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帝国編

第82話 大吹雪、明けて

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 大吹雪の中、ロイが大浴場を解放した事で士気は大きく向上し、ロイ自身もみんなから高評価を受けていた。

 全員各所属の魔動車に乗ってキングストン領の中心、キングストン城へ向かった。その道程は城に向かうにつれて楽なものになる、何故なら道路は綺麗に舗装されて魔動車テスティードが通るには最高の環境だからだ。

 車窓から外を眺めると、行きは見飽きたレベルだった木々が少なくなり、段々と小さな村や街の建物が見えてきた。

 リディアの所有するキングストンの宝剣を奪取して、ダートを捕らえると言う目的がなければ観光目的で寄り道をしてもよかった。

 そう思いながら村や街は通りすぎていく。何故外を見ているかというと、強烈な視線を感じるからだ。

 ──試しに車内へ視線を戻す。

「──ッ!?」

 元お姫様である金髪少女がすぐに目を逸らし、脚と脚をモジモジさせ始める。

 ツンツン

 隣に座るユキノが腕をつついてきた。

「アンジュさん、今日の朝から様子がおかしいですよね。何かあったんですかね?」

「ない」

「でも、ロイさんのことジッと見てますよ?」

「知らん、てかなんで俺に聞くんだよ。俺じゃなくてソフィアを見てるかもしれないだろ」

 ユキノは右、ソフィアは左、アンジュとマナブとサリナは対面に座っている。思い当たる事がないわけではないが、この逃げ方は少し苦しいか?

 ソフィアも何か思い当たるのかこちらの話しに入ってきた。

「ユキノ、騙されてはダメですわよ。アンジュは明らかにロイを見てますわ。それに気付いたのですけれど、昨日の夜にアンジュとすれ違った時、今のあなたと同じ匂いがしましたわ」

 なんてさとい女だ! まさか匂いで勘づかれるとは、思いもしなかった。
 アンジュは相変わらずとして、3人の視線が一気に集まる……。

「……はぁ。その辺にしたら? この世界の石鹸ってほとんど国で数種類しかないじゃない。匂いでその男が何かしたって確定できるわけもないし、別にあんた達は恋人でもないじゃない。この男の行動を制限する権利はない筈よ」

 驚くことに、無関心だと思っていたサリナが助け船を出してくれた。

「別に……制限したいわけじゃないですわ。……ただちょっと、ズルいって思っただけですわ」

 ソフィアは両手を膝の上に置いて俯いている。

「え、ズルいって……何のことですか!?」

 ユキノは何のしがらみもなく質問していたようで、ソフィアの言葉の裏に隠された駆け引きに全く気付いていないようだ。
 だからこそ、元の世界でサリナとマナブが仕掛けていた罠に気付かなかったとも言える。

「ロイも悪いよ。べ、別に全員だって良いじゃない! パーティ内でそう言うのは不和が起きるとか考えてるんだろうけど……逆にこのままだと誰かが欠けそうで怖いし、それはなんか嫌だし……」

 助け船をくれたサリナもおかしな事を言い始めた。アンジュは何故か頷いていて、ソフィアも「その方が不和も起きない、ですわね……」等と言っている。

「……ロイ、お主は死の谷デスバレーへ追放じゃな」

 俺達の様子を見ていたヴォルガ王は不吉な事を口にしている。死の谷デスバレーって国と国の間にある深い谷のことだよな?
 レグゼリア王国からこちらへ来る時も巨大な石橋を渡ってきたからその深さもよく知っている。

「アンタが言うとマジに聞こえるからやめてくれ」

「ふぉっふぉっふぉ」

 事実上の死刑宣告でソフィアから刺すような視線を向けられたヴォルガ王は、顎髭アゴヒゲを弄りながら遠くの座席へ移動した。

 ☆☆☆

 燃料である魔石を交換しながら2日ほど走った。

 遠目からでも視認できるほどにガナルキンの城であるキングストン城に近付いた。

「ここまで何のトラブルも起きなかったな」

「でも、城に入ったらまた……」

「戦うことになるだろうな、嫌か?」

「正直言うと嫌です。でも、戦い無しで解決できる世界ではないことくらいはわかってるつもりです」

「最初はゴブリンにすら遠慮していたのに、強くなったな」

「あの時は本当にご迷惑かけましたね。えへへ、でもロイさんがいたから立ち直れたんです。これからも一緒に居てくださいね!」

「ああ、もちろんだ」

 言葉とは裏腹に、俺の心には鈍い痛みが走った。いずれ異世界組の帰還も目標にしている以上、彼女らは帰らなくてはならない……。

 もし帰ったら、彼女達はハルトと生活する日々が始まる。そうなったら、もしかするとまた──。

 首強く振ってその考えを振り払う。両親と会えない辛さは俺がよく知っている、それをユキノ達に味わわせるわけにはいかない。

 だから何も感じない、それでいて冷静できちんとした判断ができるリーダーでないといけないんだ!

 ユキノに溶かされつつある心、その反面、閉ざそうとする心に精神が軋みをあげている事に気付かずにロイは突き進むのだった。
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