彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第三章 名無しのエトランゼ

3‐8

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「では、アンデ卿はマルバの街に行き、そこの管理を。バーレ卿は手勢を率いて東部開拓に従事してもらいたい。そしてヤーン卿は……」


 イシュトナル要塞内部、エレオノーラの執務室。

 彼女の意向により、とても王族とは思えないほどにろくな飾りつけもされていない、質実剛健を描いたような部屋の中で三人の貴族が首を垂れていた。

 部屋の最奥にある執務用の大きなテーブルにはエレオノーラ。そしてその横にはディッカーが立っている。

 三人いる貴族のうち二人は早くも役職を与えられ、一先ずは安堵の表情を浮かべている。

 残るヤーン卿は細面の、気弱そうな中年の男だった。


「難民のエトランゼ達を纏め、彼等と共に中央西部にある集落へと向かってほしい。そこでの農地改善と、ゆくゆくは本格的な街づくりを頼む」

「……は、エトランゼと……ですか?」

「いけないか? そなたは妾の理念に賛同してくれたからこそ、ここに参ったと思っていたのだが」

「い、いえ……。ですが……」


 戸惑うヤーン卿を安心させるために、エレオノーラはその顔に笑顔を浮かべて、優しく語りかける。


「心配は要らぬ。エトランゼ達は文化的生活を好み、自らが危険に晒されなければ無害だ。だとすれば、民達に慕われていたヤーン卿ならば問題ないと思って、その任を託すのだ」

「か、畏まりました!」


 その言葉が些かの助けにはなったのだろう。ヤーン卿は表情を引き締めて深々とお辞儀をしてそれを承った。


「今日は三人とも長旅で疲れているだろう。見ての通り寛ぐにもまだ難しいような場所だが、今日のところは疲れを癒して欲しい。そなた達の役職についての詳しいことは後日改めて連絡させる」


 これで話は終わりだと、エレオノーラは告げた。


「サアヤ! 彼等を案内してやってくれ」


 部屋の外から静々と入室したサアヤは、「こちらへどうぞ」と三人を連れて退出していった。

 その仕草はすっかり淑女として完成していて、エレオノーラに仕える侍女としても申し分ない気品があると言えるだろう。

 そうして貴族達の足音が遠ざかり、部屋の傍に誰もいなくなったことを確認してから、エレオノーラは固い口調を解く。


「ふー。今日の面会はこれで全部か?」

「はい。見事な采配です、エレオノーラ様」


 ディッカーがそう返事をする。


「……そうか」


 褒められたにも関わらず、エレオノーラの表情は暗い。


「だが、難民だけでなく続々と北部からこちらに移住する貴族が増えている。……兄様はいったいどのような政治を行っているのだ」

「こちらに入ってきている情報によれば、軍拡による税の増加。またヘルフリート陛下に対して反抗的な態度を見せた貴族からは、言いがかりのような理由を付けての財産の徴収も行っているようです」

「……兄上は本当に攻めてくるのだろうか」

「私もそうならなければどれほどいいかと思いますが……。本国が武力を蓄え、何かしらの軍事行動を行おうとしているのは間違いようのない事実かと」


 口髭を生やしたエレオノーラの忠臣は、隠すことなく事実を語る。


「兄上は何を考えているのだ……。このままではつまらぬ妾達の諍いで、多くの人が死に逝くかも知れぬのだぞ」

「それほどまでに、ヘルフリート陛下にとっては成さねばならぬものなのでしょう」

「妾を討つことがか?」


 それは失言であったのかも知れない。

 それでもディッカーはその続きを口にすることをやめなかった。


「はい。私は単なる一貴族に過ぎませぬから、王座を頂く者の考えを理解することはありません。……だから、誰もヘルフリート陛下の御心を知ることもできないのでしょう」


 彼が選んだ王道とは、そういう道だ。

 誰がヘルフリートを焚きつけ、このような結果になったのかはディッカーの知るところではない。

 ただそれでもヘルフリートは何かを選び、そしてその先に伸びた道を走り続けている。

 それに対するエレオノーラと、あのエトランゼの青年はどうなのだろうか。そればかりが、ディッカーの心配事でもあった。


「エレオノーラ様はどうですかな? 自らの進む道を王道として、例え誰を振り切ろうとひた走る覚悟はありますか?」


 これは、多少意地悪な問いかけであっただろう。

 それでも、ディッカーはその疑問を口にせざるを得なかった。

 このままでは近い未来に全てが手遅れになる時が来る。そしてエレオノーラも、聡明なはずのあのエトランゼの青年もそれに気付いてはいない。


「……妾は、判らぬ」

「それでは、これは宿題と致しましょう。起源は……そうですな。私が暇を頂くまで、ということで」

「ふんっ、ならば随分と時間があるな。妾はそなたを簡単に手放すつもりはないぞ? 今後もよき家臣として、共に来てもらうつもりなのだからな!」

「それは光栄でございます」


 彼女が言ったその一言は、もう答えに近いものではあったのだが、敢えてディッカーは黙っていることにした。
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