『彼女の秘密と、ふたりの幼馴染』

なべぞう

文字の大きさ
1 / 2

相良翔子は今日も楽しい

しおりを挟む
相良翔子には――誰にも言えない秘密がある。

 それは、
 「三度の飯よりボーイズラブ」が好きで仕方ないということだ。

 もちろん、家族は知っている。
 姉が軽い気持ちで渡してきた漫画を読んだ日から始まり、気付けばリビングに積まれる“砂糖とスパイス入りの友情作品”は、家族全員が見て見ぬふりをしてくれるようになった。

 だが学校では違う。
 高校二年生。青春真っ只中。恋だ、部活だ、進路だと騒ぐ同級生たちの中で、ひとりだけ“正反対の方向に全力疾走している”自覚はある。

(絶対にバレてはいけない……!!)

 そうして今日も、翔子は瓶底メガネをクイッと押し上げながら、ひとり静かに思いを胸にしまい込んでいた。

 ……はずだった。
「なぁ、しょうこー。今年の文化祭の委員決め、お前どうすんの?」

 昼休み。翔子が弁当をつついていると、金髪が窓から光を反射してまぶしい男が近づいてきた。

 進藤翔。翔子の幼馴染。
 小学校の頃からずっと一緒にいた、長い付き合いの男の子だ。

 翔は女子の憧れだが、翔子にとっては“ただの幼馴染”……だった。

「私は裏方でいいよ。目立つのは性に合わないから」
「そっか。俺はクラスのやつらに実行委員やれって言われてさ。……まぁいいけど」

 翔は頭をかきながら苦笑した。

 翔子の胸が一瞬だけざわつく。

(……翔、またモテてるのかな。まぁ見た目が王子様だから仕方ないけど)

 だが翔子が気にするのは、翔が誰に好かれているか、ではなく。

(翔が誰と“友情イベント”を発生させてるのかが気になる……)

 頭の中のセンサーは、今日も明後日の方向を向いている。

「しょうこ?」

「あ、ごめん聞いてなかった」

「……お前、昨日も同じこと言ってたよな?」

 翔はじっと見つめてきた。

 その瞳には、
 十年以上押し殺してきた恋心がじわりと滲んでいる。

 だが翔子は、その視線の意味に一切気付かない。

 理由は単純。
 恋愛方向のセンサーが、完全に壊れているからである。
「……お前ら、廊下で立ち止まるな。人の流れが止まる」

 静かな声が背後から降ってきた。
 振り返ると、長宗我部悠太が立っていた。

 三白眼で無表情気味、182センチの筋肉質。
 中学までは野球の名ピッチャーで、高校の強豪チームでも注目株だった。

 しかし――
 今は怪我で引退し、野球部にはいない。

「悠太。おはよ」
「ああ」

 翔子の声に、悠太はほんの少しだけ目を細める。
 人にはほぼ見えないレベルの優しい変化。

「二人で昼飯?」
「ん? ああ。こいつが文化祭の委員を押し付けられた話してた」
「……似合うじゃないか。王子様の役目だろ」

「お前も言うなよ! そんな呼び方、恥ずかしいんだって!」

 翔が顔を赤くして反論する。
 翔子は、そんな二人を見てほわっと笑った。

 その笑顔に、翔の胸はどくん、と跳ねた。
 悠太の胸も、ほんの少し締め付けられた。

(……気づいてほしいのに、全然わかってくれないのが……苦しいんだよ)

 悠太はそう思いながらも、口には出さなかった。
放課後。三人で駅に向かって歩いていたときだった。

「ねぇ翔。今日、家で晩ご飯食べてく?」

「あ? いや急にどうしたの?」

「うちのお母さんがね。翔に“ぜひ来てほしいことがある”って」

 その一言で、翔の顔が一瞬で赤くなった。

「な、なんだよいきなり……? べ、別に行くのは嫌じゃねえけど……」

 翔はドキドキしながら視線をそらす。

(しょうこの母さんってことは……もしかして……家族に挨拶……!?
 結婚とかは早いけど……いやでも……いやいやいや……)

 翔が勝手に暴走している横で、悠太が冷静に問う。

「相良さんが俺じゃなくて翔を呼んだ理由は?」
「えっとね……。お母さんが“翔くんと悠太くんの関係性について詳しく知りたい”って」

 ピシィン、と空気が凍った。

「……違う。絶対違う」
「……なあ翔子。お前の母さん、何を見たんだ?」

「昨日、二人が公園で話しているところを見かけたらしくて」

「普通に話してただけだよ!」

「……あぁ、あれはただの雑談だ」

 翔と悠太は揃って否定した。

 だが翔子の脳内では――
 **「夕暮れ、公園、幼馴染男子二人、真剣に語り合う」**というキーワードがそろった瞬間、鮮やかな脳内イベント動画が生成されていた。

(えっ……なにそれ……青春の香りする……
 友情の中にある微妙な感情……ああ尊……)

 翔子は両頬を押さえて震えた。

「翔! 悠太! すごく仲いいんだね……!」

「いや違うって!!」
その日の帰り道。
 翔と悠太は、珍しく二人きりで歩いていた。

「……なぁ悠太」

「ああ」

「俺さ……今日こそ告白するつもりだったんだ」

「……知ってた」

「知ってたのかよ!?」

「十年以上一緒にいればさすがにわかる」

「……だよなぁ」

 翔はうつむいた。

「けど……もし俺が振られて。
 で、お前が告白したら……しょうこは、お前を選ぶのかもしれないって……」

「翔」

「わかってんだよ。お前も……しょうこのこと、好きなんだろ」

 悠太はほんの少しだけ顔をゆがめた。

「……否定はしない」

「やっぱりな」

 二人はしばらく黙った。

 夕暮れが、じわりと街を赤く染めていく。

 そして――
 二人は同時に決意した。

「俺、明日もう一回言う。今度こそ」

「……なら俺も。ちゃんと伝える」

「……正々堂々、だな」

「ああ」

 拳を軽くぶつけ合う。

 その瞬間。
 遠くから翔子がこちらを見て、目を輝かせていた。

(なっ……見られてた!?)

(完全に一番誤解される角度で見てただろ……!!)

 二人の心は、同時に崩れ落ちた。

翌日の放課後。

 翔は一生分の勇気を振り絞り、翔子を呼び出した。

「しょうこ……ちょっと、話がある!」

「え? うん、いいけど……」

 翔子が立ち止まると、翔は深呼吸した。
 手が震える。声もうまく出ない。

 でも――言わなきゃ。

「俺……ずっと……お前のことが……」

 その瞬間。

「ちょっと待て、翔」

 後ろから悠太が歩いてきた。

「俺も……話がある」

「えっ……えっ……?」

 翔子は目をぱちぱちさせた。

 翔は歯を食いしばる。

「……悠太。しょうこは今、俺が」

「わかってる。でも……どうしても譲れない」

 二人の視線がぶつかる。

 翔子は、完全に理解不能という顔をしていた。

(ま、まさか……二人とも……私に……相談したいBLテーマが……!?)

(ちげぇぇぇぇぇ!!!!!)

 二人の心の叫びなど届かない。

 そして――
 順番を譲らないまま、二人は同時に言った。

「好きだ!!」

「……え?」

 翔子の目が大きく見開かれた。

 放課後の教室。
夕陽が差し込み、机の影が長く伸びる中――

翔子は、翔と悠太に向き合っていた。

翔は手を握りしめ、俯きながら震える声で言った。

「しょうこ……ずっと……お前が好きだった。
 小学校の頃から……ずっと……」

悠太も、真っ直ぐな瞳で続ける。

「俺もだ。
 お前が笑うたびに、何度も……惹かれていった。
 だから……答えてほしい」

翔子は、二人の視線を受け止めたまま――
胸の前で両手をぎゅっと握りしめた。

そして、深呼吸ひとつ。

「……ごめん。」

その声ははっきりしていた。

「私は……今は誰とも付き合えない。
 ……理由があるの」

二人は息を呑んだ。
翔は震えながら、かすれ声で質問する。

「理由って……俺たち、何かしたか?」

「違うの。二人のことが嫌なんじゃない。
 その……私は……」

翔子は一度目を閉じ、覚悟を決めて言い放った。

「――好きな人が、いるから。」

教室に静寂が落ちる。

翔と悠太は互いに視線を交わし、
どちらともない声で言った。

「……誰だよ……」

翔子の目がキラリと輝いた。

次の瞬間――

教室に元気いっぱいの声が響いた。

「キラ様しか勝たんッ!!!!!!!!!!」

翔と悠太
「「……は?」」

「だからね!」
翔子は胸を張って言い切った。

「幼稚園のころ、お姉ちゃんのやってたゲームの敵キャラ、
 “キラ様”っていう最強に美しくて残酷な人がいてね!?
 私は……恋愛するなんて……彼しか……考えられない……!!」

それは……
二次元の……
昔のゲームの……
敵キャラ……

翔の額から汗がつぅっと流れる。
悠太のこめかみがピクピク動く。

翔子は息継ぎすらせず、続ける。

「リアル男子のスペックなんて、もう比較にならないの!
 今は、彼への忠誠心が最優先なの!!
 だから恋愛とか……私にはまだ無理っ!!」

そして――

「じゃっ!!」

バァンッ!

勢いよく教室の扉を開け、
翔子はそのまま走り去っていった。

「「……………………」」

教室には、

風の音、机のきしむ音、二人の心が崩れる音

だけが残る。

翔は口を開いた。

「……二次元……? ゲームの……敵キャラ……?」

悠太は肩を落としたまま、呟く。

「……キラ……様……?」

二人の視線が合った。

そして同時に――
膝から崩れ落ちた。

「「俺たち……負けたの……二次元に……?」」

放心状態で床に座り込む二人。

だが。

数十秒の沈黙のあと、
翔がゆっくりと拳を握りしめた。

「……でも……諦めねぇ。
 たとえ相手がゲームキャラだろうと……
 絶対、いつか……しょうこに振り向いてもらう……!!」

悠太も、無言で立ち上がる。
その瞳には、燃えるような決意が宿っていた。

「……ああ。
 しょうこが恋を知るその日まで、俺は……
 隣で笑ってるつもりだ」

「キラ様に負けっぱなしなんて……男がすたるだろ!」

二人は夕焼けに照らされながら、
静かに拳をぶつけ合った。

――いつか必ず、翔子を好きにさせる。
 この胸に灯った本気の恋を、絶対に貫く。

その決意だけが、
しんと静まり返った教室に残った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

年下彼氏=ヤンデレ彼氏!?

紅葉
恋愛
付き合い始めた彼氏。 年下でとっても可愛い自慢の彼氏! だけど本当はヤンデレ彼氏!?

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

処理中です...