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新生活編

第131話 影の極意

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影衣焔かげいほむら】……剣士の縮地と戦士の剛力に対抗するために生まれた影魔術の奥義。

 ロイはそれを習得するべく、シュテンの家に住み込みで修行をしていた。

「はぁぁぁぁぁっ!」

 自らの影を自身にまとわせる。だが、ただ包んだだけですぐに泥のように溶け落ちてしまった。

「上手くいかないな。影をただ俺に張り付けるだけなのに、すぐに落ちてしまう。剣に纏わせるのは簡単で、自分に纏わせるのは難しい……意味がわからんな」

 ただ同じことを繰り返しても無駄に魔力を消費するだけ、そう考えたロイは地面に座り込んで根本から考え直すことにした。

 もっと魔力の消費を増やして無理矢理張り付けないといけないか? だが、そうしたら継戦能力が大幅に落ちてしまうし、何よりあの速さを実現できない。

 老体のシュテンが使ってあれほどの戦闘力、俺が使えば伸び代はもっと上だ。なのになんてもどかしいんだ!

 ロイの焦りに気付いたのか、近くで見ていたシュテンがホッホッと笑っていた。

「何が面白いんだよ?」

「いやなに、お前さんが勘違いしておるからな」

「勘違い?」

「そうじゃ、強引に影を捩じ伏せて──なんの意味がある? 生まれでてより共に生きてきた影は、お前さんの半身じゃろ?」

「だからそれを武器として使うんだろ?」

 ロイの問いかけに、シュテンは首を振って答えた。

「違う、共に戦うんじゃ。半身を武器とせず、己と己で戦う──ほら、剣士にもあるじゃろ? 剣と一体となり、己そのものを剣として舞う、それと同じじゃよ」

「……」

 ロイはシュテンの言葉を反論せずに呑み込んだ。先人の言葉──それにはそれに至る理由があり、自身にとって未知だからこそ、理解しようとする姿勢が必要なのだ。

 シュテンは再度ホッホッと笑ったあと、ロイに考える時間を与えるためにその場を立ち去った。

 庭はシーンと静まり返る。

 瞑想を始めた、イメージは影に溶け込む感じ。短剣を格納するときと同じだ。

 精神が影に落ちていく……とても冷たくて、とても孤独だ。ほんのりと、眼前に誰かがいるような気配がした。

 孤独ではなかった。そこには白い髪の"ロイ"いた。

 手を伸ばしている、ような気がする。何も声を発すること無くただただ手を伸ばしてくる。

 己の半身か……言い得て妙だな。

 しかも、向こうは手を伸ばしてるのに俺はいつも強引に武器として使っていた。
 いつも手を伸ばしてきていたのに、それに気付かなかったのか。

 半身なら、共に戦うべきだよな?

 ロイはふっと笑ったあと、その手を取った。

 ──瞬間、暗闇が真っ白に変化した。

 目を開けると、着ていた服の上から黒い影が覆っていた。裾の部分は炎のように揺らめいていて、身体は嘘みたいに軽い。

 剣を抜けば、瞬時に影が剣を覆って【シャドーエッジ】が形成された。

 今ならわかる、全ての影魔術が一回り強化されている。だけどやはり奥義だ、纏うだけで魔力が少しずつ減ってるのがわかった。

「ホッホッホッどうやら習得したようじゃな。しかし驚きじゃ、お前さんの両親でさえ1週間かかったというのに……ダメ元で言ってみるもんじゃな」

「いや、できるって言ってたじゃねえかよ。嘘ついてたのか?」

「影魔術の奥義は魔力の使い方じゃなく、精神的なものが大きいからの……もしかしたらって思ったんじゃよ」

 ロイは溜め息を吐いて家の方へ歩き始めた。

「どこに行くんじゃ?」

「取り敢えず、寝る、疲れたからな」

「ふむ、ワシは昼飯でも食べるかの、ユキノ嬢ちゃん達が今作ってくれとるようだし」

「そうなのか? なら俺も食べに戻るわ」

 ロイは影衣焔を解除して居間の方へ向かった。


 ☆☆☆


 ロイ達がシュテンの家に行ってる間、大きな家で1人昼食を取る人間がいた。

「ボス、それにみんな……なんで帰ってこないんだろ。家の前には剣をずっと振ってる変な人いるし、早くあれを追っ払って欲しいんだけど……」

 1人での食事が途端に冷たく感じてくる。マナブが食器を片付けて家を出ると、カレルと目が合ってしまった。

 ハルトと戦って年長者はほとんど死んだたため、村には若い術者か老人しかいない。壮年の術者に会うのは初めてだった。

 高校で培ったステルススキルを使ってその場を離れようとしたら、声をかけられてしまった。

「おい、そこのキノコ頭!」

 ここではこの髪型は珍しいのかもしれないけど、僕の世界では割りと良い感じの髪型なのに……。

「ここ2日ほど黒髪の女を見ないんだが、どこにいるんだ? ああ、影の一族じゃないぞ? 目も黒いんだ」

 カレルが付け加えるように言うと、マナブは訝しげな表情で答えた。

「僕も行き先は知りませんよ。というか、あなたは彼女のなんですか? ずっと素振りしてるし、かなり怪しいでしょ?」

「関係か、特に恋人でもなければ友人でもない。ただ、あの女の初めてはオレが奪う……それだけのことだ」

「──なっ!?」

 マナブはすぐに戦闘体勢に入った。

 この人は影の一族じゃない! 髪は黒い、目は赤い、それでもこの人は違う!
 影の一族にはこんな過激な思想をもつ人間なんていない、とても暖かくて、こんな僕すら受け入れてくれた人ばかり……だから、この人は違う!

 手を前にかざし橙色の魔方陣を展開したマナブ、それを見てもなお、カレルはどこ吹く風と言った様子だった。

「お前はその家に住んでるんだろ? あの女を抱きたいとは思わなかったのか?」

「思いません! 彼女は僕の仲間ですから!」

「顔、乳、尻、良い女の条件を満たしてる。あの腹に生きた証を残し、膨らませる──男にとって、最高の栄誉じゃねえか! お前、もしかして──男が好きなのか!?」

「違います。男であるとか、女であるとか、そんなことの前に僕らは人間です。礼節をもって接し、相手がいるならなおのこと手を出すべきではないんです!」

「……はぁ。青いな、とかく人間は礼儀や平等なんてものを持ち出すから進化しないのだ。強いものは奪う、弱いものは奪われる、世においての絶対的なルールだろうに……」

「とにかく! あなたは部外者ですよね? 僕の前で彼女を襲うと宣言した以上、リーベの一員として拘束させてもらいます!」

 カレルはマナブを嘲笑い、一歩、また一歩と近付いていく。マナブは相手との力量差を理解していた。汗が頬を伝い、足はジリジリと下がる。

 すでにストーンランスは形成され、あとは放つだけ、それなのに……撃ってはならないと本能が警鐘を鳴らしている。

「それ以上、近付いたら……撃ちますよ!」

 警告するも、カレルの歩みが止まることはない。

「う、うあああああああっ!!」

 遂に、マナブはストーンランスを撃ってしまった。迫り来る石の槍に対し、カレルはニヤニヤと笑うだけであった。
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