138 / 225
リーベ台頭 編
第138話 除夜の鐘
しおりを挟む
エンドリクス・アグラートは、ユキノという少女を睨み付けて隣に佇む闇人形に指示を出した。
「もういい、闇人形! この女を始末しろ!」
「はい、マスター」
手の甲にある魔方陣に、第4階層解放の指示を出して闇人形を強化した。
闇人形は身体の内側より出でる黒い魔力に身震いしたあと、腰を落として地を蹴った。
闇人形が目前に迫っているというのに、ユキノは全く動く気配がなかった。
「【黒剣術・旋】!」
「【祝福盾・三重奏】!」
暴風のような黒き凶刃がユキノへと殺到する。次に聞こえてきたのは肉を裂く音ではなく、ゴーンという鐘の音に近い音だった。
闇人形によって生じた土煙から何かが飛び出てきた。
それは勢いよく地面を転がり、エンドリクスの足元で止まった。その正体は攻撃をしたはずの闇人形だった。
「うぐっ! ま、マスター……敵の盾が、3つに……」
闇人形は、肩を押さえながらなんとか立ち上がり、そう言った。
エンドリクスが視線を向けると、ユキノの周囲には盾が3つほど浮遊していた。
「その吸魂剣テネブルは、使い方次第で大規模魔術災害を引き起こす可能性があるんです。大人しく返してください!」
その言葉を聞いて、ようやく理解した。
エンドリクスが王宮から盗み出した黒き剣、レグゼリア王国が欲しがっているからどれ程の物かと思えば……その実、大量殺戮の可能性を孕んだ武器だった。
そして、目の前にいる見目麗しい女性はその時に放たれた追手の一味。最近名を挙げ始めた暗殺者集団で、名前は確か──リーベ。
愛を意味する言葉を暗殺者集団につける、随分とぶっ飛んだ組織だった。
「つまり、私は誘い込まれたというわけか」
エンドリクスの言葉にユキノは頷いた。
見晴らしの良い雪原を避けて、西の森に潜伏する。それらを完全に読みきって最初から配置された伏兵……指揮官は相当な切れ者であることがわかる。
吸魂剣テネブルは最大戦力である闇人形に持たせている。この娘を突破すれば包囲網を破って活路を見出だせるはずだ。
「マスター、第5階層の解放を──」
「ならん、それはお前の裏切りを助長することになる。解放すれば、闇の魔力がお前を支配して持ち主である私への憎しみが増大する。他の突破口を見つけ出すしかない」
闇人形の提案を一蹴したエンドリクスは思考を巡らせた。そして、見つけた──自らが生き残る方法を。
「闇人形、私の騎士を全て斬り捨て剣の糧とせよ!」
「はい、マスター」
予想外の命令に唖然とするユキノ。闇人形は命令通り、気絶した騎士達を一瞬で屠ってしまった。
「あなた方は何をしてるんですか! 味方を……殺すなんて!」
激昂し、叫ぶユキノを無視して闇人形は剣で死体を吸収し始めた。生き残った後衛の4人は自分が殺されないかと不安を抱き始めた。
それを察したエンドリクスが後衛の騎士に言った。
「気絶しなければ糧にはせんよ」
死に直面し、主君としてのプライドは消え去り、最早配下を犠牲にすることに対して何の戸惑いも見せなかった。
「生きるために配下を犠牲にする……もう、あなたは救いようがありません!」
「マスター!」
駆けて来るユキノと正面から挑む闇人形、剣と盾が何度もぶつかり合い、火花を散らす。
決着のつかない戦いにエンドリクスは苛立ち始める。
「くっ、追手が来ていなければ! 持久戦をするだけで勝てたのに!」
魔力に余裕のある闇人形と魔力に不安のあるユキノ、それ単体であれば戦いを引き延ばすだけで勝利できた。
天はエンドリクスに味方したが、時間は与えてくれなかった。追手が森に到着し、影の一族が木と木の間を【シャドーウィップ】で移動し始めた。
エンドリクスはそれを【遠視】のスキルで見つけてしまった。
「もう……追い付いて来たのか!」
枝から枝へ、障害物は軽やかに避けて足場とする。実に洗練された身のこなしだった。
除夜の鐘のように、ひたすらゴンゴンと打ち合う音がユキノの居場所を報せていた。
「弓兵、私と共に撃ち落とすぞ! 【レインアロー】!」
エンドリクスの言葉に呼応して配下の4人も矢を放った。その名の通り、山なり軌道の矢が雨のように影の一族へ降り注いだ。
「あの娘は闇人形に任せて、とにかく撃ちまくれ!」
第1射が全て避けられた段階で何となくわかっていた、無駄だと。それでも生きるために、ひたすら矢を放った。
だが、接近する影の一族の中で、1人だけ動きが違うやつがいた。黒い炎のような衣を身に纏い、先陣を切る影の一族を、後方から追い抜いて接近してくる。
エンドリクスはあれが指揮官だと理解して集中攻撃を命じた。
「あれを撃て! 撃て撃て撃てッ!!」
黒い陽炎に矢が集中するが、触れる度に矢が燃え尽きてダメージを与えることは出来なかった。
そして黒い陽炎はとうとうエンドリクスの前に降り立ち、サンッと横を抜けた。
「──え?」
次の瞬間、身体から血飛沫が舞った。遅れて痛みが全身を駆け巡り、膝は力を失って倒れ伏した。
主君が倒されたのを見て、弓兵の4人は投降の意を示す。
「ロイさん!」
ユキノは陽炎の名を呼んだ。
ロイは【影衣焔】を解いて、ユキノと交戦中の闇人形に語りかける。
「因果だよな。最所の闇人形であるカタリナの持っていた剣を、お前が手に持って俺達の前で振るうなんて。だが、主はもう死んだ、直にお前も死ぬだろう。テネブルをこちらへ渡せ、そうすれば感傷に浸る時間くらいはくれてやる」
主を失った闇人形は体内の魔力が急速に減少する。人間と契約して魔力を供給してもらわないと、長くは生きられない。
「……人として死ぬことを許可してくれて、感謝する」
闇人形はそう言って剣を放り投げた。そしてその場で座り込み、主が死んだことで解放された、人間としての記憶を思い起こし始めた。
ロイは指で散開の合図を送って闇人形から距離を取った。
「ユキノ、怪我はないか?」
「大丈夫です。1度も攻撃を受けてはいません。口説かれて驚きはしましたが」
「……何? 応じたのか?」
「もう、応じるわけ無いですよ!」
「なら良いんだが……」
他愛の無い会話を交わしながら、2人は闇人形が完全に消滅するまで見守っていた。
「もういい、闇人形! この女を始末しろ!」
「はい、マスター」
手の甲にある魔方陣に、第4階層解放の指示を出して闇人形を強化した。
闇人形は身体の内側より出でる黒い魔力に身震いしたあと、腰を落として地を蹴った。
闇人形が目前に迫っているというのに、ユキノは全く動く気配がなかった。
「【黒剣術・旋】!」
「【祝福盾・三重奏】!」
暴風のような黒き凶刃がユキノへと殺到する。次に聞こえてきたのは肉を裂く音ではなく、ゴーンという鐘の音に近い音だった。
闇人形によって生じた土煙から何かが飛び出てきた。
それは勢いよく地面を転がり、エンドリクスの足元で止まった。その正体は攻撃をしたはずの闇人形だった。
「うぐっ! ま、マスター……敵の盾が、3つに……」
闇人形は、肩を押さえながらなんとか立ち上がり、そう言った。
エンドリクスが視線を向けると、ユキノの周囲には盾が3つほど浮遊していた。
「その吸魂剣テネブルは、使い方次第で大規模魔術災害を引き起こす可能性があるんです。大人しく返してください!」
その言葉を聞いて、ようやく理解した。
エンドリクスが王宮から盗み出した黒き剣、レグゼリア王国が欲しがっているからどれ程の物かと思えば……その実、大量殺戮の可能性を孕んだ武器だった。
そして、目の前にいる見目麗しい女性はその時に放たれた追手の一味。最近名を挙げ始めた暗殺者集団で、名前は確か──リーベ。
愛を意味する言葉を暗殺者集団につける、随分とぶっ飛んだ組織だった。
「つまり、私は誘い込まれたというわけか」
エンドリクスの言葉にユキノは頷いた。
見晴らしの良い雪原を避けて、西の森に潜伏する。それらを完全に読みきって最初から配置された伏兵……指揮官は相当な切れ者であることがわかる。
吸魂剣テネブルは最大戦力である闇人形に持たせている。この娘を突破すれば包囲網を破って活路を見出だせるはずだ。
「マスター、第5階層の解放を──」
「ならん、それはお前の裏切りを助長することになる。解放すれば、闇の魔力がお前を支配して持ち主である私への憎しみが増大する。他の突破口を見つけ出すしかない」
闇人形の提案を一蹴したエンドリクスは思考を巡らせた。そして、見つけた──自らが生き残る方法を。
「闇人形、私の騎士を全て斬り捨て剣の糧とせよ!」
「はい、マスター」
予想外の命令に唖然とするユキノ。闇人形は命令通り、気絶した騎士達を一瞬で屠ってしまった。
「あなた方は何をしてるんですか! 味方を……殺すなんて!」
激昂し、叫ぶユキノを無視して闇人形は剣で死体を吸収し始めた。生き残った後衛の4人は自分が殺されないかと不安を抱き始めた。
それを察したエンドリクスが後衛の騎士に言った。
「気絶しなければ糧にはせんよ」
死に直面し、主君としてのプライドは消え去り、最早配下を犠牲にすることに対して何の戸惑いも見せなかった。
「生きるために配下を犠牲にする……もう、あなたは救いようがありません!」
「マスター!」
駆けて来るユキノと正面から挑む闇人形、剣と盾が何度もぶつかり合い、火花を散らす。
決着のつかない戦いにエンドリクスは苛立ち始める。
「くっ、追手が来ていなければ! 持久戦をするだけで勝てたのに!」
魔力に余裕のある闇人形と魔力に不安のあるユキノ、それ単体であれば戦いを引き延ばすだけで勝利できた。
天はエンドリクスに味方したが、時間は与えてくれなかった。追手が森に到着し、影の一族が木と木の間を【シャドーウィップ】で移動し始めた。
エンドリクスはそれを【遠視】のスキルで見つけてしまった。
「もう……追い付いて来たのか!」
枝から枝へ、障害物は軽やかに避けて足場とする。実に洗練された身のこなしだった。
除夜の鐘のように、ひたすらゴンゴンと打ち合う音がユキノの居場所を報せていた。
「弓兵、私と共に撃ち落とすぞ! 【レインアロー】!」
エンドリクスの言葉に呼応して配下の4人も矢を放った。その名の通り、山なり軌道の矢が雨のように影の一族へ降り注いだ。
「あの娘は闇人形に任せて、とにかく撃ちまくれ!」
第1射が全て避けられた段階で何となくわかっていた、無駄だと。それでも生きるために、ひたすら矢を放った。
だが、接近する影の一族の中で、1人だけ動きが違うやつがいた。黒い炎のような衣を身に纏い、先陣を切る影の一族を、後方から追い抜いて接近してくる。
エンドリクスはあれが指揮官だと理解して集中攻撃を命じた。
「あれを撃て! 撃て撃て撃てッ!!」
黒い陽炎に矢が集中するが、触れる度に矢が燃え尽きてダメージを与えることは出来なかった。
そして黒い陽炎はとうとうエンドリクスの前に降り立ち、サンッと横を抜けた。
「──え?」
次の瞬間、身体から血飛沫が舞った。遅れて痛みが全身を駆け巡り、膝は力を失って倒れ伏した。
主君が倒されたのを見て、弓兵の4人は投降の意を示す。
「ロイさん!」
ユキノは陽炎の名を呼んだ。
ロイは【影衣焔】を解いて、ユキノと交戦中の闇人形に語りかける。
「因果だよな。最所の闇人形であるカタリナの持っていた剣を、お前が手に持って俺達の前で振るうなんて。だが、主はもう死んだ、直にお前も死ぬだろう。テネブルをこちらへ渡せ、そうすれば感傷に浸る時間くらいはくれてやる」
主を失った闇人形は体内の魔力が急速に減少する。人間と契約して魔力を供給してもらわないと、長くは生きられない。
「……人として死ぬことを許可してくれて、感謝する」
闇人形はそう言って剣を放り投げた。そしてその場で座り込み、主が死んだことで解放された、人間としての記憶を思い起こし始めた。
ロイは指で散開の合図を送って闇人形から距離を取った。
「ユキノ、怪我はないか?」
「大丈夫です。1度も攻撃を受けてはいません。口説かれて驚きはしましたが」
「……何? 応じたのか?」
「もう、応じるわけ無いですよ!」
「なら良いんだが……」
他愛の無い会話を交わしながら、2人は闇人形が完全に消滅するまで見守っていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
29
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる