彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第二章 魔法使いの追憶

2‐18

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 グレンとアツキが出ていってから数分。騒がしさは次第に大きくなり、只事ではないであろうことが充分に伝わってきた。


「こ、これ不味くない?」

「……みたいね。でも何かしら? エトランゼ街でそんな大規模な事件が起こるとは考えにくいのだけれど」

「冷静に分析してる場合じゃないでしょ!」

「他にできることがある?」


 アーデルハイトの質問には答えず、どうにか枷を壊せないがもがくカナタ。

 床にぶつけたり、鉄格子を殴りつけたりするも金属でできた枷は全く揺るがず、びくともしない。

 そしてそんな言い知れぬ不安に答えるかのように、その元凶は姿を現した。

 破砕音、続いて何かを引きずるような音。

 生理的嫌悪を覚える粘着質な足音を響かせながら、それは目の前にある階段をゆっくりと降りてくる。


「な、に……あれ?」


 横で、アーデルハイトが息を呑んだ。

 無理もないと、カナタは思う。

 ウァラゼルの生み出したあの異形を見ていなければ、きっと同じ感想を抱いたであろう。

 それは魔物のようで、そうではない。

 半ば本能的にだが、カナタはそう感じていた。

 目も口もない顔。身体から飛び出した臓器のような何かを引きずり、片腕は長い爪のようになっているかと思えば、もう片方の手には先がなく、口のような孔とその周囲に牙がついている。

 細身の体躯は苦しそうに呻き声を上げ、ゾンビのように見えるが、死臭がするわけではない。

 音だけを頼りにして探っているのか、それはしばらく地下をウロウロとしてから、カナタ達がいる鉄格子の方にその貌のない顔を向けた。

 ひたひたと近寄り、その怪物は爪のある腕を鉄格子に打ち付ける。


「っ……!」


 気丈にも、アーデルハイトは悲鳴を上げそうになるところを、唇を噛んで堪えた。

 何度も、何度も、爪が剥がれ血が出るのもお構いなしに、鉄格子が殴られ続け、次第にそれは形を歪ませていった。


「アーデルハイトさん。ボクが合図したら、一気に飛び出して」

「そんなことをしたあいつに殺されるわ」

「大丈夫。ボクが囮になるから」

「貴方はどうするのよ!」

「判んないけど……。何とかなるんじゃないかな、多分。運はいい方だと思うし」

「そういう問題じゃ……!」


 アーデルハイトの声を、鉄格子が破砕される音が遮る。

 ぐしゃぐしゃに歪んだ鉄格子を抉じ開けて、その怪物は二人が捕らえられていた牢屋の中へと足を踏み入れる。


「行くよ、今!」

「だぁーっはっはっはっは! 子猫ちゃん達のピンチに小生、華麗に参上でござる!」


 カナタは目を閉じて、全力で体当たりをしようと石床を蹴るが、突如聞こえてきた声に完全に調子を狂わされてそのまま顔から床に倒れ込んだ。


「ふぐ!」

「ん? なにを転んでいるでござる? 小生、ドジっ子のあざとさにはそれほど萌えないでござるよ。おっと、そんなことを言っている場合ではなかった。まずはこの鍵を華麗にシュート!」


 怪物の足元を擦り抜けて、二つ束になった鍵がカナタ達の足元に滑り込む。

 それからアツキは干し肉を齧り、彼のギフトを発動させる。


「さあ、オーガの剛腕を受けるでござるよ!」


 不自然なまでに大きくなったアツキの腕が、怪物の顔面を殴りつける。

 しかし、それでも痛みを感じていないのか、怪物は怯むこともなく反撃に口のある片腕でアツキの腕に噛み付いた。


「痛い! そして固いでござる!」

「アツキさん! もう一匹来てる!」


 カナタが叫ぶよりも早くもう一匹の、今度は四つん這いの獣のような何かがアツキに飛びついて、その身体を引き倒した。


「あうち! 押し倒されるなら女の子がいいでござる! できるなら年上!」


 そんな馬鹿な発言には当然耳も貸さず、異常に発達した二本の牙がその首筋に向けて振り下ろされる。

 それと、お互いの手枷の鍵を外したカナタが牢屋から飛び出したのはほぼ同じタイミングだった。


「間一髪!」


 その一撃を避けられたのは、アツキの悪運の強さに他ならないだろう。首を無茶苦茶に動かしていたら、たまたま外れただけのようなものだ。

 そしてその隙を狙って、自由になったカナタは四つん這いの獣に全力で蹴りを入れる。

 筋肉が充分に詰まったその身体からは重い感触だけが反ってきて、さしたるダメージを与えたようには見えなかったが、それでもこちらにも獲物がいると視線がカナタへと動いた。


「……これ……!」


 振り向いたその獣の顔を見て、カナタは絶句する。

 不自然に長い牙が生えたその口は、獣ではない。

 まるで人間にそれを移植したかの如く、余りにも不自然で、不気味な相貌をしていた。

 飛びかかってくるその体躯を避けて、すれ違い様にセレスティアルの剣による斬撃を叩き込む。

 単なる肉が何よりも鋭い極光を弾けるわけもなく、いとも簡単にその身体は裂けて、真っ赤な血がカナタを濡らした。


「アツキさん! ボク達の荷物を!」

「りょ、了解でござる! ……強気なカナタちゃんもイイでござるねぇ」


 今度は貌のない怪物が立ちはだかり、両腕でカナタを破壊しようと襲い掛かる。

 しかしそれも、セレスティアルの盾を貫くことはできない。上から叩きつけられる衝撃をどうにか受け流すと、剣へと変えた光でその胴体を横薙ぎに両断する。


「……まだ、動く!」

「下がって!」


 アーデルハイトの声に、反射的にカナタは飛び退る。

 手枷を外した彼女は両手を前に突きだして、小さな声でぼそぼそと呪文を詠唱する。

 青白い光が生まれ、それが次第に魔方陣を形作り、アーデルハイトの前面に展開された。


「貫け稲妻の槍。『サンダー・ランス』!」


 二本の稲妻が、まるで槍のようにそれぞれ異形を貫きその雷撃に寄って焼き焦がす。

 アーデルハイトが作ったその隙は逃さず、カナタは一気に距離を詰めるとセレスティアルの剣を両手で握り、飛び上がって上から真っ二つに貌のない異形を切り裂いた。

 二つに別たれた身体は石床に倒れ、もう動くことはない。

 残る獣型の怪物はその強さにどうにか逃げ出そうと試みるが、続くサンダー・ランスの雷撃が背後からそれを阻止し、命を奪う。


「おぉ! 二人とも強いでござる! 荷物を持って来たでござるよ」


 アツキからそれぞれ荷物を受け取った二人は、ここでようやく状況を確認し始めた。


「で、あれはなに?」

「しょ、小生も知らないでござる。外ではまだ仲間達がエトランゼ街の人を避難させてるでござるよ!」

「……じゃあ、まずはそれを手伝ってからだね」


 誰に確認するわけでもなく、カナタは階段を駆け上がっていく。

 上に続く扉に手を掛けてから、ふと思ったことがあってカナタはアツキを振り返った。


「……なんで助けに戻って来てくれたの?」

「そう言えばそうね。騙してくれたお礼に黒こげにされるとは思わなかったのかしら?」


 ぱちりと、アーデルハイトが握った短槍の先端に小さな紫電が走り、アツキを威嚇する。


「小生。こう見えても紳士故。将来有望な女子が死んだり、魔物の触手で色々とこう、素敵な目にあうのが我慢できなかったでござるよ」

「自分で捕まえておいて?」

「小生には小生の理由があるでござる。あんな化け物がいたらそれどころではないでござろう!」

「変な人。でもまぁ、助かったよ。ありがと」


 そう言って、カナタは扉から外に飛び出していった。


「……あの子、状況も確認しないで……!」


 呆れながら、道具の確認を終えたアーデルハイトは急いでその後を追いかけていく。


「……どうしたの?」


 心底どうでもいいのだが、騒がしい馬鹿が静かなことが気になって、アーデルハイトは階段に片足を掛けた状態でアツキに質問した。


「うむ。やっぱり元気っ子は可愛いでござるな。アーデルハイトちゃんみたいなクールっ子も嫌いではないでござるが……あぎゃあ!」


 電撃を浴びせられて悶絶するアツキを放置して、アーデルハイトは呆れながらもカナタの後を追って出ていった。
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