彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第四章 空と大地の交差

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 眼前に現れたのは巨大な一隻の船。

 マーキス・フォルネウス、偉大なる海賊の船は、今や御使いの箱舟として姿を変え海の上を漂っていた。

 それはきっと頭を垂れて迎えるべき神々しき物なのだろう。

 この世界に生きる人が一生を掛けても決して見ることのできない光輝であり、羨望の的であるのだろう。

 だが、たった一人の乗組員を乗せて漂うその船はまるで幽霊船だ。


「アタシは海賊は嫌いだ」


 生まれ育った町を苦しめて母なる海で略奪を働くなど、冒涜もいいところだ。そんな連中に掛けてやる情けなど一片もない。

 そんなクラウディアにも許せないことがある。海で散った者の、その尊厳を踏み躙ることだ。それは例え神様でも、許されることではない。


「来た、本命だ!」

「船長!」


 浮足立った船員の声が聞こえる。

 それも無理はない。クラウディア自身今目の前で広がろうとしている光景が、嘘のようにしか思えなかったからだ。

 船の周囲に光の輪が広がっていく。

 それは次第に大きさを増し、幾何学模様を纏って肥大化する。


「避けっ……!」

「下がっていろ」


 後ろから飛び出してきたヨハンが、片手を前に突きだす。

 ローブの袖の部分が回路のように光り輝き、目の前に船全体を包むような光の壁を作り出す。

 それと敵の船、マーキス・フォルネウスから無数の光線が放たれたのはほぼ同時のことだった。

 横に並んだ六つの船。そこに正面から着弾し、容赦なく船体を削り取る、神の裁きにも似た光の剣。

 呆然としている暇はない。幸いにして、まだ轟沈した船は一隻もない。


「ラニーニャ!」「アーデルハイト!」


 カナタとクラウディアが互いの相棒の無事を心配して同時に声を上げた。

 片や空、片や水上から、こちらに向けて小さく手を振る影がある。あの砲撃を全て避けきり、そしてまだ戦いを続けようとしていた。

 尚更退けない。もうここまで来て、神様に喧嘩を売ると決めたのはクラウディア自身だ。


「そんなこけおどしを見せられても!」


 初めて海に出たときの方が何倍も怖かった。

 武装商船団を組織して、海賊とやりあった時の恐怖と興奮に決して勝るものではない。


「よっちゃん! あれ、もう一回弾ける!?」

「任せろ」

「よし! トルエノ・エスパーダ全速前進! 衝角突撃用意!」


 燃料を燃やせ、魂を燃やせ。

 敵は目の前、だとすればやることはただ一つ。

 一気に突っ込んで勝利を掻っ攫う、それだけだ。

 数多の海賊達が、自分達を獲物と見定めて舌なめずりをしていた馬鹿共が迎えてきた数多の末路を、神の使いにも見せてやれ。


「他の船は援護に回れ! 決着はアタシの船でつける!」

「アイ・マム!」


 威勢のいい返事。彼等に何度勇気付けられてきたことか。

 だが、事は全てこちらの思う通りには進まない。

 再び幾何学模様の光が広がり、無数の光線が蒼穹を薙いだ。

 ヨハンの結界によって大事は防いだものの、その一撃で二隻の船が大破し、航行不能にまで陥った。

 敵の猛攻はそれだけではない。

 無数に、それこそ無限にいるのではないかと錯覚するほどに海を埋め尽くす魚達は水面を蹴るようにして飛び上がり、白兵戦を仕掛けてくる。


「敵の数が多い……!」

 何度砲火が敵を薙ぎ払おうと、それでもまだ食らいつかんとする魚の群れ。

 あれは生き物ではない。だから例え仲間がどれだけやられようと恐怖も怒りもない。

 打算すらなく、生き残る意志すらもなく、命令のままに戦うだけの生き物。

 今まで見たこともないそれに、クラウディアは無意識のうちに小さな恐怖を覚えていた。

 そしてその奥に、マーキス・フォルネウスの甲板の上に、その姿は現れた。

 白い、何処までも白い衣を纏った美しき青年だが、そこに男としての魅力は感じない。パッとしないが、ヨハンの方が幾らかマシとさえクラウディアには思えた。

 あれにはまるで人間味がない。その表情からも窺い知れるように、こちらを単なるものとしか捉えていない。


「……御使い……!」


 横でカナタが息を呑むのが聞こえてくる。

 その身体は緊張でがちがちだ。唇を噛みしめて、またどうせ自分が何としてでもあれを倒さなければならいとでも思っているのだろう。


「アンタはさ。一人であれに勝てるの?」

「……判んないよ、そんなの」


 肩に手を置いて、微笑みかける。

 いけすかない少女だが、今は同じ船に乗って、同じ敵を討とうとする仲間だ。

 小さな蟠りは後にでも解決すればいい。今はただ。


「じゃあ、みんなで戦うんだ。判るよね?」

「……うん」


 呆けた顔でカナタは頷く。まさかクラウディアからそんな励ましを受けるとは思ってもみなかったようだ。


「来る!」


 その手から放たれた光が一直線にトルエノ・エスパーダへと向かう。

 カナタは船の最先端に立ち、セレスティアルの壁を広げてそれを相殺した。

 御使いは表情一つ変えることなく、次を放とうと構える。

 そこに上空から襲い掛かる影があった。

 紫電を纏った短槍のような杖が、御使いへと放たれる。

 しかし、彼はそれに一瞥もくれることはない。その槍そのものも、そこから放たれる雷も、セレスティアルの盾を貫くほどの威力はない。


「集え雷光……!」


 空気が爆ぜる。

 幾つもの魔方陣がアーデルハイトの周囲に広がり、そこから発生した雷が空気中でばちばちと火花を散らす。

 箒の上でバランスを取りながら、御使いの周囲を旋回し、あちこちに魔方陣を生み出していく。

 その掲げた右手を、真っ直ぐに御使いへと向ける。


「『ライトニングブラスト』」


 十を超える数の雷がそれぞれの魔方陣から、マーキス・フォルネウス全体を包み込むように放たれた。

 蒼雷は船の上から海上へと伝わり、あちこちで爆ぜ、怪魚達へと容赦なく降り注ぐ。

 それを受けてはただでは済まない。もしまかり間違ってこちら側に放たれたら、一瞬にして船団が壊滅しかねないほどの威力を持って、アーデルハイトは天才魔法使いとしての実力の片鱗をまざまざとその戦場に見せつけた。


「人間如きが」

 だが、それでも。

 御使いには遠い。


「その程度、児戯にも等しいぞ! 俺達が与えたやった大恩も忘れ牙を剥くなど、愚かしいにもほどがある」


 閃光が無数に広がる。

 アーデルハイトへの意趣返しのように、全方位に展開された光の膜から放たれた光線は、海上を走り容赦なくクラウディアの船団を傷つけ、次々と航行不能へと陥らせていった。


「嘘……!」


 これが御使いの力。

 世界を創造した父神エイス・イーリーネ。

 その僕であり、人の世を管理し裁きを下す者。人の理を外れた圧倒的な力だ。


「はははははっ!」


 高らかな笑い声が響く。

 奴が笑っている。御使いが、人間達の足掻きを、遥かに高みから見下すように嘲笑っているのだ。


「なにを勘違いしてこの俺に挑んできたのかは知らないが、お前達は相当な阿呆共だ。自らを省みず、なおも罪を犯そうとする愚か者達に掛ける慈悲などはない」


 世界が裂けるような音がする。

 光が空中に染みだすように溢れ、粒子が集まって何かを形作る。


「なにあれ!」

「……鳥だ」


 ヨハンが呟いた通り今度は白い身体に、所々翠色の線が入った身体を持つ、陶磁器でできた鳥のような物体が、その翼を羽ばたかせて一斉に船に向かって襲い掛かってくる。

 それは当然空を飛ぶアーデルハイトにも同様で、特に念入りに彼女を落とさんと一度に五匹以上が群がっている。


「せ、船長……! もう動ける船が!」

「怯むな!」


 再度、光が装填される。

 次なる破壊によって今度こそ全てを薙ぎ払わんと、御使いは言外に告げた。

 ヨハンの方を一度見る。

 彼の表情は変わっていない。相変わらずの仏頂面だが、焦った様子もなくこれでいいと判断していた。

 クラウディアはそれを見て一度大きく頷いてから、足元を強く踏み鳴らす。まるで自分の身体をそこに縫い付けるが如く。


「全速前進」

「ぜ、全速……前進?」

「聞き返してる暇があったら急げ! ……このまま突っ込む。いいんだよね、よっちゃん?」

「ああ、それでいい。頼む」


 更に加速する。

 目の前に広がる光が増していく。

 次にあれが放たれれば命はない。きっとトルエノ・エスパーダも残りの船も、全ては海の藻屑と消えていくだろう。

 だからその前に、一気に突っ込んで叩く。

 トルエノ・エスパーダは積み込まれたエンジンの出力を全開にして、推進器が鳴動する。

 船の背面下部に取り付けられたそれは突貫工事によるものだが、その性能は相当なものだ。エンジンを全開にすれば、相当な推力を生み出すことができる。

 加えて今は追い風。そこから発揮される速度は御使いの予想を遥かに超えて早い。

 波を打ち砕き、海を掻き分けてトルエノ・エスパーダは進んでいく。

 目の前に立ち塞がる海賊船へと向けて。

 指令を出しながらも、クラウディアの手が休まることはない。

 その手に持ったオールフィッシュは絶え間なく火線を放ち、迫りくる鳥を撃ち落とし続けている。

 その隣でヨハンがようやく重い腰を上げた。

 二つ折りになった銃身が広がり、一本の長い銃身へと変貌する。それに見覚えがあるのは、この中ではカナタだけだったが。

 機関部で電流が走り、装填された弾丸へとエネルギーが注がれる。

 魔力による電磁加速を利用した、リニアライフルとでも呼ぶべきその武器は、取り回しの悪さと装填の面倒さなど数多くの問題を抱えているが、威力だけならば一級品と自負できる。


「早い、これなら――!」

「敵の数が多いよ!」


 カナタの悲鳴のような声が聞こえてくる。

 目の前に広がる、陶磁のような白い羽の数々。

 御使いによって生み出された命無き鳥達は、その広げた翼に光を集い、光線のようにして一斉に放つ。

 それはマーキス・フォルネウスから放たれる光ほどの威力はなかったが、容赦なくトルエノ・エスパーダの船体を削り、その航行能力を落としてくる。


「後一歩……!」


 届かないのか。

 マーキス・フォルネウスの砲撃までもう時間がない。

 やはり人が神に挑むなど、無謀なことだったのかと、クラウディアは一瞬弱気に囚われる。

 だが、それもほんの一時。


「そのまま突っ込めぇ!」


 雄叫びにも似た決死の叫びと共に側面からの一斉射撃が鳥達を撃ち抜き、その態勢を崩させた。

 ――それは、真に神をも畏れぬ者達の決死の一撃だった。
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