エリスの絵日記

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第一章 アルベルトの死

1-5 「倉庫か何かという可能性は?」

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第三親衛隊は巷では評判がよくなかった。魔王と同類の残虐な隊長に率いられている部隊が、民衆から慕われるはずはなかった。まして、その手下達が元犯罪者ばかりとなれば、たたかれる陰口に遠慮はない。

第三親衛隊という名で呼ぶ民はなく、もっぱらキ印部隊で通っていた。警備隊長が上げた悲鳴の「サンキチ」は、そのバリエーションの一つだった。キ印の第三親衛隊、だからサンキチ。

エリスについては、本来の特殊な才能である記憶力については知られておらず、むしろ意図的に作り上げられた魔女としての噂ばかりが先行した。が、中には第三親衛隊でも希有な、信じがたい特殊能力で恐れられる者もいた。その筆頭がエリスの妹分、マリーだった。

第三親衛隊に所属するまで、エリスとマリーは共に旅をし、荒事を請け負って生業としていた。エリスが潜入や暗殺などをこなし、マリーは追っ手を迎え撃つ射手の担当だった。追いつかれはしないが射線の通る位置で待ち構え、追いかけてくる相手に矢をあびせる。相手が撃ち返してくればしめたもの、一人で十人を足止めできた。

マリーは何かに守られていた。飛来する矢は、なぜかマリーに命中しない。運がいいだけにしては度を過ぎている。エリスたちが活躍するようになると、マリーはシルフの名で恐れられるようになった。きっと風の精でも従えているのだ、と。

マリーの赤毛は目を引きやすかったため、戦いに際しては頭巾をかぶることが多かった。頭巾の色はたいてい黒なのだが、親しい者たちからは赤ずきんとあだ名された。

残念ながらマリー自身は弓の名手ではないため、撃ち負けはしないが、撃ち勝てるわけでもない。それでも、退路を確保するための主力として常に突入部隊に同行する。

もう一人、防御戦に欠かせない戦士がいた。やはりエリスの古い仲間で、エリスの兄貴分に当たるルキウスだ。一目でロムリア人とわかるくせっ毛をもつ、やや長身の青年。剣の達人には見えないが、しかし、ある意味では達人だった。

数名の騎士を相手取ってすら、かすり傷一つ負わなかったことがある。傭兵時代が長く、隊員では最も経験豊かなベテラン兵といえる。しかし彼も実はそれほど剣術が巧みではない。身を守ることに特化されていて、相手を切り伏せられるかというと、それはまた別な問題だった。

それでも退路を確保するまでの時間を稼ぐ役目としては、この上ない人材である。隊員の誰からも一目置かれる勇者として、最前線を受け持つのが常だった。

エリスの馬車には、当然のようにこの二人も相乗りしていた。現地に着く前に、大まかな打ち合わせをしておいた。多くの隊員たちが顔をつきあわせ、急ごしらえの地図をのぞきんでいる。

町の周囲は柵で仕切られているが、完全に密閉されているわけでもない。馬車が抜け出すルートはいくらでも空いている。城の側に一台、もう一台を町外れに置き、城から脱出したエリスたちの半数を、一度乗り換えさせて領地を脱出する手はずとなった。

しかし、あくまでも基礎となるべき簡易の計画であり、このまま実行に移すつもりではなかった。まだ、伯爵の城にどう忍び込むか、そもそもどこが伯爵の部屋なのかがわからなかったからだ。

二頭引きの馬車を少し急がせたおかげか、日没前にはエルティールに到着することができた。町の入り口は木製の門に仕切られ、周辺は特に頑丈な柵で囲われていた。町の中心地に続く要所くらいは、がっちりと守っておかねばならない。

衛兵に呼び止められ、形式的な手続きを済ませる。馬車の中を見せると、多数の木片やチョーク、衣類などが詰め込まれている。これだけあれば、「行商の帰りです」と言って怪しまれることもない。すべて、職務上の備品なのだが。

最悪の場合でも、エリスには正式にブランデルン商家の主人という肩書きもある。逮捕されて身元調査を受けたとしても、それ以上に事態が悪くなることはなかった。

町に入ったエリスたちはまず手近なところで宿を取った。今回は戦闘を予期しているため、人数が多い。できれば宿を分散したかったが、それほど多くの宿がここにはない。長く滞在しては目立つだろう。

すでに入り込んでいる密偵たちと接触を取り、状況を確認する。あまり多くの変化はない。軍部はランカプールやエルハルスと行き来しているが、だからどうというほどのこともない。

しかし、伯爵の部屋は特定できているということだった。遠くから館を見張っていた程度だが、夜になっても全く明かりの灯らない部屋がある。二階にある部屋は、そこだけが真っ暗だという。

「倉庫か何かという可能性は?」

エリスが尋ねると、密偵は首を振った。

「倉庫に暖炉は設けますまい。その部屋からは煙突が伸びております。また、窓にはガラスがはめ込まれている様子なれば」

確かに、そこが伯爵の部屋という可能性は高い。

「警備の状況は? 警戒を強めている様子は?」
「ございませんな。努めて平静を装っているようにも感じられます」
「今、実権を握っているのが誰だかわかったか?」
「申し訳ありません。城からは離れて監視しておりました故」
「いや、それでいい」

エリスは迷った。侵入が可能であり、捜索するべき部屋も特定できているのなら、今夜にも入り込んでしまってかまわないのではないか。もう一日くらい情報を集めてからと考えていたが、集めるべき情報はすでに集まった。

「今夜にでも潜入するとなった場合、おまえたちはすぐに動けるか?」
「警備の手配状況は把握してございます」

今夜決行することにした。

隊員の中でも、この手の仰々しい話し方をするのは、アルベルト直属を務めていた男たちだ。諜報部員としての信頼性は、やはり新しい隊員とは比較にならない。

一つ不満があるとすれば、エリスはこの手のしゃべり方が好きではなかった。とはいえそれが本来の口の利き方であり、ほかの隊員や、王に対するエリスが非常識すぎることくらいはわかっている。だから、注意はしない。でも、本当はやめてほしい。

隊員たちに今夜の予定を説明し、深夜を待った。
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