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第一章 エトランゼ
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「だから、それが信用できねえって言って……!」
「なあ、嬢ちゃん」
ヴェスターの静かな呼びかけに、男は言葉を失う。
「随分とヨハンのことを信用してるじゃねえか。もしあいつが何も思いつかなかったらどうする?」
「え? ……うーん、そしたら一緒に考えればいいんじゃない? その時はみんなで」
「それでも思いつかなかったら?」
「そしたらその時また考えれば……」
「つまり、なにも考えてないってことじゃねえかよ」
その突っ込みに返す言葉をカナタは持っていない。
「う、そうかも。で、でもヨハンさんなら大丈夫です! 絶対、きっと、多分……」
「なんでそんなに前向きなんだよ? 何がお前さんをそんなにさせるんだ?」
「……いや、知らないよそんなの」
含みのある問いに対しての答えは、白けたものだった。
「あん?」
「ボクはこうだからこうなの。別に根拠もないよ。なんとなくできるって思ってるだけで、諦めたくないだけだもん。っていうか普通、そんなことにいちいち理由なんかつけないし!」
それを聞いて、一瞬きょとんとした顔をしてから、ヴェスターの表情が歪む。何かを堪えるように俯いて、しかし数秒も待たずに決壊した。
「く、ははははははっ! あーっはっはっはっはっはっはっはっは! 嬢ちゃん、お前さん最高だ! いや、本当、俺はてっきりヨハンがロリコンになったのかと思ったが違ったわ!」
腹を抱えて、地面を転がり回って、ヴェスターはようやく笑いを止める。
「いや、そりゃそうだ。ごもっとも! お前さんは正しい!」
カナタの傍に寄り、その頭の上に手を乗せてぐりぐりと振り回す。
「うわわっ、なに!? ボクまだ許してないって言ってるでしょ!」
「謝ったじゃねえかよ。ったく、細かいのは師匠譲りか?」
「確かにヨハンさんは細かいけど……。って、ボクは全然細かくないからね! エレオノーラさんの命狙ったことも忘れてないから!」
「ああ、悪かった悪かった。その代わりってわけじゃねえがよ」
地面に転がっていた柄を持ち、一息にその大剣を持ち上げる。
剥き出しの禍々しい刀身を肩に担いで、ヴェスターはいつもの凶悪な笑みを見せた。
「手伝ってやるよ。そこの腰抜け共に変わってよ」
「いや、別に要らないけど……」
「要らないってこたねえだろ? こいつら全員より俺の方が強いぞ?」
「だって怪しいじゃん! なんで急に仲間になってくれるのかも判らないし」
「いや、判れよそのぐらい! ……お前さんのことを気に入ったからさ」
バンと、強く背中を叩く。
「いったぁ! やっぱり来なくていいよ! セクハラおじさん!」
「背中はセクハラじゃねえだろ……なぁ?」
戯れにヴェスターが男にそう尋ねるが、答えは返ってこない。
事態の急激な変化に驚いているのはエレオノーラも同様で、ようやく正気を取り戻したところだった。
「カナタ、それからお前も……。協力してくれるのか?」
「さあねぇ。どさくさに紛れてあんたを殺すかもな?」
「ほらね! 信用できないし、いいよ。ボクだけで行くから!」
「待て、カナタ!」
駆けだそうとするカナタに手を伸ばして、その足を止める。
一度大きく息を吸ってからゆっくりと吐きだし、エレオノーラは自らの決意を口にした。
「妾も行く」
「えっ? いやー、それは……。やめておいた方がいいんじゃないかなー?」
「いや、妾は間違っていた。言葉で語る前に、行動で示さんとするならば、真っ先にやらねばならぬことがあったことを忘れていた」
エトランゼの男の前に歩み出ると、エレオノーラは改めて彼に、彼等に深々と頭を下げた。
「すまなかった。人々の規範となるべき妾が、言葉を弄するだけでそなたらの命を預かろうなどと、傲慢にもほどがあった。思えば、まずこの世界のことは自分達で何とかして見せねばいけなかったのだな」
「お、あ、いや……」
「おかげで目が覚めた。安心してくれ。この地にはあの異形共を一歩も踏み入れさせはせぬ。だからもし、そなたらが妾の心を信じてくれるというのならば……。その時は、力を貸してほしい」
勝てる勝てないではない。
いや、勝たねばならぬ戦いだからこそ、全てを賭けなければらない。
エレオノーラにはまだ、支払えるものがあった。自分の命、多くのエトランゼ達がそれを対価にして日々の糧を得るように。
半分だけとはいえエレオノーラもエトランゼ。彼等に倣い、そうして見せることが、今この場で最も必要な行動だった。
「よし。これで迷いは晴れた。行くぞ、カナタ!」
「うん! ……エレオノーラさんはボクの傍を離れないこと! 絶対護って見せるから!」
「おいおーい。俺を忘れんなよ……。本当に協力すんのやめちまうぞ?」
駆けだす二人に、その後ろからヴェスターが歩いて付いていく。
背を向けてゆっくりと距離が離れていくと、不意に彼は立ち止まってエトランゼ達を見た。
「決めろよ、臆病者。臆病者のまま死ぬか、それとも違う何者かになって死ぬかだ」
「し、しかしよ……! 俺達エトランゼは……!」
「ばーか、関係ねえよ。剣で斬られりゃ死ぬ。炎に焼かれりゃ死ぬ、化け物に踏み潰されても死ぬ。エトランゼもこっちの世界の人間も変わらねえ。おんなじ人間なんだよ」
その獣は、大勢を殺してきた。
魔剣を振るい、多くの命を奪い、魂を消しさった。
その結果知ったことは余りにも単純で、阿呆らしい事実。
全てのものには等しく死が訪れる。誰もが、一生懸命に今日を生きて明日を求めて、力が及ばないものが散っていく。
だからヴェスターは区別するのをやめた。エトランゼを差別しない相手にはそれなりの態度で接し、差別により不利益を被ることになったら容赦なく暴れる。
それは相手がエトランゼであるかどうかは関係ない。ムカつく野郎がいたから殺しただけの話だ。
それはずっと変わらない。
今度は「気に入った」奴がいたから助けるだけの話だ。それがエトランゼであるかどうかは、この際関係ない。
がしゃりと金属音がする。
男の背後では、エトランゼ達が武器を構え、鎧を纏って戦う準備を整えていた。
「へっ。単純なこった。だが、俺達はそんぐらいでいいさ。確かにあの嬢ちゃんの言う通り、面倒なことはそれができる奴に任せときゃいい。俺達は全力で生きるだけさ」
ヴェスターの視線は屋敷を見る。
彼が連れて来た、奇跡的に命が助かった旧友が眠るその場所を。
「なあ、嬢ちゃん」
ヴェスターの静かな呼びかけに、男は言葉を失う。
「随分とヨハンのことを信用してるじゃねえか。もしあいつが何も思いつかなかったらどうする?」
「え? ……うーん、そしたら一緒に考えればいいんじゃない? その時はみんなで」
「それでも思いつかなかったら?」
「そしたらその時また考えれば……」
「つまり、なにも考えてないってことじゃねえかよ」
その突っ込みに返す言葉をカナタは持っていない。
「う、そうかも。で、でもヨハンさんなら大丈夫です! 絶対、きっと、多分……」
「なんでそんなに前向きなんだよ? 何がお前さんをそんなにさせるんだ?」
「……いや、知らないよそんなの」
含みのある問いに対しての答えは、白けたものだった。
「あん?」
「ボクはこうだからこうなの。別に根拠もないよ。なんとなくできるって思ってるだけで、諦めたくないだけだもん。っていうか普通、そんなことにいちいち理由なんかつけないし!」
それを聞いて、一瞬きょとんとした顔をしてから、ヴェスターの表情が歪む。何かを堪えるように俯いて、しかし数秒も待たずに決壊した。
「く、ははははははっ! あーっはっはっはっはっはっはっはっは! 嬢ちゃん、お前さん最高だ! いや、本当、俺はてっきりヨハンがロリコンになったのかと思ったが違ったわ!」
腹を抱えて、地面を転がり回って、ヴェスターはようやく笑いを止める。
「いや、そりゃそうだ。ごもっとも! お前さんは正しい!」
カナタの傍に寄り、その頭の上に手を乗せてぐりぐりと振り回す。
「うわわっ、なに!? ボクまだ許してないって言ってるでしょ!」
「謝ったじゃねえかよ。ったく、細かいのは師匠譲りか?」
「確かにヨハンさんは細かいけど……。って、ボクは全然細かくないからね! エレオノーラさんの命狙ったことも忘れてないから!」
「ああ、悪かった悪かった。その代わりってわけじゃねえがよ」
地面に転がっていた柄を持ち、一息にその大剣を持ち上げる。
剥き出しの禍々しい刀身を肩に担いで、ヴェスターはいつもの凶悪な笑みを見せた。
「手伝ってやるよ。そこの腰抜け共に変わってよ」
「いや、別に要らないけど……」
「要らないってこたねえだろ? こいつら全員より俺の方が強いぞ?」
「だって怪しいじゃん! なんで急に仲間になってくれるのかも判らないし」
「いや、判れよそのぐらい! ……お前さんのことを気に入ったからさ」
バンと、強く背中を叩く。
「いったぁ! やっぱり来なくていいよ! セクハラおじさん!」
「背中はセクハラじゃねえだろ……なぁ?」
戯れにヴェスターが男にそう尋ねるが、答えは返ってこない。
事態の急激な変化に驚いているのはエレオノーラも同様で、ようやく正気を取り戻したところだった。
「カナタ、それからお前も……。協力してくれるのか?」
「さあねぇ。どさくさに紛れてあんたを殺すかもな?」
「ほらね! 信用できないし、いいよ。ボクだけで行くから!」
「待て、カナタ!」
駆けだそうとするカナタに手を伸ばして、その足を止める。
一度大きく息を吸ってからゆっくりと吐きだし、エレオノーラは自らの決意を口にした。
「妾も行く」
「えっ? いやー、それは……。やめておいた方がいいんじゃないかなー?」
「いや、妾は間違っていた。言葉で語る前に、行動で示さんとするならば、真っ先にやらねばならぬことがあったことを忘れていた」
エトランゼの男の前に歩み出ると、エレオノーラは改めて彼に、彼等に深々と頭を下げた。
「すまなかった。人々の規範となるべき妾が、言葉を弄するだけでそなたらの命を預かろうなどと、傲慢にもほどがあった。思えば、まずこの世界のことは自分達で何とかして見せねばいけなかったのだな」
「お、あ、いや……」
「おかげで目が覚めた。安心してくれ。この地にはあの異形共を一歩も踏み入れさせはせぬ。だからもし、そなたらが妾の心を信じてくれるというのならば……。その時は、力を貸してほしい」
勝てる勝てないではない。
いや、勝たねばならぬ戦いだからこそ、全てを賭けなければらない。
エレオノーラにはまだ、支払えるものがあった。自分の命、多くのエトランゼ達がそれを対価にして日々の糧を得るように。
半分だけとはいえエレオノーラもエトランゼ。彼等に倣い、そうして見せることが、今この場で最も必要な行動だった。
「よし。これで迷いは晴れた。行くぞ、カナタ!」
「うん! ……エレオノーラさんはボクの傍を離れないこと! 絶対護って見せるから!」
「おいおーい。俺を忘れんなよ……。本当に協力すんのやめちまうぞ?」
駆けだす二人に、その後ろからヴェスターが歩いて付いていく。
背を向けてゆっくりと距離が離れていくと、不意に彼は立ち止まってエトランゼ達を見た。
「決めろよ、臆病者。臆病者のまま死ぬか、それとも違う何者かになって死ぬかだ」
「し、しかしよ……! 俺達エトランゼは……!」
「ばーか、関係ねえよ。剣で斬られりゃ死ぬ。炎に焼かれりゃ死ぬ、化け物に踏み潰されても死ぬ。エトランゼもこっちの世界の人間も変わらねえ。おんなじ人間なんだよ」
その獣は、大勢を殺してきた。
魔剣を振るい、多くの命を奪い、魂を消しさった。
その結果知ったことは余りにも単純で、阿呆らしい事実。
全てのものには等しく死が訪れる。誰もが、一生懸命に今日を生きて明日を求めて、力が及ばないものが散っていく。
だからヴェスターは区別するのをやめた。エトランゼを差別しない相手にはそれなりの態度で接し、差別により不利益を被ることになったら容赦なく暴れる。
それは相手がエトランゼであるかどうかは関係ない。ムカつく野郎がいたから殺しただけの話だ。
それはずっと変わらない。
今度は「気に入った」奴がいたから助けるだけの話だ。それがエトランゼであるかどうかは、この際関係ない。
がしゃりと金属音がする。
男の背後では、エトランゼ達が武器を構え、鎧を纏って戦う準備を整えていた。
「へっ。単純なこった。だが、俺達はそんぐらいでいいさ。確かにあの嬢ちゃんの言う通り、面倒なことはそれができる奴に任せときゃいい。俺達は全力で生きるだけさ」
ヴェスターの視線は屋敷を見る。
彼が連れて来た、奇跡的に命が助かった旧友が眠るその場所を。
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