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帝国への亡命

第39話 ジョブと職業

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 あれから、元貴族の男はギルドとの話し合いにより帰った。しかし、ロイには不安感が残る。それまで栄華を堪能していた貴族が没落し、唯一生き残った姪を育てるのに普通に働く……本来なら憎悪を抱いてもおかしくない筈なのだが、それを向けるべき対象をみすみす見逃すだろうか?

 ロイの心にはあの男の引き際の良さに、妙な胸騒ぎを感じてしまったのだった。




 1時間後、ロイ一行は受注したクエストを達成する為に村から少し離れた森に行き、その中にある小屋の前にいた。

「ロイさん、"レッドスネーク3体の討伐"でしたよね?こんな小屋にいるんですか?」

「……」

「ロイさん?」

 ユキノは黙り込むロイの顔を覗き込んだ。一瞬、怒られてる子供のように俯いて見えるが、旅の始まりから一緒にいたユキノは、ロイが考え事をしてる表情だとすぐにわかった。

「何か……あるんですね?」

「ああ、レッドスネークは洞窟に棲息するDランクの魔物だ。俺はてっきり、小屋の横にその洞窟があるもんだとばかり思っていた」

 ソフィア、サリナは何かを察したのか槍を構えて戦闘態勢に入った。そしてソフィアが疑問を口にする。

「誘い出されたとして、あなたが言ってた元貴族は受注する時には帰ってたのでしょう?こんなことできるかしら?」

「え?……ど、どういう事ですか!?」

「俺達は……罠に嵌められたってこと───だっ!」

 ロイが言い終わる前に矢が飛んできた。それを聖剣で叩き落としたあと、ユキノとパルコを守るように陣形を展開する。

 サリナはロイに尋ねた。

「アンタが狙われてる気がするんだけど、だとしたら黒騎士の線は無いよね?」

「そうだな。最初に飛んできた矢は全部俺に向けて放たれてた……ってことは依頼主もこの森のどこかで見てるだろうよ」

 こういう手合は実際に俺の死体とそれに至る過程まで見て、ようやく満足するはずだ。

 ロイは全員に向けて言った。

「みんな、手伝って欲しい。甘いことを言うようだけど、誰1人死者を出さずに無力化したい」

 その言葉に全員"何を今さら"と言わんばかりの反応をする。

「矢の軌道は山なりではなく直線的だった。だからマナブ"ストーンウォール"をランダム配置してくれ」

「わかりました!ボス!」

 石で出来た壁が次々と出現する。マナブは計15枚のストーンウォールを出した辺りで魔力が尽きてしまった。念のためマナブとパルコは馬車の裏で待機し、他のメンバーは矢が飛んでこなくなるまで石壁の裏に隠れる。

「どうやら俺達を包囲できるほどの人数じゃないな。全部この森の入り口の方角から飛んできてる」

「じゃあ次に来るのはアサシンかしら?」と、ソフィアが問う。

「ああ、ハイゴブリンと違って小賢しい攻撃をしてくるから気を付けろ」

「アンタが言うな」

 元敵だったからこそ、サリナはそう言った。

 攻撃が止んでから大自然の音以外聞こえなくなり、周囲が静かに感じた。

「ロイさん、相手はどうやってこの依頼を罠に変えたんですか?」

 背後で待機していたユキノがロイに質問した。

「俺とあの男は別々の部屋に、別々の職員によって連れていかれたんだ。その時、あの男を連れていった職員がグルだったとしか思えない」

「そんな!ギルドは完全中立、不正など許さないんじゃなかったんですか?」

「ラカン村のギルドの人が言ってただろ?ほとんどがそうだけど、中にはそんなやつがいるって。まさかこんなに早く出くわすとは思わなかったがな」

 その時、ロイの上から小さな小石が落ちてきた。

「ユキノッ!」

「きゃあっ!」

 ロイは咄嗟にユキノを押し倒した。そしてロイがいた場所には、覆面姿で短剣を地面に突き立てるアサシンがいた。

「ユキノ、絶対に目をそらすな。一瞬でも隙を見せたらやられるぞ」

「……わ、わかりました」

 互いに睨み合う状態が続く。すでに煙幕が撒かれ始め、視界は遮られている。気配から察するに、他のメンバーはそれぞれ交戦している事がなんとなくわかった。

「お前ら、あの貴族に雇われたのか?」

「…………」

「黙《だんま》りかよ。じゃあ、アイツの姪を拐って事情を聞くしかねぇな!」

「黙れ!お前はここで死すべき人間だ!あのお方の悲しみ、我らが晴らす!」

 決まったな、引っ掛かるとは思わなかったが、まさか没落した今も律儀に仕えてるとはな。俺のような例外を除けば、アサシンは基本的に喋らない。

 今の会話から、奴の兄か奴自身に仕えてる人間だと言う事がわかった。

「お前はアサシンでありながら暗殺者としては失格だ。主の情報をベラベラ喋ってたからな。どうせ主の為に金を稼いでるんだろ?素人が、俺が先輩として引導を渡してやるよ」

「え、ロイさん、暗殺業は1度も……」

「ユキノ──ご飯、減らすからな?」

 はぅっ!と言わんばかりにユキノは口を両手で押さえた。

 アサシンは腰を低くして何かの準備を始めた。対するロイは聖剣を次元の裏に格納して短剣を取り出す。

 両者緊張の中、動いたのは敵だった。

「──死ッ!!」

 突如アサシンが地を這うかのように接近する。素早く、そしてジグザグに、それはアサシンのジョブスキル──"蛇切り"だった。

 目を撹乱し、一気に最高速度で喉元を斬り裂く短剣スキル。ロイは一歩下がってそれを避けた。
 敵はそのままの勢いでサマーソルトキックを放ち、地面の土が舞い上がる。

「クッ……さすがに本業様はスキルが多彩だな」

 すでに煙幕があり、その上で土煙による二重の目潰し。土煙が消えると奴は姿を消していた。

「ユキノ、今回は俺に任せろ」

「え、大丈夫ですか?」

「最近給仕から暗殺業に転職したやつに負けるかよ!それよりも、絶対に石壁に近付くなよ?喉を斬られるからな」

「ひいっ!……り、了解です」

 そう、敵は逃げたわけではない。マナブの出した石壁のどれかに隠れてるだけなんだ。

 ロイは地面に手を付いて自身の影を伸ばしていく。1つの石壁に辿り着いたあと、そのまま石壁の影と同化する。

「これ、じゃないな」

 その手順を繰り返すこと5分、ロイは何かに気付いて影を元に戻す。

「ユキノ、右へ避けろ」

「は、はいぃ!」

 ロイはドミノ状の石壁を上から乗り越えて、最初にアサシンがしてきた攻撃と同じ攻撃をする。

「───ッ!」

 敵は驚き、ロイの攻撃をギリギリで避けた。そしてそのまま短剣による攻防が始まった。すでに煙幕は消え去り、他の暗殺者は全員、サリナやソフィアに敗北している。

 長引いているのは、ロイが聖剣を封じて短剣で挑んでいるからだ。

 両者互角に見えた戦いも、やがてロイが押し始める事で均衡が崩れる。短剣の打ち合いだが、ロイには"シャドーエッジ"がある。これは影の付与術エンチャントなため同じ打ち合いでも軍配はロイに上がってしまう。

 そして5分経った頃、アサシンの短剣は折れてしまい、ロイの当て身を受けることで戦いは幕を閉じた。

 敵の中には、剣士のジョブなのに暗殺者をしてる者もいたが、アサシンで暗殺者だったのはロイが交戦した敵だけだった。

 ロイはおもむろに聖剣を取り出して高台へと剣先を向ける。

「お前の主に伝えろ、レンズの反射光で位置がわかるってな。……なぁ、アンタらだって本当は俺じゃないって気付いてるんだろ?」

 ロイの言葉にアサシンの男は地面を殴りながら睨み付ける。

「お前にはわかるまい。ある日突然日常が壊されるあの絶望が!お前がこの村に来なければ、旦那様だって忘れていられたのに!」

 ロイは同じ体験をしている。わからない訳がなかった。だが、ロイはそれを言う口を持たない。多かれ少なかれ、ロイのような思いをしているやつなんて大勢いるからだ。

 みんなそれぞれ折り合いをつけて生きている。そしてそれは自分で見つけ出さなければならない。

「忘れられるように、すぐに出ていく。だから主に伝えろ、次はないってな」

 ロイは王都で拝借した"王国兵の弓"を取り出して矢をつがえ、そして放った。矢は弧を描き、高台にいる元貴族の男の足元に刺さった。男は顔を恐怖に歪ませながら後ろへところび、そして飛び込むように馬車に乗り込んだあと去っていった。
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