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第三章 名無しのエトランゼ
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「……い………おい、起きろよ!」
ぐらぐらと身体を揺り動かされる感覚に、ヨハンは半ば無理矢理夢の中の世界から引きずり戻された。
木々の間から差し込む太陽の光を逆光に、一人の少年がヨハンのことを覗き込んでいる。
「……トウヤか。すまん、寝過ぎたか?」
「……いや。っていうか、顔色悪いぞ。大丈夫か?」
「あまり大丈夫ではないかも知れん」
頭がぼんやりとして、全身が気怠さに包まれている。
まるで風邪を引いたかのような倦怠感だが、事態はそんなに簡単ではなさそうだった。
「……毒のある植物にでも触ってしまったか。昨日は暗かったし、必死で走っていたからな」
二人がいる場所は、ディオウルの西に広がっている森林地帯。その入り口は木々の伐採や野生動物、魔物に対する狩りなどで人の出入りも激しいが、それより奥になると人間の気配が殆どない未開地となっている。
オルタリアの軍から逃れて身を隠すには適した場所ではあるが、それはある程度の人数で来れた場合での話だ。
ここにいるのはヨハンとトウヤの二人。しかも食料などの物資も持っていない。その状況では敵軍の追撃を誤魔化してくれる動物や魔物の類ですらも脅威となる。
「……恐らくは、オルタリア軍も森に入っているだろうな」
和平が成立するまでには数日の誤差がある。その間に何としてでもこちらに打撃を与えておきたいというのが向こうの意見だろう。
「一ヵ所に長居はしてられないってことだろ? お前、得意のポーションで治療とかできないのか?」
「……解毒薬の類は持って来ていない。それに傷を治す物も、負傷した兵士に分け与えて殆ど使い切ってしまったからな」
「じゃあこの場で作ることとかは? そう言うギフトなんだろ、今は」
「無理だな。それほど大がかりである必要はないが道具が必要だ。今ここにそれはない。……どうした?」
顔を上げると、トウヤは何とも言えない表情でこちらを見下ろしている。
「……あんた、肝心な時に役に立たないよな」
「……よく言われるし、自覚はある」
項垂れるヨハン。
だが、だからと言っていつまでもじっとしているわけにもいかない。立ち上がろうとしたがすぐに足元がふらついて、近くの木に手をついた。
「……思いの外、深刻なようだ」
それに加えて、二人とも完全に無傷と言うわけではない。癒しのポーションの類はだいたい使ってしまったので、ここからは敵と遭遇することが致命傷となりうる。
オルタリア軍は当然として、例え統率が取れていない魔物であろうと、無傷で倒せるほどに二人とも強くはない。
それに今は止んだ雨だが、ぬかるんだ地面は確実に二人の足跡を残している。一度それが見つかれば追跡部隊に追いつかれるのも時間の問題だ。
「行くぞ」
「もう少し休まなくて大丈夫かよ?」
有無を言わせず、先頭を歩きだす。
それも最初だけで、膝の辺りまで伸びて纏わりつく草木をふらつく身体で踏み越えているだけで、トウヤは悠々とそこに追いついて隣に並んでいた。
「で、方向は?」
「恐らくはあっちが南だ。見つからずに森を抜けるか、ここで数日を過ごして停戦命令が出れば俺達は助かる」
「最悪隠れてるのもありってことか」
「その場合は敵兵を避けれたとしても、餓死かもしくは魔物の餌になるだろうが」
「選択肢ないじゃないか」
トウヤの突っ込みを受けて、二人は南方へと歩き始めたが、その道のりは困難を極めた。
雨はイシュトナルの兵達が脱出するのに多大な貢献をしてくれたが、上がってしまえば湿気の上昇による蒸し暑さで森の不快指数を上昇させる。加えて雨上がりは虫が活発化して、あちこちを飛び回るため非常に鬱陶しい。
鬱陶しいだけならまだいいが、蚊や蛭のような人の血を吸う生き物は毒性を持っている可能性が高い。ましてやこの世界の生き物は大凡で七割以上が未知の生物だ。
「ずっと疑問だったんだけどさ、この世界にも犬とか猫がいるって変だよな」
「……別に変でもないだろう。人間が俺達と同じように進化してきたというのなら、犬猫がそうであってもおかしな話ではない」
「それもそう……か?」
魔物と言う生き物がいる時点で食物連鎖が変化し、本来とは違った生態系が築かれているので必ずしもヨハンの言葉は正しくはないが、そこに関しては今目の前にある結果が全てとしか言えなかった。
「魔物と動物って何が違うんだ?」
「知らん。魔物と呼ばれている奴は魔物だし、そうでないものは動物だ」
最初は魔力を持ち、魔法のような物理的にはありえない力を使う動物を魔物と呼ぶものだと思っていたが、ただ異常に巨大なだけの獣も魔物と呼ばれていることもあり、その辺りの仮説は否定された。
つまるところ、その二つにこの世界で大きな違いはない。もしエトランゼの生物学者でもいるのなら、この世界の住人と協力してちゃんとして線引きを作るべきだとは思うのだが……。
「魔物って何なんだろうな」
「……最初は、エイスナハルの教典に載っていた神に仇なす獣の子孫だと言われていたな」
それはエイスナハルだけの話ではない。
異国の地で伝わる、ヨハンが知っているどの宗教の教えの中にも、それらは登場した。
「神による光り輝く世界を良しとしない、堕神の末裔。そいつらは魔物達を操り、また時には人間の形をした悪魔を使役して神に……御使いに戦いを挑んだという」
「人間の姿の悪魔……。俺、一人覚えがあるけど」
「悪魔と言えば打算的なものだ。あそこまで本能のままに生きてもいないだろう」
「確かに」
うんうんとトウヤが頷く。
「で、どうなったんだ、その堕神は?」
「見事に封印されて、この大地には平和が戻ったとされている。その中で悪魔が持ちいた武器がオブシディアンであり、エレクトラム。神を殺す二つの金属だ」
「へぇ……」
トウヤの反応は薄いが、まぁ異国の教典を語られてもそんなものだろう。
「そこに記されていた獣の子孫が魔物と言われていたが……どうやら今はそんなことは関係なく、厄介な動物はだいたい魔物扱いのようだな」
勿論魔物の中にはゴブリンなどを初めとした、人間のような生活を営む種もある。彼等も時には人に害をなすが、同時に特有の文化も持っている。
それを本能のままに動く、魔力を持っただけ、または大きいだけの動物と一緒くたに魔物と呼んでしまうのは、些か乱暴にも思える。
ちょうど二人の会話が途切れたところで、風とは違う、不自然な草木の揺れる音が聳え立つ木々の間から耳に届く。
ヨハンとトウヤは同時に身を固め、素早く武器を手に掛けた。
「魔物の話してたからかな?」
「だったら次は益になるものの話をするぞ」
犬の唸りのような声があちこちから響く。こちらを包囲して、それをじりじりと狭めているようだ。
既にこの森にはディオウルから逃げおおせた兵が入り込んでいる。その中には負傷して、下手をすればもう助からない者もいただろう。
その死肉を漁ろうとする何かがいたところで、何ら不思議はない。
犬のような声は、こちらを威嚇するような唸りから、次第に互いに連絡を取りあっているかのような短い鳴き声へと変わっている。
尚更厄介なことだった。単なる獣なら追い払えば済むだけの話だが、知能を持っている魔物が相手だと面倒なことになる。
「逃げるか?」
「逃げられる状況じゃないな。囲まれている」
口には出さなかったが、ヨハンの体調も相当に悪い。平地ならともかく、森の中を走ればあっという間に足を取られて転んでしまうだろう。
実際、ここまで歩いてくるだけでも息が上がるほどに体力を消耗していた。
ヘヴィバレルの弾倉を開き、中に弾薬を放り込む。収納性を拡張したローブの中を探っても、残った弾薬はこれとあと一つのみ。
「敵の姿が見えたら遊撃を任せる。俺はこの場に留まって注意を引きながら、近付いてきた奴を仕留める」
「判った……。炎は使わない方がいいか? 下手したらオルタリアの兵士に気付かれるかも」
「できればそうしたいが……。数が数だ。それを使わないで抑えられるか?」
「……無理だな。俺はあいつらみたいに強くないから」
自嘲するトウヤの背中を軽く叩く。
「どちらにせよ同じだ。俺が撃てば銃声でばれる。それに、あいつらよりは弱いかも知れないが、俺よりは強い、安心しろ」
「……全然慰めになってないよ」
口ではそう言うが、気分は多少上向きになってくれたようだった。
「信頼してるぞ」
「……判ったよ」
がさがさと茂みを掻き分け、歪な人影が幾つも包囲を狭める。
「コボルトか。トウヤ、連中とやりあったことはあるか?」
「そりゃあるけど……」
人のような身体に犬の顔。ワーウルフと呼ばれる獣人よりも背が小さく背は丸まっている。
群れを作って生活する魔物で、何処にでも生息していて、時折人里に降りてきた者達を討伐するのは冒険者の中でも初歩的な仕事の一つでもある。
知能は決して低くはない、今のように連携を取ることもあるし、手先はそれなりに器用で武器も使う。
決して手強い相手ではない……が、それは人間の領域での話。
連中の縄張りで数を揃えられた場合、それなりに厄介な相手となる。ましてやこちらは手負いだ。
「音でこっちに引きつける。側面から仕掛けろ」
「大丈夫なのかよ?」
「……ああ」
ダン、とヘヴィバレルの砲身から弾丸が発射される。
装填されていた散弾はそれを阻む木を砕き、ヨハンの正面にいたコボルト数匹に突き刺さる。
その悲鳴が、戦いの合図となった。
トウヤはその場から駆けだし、慌てふためくコボルトを、数の少ない集団から攻撃していく。
連中は二、三匹で一つのグループを作ってこちらを包囲している。纏めて戦えば厄介だが、ばらばらならそれほど大した相手ではない。
「くっ……。動け……!」
思わず自分の身体を叱咤する。
毒に蝕まれた身体は力が入らず、疲れもあってかヘヴィバレルの銃身を向けることすらも困難とだった。
膝で蹴り上げるようにして無理矢理正面に向けると、引き金を引いた。
散弾は一度に二、三匹を纏めて薙ぎ払う。敵が近ければ近いほど効果もあるが、それは相手の攻撃が掠める危険性も上昇する。
ヨハンの放つ音を脅威と感じて、真っ先に排除すべくコボルト達が集まってくる。
彼等にとって今は危険よりも、目の前に転がってきたご馳走に目がくらんでいる。既にこの森に迷い込んだイシュトナル兵とも戦っているのだろう。
餌として味を覚え、またある者達は逆に屠られる。人間に対して強い敵対心を抱いているのだ、その唸り声から伝わってくる。
「餌になってやるわけにはな……!」
散弾が一度に数匹を薙ぎ払う。
ヨハンに注意を引かれた数匹のまとまりを、トウヤが側面から奇襲する。そしてトウヤに目を向ければ炎が一気にコボルト達を焦がし尽くした。
見た目も派手な戦いに、コボルトはたまらず咆哮を上げる。それは撤退の合図ではなく、更なる増援を呼ぶためのもの。
「派手にやり過ぎたか?」
「仕方ないだろ! それしかできないんだから!」
がしゃりと、空になった弾倉が排出される。
最後の一つは散弾ではない。一発一発を慎重に当てていく必要がある。
リロードし、砲身を無理に構えて発射。
毒によって霞み始めた目だが、どうにか最初の一発はコボルトに命中し、その頭を吹き飛ばした。
「もっと近づけ……! 射撃は下手なんだ」
「なんでそんな武器使ってんだよ!」
「他に取り柄もなかったからだ……!」
言いながら、トウヤは炎で三匹を纏めて焼き払う。
森に火が付かないのは先日の雨で湿っていたからで、そうでなければとっくに火事が起こっていただろう。
「数が多い!」
そう言いながらも、二人の奮戦は確実に敵の数を減らしていた。
多少知能があるとはいえ獣。相手が強いと判断すれば無理にこちらに襲い掛かることはしないだろう。少なくとも、他の群れとの合流を待つはずだ。
「後少し……!」
よく狙いを付ける。こちらに向かって短剣を持って走ってくる二匹を、順に打ち倒す。
「ヨハン! 馬鹿、後ろの奴を狙わないと……!」
トウヤが叫び、ヨハンは咄嗟に反応する。
彼の言葉通り、今しがた倒した二匹の後ろで矢を構える姿があった。
最後に残った弾丸を放ち、その右胸を吹き飛ばす。コボルトは絶命したが、奴は死ぬ間際に最後の一矢を放っていた。
既に戦いを経て、ヨハンのローブの防御性能はそれほどではない。
そこを、コボルトの膂力で放たれたその一矢は貫いて、ヨハンの脇腹に突き刺さった。
痛みに呻き声を上げながら崩れ落ちるヨハン。
「トウヤ、こいつを……!」
懐から放り投げたのは、いつもの炸裂する魔法薬だ。
トウヤはそれを受け取って、半ば本能的に炎で点火した上でコボルトの集まっている場所に放り投げる。
強烈な炎に炙られたその粉末は、木々の間で容赦のない爆裂を幾つも巻き起こす。
それによってコボルト達は十匹以上が纏めて吹き飛んで、ここに集まった群れは壊滅状態に陥る。
生き残った一匹が遠吠えを放つと、それが戦いの終わりの合図となった。
獲物にするには厄介すぎると、そう判断したのか、コボルト達は一斉に背を向けて引き返していった。
ぐらぐらと身体を揺り動かされる感覚に、ヨハンは半ば無理矢理夢の中の世界から引きずり戻された。
木々の間から差し込む太陽の光を逆光に、一人の少年がヨハンのことを覗き込んでいる。
「……トウヤか。すまん、寝過ぎたか?」
「……いや。っていうか、顔色悪いぞ。大丈夫か?」
「あまり大丈夫ではないかも知れん」
頭がぼんやりとして、全身が気怠さに包まれている。
まるで風邪を引いたかのような倦怠感だが、事態はそんなに簡単ではなさそうだった。
「……毒のある植物にでも触ってしまったか。昨日は暗かったし、必死で走っていたからな」
二人がいる場所は、ディオウルの西に広がっている森林地帯。その入り口は木々の伐採や野生動物、魔物に対する狩りなどで人の出入りも激しいが、それより奥になると人間の気配が殆どない未開地となっている。
オルタリアの軍から逃れて身を隠すには適した場所ではあるが、それはある程度の人数で来れた場合での話だ。
ここにいるのはヨハンとトウヤの二人。しかも食料などの物資も持っていない。その状況では敵軍の追撃を誤魔化してくれる動物や魔物の類ですらも脅威となる。
「……恐らくは、オルタリア軍も森に入っているだろうな」
和平が成立するまでには数日の誤差がある。その間に何としてでもこちらに打撃を与えておきたいというのが向こうの意見だろう。
「一ヵ所に長居はしてられないってことだろ? お前、得意のポーションで治療とかできないのか?」
「……解毒薬の類は持って来ていない。それに傷を治す物も、負傷した兵士に分け与えて殆ど使い切ってしまったからな」
「じゃあこの場で作ることとかは? そう言うギフトなんだろ、今は」
「無理だな。それほど大がかりである必要はないが道具が必要だ。今ここにそれはない。……どうした?」
顔を上げると、トウヤは何とも言えない表情でこちらを見下ろしている。
「……あんた、肝心な時に役に立たないよな」
「……よく言われるし、自覚はある」
項垂れるヨハン。
だが、だからと言っていつまでもじっとしているわけにもいかない。立ち上がろうとしたがすぐに足元がふらついて、近くの木に手をついた。
「……思いの外、深刻なようだ」
それに加えて、二人とも完全に無傷と言うわけではない。癒しのポーションの類はだいたい使ってしまったので、ここからは敵と遭遇することが致命傷となりうる。
オルタリア軍は当然として、例え統率が取れていない魔物であろうと、無傷で倒せるほどに二人とも強くはない。
それに今は止んだ雨だが、ぬかるんだ地面は確実に二人の足跡を残している。一度それが見つかれば追跡部隊に追いつかれるのも時間の問題だ。
「行くぞ」
「もう少し休まなくて大丈夫かよ?」
有無を言わせず、先頭を歩きだす。
それも最初だけで、膝の辺りまで伸びて纏わりつく草木をふらつく身体で踏み越えているだけで、トウヤは悠々とそこに追いついて隣に並んでいた。
「で、方向は?」
「恐らくはあっちが南だ。見つからずに森を抜けるか、ここで数日を過ごして停戦命令が出れば俺達は助かる」
「最悪隠れてるのもありってことか」
「その場合は敵兵を避けれたとしても、餓死かもしくは魔物の餌になるだろうが」
「選択肢ないじゃないか」
トウヤの突っ込みを受けて、二人は南方へと歩き始めたが、その道のりは困難を極めた。
雨はイシュトナルの兵達が脱出するのに多大な貢献をしてくれたが、上がってしまえば湿気の上昇による蒸し暑さで森の不快指数を上昇させる。加えて雨上がりは虫が活発化して、あちこちを飛び回るため非常に鬱陶しい。
鬱陶しいだけならまだいいが、蚊や蛭のような人の血を吸う生き物は毒性を持っている可能性が高い。ましてやこの世界の生き物は大凡で七割以上が未知の生物だ。
「ずっと疑問だったんだけどさ、この世界にも犬とか猫がいるって変だよな」
「……別に変でもないだろう。人間が俺達と同じように進化してきたというのなら、犬猫がそうであってもおかしな話ではない」
「それもそう……か?」
魔物と言う生き物がいる時点で食物連鎖が変化し、本来とは違った生態系が築かれているので必ずしもヨハンの言葉は正しくはないが、そこに関しては今目の前にある結果が全てとしか言えなかった。
「魔物と動物って何が違うんだ?」
「知らん。魔物と呼ばれている奴は魔物だし、そうでないものは動物だ」
最初は魔力を持ち、魔法のような物理的にはありえない力を使う動物を魔物と呼ぶものだと思っていたが、ただ異常に巨大なだけの獣も魔物と呼ばれていることもあり、その辺りの仮説は否定された。
つまるところ、その二つにこの世界で大きな違いはない。もしエトランゼの生物学者でもいるのなら、この世界の住人と協力してちゃんとして線引きを作るべきだとは思うのだが……。
「魔物って何なんだろうな」
「……最初は、エイスナハルの教典に載っていた神に仇なす獣の子孫だと言われていたな」
それはエイスナハルだけの話ではない。
異国の地で伝わる、ヨハンが知っているどの宗教の教えの中にも、それらは登場した。
「神による光り輝く世界を良しとしない、堕神の末裔。そいつらは魔物達を操り、また時には人間の形をした悪魔を使役して神に……御使いに戦いを挑んだという」
「人間の姿の悪魔……。俺、一人覚えがあるけど」
「悪魔と言えば打算的なものだ。あそこまで本能のままに生きてもいないだろう」
「確かに」
うんうんとトウヤが頷く。
「で、どうなったんだ、その堕神は?」
「見事に封印されて、この大地には平和が戻ったとされている。その中で悪魔が持ちいた武器がオブシディアンであり、エレクトラム。神を殺す二つの金属だ」
「へぇ……」
トウヤの反応は薄いが、まぁ異国の教典を語られてもそんなものだろう。
「そこに記されていた獣の子孫が魔物と言われていたが……どうやら今はそんなことは関係なく、厄介な動物はだいたい魔物扱いのようだな」
勿論魔物の中にはゴブリンなどを初めとした、人間のような生活を営む種もある。彼等も時には人に害をなすが、同時に特有の文化も持っている。
それを本能のままに動く、魔力を持っただけ、または大きいだけの動物と一緒くたに魔物と呼んでしまうのは、些か乱暴にも思える。
ちょうど二人の会話が途切れたところで、風とは違う、不自然な草木の揺れる音が聳え立つ木々の間から耳に届く。
ヨハンとトウヤは同時に身を固め、素早く武器を手に掛けた。
「魔物の話してたからかな?」
「だったら次は益になるものの話をするぞ」
犬の唸りのような声があちこちから響く。こちらを包囲して、それをじりじりと狭めているようだ。
既にこの森にはディオウルから逃げおおせた兵が入り込んでいる。その中には負傷して、下手をすればもう助からない者もいただろう。
その死肉を漁ろうとする何かがいたところで、何ら不思議はない。
犬のような声は、こちらを威嚇するような唸りから、次第に互いに連絡を取りあっているかのような短い鳴き声へと変わっている。
尚更厄介なことだった。単なる獣なら追い払えば済むだけの話だが、知能を持っている魔物が相手だと面倒なことになる。
「逃げるか?」
「逃げられる状況じゃないな。囲まれている」
口には出さなかったが、ヨハンの体調も相当に悪い。平地ならともかく、森の中を走ればあっという間に足を取られて転んでしまうだろう。
実際、ここまで歩いてくるだけでも息が上がるほどに体力を消耗していた。
ヘヴィバレルの弾倉を開き、中に弾薬を放り込む。収納性を拡張したローブの中を探っても、残った弾薬はこれとあと一つのみ。
「敵の姿が見えたら遊撃を任せる。俺はこの場に留まって注意を引きながら、近付いてきた奴を仕留める」
「判った……。炎は使わない方がいいか? 下手したらオルタリアの兵士に気付かれるかも」
「できればそうしたいが……。数が数だ。それを使わないで抑えられるか?」
「……無理だな。俺はあいつらみたいに強くないから」
自嘲するトウヤの背中を軽く叩く。
「どちらにせよ同じだ。俺が撃てば銃声でばれる。それに、あいつらよりは弱いかも知れないが、俺よりは強い、安心しろ」
「……全然慰めになってないよ」
口ではそう言うが、気分は多少上向きになってくれたようだった。
「信頼してるぞ」
「……判ったよ」
がさがさと茂みを掻き分け、歪な人影が幾つも包囲を狭める。
「コボルトか。トウヤ、連中とやりあったことはあるか?」
「そりゃあるけど……」
人のような身体に犬の顔。ワーウルフと呼ばれる獣人よりも背が小さく背は丸まっている。
群れを作って生活する魔物で、何処にでも生息していて、時折人里に降りてきた者達を討伐するのは冒険者の中でも初歩的な仕事の一つでもある。
知能は決して低くはない、今のように連携を取ることもあるし、手先はそれなりに器用で武器も使う。
決して手強い相手ではない……が、それは人間の領域での話。
連中の縄張りで数を揃えられた場合、それなりに厄介な相手となる。ましてやこちらは手負いだ。
「音でこっちに引きつける。側面から仕掛けろ」
「大丈夫なのかよ?」
「……ああ」
ダン、とヘヴィバレルの砲身から弾丸が発射される。
装填されていた散弾はそれを阻む木を砕き、ヨハンの正面にいたコボルト数匹に突き刺さる。
その悲鳴が、戦いの合図となった。
トウヤはその場から駆けだし、慌てふためくコボルトを、数の少ない集団から攻撃していく。
連中は二、三匹で一つのグループを作ってこちらを包囲している。纏めて戦えば厄介だが、ばらばらならそれほど大した相手ではない。
「くっ……。動け……!」
思わず自分の身体を叱咤する。
毒に蝕まれた身体は力が入らず、疲れもあってかヘヴィバレルの銃身を向けることすらも困難とだった。
膝で蹴り上げるようにして無理矢理正面に向けると、引き金を引いた。
散弾は一度に二、三匹を纏めて薙ぎ払う。敵が近ければ近いほど効果もあるが、それは相手の攻撃が掠める危険性も上昇する。
ヨハンの放つ音を脅威と感じて、真っ先に排除すべくコボルト達が集まってくる。
彼等にとって今は危険よりも、目の前に転がってきたご馳走に目がくらんでいる。既にこの森に迷い込んだイシュトナル兵とも戦っているのだろう。
餌として味を覚え、またある者達は逆に屠られる。人間に対して強い敵対心を抱いているのだ、その唸り声から伝わってくる。
「餌になってやるわけにはな……!」
散弾が一度に数匹を薙ぎ払う。
ヨハンに注意を引かれた数匹のまとまりを、トウヤが側面から奇襲する。そしてトウヤに目を向ければ炎が一気にコボルト達を焦がし尽くした。
見た目も派手な戦いに、コボルトはたまらず咆哮を上げる。それは撤退の合図ではなく、更なる増援を呼ぶためのもの。
「派手にやり過ぎたか?」
「仕方ないだろ! それしかできないんだから!」
がしゃりと、空になった弾倉が排出される。
最後の一つは散弾ではない。一発一発を慎重に当てていく必要がある。
リロードし、砲身を無理に構えて発射。
毒によって霞み始めた目だが、どうにか最初の一発はコボルトに命中し、その頭を吹き飛ばした。
「もっと近づけ……! 射撃は下手なんだ」
「なんでそんな武器使ってんだよ!」
「他に取り柄もなかったからだ……!」
言いながら、トウヤは炎で三匹を纏めて焼き払う。
森に火が付かないのは先日の雨で湿っていたからで、そうでなければとっくに火事が起こっていただろう。
「数が多い!」
そう言いながらも、二人の奮戦は確実に敵の数を減らしていた。
多少知能があるとはいえ獣。相手が強いと判断すれば無理にこちらに襲い掛かることはしないだろう。少なくとも、他の群れとの合流を待つはずだ。
「後少し……!」
よく狙いを付ける。こちらに向かって短剣を持って走ってくる二匹を、順に打ち倒す。
「ヨハン! 馬鹿、後ろの奴を狙わないと……!」
トウヤが叫び、ヨハンは咄嗟に反応する。
彼の言葉通り、今しがた倒した二匹の後ろで矢を構える姿があった。
最後に残った弾丸を放ち、その右胸を吹き飛ばす。コボルトは絶命したが、奴は死ぬ間際に最後の一矢を放っていた。
既に戦いを経て、ヨハンのローブの防御性能はそれほどではない。
そこを、コボルトの膂力で放たれたその一矢は貫いて、ヨハンの脇腹に突き刺さった。
痛みに呻き声を上げながら崩れ落ちるヨハン。
「トウヤ、こいつを……!」
懐から放り投げたのは、いつもの炸裂する魔法薬だ。
トウヤはそれを受け取って、半ば本能的に炎で点火した上でコボルトの集まっている場所に放り投げる。
強烈な炎に炙られたその粉末は、木々の間で容赦のない爆裂を幾つも巻き起こす。
それによってコボルト達は十匹以上が纏めて吹き飛んで、ここに集まった群れは壊滅状態に陥る。
生き残った一匹が遠吠えを放つと、それが戦いの終わりの合図となった。
獲物にするには厄介すぎると、そう判断したのか、コボルト達は一斉に背を向けて引き返していった。
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最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
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16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
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2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活
髙龍
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MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。
しかし神は彼を見捨てていなかった。
そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。
これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。
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