興国口碑《こうこくこうひ》

曇天

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第六十四話

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「ここは......」  

 真っ暗な世界に私は漂っていた。

「くくくっ、久しいな天陽......」

 暗闇に目を凝らすと、暗闇のなかにそこには天道さまがいた。

「......その体を我に寄越すために参ったのか」

「恐れながら、樹海蜘蛛と戦うには私はあまりに惰弱、天道さまにお力をお借りするしかありませぬ」

「樹海蜘蛛...... 糸姫か」

「ご存知ですか」
 
「かつて我が華咲の国を攻めたとき、あやつに阻まれたゆえな。 しかし、やつもまた大きな傷をえたはずだ」

「それで...... 天沼の血と言っていたのか」

「さあ、体を寄越せ。 糸姫を排し、そのあとこの世界を我が物とする!」

「なりませぬ」 

「なんだと......」

「私はあなたのお力をかりにまいった。 しかし、非道をなすことを許しませぬ」

「何を申すか...... 我に体を寄越すためにきたのであろう」

「私はあなた様を御《ぎょ》し、そのお力をえるために参りました」

「我を御す...... くははははっ、お主のような小僧が我を...... そのようなざれ言を、ならばやってみせよ!」

「ぐううああ!」 

 その瞬間、凄まじい圧力がかかり、意識が朦朧とする。

(これは天道さまの心の強さか...... 揺るがぬこの意志が私を押し退けようとしている)

「お主程度の心では我が覇道は阻めぬ! その心を潰し、その魂、体より消し去ってやるわ!」

 更に強い意志が私の心を押し潰そうとしてくる。

(くっ! 私は力に抗うために仲間と意志をえたのだ!)

 私は押し潰そうとしてきた圧力を押し返す。

「......押し返してくるだと」

「あ、あなたには話を聞いていただく......」

「話...... だと」  

「あなたの力によるやり方では、この世に安寧など訪れない...... 再び戦乱の世になるだけだ。 それをした過去のものはみな滅び、今の歪みがある」

「......肉体を永続させれば、我はこの世をすべられよう。 我は死者ゆえ欲もない。 この世の下らぬ国とりを終わらせ、金や権力の取り合いもなくなる。 これが最良だ」

「それをしてもあなたを倒そうとするものが現れ、再び戦乱となる。 どれ程の力をもっても一人でこの世をすべるなど到底できぬ。 あなたとてわかっているはずだ」

「日陽のようなことを...... なれば貴様になんの策がある。 この苦しみ満つる世に、安寧をもたらすことができると言うか」  

「できぬ......」

「できぬだと...... なれば時の流れに身を任そうというか! それではなんのための主座だ!」

「主座とて一時の制度にすぎぬ。 永劫などありえぬ。 人はその都度変遷し、考え進む以外ないのだ」

「ならぬ! 我の生きた時代、戦に明け暮れ、もはやなんのために戦うかすらわからぬような地獄であったのだ!」

「その道程があればこその今の状況であろう。 少なくとも大乱は起こっておらぬ。 その地獄が人に間違いを気づかせた」

「なればまたあの地獄を繰り返すつもりか!」

「それもやむ無し...... 人は自らが得たものからしか学ばぬ。 歴史も摂理も学だけでは得られぬ」

「それは放棄だ! 貴様は逃げて己が心を守っているだけの弱者だ!」

「違う。 信頼だ、人はいずれ気づくことを信じる。 そのために我らは考えることをつづける国を興すのだ。 あなたは人を信じられない。 あなたこそ考えることをあきらめ放棄した弱者でしかない!」

 私は天道さまの圧力を跳ね返す。

「ぐっ! 我を押し出すだと、これほどの意志! こんな小僧から!」
 
「あなたの力を借り受ける!」

 
「ここは......」

「天陽さま!」 

 流雅の声できづく。

「ああ、大丈夫だ」

「きます!」

 克己の声でみると、糸姫は大きな脚を振り下ろそうとしてくる。

「這いつくばれ、地縛」

 影から出した刀をふるうと、糸姫の足は地面にめり込んでいった。

「......これは天陽さまの坐君」

「ああ、天道さまの力をえた。 いぬけ迅槍」

 私から無数の風御たちが現れ槍のように糸姫を貫く。

「ぐぅ...... この力、あのいまいましい天道か......」

 そう天から声がする。

「そうだ...... もはやそなたに勝ち目はない。 話をしたいが、できぬらば......」

「おごるな人間ごときが! 神たる我に......」

「残念だ...... 糸姫、お主は神でもなんでもない。 ただの人と同じ哀れな生物だ。 堕ちろ刃雨《じんう》」

 空を埋め尽くすぐらいの黒い刀があらわれ、それが糸姫へと降りそそぐ。

「ギャアアアアアアアァァァァ!!!!」

 そうつんざくような声が轟くと、糸姫の巨体は地面に吸い込まれるように倒れふした。

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