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第三章 名無しのエトランゼ
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薄っすらと目を開くと、葉が生い茂る枝の間から満天の星空が覗いていた。
その横には月もあり、その光で森の中を照らしている。
「お前、寝てばっかだな」
怪我には治療が施されており、傷口には包帯が巻かれている。ローブはヨハンの身体の上に、布団代わりに掛けられていた。
水音がすぐ傍から聞こえる。どうやらトウヤが川縁まで運んでくれたらしい。
「助かった」
「飯、食えるか?」
ぱちぱちと火花を散らす焚火の傍では、串に刺さった魚が香ばしい匂いをさせている。トウヤの横には骨になったそれが捨てられていた。
「……いや、すまん。無理そうだ」
致死性のものではないだろうが、毒はじわじわとヨハンの身体を蝕んでいた。
「そっか」
施された治療は、お世辞にも適切とは言い難い。トウヤに医療の知識はないし、包帯や薬の量も足りていない。
トウヤもなんとなくその状況を察しているのか無理には勧めず、焼き魚を自分で処分すべく口に咥える。
「ギフトで火を起こしたのか?」
「そうだけど……。なんか不味かった?」
「いや、便利な力だなと思ってな」
「まったくだよ。キャンプでバーベキューするときとかな」
トウヤが珍しく冗談を言ったので、ヨハンは苦笑してしまう。
しかしそれを言った当の本人は、食べ終えた魚を地面にぽいと投げ捨てながら、
「……もう、行くこともないだろうけどな」
そう呟いた。
「別に、行けばいいだろう。カナタでもヴェスターでも、誰でも誘って」
「はぁ? そう言うことじゃ……。いや、もうそう言うことなんだな。
この世界に来たばっかりの頃は、必死で足掻きながら、でもいつか絶対帰れるって自分に言い聞かせてた。だから強く生きていようって、帰って友達とか親にこの世界であったことを土産話にしてやろうってさ」
焚火に横顔を照らされながら、トウヤはヨハンの顔を見ずに言った。
心細かっただろう、不安で眠れない夜もあっただろう。
トウヤの心が弱いわけではない、エトランゼは大抵がそうなる。その中で、自分なりの理由を見つけてこの世界で生きるか、嘆いたまま死ぬことになる。
「俺達、帰れるのか?」
それは誰もが抱きつつも、口にできない疑問だった。
勿論ヨハンとて全てを知っているわけではないが、漠然と結論が出つつあった。
「……無理だな」
この世界から元の世界に帰還する術はない。少なくとも人間の手段では。
大魔導師と呼ばれた老人にも、それ以上の力を持ったヨハンにもそれを成すことはできなかった。
この世界に来た以上、帰る手段もあるはずなのだが、今のところその手掛かりすら全くない。未来永劫とは言わないが、ヨハン達が生きている間に戻る手段が手に入る可能性は限りなく低いだろう。
「……そっか」
「悲観してばかりでもない。もう少しエトランゼを取り巻く状況が改善すれば、その中で帰還に向けて働きかける動きも大きくなる。そうなれば……」
「その話、今はいいや」
膝を立てて、トウヤは相変わらず焚火を見つめている。
その顔に浮かんでいる表情は、諦めや絶望では決してなかった。
「……俺はさ、」
「待て」
ヨハンの声がトウヤの言葉を遮る。
それから二人は黙って耳を澄まして、遠くから聞こえてくる音に意識を傾けた。
数名の声と、戦いの音。魔物の唸り声も聞こえてくる。人間の方が数は多く、次第に魔物の声は弱々しいものになっていった。
「仲間かな?」
「方角や時間から考えて可能性は低いな」
森に逃げたタイミングで考えれば、ヨハン達がほぼ最後になるはずだし、道に迷っていたのだとしたらそれが集団で、魔物を軽く蹴散らせるほどの余力があるのもおかしい。
森で過ごした時間から考えても、十中八九オルタリア軍の捜索隊だろう。
「まだ遠いけど……。多分、見つかるよな。早く逃げないと」
焚火を手早く消して、トウヤが立ち上がる。纏めるほどの荷物もないので、出発はすぐだ。
「あんたも早くしろよ」
「……いや。俺はここまででいい」
「どういう意味だよ?」
立とうと力を込めれば包帯に赤い血が滲み、毒は身体を確実に蝕む。
最早目は霞み、一人で立って歩くことすらも困難だった。
「幸いこの小川はフィノイ河からの支流だ。辿っていけば森も抜けられる」
「……何言ってんだよ!」
トウヤの手がヨハンの肩を掴む。
そして至近距離で見て、改めて実感してしまった。
「判るだろう。怪我と毒でろくに歩けない俺を連れていたら、連中に追いつかれる。逆に俺がここで時間を稼げば、それ以上の追撃はなくなるだろう」
オルタリアが一番仕留めたいのはヨハンのはずだ。その任務が終われば、今も逃げ続けている兵達にこれ以上時間を割くとは考えにくかった。
ここで残れば、トウヤを『確実』に生還させることができる。
「作戦の失敗の原因は俺にある。責を取ると思えばまぁ、納得もできる。……何より、お前が生き残ってくれればイシュトナルのためにもなる」
トウヤはまだ若くて未熟な部分も目立つが、その真っ直ぐな生き方はなかなか真似できるものではない。例え失敗しても、自分がやるべきことを見極めてその道を走る。彼のその行いは今後、多くの人を動かす原動力となるだろう。
エレオノーラやカナタ、トウヤにあって、ヴェスターやヨハンにないものがそれだった。
そんな稀有な少年を、ここで残骸に巻き込まれて殺すわけにはいかない。
「俺のことは気にするな。一人の方が、案外生き残れるものだ」
それは嘘だ。動けない身体で武器もなく、逃げられるわけもない。
ただそれでも、ここで二人が死ぬよりはずっといい。
若者の命を繋いだとあれば、上出来な死に方だろう。
――ヨハンはそう考えていたのだが。
「ふっッッざけんなよ!」
ヨハンの身体が宙を舞った。
トウヤが無理矢理立たせ、それを地面に叩きつけるように放り投げたからだった。
地面に投げ出され、土塗れになって呆然とするヨハンを、トウヤは怒りを込めた目で見下ろしている。
「ここまで来て、ここまでやっといて何やりきったみたいなこと言ってんだよ! 全部あんたがやったんじゃないか! お姫様を助けて、御使いを倒して、イシュトナルを発展させて……。そして今度は、オルタリアとの戦って……!」
今度はヨハンの身体が持ちあがる。
隣に立ったヨハンが、そこに肩を貸して、引きずるように歩き始めた。
「殺させない。絶対に死なせるかよ。あんたは色んなもんを変えちゃったんだ、それはもう戻らない」
死ぬ運命にあったエレオノーラを救った。
御使いを倒した。
イシュトナルに街を拓いた。
魔法使いの少女を連れ戻した。
そして今、オルタリアを撃退した。
それは当然、ヨハン一人が成したことではない。むしろその中で彼が果たしたことなど、極小さな役割でしかなかった。
「……あんたとカナタはそれをやったんだ。誰もが望んでできなかったことを……。それがどれだけの人に希望を与えたか、判ってんのか?」
あの夜、トウヤはヴェスターに語った。
カナタの横に立つのは自分ではない。勿論、ヨハンのことをしっかりと認めたわけでもないが。
それでも心の何処かで、明日の見えない日々に希望を見せてくれた二人に感謝していた。
そして何よりも。
「あんた達の作る先が見たいんだ。昨日まではくそったれだったこの世界が変わってくのを」
そんなものはトウヤの勝手な期待に過ぎない。
しかし、それを判っているからこそ手を貸すことに決めた。
そう思ったとき、トウヤにとってカナタはそう言った対象ではなくなっていた。
――いけすかない大人だったヨハンもまた、トウヤの中で意味を変えた。
「……でも、俺にはもう何もない。理想も大志も、何のために戦うかさえも」
「……あんたの望みはなんだよ? 全くないってことはないだろ」
「俺の、望み……?」
無茶ばかりする少女がいた。彼女の世話を焼くのは楽しかった。叶うのならば彼女が完全に独り立ちするその時まで、危なっかしいその手助けがしたい。
理想を語る姫を美しいと思った。その想いが世界を変えるというのならば、その手伝いをしてやりたい。
失ってしまった光がある。罪滅ぼし、と言うわけではないが、彼女が許すのならばその心を受け継いで生きていきたい。
そしてその過程で、誰かが今よりも幸福になれるのならばそれに越したことはないだろう。
例えそれが痛みを伴うものであっても、進むことができる。いや、だからこそその道を選ぶ価値がある。
最強のエトランゼたる名無しの男では決してなしえなかったことが、今ならできるのかも知れない。
「……ほら、何かしらあっただろ?」
ヨハンは今、自分がどんな表情をしているかも判らない。ただそれを見たトウヤは、仕方ないという風に苦笑いを浮かべていた。
ルー・シンの言葉は認めなくてはならない。
名無しのエトランゼは人になることを恐れた。そして今もまだ怖がっている。
その理由は簡単で、人として生きる理由が見つからないのではと、心の何処かで思っていたからだった。
人に請われるままに力を振るった神の成り損ないは、人に墜ちたとき、自分の意思で何かをすることに怯えた。
――だが、言葉にしてしまえば何と言うこともない。
エレオノーラに請われ、カナタに頼られ、それだけでよかったのだ。
ずっとそのままと言うわけにもいかないが、差し当たっては、それでいい。
生きる目的を本当の意味で見つけられる者など、そうそういるものではないのだから。残骸からそんな凡人の一人に、ようやくヨハンもなれたということだ。
そして、そうなっては一つ不都合がある。
現金なことだが、ここで死ぬわけにもいかなくなったことだ。
そのことを気付かせてくれた若武者に声を掛ける。
「一度降ろしてくれ。もし生き残るなら、一応は考えがある。上手く行くかは判らんが」
「……話してみろよ」
ヨハンの身体を降ろし、トウヤもその正面に座り込む。
「先に言っておくが、俺を置いて行った方がお前が生き残る確率は圧倒的に高いし、何よりこれをやるなら死ぬ気で働いてもらうことになるぞ。今から朝まで」
「別にいいよ、そのぐらい。二人で生き残ってやろうぜ。俺もあのサムライにやられっぱなしは嫌だし、あんただってあの顔色悪い奴に仕返ししたいだろ?」
「…………」
「なんだよ、渋い顔して」
「いや、エレオノーラ様と喧嘩別れ同然に出てきたことを思いだしてな。生き残ったらそれも解決しなければならないのか、と」
「……お前さ、一回姫様とちゃんと話した方がいいって、絶対」
呆れながらそう言ったトウヤの言葉を最後に、雑談は締めくくられた。
それからヨハンは作戦をトウヤに語り、トウヤは一晩中それを果たすために駈けずり回ることになった。
その横には月もあり、その光で森の中を照らしている。
「お前、寝てばっかだな」
怪我には治療が施されており、傷口には包帯が巻かれている。ローブはヨハンの身体の上に、布団代わりに掛けられていた。
水音がすぐ傍から聞こえる。どうやらトウヤが川縁まで運んでくれたらしい。
「助かった」
「飯、食えるか?」
ぱちぱちと火花を散らす焚火の傍では、串に刺さった魚が香ばしい匂いをさせている。トウヤの横には骨になったそれが捨てられていた。
「……いや、すまん。無理そうだ」
致死性のものではないだろうが、毒はじわじわとヨハンの身体を蝕んでいた。
「そっか」
施された治療は、お世辞にも適切とは言い難い。トウヤに医療の知識はないし、包帯や薬の量も足りていない。
トウヤもなんとなくその状況を察しているのか無理には勧めず、焼き魚を自分で処分すべく口に咥える。
「ギフトで火を起こしたのか?」
「そうだけど……。なんか不味かった?」
「いや、便利な力だなと思ってな」
「まったくだよ。キャンプでバーベキューするときとかな」
トウヤが珍しく冗談を言ったので、ヨハンは苦笑してしまう。
しかしそれを言った当の本人は、食べ終えた魚を地面にぽいと投げ捨てながら、
「……もう、行くこともないだろうけどな」
そう呟いた。
「別に、行けばいいだろう。カナタでもヴェスターでも、誰でも誘って」
「はぁ? そう言うことじゃ……。いや、もうそう言うことなんだな。
この世界に来たばっかりの頃は、必死で足掻きながら、でもいつか絶対帰れるって自分に言い聞かせてた。だから強く生きていようって、帰って友達とか親にこの世界であったことを土産話にしてやろうってさ」
焚火に横顔を照らされながら、トウヤはヨハンの顔を見ずに言った。
心細かっただろう、不安で眠れない夜もあっただろう。
トウヤの心が弱いわけではない、エトランゼは大抵がそうなる。その中で、自分なりの理由を見つけてこの世界で生きるか、嘆いたまま死ぬことになる。
「俺達、帰れるのか?」
それは誰もが抱きつつも、口にできない疑問だった。
勿論ヨハンとて全てを知っているわけではないが、漠然と結論が出つつあった。
「……無理だな」
この世界から元の世界に帰還する術はない。少なくとも人間の手段では。
大魔導師と呼ばれた老人にも、それ以上の力を持ったヨハンにもそれを成すことはできなかった。
この世界に来た以上、帰る手段もあるはずなのだが、今のところその手掛かりすら全くない。未来永劫とは言わないが、ヨハン達が生きている間に戻る手段が手に入る可能性は限りなく低いだろう。
「……そっか」
「悲観してばかりでもない。もう少しエトランゼを取り巻く状況が改善すれば、その中で帰還に向けて働きかける動きも大きくなる。そうなれば……」
「その話、今はいいや」
膝を立てて、トウヤは相変わらず焚火を見つめている。
その顔に浮かんでいる表情は、諦めや絶望では決してなかった。
「……俺はさ、」
「待て」
ヨハンの声がトウヤの言葉を遮る。
それから二人は黙って耳を澄まして、遠くから聞こえてくる音に意識を傾けた。
数名の声と、戦いの音。魔物の唸り声も聞こえてくる。人間の方が数は多く、次第に魔物の声は弱々しいものになっていった。
「仲間かな?」
「方角や時間から考えて可能性は低いな」
森に逃げたタイミングで考えれば、ヨハン達がほぼ最後になるはずだし、道に迷っていたのだとしたらそれが集団で、魔物を軽く蹴散らせるほどの余力があるのもおかしい。
森で過ごした時間から考えても、十中八九オルタリア軍の捜索隊だろう。
「まだ遠いけど……。多分、見つかるよな。早く逃げないと」
焚火を手早く消して、トウヤが立ち上がる。纏めるほどの荷物もないので、出発はすぐだ。
「あんたも早くしろよ」
「……いや。俺はここまででいい」
「どういう意味だよ?」
立とうと力を込めれば包帯に赤い血が滲み、毒は身体を確実に蝕む。
最早目は霞み、一人で立って歩くことすらも困難だった。
「幸いこの小川はフィノイ河からの支流だ。辿っていけば森も抜けられる」
「……何言ってんだよ!」
トウヤの手がヨハンの肩を掴む。
そして至近距離で見て、改めて実感してしまった。
「判るだろう。怪我と毒でろくに歩けない俺を連れていたら、連中に追いつかれる。逆に俺がここで時間を稼げば、それ以上の追撃はなくなるだろう」
オルタリアが一番仕留めたいのはヨハンのはずだ。その任務が終われば、今も逃げ続けている兵達にこれ以上時間を割くとは考えにくかった。
ここで残れば、トウヤを『確実』に生還させることができる。
「作戦の失敗の原因は俺にある。責を取ると思えばまぁ、納得もできる。……何より、お前が生き残ってくれればイシュトナルのためにもなる」
トウヤはまだ若くて未熟な部分も目立つが、その真っ直ぐな生き方はなかなか真似できるものではない。例え失敗しても、自分がやるべきことを見極めてその道を走る。彼のその行いは今後、多くの人を動かす原動力となるだろう。
エレオノーラやカナタ、トウヤにあって、ヴェスターやヨハンにないものがそれだった。
そんな稀有な少年を、ここで残骸に巻き込まれて殺すわけにはいかない。
「俺のことは気にするな。一人の方が、案外生き残れるものだ」
それは嘘だ。動けない身体で武器もなく、逃げられるわけもない。
ただそれでも、ここで二人が死ぬよりはずっといい。
若者の命を繋いだとあれば、上出来な死に方だろう。
――ヨハンはそう考えていたのだが。
「ふっッッざけんなよ!」
ヨハンの身体が宙を舞った。
トウヤが無理矢理立たせ、それを地面に叩きつけるように放り投げたからだった。
地面に投げ出され、土塗れになって呆然とするヨハンを、トウヤは怒りを込めた目で見下ろしている。
「ここまで来て、ここまでやっといて何やりきったみたいなこと言ってんだよ! 全部あんたがやったんじゃないか! お姫様を助けて、御使いを倒して、イシュトナルを発展させて……。そして今度は、オルタリアとの戦って……!」
今度はヨハンの身体が持ちあがる。
隣に立ったヨハンが、そこに肩を貸して、引きずるように歩き始めた。
「殺させない。絶対に死なせるかよ。あんたは色んなもんを変えちゃったんだ、それはもう戻らない」
死ぬ運命にあったエレオノーラを救った。
御使いを倒した。
イシュトナルに街を拓いた。
魔法使いの少女を連れ戻した。
そして今、オルタリアを撃退した。
それは当然、ヨハン一人が成したことではない。むしろその中で彼が果たしたことなど、極小さな役割でしかなかった。
「……あんたとカナタはそれをやったんだ。誰もが望んでできなかったことを……。それがどれだけの人に希望を与えたか、判ってんのか?」
あの夜、トウヤはヴェスターに語った。
カナタの横に立つのは自分ではない。勿論、ヨハンのことをしっかりと認めたわけでもないが。
それでも心の何処かで、明日の見えない日々に希望を見せてくれた二人に感謝していた。
そして何よりも。
「あんた達の作る先が見たいんだ。昨日まではくそったれだったこの世界が変わってくのを」
そんなものはトウヤの勝手な期待に過ぎない。
しかし、それを判っているからこそ手を貸すことに決めた。
そう思ったとき、トウヤにとってカナタはそう言った対象ではなくなっていた。
――いけすかない大人だったヨハンもまた、トウヤの中で意味を変えた。
「……でも、俺にはもう何もない。理想も大志も、何のために戦うかさえも」
「……あんたの望みはなんだよ? 全くないってことはないだろ」
「俺の、望み……?」
無茶ばかりする少女がいた。彼女の世話を焼くのは楽しかった。叶うのならば彼女が完全に独り立ちするその時まで、危なっかしいその手助けがしたい。
理想を語る姫を美しいと思った。その想いが世界を変えるというのならば、その手伝いをしてやりたい。
失ってしまった光がある。罪滅ぼし、と言うわけではないが、彼女が許すのならばその心を受け継いで生きていきたい。
そしてその過程で、誰かが今よりも幸福になれるのならばそれに越したことはないだろう。
例えそれが痛みを伴うものであっても、進むことができる。いや、だからこそその道を選ぶ価値がある。
最強のエトランゼたる名無しの男では決してなしえなかったことが、今ならできるのかも知れない。
「……ほら、何かしらあっただろ?」
ヨハンは今、自分がどんな表情をしているかも判らない。ただそれを見たトウヤは、仕方ないという風に苦笑いを浮かべていた。
ルー・シンの言葉は認めなくてはならない。
名無しのエトランゼは人になることを恐れた。そして今もまだ怖がっている。
その理由は簡単で、人として生きる理由が見つからないのではと、心の何処かで思っていたからだった。
人に請われるままに力を振るった神の成り損ないは、人に墜ちたとき、自分の意思で何かをすることに怯えた。
――だが、言葉にしてしまえば何と言うこともない。
エレオノーラに請われ、カナタに頼られ、それだけでよかったのだ。
ずっとそのままと言うわけにもいかないが、差し当たっては、それでいい。
生きる目的を本当の意味で見つけられる者など、そうそういるものではないのだから。残骸からそんな凡人の一人に、ようやくヨハンもなれたということだ。
そして、そうなっては一つ不都合がある。
現金なことだが、ここで死ぬわけにもいかなくなったことだ。
そのことを気付かせてくれた若武者に声を掛ける。
「一度降ろしてくれ。もし生き残るなら、一応は考えがある。上手く行くかは判らんが」
「……話してみろよ」
ヨハンの身体を降ろし、トウヤもその正面に座り込む。
「先に言っておくが、俺を置いて行った方がお前が生き残る確率は圧倒的に高いし、何よりこれをやるなら死ぬ気で働いてもらうことになるぞ。今から朝まで」
「別にいいよ、そのぐらい。二人で生き残ってやろうぜ。俺もあのサムライにやられっぱなしは嫌だし、あんただってあの顔色悪い奴に仕返ししたいだろ?」
「…………」
「なんだよ、渋い顔して」
「いや、エレオノーラ様と喧嘩別れ同然に出てきたことを思いだしてな。生き残ったらそれも解決しなければならないのか、と」
「……お前さ、一回姫様とちゃんと話した方がいいって、絶対」
呆れながらそう言ったトウヤの言葉を最後に、雑談は締めくくられた。
それからヨハンは作戦をトウヤに語り、トウヤは一晩中それを果たすために駈けずり回ることになった。
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