない。 しかし、この店の品は野盗に狙われやすい、顔を知られておらぬお前しかおらぬのだ」
「では天道さまはどうなされる!」
風貴は珍しく夕凪に反論する。
「私の店には数人、坐君を使えるものがいる。 そのものたちならば命をとして若様を守る」
「しかし...... 命を狙われていると知っているのに」
「風貴、行ってきなさい。 私は大丈夫だ」
「......わかりました。 先生、いや夕凪どのしかとお約束しましたぞ」
「わかった」
苦渋の顔をして風貴は支度をしてでていった。
「ふぅ、まさか風貴が私に逆らうなど、かつてはあり得ませんでしたな」
夕凪が嬉しそうに微笑む。
「ふふっ、風貴は成長している。 ただ私以外にも大切ななにかを見つけてほしいが」
「......確かに、ですがこれで三日は帰ってきませぬ。 ではよろしいですかな」
「ああ、頼む」
私は夕凪について店の地下へとむかった。
その地下は土蔵になっていて、土壁が長く続く。 いくつかの部屋があり、温度や湿度が管理され、扱っている物品が保管されているという。
「ここです」
大きな鉄の扉が目の前にあり、それをゆっくり夕凪があける。
そのなかは真っ暗だった。 夕凪が壁にある提灯に火をともす。
ほのかな灯りに照らされて部屋の全貌がみえる。 がらんとしたなにものない部屋だが、地面に紋様が描かれている。
「ここが御魂社《みたまやしろ》か」
「はい、魂を鎮めた清浄な場所でないと、亡者のさまよう魂などが混ざり、最悪、飢君を呼ぶことになりますゆえな」
そういうと私を中に進むようにうながした。 私が中央に座ると、夕凪はなにかを言おうとして、一度やめ、また口を開く。
「若様、本当によろしいのですか...... 【坐契の儀】《ざけつのぎ》、この契約には命をかけねばなりません」
「かまわない。 いつまでも逃れることはできない。 もっと早く覚悟を決めていたら...... いまは、それができなかった自分が浅はかに思うのだ」
「あなたは十四になったばかり、むしろ当然のこと...... あなたが背負うべき重責はあまりにおもい。 いまならその存在を死したこととしてかくまうのは可能かもしれませぬが......」
そう夕凪はやりきれないといった顔をした。
「よい。 やらねばならぬ。 この身に責務をもって生まれたのに、私は何一つ選択せず、なんとかやり過ごそうとした結果がこれだ...... もう選択を間違わぬ」
私は後悔していた。 確実に逃れようもない運命に、もしかしたらなにもせずやり過ごせるのでは、そう甘えた結果、誰ぞの野心を増長させたのではあるまいか...... そう思っていた。
「しかし、坐君と契約して無事帰ったとして、お覚悟があるのでしょうか」
「ああ...... やるしかないのだ。 いい訳ばかりして逃れても、この身に生まれた以上、全てを飲み込まねばなるまい」
なにか言おうとしていた夕凪は口をとじた。
「......なれば、じいはなにも言いますまい。 ご随意に」
そう夕凪は平伏すると、背を向け扉をしめた。
私が聞くと、夕凪は眉をひそめる。
「確かにあなたを担ぎ上げさせぬのが目的のひとつでしょうな。 しかし、あなたを疎ましく思うのは主座、天房さまだけではございません」
そう夕凪に言われて脳裏に思い起こした顔があった。 陰気な眼差しで、私を軽蔑するような目をした老人のことだ。
「宵夜《よいや》か......」
「そんな宵夜さまは、至文将《しぶんしょう》、確かに宮中の実権はもたれていますが、一体何のために天陽さまを?」
風貴は解せないという顔をしている。
(確かに宵夜は文将の最上位、主座の側近でまつりごとの長官.....)
文将は将の中、主には内政、外交、宮中を司る官。 軍事を司る官の武将とついになる。 至文将はその最上位だった。
(宵夜はかつて、じいの上役だったはず......)
「宵夜か...... まさかとは思ったが、主座を弑《しい》しようとしているのか」
私は前から考えいたことを話した。
「なっ!? 至文将が主座を殺害しようと!!」
風貴は驚いているが、夕凪は目をとじた。
「それならば私をねらう理由はある。 今の主座が死ねば血筋として私が選ばれる。 自ら主座となるには私は邪魔だ」
そう私がいうと、夕凪は白い髭をさわる。
「......あの方は、貧民の出身。 天頼、天房さまの祖父、そしてあなた様の曾祖父であらせる【天道】《あまみち》さまの采配で、家柄ではなく才で登用された御仁」
「しかし宵夜さまは天道さまに心酔していたと聞きます。 その方が国に反するでしょうか」
風貴の問いに夕凪は眉をひそめる。
「宵夜さまの天道さまへと執心は妄執とも思われました。 あの方のもとめるものは天道さまなのです。 ゆえに天頼、天房さま、その父天常さま、ひ孫の天陽さまは主座とは認めてないのでしょう」
「それならば、自分が...... ということか」
「左様、己を天道さまに投影しておるのやも知れません」
「ならば、ここにはいられないな。 じい、すまないが、どこか隠れられるところはないか」
「ここにおいでください。 どこに逃げてもおってきます。 ここまで執着するなら、あなたの存在が疎ましく感じているのかもしれません。 なんとしてもお守りいたしましょう」
夕凪のその目は、今までみたことがないように真剣だった。
(これは覚悟を決めよということか)
「......わかった。 世話になる」
私は揺らぐ心を抑えた。
それから、夕凪の店で暮らすこととなった。 そして一週間。
「しかし私は天陽さまの側にいなければ......」
「この届け物は【美染の国】《びぞめのくに》の姫君より頼まれた品、絶対に奪われてはならない。 しかし、この店の品は野盗に狙われやすい、顔を知られておらぬお前しかおらぬのだ」
「では天道さまはどうなされる!」
風貴は珍しく夕凪に反論する。
「私の店には数人、坐君を使えるものがいる。 そのものたちならば命をとして若様を守る」
「しかし...... 命を狙われていると知っているのに」
「風貴、行ってきなさい。 私は大丈夫だ」
「......わかりました。 先生、いや夕凪どのしかとお約束しましたぞ」
「わかった」
苦渋の顔をして風貴は支度をしてでていった。
「ふぅ、まさか風貴が私に逆らうなど、かつてはあり得ませんでしたな」
夕凪が嬉しそうに微笑む。
「ふふっ、風貴は成長している。 ただ私以外にも大切ななにかを見つけてほしいが」
「......確かに、ですがこれで三日は帰ってきませぬ。 ではよろしいですかな」
「ああ、頼む」
私は夕凪について店の地下へとむかった。
その地下は土蔵になっていて、土壁が長く続く。 いくつかの部屋があり、温度や湿度が管理され、扱っている物品が保管されているという。
「ここです」
大きな鉄の扉が目の前にあり、それをゆっくり夕凪があける。
そのなかは真っ暗だった。 夕凪が壁にある提灯に火をともす。
ほのかな灯りに照らされて部屋の全貌がみえる。 がらんとしたなにものない部屋だが、地面に紋様が描かれている。
「ここが御魂社《みたまやしろ》か」
「はい、魂を鎮めた清浄な場所でないと、亡者のさまよう魂などが混ざり、最悪、飢君を呼ぶことになりますゆえな」
そういうと私を中に進むようにうながした。 私が中央に座ると、夕凪はなにかを言おうとして、一度やめ、また口を開く。
「若様、本当によろしいのですか...... 【坐契の儀】《ざけつのぎ》、この契約には命をかけねばなりません」
「かまわない。 いつまでも逃れることはできない。 もっと早く覚悟を決めていたら...... いまは、それができなかった自分が浅はかに思うのだ」
「あなたは十四になったばかり、むしろ当然のこと...... あなたが背負うべき重責はあまりにおもい。 いまならその存在を死したこととしてかくまうのは可能かもしれませぬが......」
そう夕凪はやりきれないといった顔をした。
「よい。 やらねばならぬ。 この身に責務をもって生まれたのに、私は何一つ選択せず、なんとかやり過ごそうとした結果がこれだ...... もう選択を間違わぬ」
私は後悔していた。 確実に逃れようもない運命に、もしかしたらなにもせずやり過ごせるのでは、そう甘えた結果、誰ぞの野心を増長させたのではあるまいか...... そう思っていた。
「しかし、坐君と契約して無事帰ったとして、お覚悟があるのでしょうか」
「ああ...... やるしかないのだ。 いい訳ばかりして逃れても、この身に生まれた以上、全てを飲み込まねばなるまい」
なにか言おうとしていた夕凪は口をとじた。
「......なれば、じいはなにも言いますまい。 ご随意に」
そう夕凪は平伏すると、背を向け扉をしめた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる