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 とりあえず、紅茶でも淹れようか。
 ミアはキッチンに立ち、やかんに水を入れた。

「お見事だね、ミア」
 ミアの手からやかんを取ったジャスティンが、そのままコンロにかけた。
「そろそろ来ると思ったわ。紅茶でいい? って、あなたから頂いた品だから、薦めるのも変な話だけど」
「いただくよ。しかし、君もすっかり貸金業者としての顔になってきたね」
「近くに優秀な先輩がいるから、お手本にしているのよ」
 ジャスティンが片眉を上げる。
「君、そろそろ金庫が必要だと思うよ」
「うーん。でも、今日みたいに、お金は右から左へ。わたしのもとにある時間なんて、あるようでないようなものよ」
「だとしても、あって困るものじゃない。きみの就職祝いをなにもあげていなかったから、プレゼントだよ」
 ジャスティンの声は少し弾んでいる。
「つまり、もう部屋にあるのね」
「頭がいいな」
「わたし、馬鹿じゃないのよ」
「ちびでもない」
「そうよ、馬鹿でもちびでもないわ」
 狭いキッチンで、ミアとジャスティンは向かい合っている。
 そして、どうしたことか、ミアの心臓はドキドキしているのだ。
 生きているから心臓がドキドキするのは、あたりまえなのよ。
 でも、なんだか、頭も身体も熱い。
 北極でアイスティー。
 あぁ、北極ではなくて南極だったかしら。
 ところで、北極と南極はどう違うの?
「そうだ。あと、靴も」
「靴?」
「臙脂色の靴だ。君はいつも見ているだろう?」
 ミアは驚いた。そんなことまで知っているとは。
「ミア、君がその靴をはいたところを見たい」
 ジャスティンの圧がすごい。
 なんか、靴の話なのに。ちょっと、なんか……。

 ピー―ッ。

 お湯が沸く音にジャスティンの動きが止まる。
「君はやかんまで味方につけているのか」
「? 紅茶にはお湯が必要だしね」
 ジャスティンがつまらなそうな顔をする。
「あの、ジャスティン。贈り物、ありがたくいただくわ。それとは別に、あなたにごめんなさいとありがとうがあるんだけど、どっちを先に聞きたい?」
「そうだな。ごめんなさいから聞くかな」
 ミアは頷き、彼に八つ当たりをしてしまった話をして、謝った。
「そして、ありがとうは、昨日の夕食よ。昨日しっかり食べたおかげで、わたしは今日、元気だったの。だから、その、お礼をしたいのよ」
「お礼? 君がぼくに?」
「嫌なら別に断ってくれていいの。あなたは交友関係が広いだろうし、忙しいだろうし。つまり、夕飯のお誘いよ。角に新しくできたお店、グラタンがとてもおいしいそうなの。あなたが食べるような豪華な食事ではないけれど」
「行く」
 ジャスティンがはっきりと答えた。
「そうだわ、あなたから貰った靴を履いていくわ。いい考え。紅茶を飲んだら行きましょう」
 ミアがジャスティンを見上げると、彼は笑っていた。
 その笑顔に、ミアのお腹の奥はもぞもぞとした。
 わたし、そんなにお腹がすいていたのかしら?

 この感覚がどういった感情に結びつくのかミアが自覚するのは、もう少し先のお楽しみ。


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