夏が終わっても

師走こなゆき

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「次の人どうぞー」

 センカさんの声に、わたしは意識をそちらに戻す。

 次の人は、女の人みたい。スニーカーが泥遊びをしてきましたってくらい汚れている。今日は雨降ってないんだから、違うキレイな靴を履いてくればいいのに。

「わたし、この……した……」

 あまりの声の小ささに聞き取れず、センカさんも「ごめんなさーい。もう一回お願いします」と言った。今度こそ聞き逃すまいとみんな静まり返り、耳を澄ます。

 少し待つと、女の人はもう一度口を開いた。

「私、この山で首を吊ったんです」

 か細いのに、背筋を直接撫でられたような寒気のする声だった。わたしを含め数人が「ひっ」と短い悲鳴を上げた。

 それ以上女の人は何も言わず、誰も掛ける言葉が見つからないのか、沈黙が続く。誰か突っ込んでよと願いながら、わたしも待った。

「えっと……」最初に口を開いてくれたのはキイロさんだった「冗談、ですよね。じゃないと、ねえ。あはは……」

 その声はこれ以上無いくらいに震えていて、それでも、できる限り明るい口調にしようとしているらしく、ところどころ裏返ってしまっていた。

 同意を求めるようにキイロさんが隣を見ると、エナガさんも顔を引き攣らせて「あ、はは……」と生暖かい声を出した。

 そっか、冗談なんだ。そうだよね。冗談じゃなければ、わたしたちは死んでいる人と会話してることになってしまう。無理やり納得しようとしているのか、数人が力ない笑い声を漏らした。

 件の女の人は反論も何もしない。それどころか、狙っていたかどうかは別として、自分の話で他人を怯えさせたのに、少しも反応もしていない。なら、なんのために不気味な話をしたのさ?

「こんなのってありなんですか? 誰にも言えない秘密ですよね? キイロなんて太ったことまで告白したのに」
「それは今関係なくない?」

 早口で合わせるエナガさん。調子が戻ってきたのか、突っ込むキイロさんの声は幾分か明るくなっていた。

「そうですねー。まあ、嘘は駄目って言ってないですし」

 変わらない調子で言って、センカさんは一息ついてから続けた。

「それに、もしかしたら本当かもしれませんよ」

 再び、わたしの背中に冷たいものが走った。雰囲気を出したいんだろうが、わざわざ言わなくて良いことを。

 女の人をちらりと見る。やっぱり、反応しない。
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