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新生活編

第121話 対闇人形戦

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 宿のマスターを拘束していた影は、あっさり斬り裂かれてしまった。

 斬ったのは、壁を突き破って現れた闇人形。浅黒い肌に金色の瞳が特徴的な半人半魔の女性。それが明確な敵意を持ってロイ達の前に立ちはだかっていた。

 闇人形の後ろで、自身の有利を確信した宿のマスターは立ち上がり、自慢気に言った。

「闇人形の事を知ってるか、やはりフレミーの使者だけはあるな。ならば知ってるだろう? これの強さを!」

「ああ、生まれたばかりの状態でもかなりの力だった。完全に成長しきったソレはもっと強いんだろうが……生憎あいにくと、負けてやるわけにはいかないんだよ!」

【シャドーポケット】から取り出した短剣と投げナイフを重ねて投げる。

 ──キンッ!

 予想通り、闇人形は持ち前の鋭い爪でそれを防いだ。だが、弾いたのは1本だけ──投げナイフはそのまま闇人形の脇を抜けて、宿のマスターの肩に突き刺さった。

「ぐぅッ! 何をやっている! 私を守るのが貴様の役目だろ! 高い金払って買ったんだ、仕事しろ!」

「……すみません、マスター。任務を完遂するために、魔力解放レベルの引き上げを申請します」

「わかった、第2階層までの解放を許可する。ほら、行け!」

「イエス、マスター」

 腰を落とした、その次の瞬間──闇人形は消えた。

 僅かな微風を感じたため、その方向へ剣を振りかぶる。

 ──キィンッ!

 なんとか必殺の爪を剣で弾いた。だが、攻撃はそのまま終わることはなく、怒涛の連撃を繰り出してくる。

 剣と爪が打ち合い、その火花が薄暗い書庫を何度も明滅させた。剣士のような技巧があるわけでもなく、その攻撃は獣の如き獰猛どうもうさを孕んでいる。

 剣を持ってはいるが、剣士系のジョブではないロイは防戦に徹するしかなく、ジリジリと押され始めていた。

「ソフィア! しっかりしろ!」

 ロイの言葉によろよろと立ち上がるソフィアだったが、どう見てもこの猛攻に加勢できるほど持ち直してはいなかった。

 今の裏切りに関しては耐えられる。だが、過去にいた唯一信じてくれた人からの裏切りは堪える。ソフィアはそんな脆さを抱えていた。

 宿のマスターは腕を組みながらニヤリと笑って、書庫の奥へと歩き始めた。

「どこに行く気だ!」

「この先は闇市の会場に繋がっている。今年は私が役員なのでね、今夜の開催準備をしないといけないんだ。なので、これにて失礼させてもらうよ」

 カツカツカツと音を立てながら優雅に宿のマスターは去っていく。

「ロイ、私も戦うわ」

 聖槍を手に持って割って入ろうとするも、爪の連撃にソフィアは吹き飛ばされてしまう。

 槍術系の派生ジョブ【聖騎士】であるソフィアなら、今の攻撃は難なく受け流すことができたはず。

 それなのに、地に足ついてないのは精神的なものが大きいだろう。

 猛攻を受け流しながら敵の隙を探ってみる。

 まずは【シャドーシールド】防御性能は低いが、その真価は盾が壊れるところにある。

 ──バリンッ!

 2撃防ぐことができたが、予想通り壊された。

「目の前の物を見たままに壊す、まるで獣だな! それがお前の命取りだッ!」

 割れた影の破片は反撃効果となって敵に降り注ぐ。闇人形は避けることも守ることもせずに、攻撃体勢に移行した。

「──【黒爪こくそうせん】!」

 爪にまとった闇の魔力は増大して、その状態から回転し始めた。旋風が巻き起こり、影の破片は全て粉々になってしまった。

「それくらい読めてる! ──【シャドーエッジ】!」

 回転中の闇人形へ向けて、ありったけの魔力を込めた影の刃を叩き込んだ。

 ──ギィィィィィィィンッ!

 火花が絶えず飛び散る。神剣に纏った影は削り取られていく。普通の武器なら一瞬にして折れたはずだが、不壊の神剣神剣グラムセリトは絶対に折れない。

 あとは勢いとスタミナと魔力が尽きるまで、押し切るのみ!

「はは、止まれないだろ! 今止まれば、守りに入る前にその身体にこの剣が食い込むからな」

 スキルは魔術よりも出が早くて、消費魔力も少な目だ。だけど、魔術に匹敵する高火力のスキルは相応に隙が生じてしまう。

「種族差によるポテンシャルが仇になったな!」

 勢いが止まり、スキルが解除された瞬間──その胴体をロイの神剣がなぞるように滑った。

「──クッ!」

 血飛沫ちしぶきを上げながら闇人形はバックステップで後退、そして書斎の奥へ逃げていった。

 その直後、ロイは神剣を落として倒れてしまった。

「ロイ!? しっかりして! ロイ!」

 ソフィアはロイを抱き止めて涙を流した。

「そんなにダメージ受けてねえよ。回転体を斬り続けるのって手がめっちゃ痺れるし、疲れるんだ。少し休憩したらすぐに後を追うぞ」

「あ、そ、そうだったの? 早とちりしてごめんなさいね」

 ソフィアはホッと安堵するも、その表情は悲しそうなままだった。

「私、足引っ張ってしまったわ。本当にごめんなさい」

「俺も、お前も、誰もが少なからず脆さを抱えてるもんだ。次に繋がるように頑張ればいい、わかるよな?」

「私が迷った結果、ロイがこんな状態になったんだもの。──もう迷わないわ」

 ソフィアは覚悟を決めたようにして腕の力を強めた。

「わりぃ、そろそろ離してくれないか? 息苦しいし、ちょっと……闘争本能が揺らいでしまう」

 ソフィアはロイの頭を掻き抱いていた事に気付き、そっと抱擁を解いた。豊満な胸に抱かれていたロイは顔を赤くして、酒に酔ったかのようにゆらゆらと立ち上がったのだった。
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